あなたが落としたのはきれいな無惨ですか?   作:三柱 努

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警鐘

「山道に野盗が現れるようになったか。どこぞの落ち武者崩れか」

「山賊であれば厄介じゃ。徒党を組んでおれば、また襲われる者も出てくるやもしれぬ」

無惨を家に招いた商人は翌朝、村の会合に顔を出していた。

昨夜現れた野盗が今後の脅威になるならば、領主に報告進言して対策を練らなければならないからだ。

 

「ところでお主を助けたという鬼舞辻無惨という若者。よもや野盗の一味ではなかろうな?」

村の長老が疑うのも無理はない。

得体の知れぬ余所者を村に入れることは大いにリスクがある行為である。

 

「おそらく心配はないでしょう。あの方は身なりこそ裸一貫でありましたが、野盗や山賊のような肌の傷や蚤喰い痕もなく綺麗なものでした」

「日頃から清潔に気を配る盗賊か・・・たしかに想像は難いな」

村人たちも商人の説明に納得の色を見せる。

 

「何よりあの方の整った出で立ち。高貴な佇まい。野盗の一味などとは、とてもとても」

「そうか。だが、高貴な方が身一つで一体どうして夜道におったのだ?」

「考えられるとすれば、どこぞの領主様の隠し子か。跡目争いに巻き込まれぬよう城を出されたか」

「であるが、着物一つも与えられぬとは。水浴びでもして、持ち去られてしまったのだろうか?」

あれこれと無惨の詮索も飛び交う会合はしばらく続いた。

 

 

その頃、商人の家で一夜を明かした無惨。

「よく手入れされた、綺麗な家ですね」

「そうですか? お褒め頂いても何もでませんよ」

頂いた布団をたたみ、部屋の掃除を手伝う無惨に、商人の妻・珠世が微笑み返す。

 

「お母さん。洗濯物干してくるね~」

家の庭から元気のよい子供の声が響く。幼くも元気に溢れ、健気な笑顔で家の中に手を振っていた。

無惨は日の光りを避けて家の奥に控えながらも、その太陽のように明るく幼い姿に手を振り返す。

『ところであの子は、男の子? 女の子?』

子供であっても性別を間違えては失礼だと、無惨は悩みながらもにこやかに微笑みかけた。

 

「お母さんのお手伝い、偉いですね」

「ええ。本当によくできた子です。大病の私を気遣ってくれて」

そう言って子供を見る珠世の目は、遠い所を見ているようであった。

 

「珠世さん、お身体が?」

「ええ。余命幾ばくも無いと御医者様には言われております。あの子も、以前はやんちゃで毎日遊びまわっていましたが、病の事を聞いた日からあのように」

薄らと瞳に涙を溜める珠世。

その背にどれほどの感謝と愛おしさ、いずれ来る別れの悲しみと辛さを抱えているのか。

無惨はそれを思うだけで胸が締め付けられた。

 

「そういえば無惨様は旅をされていたのですか?」

「え? ええ。そのようなものです。当てのない旅・・・自分が何故生きているのか、その意味を問う」

「まぁ、私とは真逆ですね。顔色だって、無惨さんのほうが青白くて今すぐに倒れてしまいそうですし」

大病の彼女にどう返してやればいいか困り、目を点にする無惨。

そうなるだろうと知りながら珠世は意地悪くフフと笑った。

 

「私だけでなく主人も死んでしまうと、あの子は身寄りもなくこの家に残されてしまいます。そこに貴方の生きる意味が無いとは、私は思いませんよ」

珠世の微笑みに、無惨は「そう言っていただけるとありがたいです」と小さく頭を下げた。

「ですが、欲を言えば私も生きたい。あの子が大きくなるまで、夫と共に成長を見届けたい・・・」

 

 

カーンカーンカーン

 

 

その時、村の物見櫓から警鐘の音が鳴り響いた。

無惨はその音の意味を理解できなかったが、珠世の顔が一気に強張るところを見て、それがただ事ではない危険を知らせるものだと直感した。

「珠世さん、これは!?」

「分かりません! ですが、村に危険が!」

 

焦り慌てる珠世は身を起こし、庭で遊ぶ子供に必死に手を伸ばした。

「早く、家に!」

その時はまだ遠くに聞こえていた足音を、無惨は敏感に聞き取っていた。

鬼であるが故の鋭敏な聴覚が、その集団の襲来を察知していた。

「珠世さん、お子さんを早く家へ!」

 

その危機感を理解できない子供は、洗濯物を片付けようともたついている。

歯がゆい様に焦った珠代は、病の体で足をもたつかせながら、咄嗟に庭に飛び出した。

日光に当たることのできない無惨は、自身の無力を呪いながら2人が1秒でも早く家に避難してくれることを祈った。

 

「早くっ」

言葉少なに子に言い聞かせた珠世は手を握り、2人は家の縁側へと走った。

そこに・・・

 

 

カーン ドッ

 

 

弓鳴り音が耳に届くと同時に、矢が2人を刺し貫いた。

「あっ・・・」「いっ・・・」

珠代は右胸を、子供は肩を矢に貫かれ、縁側に倒れた。

「あぁああああああ!!!」

無惨の叫びが家中に響いた。

 

 

「おい、何やってやがんだ。女を殺すなよ」

「ははっ、悪ぃ。いいじゃねぇか顔やら大事な所に当たってねぇんだ」

「死にかけじゃ価値半分だろ阿呆が」

庭に足を踏み入れた男たちのせせら笑いが、いやに大きく、そして不快に聞こえる。

男たち3人は、誰が見ても分かる山賊であった。

1人が手に弓を持ち、残る2人は巨大な鉈を手にヘラヘラと家に近づいてくる。

 

 

無惨は震えていた。

山賊たちへの怒りもあるが、それ以上に日光を拒む自身の体への怒りを覚えていた。

いますぐに2人の元へ走り助けてやれぬ鬼の体の不甲斐なさに。

そして、山賊どもが昨夜の野盗の仕返しに来たのかは分からないが、そうであるならばこの事態を引き起こした原因は自分にあるということに。

 

 

「あぁん? おいおい家に男がいるじゃねぇか。旦那か?」

「ヘヘッ、女房とガキが射られてんのに、震えて家から出て来れねぇのかよ」

「俺ぁ嫌いだねぇ、こういう臆病な野郎」

屋根の下に身を隠し、震える無惨を嘲笑する山賊たち。

獲物の珠世を嬲るつもりである彼らであるが、その様を臆病者の無惨に見られながらという状況を嫌がった。

 

「おい亭主。見てんじゃねぇよ、殺すぞ」

1人の山賊が土足で家に上がり込んだ。無惨に向けて鉈を振り下ろす。

ザンッ

肩口から袈裟斬りにされ、無惨の鮮血が飛び散る。

 

「へっ、雑魚が・・・・あっ?」

一撃の内に命を奪ったと、山賊が踵を返した瞬間。彼の視界がグルリと一回転した。

無惨が山賊の髪と顎を掴まえ、その首を180度捻じ回して殺したのだ。

肩口から滴る鮮血がビチャリと山賊の顔にかかり、男はまるで吐血したように虚ろな目を向けてその場に倒れ込んだ。

 

そこに一瞬の躊躇はあった。

人を殺すことの罪深さを考え、二度と命を奪うまいと心に決めていた無惨。

だが、命を軽んじる山賊を放置しては、別の命が危険に晒されることは理解していた。

『ならばどうする? 簡単な話だ。2人を救う行為が罪ならば、その罪を私が背負えばいい』

 

 

「てめぇ、何しやがんだ!」

残る2人の山賊が鉈と弓矢を手に無惨に迫る。

「死ねや!」

放たれた矢が無惨の腹に突き刺さる。

そして鉈が無惨の額を割った。

「死ねや、クソg・・・」

鉈男の体がグルリと宙を舞い、頭から畳を突き破って落下した。

同時にグギリと嫌な音が鳴る。首の骨が折れ即死したのだろう。

 

「ヒッ・・ヒ」

弓男が悲鳴を上げようとした瞬間。無惨の傍らを飛んだ黒い塊が弓男にぶち当たり、その体が襖を薙ぎ払って飛んだ。

 

それは無惨の手によるものではなかった。

 

「!? アナタ、生きていたのですか?」

先に無惨を襲った鉈の男が、グルルルと獣のように唸りながら、口からダラダラと涎を垂らして無惨を睨んでいた。

「ガァッ」

男は無惨に掴み掛かった。

その凄まじい力に押し倒される無惨。

 

「なんということ。まさか死んだ人間が生き返るなんて」

そう推理する無惨であったが、後に殺した鉈男も生き返ってしまうはず。

しかし畳に突き刺さる鉈男にその兆候は見られない。

「であるなら、私の血ですか。口に入ったことで生き返ったとでも?」

 

原理は理解できた。だがそれだけではこの状況を打破することはできない。

無惨がここで倒されてしまえば、男の矛先が珠世たちに向くであろう。

「それだけは許されません」

無惨は決意した。死んでも生き返るのであれば、“生き返ったとしても無意味”なほどに死体を損壊するしかない。

数百年ぶりの肉体操作。無惨は自らの肢躯に力を込めた。かつて数多の武士たちの命を奪ったように。

 

 

メキィッ

 

 

決着は一瞬。直視に絶えない凄惨な骸と化した男を、無惨は心乱されながらもその場に討ち捨てた。

そして返す足で、そのまま珠世たちの元へと急いだ。

 

 

珠世は既に息絶え絶えであったが、最後の力を振り絞り、家の中へと這いずり入っていた。

「珠世さん!」

「無惨様・・・この子を連れて・・・逃げて・・・」

病に加え、右の肺が射ぬかれ、声を出すだけでも体中に激痛が走っているはずだ。

そしておそらく、両目とも既に光を失っている。

それでも無惨に子供を託すため、彼女は命を燃やしているのだ。

幸いにも射抜かれたと思われた子供は、肩を矢が掠めた程度。傷は浅い。

 

 

「珠世さん・・・・これを飲んでください・・・」

無惨は自らの手を引掻き、傷を作り、そこから垂れる血を珠世の口に流した。

「これで大丈夫」

無惨は子供に珠世を託して家の奥に戻った。

山賊たちが再び目を覚まし襲い掛かってこないか心配であったのだ。

 

 

山賊たちは既に死体となっていた。

一度生き返った男も、畳に潰れた男も、襖に突き飛ばされた男も。

「良かった・・・とは言えません。3人とも私が殺したようなもの。どうかせめて安らかな死を・・・」

 

無惨が死体を前に手を合わせていると、家の庭から足音と声が聞こえてきた。

山賊の新手ではない。この家の主、珠世の夫である商人のものだ。

「珠世! どうしたんだ一体!」

家の奥にいた無惨は安心した。

声こそ驚いているが、命を取り留めた母子を見て商人も安堵していることだろうと。

今頃、商人は2人を抱きしめているのだろうと。

 

 

そう思い描きながら、無惨は襖を開けた。

 

 

 

 

だが、その目の前にあったのは

 

恍惚とした表情で

 

夫と

 

子供を

 

喰らっている

 

 

 

 

 

珠世の姿であった。

 




【平安コソコソ噂話】

無惨は鬼を作り出す前に“きれいな”になってしまったので、これが初めての鬼生産だ!

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