あなたが落としたのはきれいな無惨ですか?   作:三柱 努

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キミがいれば輝けるよ

「そいつが鬼舞辻無惨を名乗る鬼か」

雪山の古民家前、日輪刀を手にした鬼殺隊風柱・不死川実弥が無惨を睨んでいた。

が、無惨と禰豆子は不死川の足元を恨めしそうに見つめていた。

「プリン・・・」「鬼舞辻さんのお菓子・・・」

落ち込んだ様子の無惨と禰豆子。

そんな2人に対して冨岡は何とも言えない複雑な顔を向けた直後、不死川の殺気に気付き刀に手をかけた。

「待て、不死川!」

冨岡の言葉が発せられる一瞬より短い間に、その全ては起こっていた。

 

禰豆子の発した「鬼舞辻」の一言に反応した不死川は無意識に殺気を放つや否や、瞬時に抜刀し嵐のような威圧感と共に無惨に斬りかかった。

その表情からは不敵な笑みが消え、強い恨みと怒りが溢れていた。

「危ないッ!」

直後、不死川は自らの目を疑った。

無惨が禰豆子を庇い、不死川の奇襲に向かって身をさらけ出していたのだ。

それと同時に冨岡が刀を抜いて無惨の前に立ち、不死川と切り結ぶべく構えた。

『何をしていやがんだ、こいつらは』

不死川は苛立ちと同時に刀を振り下ろした。

切っ先が冨岡に阻まれることは予見したが、不死川の手に返ってきたのは肉を裂く感触。

飛び散る鮮血が雪景色の中に赤く波を上げた。

 

『なっ!?』

不死川はますます目を疑った。

自分の刀が貫いていたものが無惨の左肩だったからだ。

冨岡の背に隠れていたはずの無惨が、目にも止まらぬ早さで冨岡の前に回り込み、彼のことも身を挺して庇っていたのだ。

「ぐっ、痛ぅ」

「おいお前! 何をしている!」

苦悶の表情を浮かべる無惨の背を冨岡が支えた。

「私のことより冨岡さん、貴方と禰豆子さんは大丈夫ですか!」

己が身を刺し貫かれたまま人間を案じる無惨の言葉に、不死川は驚きを隠せなかった。

「俺は問題ないが・・・「うっ」」

その時、耳に入ってきた禰豆子のうめき声に冨岡と無惨は嫌な予感を覚えた。

飛び散った無惨の鮮血を冨岡は浴びることはなかったが、その背後にいた禰豆子は避けきれなかったのだ。

「禰豆子さん!?」

返事がすぐに返ってこないことに無惨は顔を青ざめさせた。

「まさか」

無惨は不死川の刀に手をかけ、強引に体から引き剥がそうと力を入れた。

「うぐぅうう!」

骨肉ごと肩を引き抜いた無惨は悲鳴を押し殺し、尻餅をつくように倒れ、無様にも雪と泥にまみれながら禰豆子の元へと這っていった。

 

不死川は戸惑った。

手傷を負った鬼が鬼狩りに背を向け、苦しむ少女の元に必死に向かう姿。

子を想う親のそれにも見える光景に加え、さらに鬼は狩ることのできる冨岡の背すら無視して、その冨岡をも守ろうと立ち塞がっていた。

全てが常識外。鬼である前提があったからこその自分の行動に何かの間違いがあったとしか考えられない。

鬼舞辻の名が聞き間違いという可能性を不死川は覚えてしまっていた。

 

「ィャァアア」

騒ぎを聞きつけ、凄惨たる光景を目にした竈門一家の悲鳴が森に轟いた。

抜刀した冨岡と見知らぬ男との間で、背を切り裂かれた無惨と顔中が血まみれになった禰豆子が倒れている。

冨岡が敵なのか味方なのか分からないが、見知らぬ男は間違いなく野盗の類。

そう察した葵枝は凶刃から家族を1人でも多く守るため、近くにいた茂と六太、花子を必死に抱きかかえた。

「禰豆子! 鬼舞辻さん!」「姉ちゃん!」

炭治郎と竹雄は斧を手に禰豆子の元へ走った。

同時に無惨も禰豆子の元にたどり着き、少女の様子を確認し始めた。

「鬼舞辻さん、酷い怪我だ。禰豆子は!?」

「私のことは構いません。それより禰豆子さんが私の血を口にして・・」

禰豆子の瞳は猫の目のように縦長の瞳孔に変貌し、爪は鋭利に伸び、その体が鬼のものへと変化してしまっていた。

冨岡もまた禰豆子の変貌に驚きを隠せなかった。

『まさか鬼になったのか!? だとしたらマズい』

咄嗟に竹雄を掴み、禰豆子から引き剥がそうと手に力を込めた。

その時、禰豆子が静かに口を開いた。

「お兄ちゃん? 鬼舞辻さんの手当てをしてあげて・・・」

「禰豆子さん、私は平気ですよ」

禰豆子の意識は鮮明であった。驚愕と混乱の色を持ちながらも、その理性は優しい彼女のまま保たれていた。

無惨はかつて人に血を与え死に至らせたことを思い出し、禰豆子の無事に安堵した。薄らと涙を浮かべ、禰豆子の頬に優しく手を置いた。

一方で冨岡はこの光景に驚愕した。鬼へと変貌した者が人を襲わないという事態を信じられなかった。理解が追い付かず、ただ茫然と禰豆子を見つめることしかできなかった。

「禰豆子、無事でよかった。そうだ鬼舞辻さんも、酷い怪我だ」

炭治郎は青ざめながら、無惨の抉れた肩の出血をどうにか止めようと手で押さえた。

その隣で竹雄は斧を手に、無惨に怪我を負わせた男を睨んで叫んだ。

 

「何でだよ! 何でだよ! 何で鬼舞辻さんを斬ったんだ! この人殺し!」

 

咆哮をぶつけられた不死川は刀を落としていた。

人を騙し、心を虜にして利用する鬼は存在する。その鬼に親友を殺されたばかりの不死川はそのことをよく知っている。だがそれは鬼が人を利用するための偽りの慈愛。そのはずだった。

だが目の前で起こっていたのは信じられない光景の連続。

既に停止していた不死川の思考は、竹雄の叫びに殴りつけられた。遠くない記憶の中の弟の姿と目の前の竹雄の姿が重なる。

脳の奥、頭の深い所で感じていたチリチリとした痺れが弾けたような感覚。その感覚に足の力を奪われた不死川は膝をついて雪にしゃがみ込んだ。

「俺は・・・俺は・・・」

虚ろな目を雪に落とし、消えそうな声でつぶやく不死川の足元に日輪刀がカランと転がる。

 

意気消沈した不死川から殺気が消えたことで、安全を悟った葵枝は子供たちと共に禰豆子の元へ走った。

「鬼舞辻さん。禰豆子、本当に怪我は大丈夫なの? 体は何ともないの?」

「うん、私は平気だよ。それより鬼舞辻さんのほうが」

「私の事より。それより大事な話があります。私の血を口にしてしまい、禰豆子さんが鬼の体に変わってしまいました」

「それは・・・どういうことですか?」

「説明は後で。鬼の体は日の光で死んでしまいます。念の為にまずは早く家の中へ!」

無惨に急かされ、葵枝は禰豆子を連れて家の中へと入っていった。

「早く、鬼舞辻さんも」

「いいえ。私はこの方たちと話があります」

そう言うと無惨は不死川と冨岡の元へと歩み寄った。

 

「冨岡さん、これはどういうことですか? 何故この方はこうも落ち込んでいるのですか? たしかにこの方が斬りかかってこなければ禰豆子さんは私の血を浴びず、鬼にならずに済みました。でもそれは元はと言えば私が鬼の体であることが原因です。責任の大半は私にあるはずです」

無惨の指摘に悪意はなかった。

冨岡の考えとしては、禰豆子が鬼に変貌した責任は不死川の方に大半がある。

そして不死川は指摘されて初めて自分の罪を自覚した。

結果ではあるが、この指摘は不死川の傷口を拡げた形であった。

「いや、あの娘が鬼になった責任は不死川のほうが重い。それよりも確認しておきたいことがある」

不死川にトドメを刺したことには気づかず、冨岡は無惨に質問した。

 

「鬼舞辻無惨、お前は今まで何人の人間を鬼に変えてきた?」

「5人です」

無惨の即答に嘘の気配は無かった。冨岡はその答えに「そうか」と確信を強めた。

「あっ、やっぱり6人です・・・いや、7人です」

禰豆子とかつて手にかけた野盗を数に入れ忘れていたことを思い出した無惨は少し目を泳がせながら回答を訂正した。

『答えを何度も変えられると信憑性が薄れるからやめてくれ』と冨岡は無惨を睨んだが、その思いは伝わらなかった。

「だがこれで確信した。不死川、この鬼は俺たちが追っている鬼舞辻無惨ではない」

「・・・・・・・・あ゛?」

どういう情報を元に冨岡がそう判断したのか理解が追い付かない不死川は、口を半開きにさせて冨岡を睨むしかなかった。

 

「考えてみろ。仮にこの鬼が鬼舞辻無惨ならば行動が全て真逆だ。人の家族を庇い、不必要に俺を守ろうとした」

「不必要、ですか?」

「ああ。あの程度の技であれば俺なら確実に止めていた。それよりもだ。この鬼の血を浴びた娘も通常の鬼と違い家族を目にしておきながら襲わなかったことのほうが重要だ」

ちょこちょこと(無意識に)余計な一言を交える冨岡であったが、不死川にはそれを指摘する気力が残っていなかった。

そして不死川自身も考えていた。鬼に変貌した者が真っ先に家族を襲うのは実体験済みの事実。それに反する今回の変貌は特例として考えるべきだ、と。

「あの、先ほどから何のお話をされているのですか? 冨岡さんたちが追っている私? 私と真逆の私?」

一人取り残されたように混乱する無惨に、冨岡は静かに口を開いた。

「俺たちは鬼殺隊。人を襲い喰らう鬼を滅する者。鬼舞辻無惨は古くから鬼を増やして回り、数えきれないほどの悲しみを生み出してきた諸悪の根源。そして、お前と全てが真逆の別種の存在だ」

「別種の鬼・・・だと!?」

冨岡の断言は不死川にとって青天の霹靂であった。だが全てを納得させる言葉であった。

 

そして無惨はつぶやいた。

「私と真逆? 辛党で犬派でうどん派で・・・まさか太陽が平気な鬼ということですか?」

 




【平安コソコソ噂話】

無惨にどっち派か聞いてみた。
「赤よりも緑色のほうが好きですね。心が和みます」
「銀は毒を感知できるんですよ」
「るびぃ? さふぁいあ? 申し訳ありません、どちらも存じ上げません」
「金剛石よりも真珠の方が私は素敵だと思います」
「黒と白・・・・どちらもイイ色ですよ」
「XとY? 考えたこともないですね」
「月と太陽なら私は月」
「剣と盾でしたら、そのどちらも不要な世界であって欲しいです」


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