あなたが落としたのはきれいな無惨ですか?   作:三柱 努

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混ぜるな危険

皆、言いたいことはいくらでもある。

『鬼とは何ぞや』『どうして鬼になってしまったのか』『俺は一体何を見せられているのか』

そんな混沌とした空気の中、聞きにくいことを単刀直入に聞いたのは炭治郎であった。

「あの、鬼舞辻さん。あなたは人を喰う鬼なんですか?」

もしその答えが肯定であれば人である竈門一家は今すぐに襲われてしまうだろう。

この踏み込んだ問いに冨岡は警戒し刀に手を置いた。

だが無惨は困ったような顔で、頷きつつ首を横に振った。

「えっ!? そんな! 私は人を喰いませんよ。好物はプリンと芋煮です!」

自らが無害な存在だと、無惨は必死に肯定して否定した。

手を小さくブンブン回して訴えるその姿に、誰もが無惨を害ある存在と認識できなかった。

冨岡ですら、だ。

 

だが冨岡はその油断する自分の心に警戒を強めていた。

『血鬼術か?』

超常現象を引き起こす鬼の能力である血鬼術の中には、幻覚によって相手を惑わし力を削ぐものも存在する。

冨岡が警戒していたのは、このあまりにも脅威の薄い無惨の姿が幻だという可能性だ。

鬼を心から憎む冨岡自身の戦意が薄れているのも、血鬼術ならば説明がつく。

『だが・・・』

冨岡は頭を悩ませていた。戦意を喪失させる血鬼術なら『もっと上手に戦意を喪失させてこい』と。

柱に血鬼術であることを悟らせないほど高度な技を使っておきながら、技の完成度に見合わないほどに幻の内容が稚拙。幻を見せていますよと声高らかに宣言しているようなもの。

もしこれが血鬼術であるならば一家もまた実在しない幻。危害を気にすることなく無惨の首を斬りにかかることができる。

だが血鬼術でなければ一家を戦いに巻き込むことになる。ましてや無惨は子供たちに挟まれる形で座っている以上、誰かを見捨てる選択を迫られることになるだろう。

『どうにかして一家を無惨から引き離せないものだろうか』

 

「ねぇねぇ鬼舞辻さん。プリンってなぁに?」

その時、無惨があまりにも目を輝かせて語るプリンという食べ物に興味津々の花子が食いついた。

「良い質問ですね。プリンというのは卵とお砂糖、牛の乳で作るお菓子でして、それはもうやんごとなき甘さと香り。匙で突けばプルンと震える、その姿は黄色い貴婦人。舌の上で溶け、口の中に広がる甘みは天国の味。このすばらしき時代が生んだ最高の発明品と言っても過言ではありません!」

無惨の熱弁にジュルと涎を垂らす花子と茂。

「牛の乳かぁ・・・ヤギの乳ならあるんだけどなぁ」

横で聞き耳を立てていた竹雄が残念がると、無惨は「ヤギでもできますよ。きっと」とつぶやいた。

「え!? じゃあ作って! ねぇ鬼舞辻さん」

目を輝かせる花子と茂に、母親は「急にご迷惑でしょ」とたしなめたが、無惨は「いえいえ大丈夫ですよ。御勝手さえお貸しいただければ」と快諾した。

そして無惨は一家の輪から抜け、一人で台所に向かっていった。

『・・・引き離すどころか、自分で離れていったな』

このあまりにも想定外な無惨の行動に、冨岡は自身でも呆れるほどに思考が停止していた。

 

 

「まずは卵をお箸で解きほぐします。泡立てないように優しくするのがコツですよ。次はお鍋にヤギ乳とお砂糖を入れて溶かします。砂糖が溶けたら卵を入れます」

台所に立った無惨は禰豆子に材料や調理器具の場所を聞きながら調理を開始した。

卵の殻を器用に片手で割り、茶碗に入れてシャカシャカと慣れた手つきでかき回していく。

鍋に火をかけ、じっくりと火加減を観察しながら集中して中身の変化を見つめる無惨。

その気になればいつでも首を刈ることができる無防備すぎる無惨の背中が、冨岡の目の前で揺れていた。

「冨岡さん、でしたね? つかぬことをお聞きしますが、鬼舞辻さんとはどういったご関係で?」

無惨の背を何とも言えない表情で睨む冨岡に、葵枝が声をかけた。

何と言って返せばいいか迷った冨岡は、つぶやくように「仕事上の・・」と答えた。嘘は言っていない。

「ところであのオ・・・男はいつ頃からこちらに?」

「鬼舞辻さんは昨夜からお泊りですよ」

葵枝の言葉から嘘を感じられなかった。

『人間を傀儡にする鬼もいる。もしこの家族を騙しているのであれば、子供たちにすら馴染んでいる説明がつく。だが短期間であるならば騙して利用するよりも喰うほうを選ぶだろう。わざわざ俺の襲撃に備えていたとも考えられない。つまりこの鬼はこの家を根城にしてはいないということか?』

思考を巡らせた冨岡が怪しむ対象である当の無惨であったが、呑気にプリンの液を湯飲みに入れている最中であった。

「あとは冷めれば出来上がりです。冷やせば冷やすほど美味しくなりますから、雪の中に入れておけば完成です」

まくっていた袖を戻した無惨はニコリと笑って上がり框に腰を下ろした。

「でしたら、今のうちにお洗濯でもしようかしら」「あっ、私も手伝う」

「俺は炭焼きの準備をしてくるよ」「じゃあ俺も」

母親や花子、炭治郎、竹雄がそれぞれに家の仕事に向かっていった。

他の子供たちも暇ができたからと、それぞれ遊びに走っていった。

 

屋根の下、玄関に残されたのは無残と冨岡だけとなった。

鬼と鬼殺隊。命を賭けて殺し合う間柄。

というのは冨岡だけの認識のようで、無惨はのんびりと背伸びをしていた。

「鬼舞辻無惨、一つ聞k「そういえば冨岡さん伺いたいことが・・・あっ、すいません」

言葉に言葉を被せてしまった無惨は、「お先にどうぞ」と質問の機会を冨岡に譲った。

何とも想像しがたい気遣いに困惑しつつも、冨岡は考えていた。

『この鬼を討伐するだけならいつでもできる。だがここまで対話できる鬼と出会ったことはない。ならば問い詰められるだけ情報を得てから討伐してもいいのではないか?』

 

「鬼舞辻無惨は今、何処にいる」

「・・・哲学ですか?」

質問が悪かった。

玄関? 日本? 地球? 無限に広がる宇宙から見れば小さな行動範囲の中?

質問が曖昧過ぎる。誰でもそう捉えてしまうだろう。

 

「質問を変えよう。ならば鬼舞辻無惨。お前は何故、鬼を増やしている」

冨岡の問いに無惨は表情を曇らせた。

『この反応・・・こいつは知っているのだな? 鬼舞辻無惨が鬼を増やしている理由を』

冨岡は手ごたえを感じた。鬼殺隊が何百年も掴むことのできなかった鬼舞辻無惨の謎を問い詰めることができるかもしれない。鬼を増やす理由さえ判明すれば、大きな前進になる。

だがそんな冨岡の心のうちと裏腹に、無惨は苦笑いしていた。

「前にも珠世さんに言われました・・・あ、そうでしたか。成程成程」

一人だけ合点したように頷く無惨。その意図を理解できない冨岡は眉をひそめた

「すみません私だけ納得して。私がお伺いしたかったのは『どうして冨岡さんは私の事をご存じなのか』ということだったんですが、もう解決しました。貴方は珠世さんから私のことを聞いていたんですね」

「??? 珠世?」と聞き返す冨岡。無惨は「あれ? 違いましたか」とますます苦笑いした。

 

「お二人とも、よかったらどうぞ。温まりますよ」

その時、首を傾げ合う2人の間に禰豆子が湯飲みを持って入ってきた。

「まぁ、ありがとうございます禰豆子さん」

無惨は会釈して湯飲みに口を付けた。

一方で毒を警戒する冨岡は悩んでいた。

『この鬼をどうするか。あまりにも無害すぎるこの存在を斬る理由が思いつかない。だからと言って放置できる話ではない。他の隊士や本部にどう説明する?』

 

この時、冨岡は失念していた。

既に本部に鎹鴉の寛三郎を飛ばしていたことを。

そして冨岡は知らなかった。

 

―鬼舞辻無惨を名乗る鬼を発見―

 

この一報により本部は騒然となり、全ての柱が現場に急行していることを。

最も近い位置にいた柱が、今まさにこの家に到達していたことを。

 

 

 

「おいおい。一体全体どういうつもりだ? 鬼を斬らねぇどころか呑気に茶しばいてやがるたぁ、冨岡ぁ!」

その男は雪の中に荒々しく現れた。

深い恨みの色を隠さず、深緑の刀を構え、背にした滅の字をはためかせ、踏みつけた雪が舞い上がる。

その突然の来訪に禰豆子は驚き、冨岡は使命を思い出し・・・

そして無惨は男が踏みつけた足元の雪を凝視して悲鳴を上げた。

 

 

「ああああ! プリンがぁ!!」

 




【平安コソコソ噂話】

原作の時系列は諸説あるけれど、本作では『第1話は新しい風柱が任命されて間もない頃』説を採用しているぞ。

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