あなたが落としたのはきれいな無惨ですか?   作:三柱 努

34 / 71
日傘と共に

「別種の鬼だと?」

「私以外の鬼?」

冨岡の推理に目を丸くする不死川と無惨。

「無害な新種の鬼ってわけか?」

「別種なのかはわからんが、何千何万と鬼が生み出されていれば1体くらい変異種が生まれても不思議ではあるまい」

「人を襲わず無害な鬼を生み出し、鬼舞辻無惨を名乗る鬼か・・・」

そんな欲張り詰め合わせの都合良すぎる鬼が存在するものか? と首を傾げる不死川。

だが当の本人である無惨は首を横に振った。

「あのぉ、私これでも長生きですけど、私たち以外の鬼なんて見たことも聞いたこともありません。それに鬼舞辻という苗字の方がいるなんて信じられません」

悪鬼と疑われている本人が否定してどうする? と無惨に白い目を向ける冨岡と不死川。

「いずれにせよ俺としてはこの鬼を討伐すべきでないと考えている。お前はどうだ不死川」

「俺は・・・」

言葉に詰まった不死川は静かに無惨の方を向いた。自身の失態に踏ん切りがつかないままの不死川の蒼白とした様子に、無惨は優しく声をかけた。

「不死川さん・・・でしたね。貴方は今まだ混乱していらっしゃる様子。私もです。ですが今はそれをさておき、謝るべき相手がいますでしょう? まずはそちらを」

そう言って家の方を向く無惨。その仕草に不死川は大切なことを思い出した。

 

 

「すまなかった。この件は全て俺に責任がある。その娘の件、本当に申し訳なかった」

家に入り竈門一家を前に、不死川は心からの誠意で土下座をした。

その真摯な姿勢に一家は呆気にとられた。何せ今の今までの印象では知性と品性の欠片も見えなかった男がこの態度だ。

一家が席を外している間に無惨と何があったのか、誰も想像できなかった。

「私からもお詫び申し上げます。禰豆子さんが鬼になってしまったのは私の鬼の血のせい。無策にも刀の前に割って入ってしまったがために。本当に申し訳ありませんでした」

平伏して畳に頭を擦りつける無惨。それを横目に見た不死川もハッとなり、同じくらいに頭を深く下げて詫びた。

「頭を上げてください。そちらの目つきの悪い人はともかく、鬼舞辻さんは禰豆子を守ろうとしてくださったのは俺たちも見ています」

炭治郎は表情こそ温和であったが、確実に不死川を牽制しつつ無惨の非を許した。

「それに鬼のことはよくわかりませんが、禰豆子と鬼舞辻さんが同じ体なら、普通に生活していけるということじゃないんですか?」

「ええ。日の光さえ気を付けていれば、私も人の家族と助け合って生活していました」

「そういえば鬼舞辻さん、鬼だったけど人に戻ったことがあるって言ってませんでした? なら、姉ちゃんの体も元に戻るってことなんじゃ?」

竹雄の指摘に無惨は少し難しい表情を返した。

「たしかに私の鬼の体は一度、人の体に戻りました。ですがその方法はよくわかっていません。それに今また鬼に戻ってしまっているので、禰豆子さんが人に戻れるのかどうか・・」

申し訳なさそうな顔をする無惨に、禰豆子は「私は大丈夫ですよ」と声をかけた。

「でも禰豆子・・・鬼舞辻さん、鬼って何なんですか? 冨岡さんやそちらの方が鬼を殺す仕事とおっしゃっていましたが」

葵枝の心配そうな声に、冨岡は声を軟らかに答えた。

「我々の追っている鬼と、御息女やこちらの鬼舞辻無惨は違う存在だと現時点では認識しています。ひとまずは人食い鬼についてだけでも御耳に入れていただけると幸いです」

そう言って冨岡は語り始めた。

鬼。人を襲い喰らう怪物。いつ頃から出現したのかは定かではないが、鬼舞辻無惨の血によって人から変貌し、多くの悲しみを生み出してきた存在。

鬼に変貌する時には体力を消費し、知性を失って飢餓状態に陥る。高い栄養になる親兄弟を真っ先に襲って喰らう、と。

「鬼舞辻無惨さん・・が?」

「いや、鬼とは別種だと俺たちは推測している」

「そうだよね。だってお姉ちゃん、私たちの事食べようとなんかしていないもん」

「でもそれって本当なんですか? 鬼になったら真っ先に家族を食べようとするって」

「ああ。俺の母親がそうだった」

そう言って顔に暗い影を落とした不死川に、冨岡は『そうだったのか』と無表情のまま床を睨み、炭治郎はそれ以上何も追及しなかった。

 

「不死川さん、貴方の御事情は理解できました。禰豆子のことは不幸な事故だと飲み込むことができます。ですがそれならなおさら鬼舞辻さんにも謝らないといけませんよ」

葵枝の言葉に不死川は一瞬微笑んだが、あらためて無惨に謝罪となると渋い表情を見せた。

そしてゆっくりと油断のない動き、ではなく嫌々といった様子で無惨に向き合い、家族や同僚に見られながら半ば公開処刑のような状況の中で静かに土下座した。

「これで仲直りですね。あとは禰豆子さんと私の体のことですが、治す方法を見つけるとなるとまた一筋縄ではいきませんね」

苦笑いする無惨に炭治郎は「心当たりがあるんですか?」と尋ねた。

「珠世さんに相談します。私はこっぴどく叱られるでしょうけどね。あとは禰豆子さんには日に当たらぬように生活する癖をつけてもらわなければ」

「そっか、日の光に当たると死んじゃうって言ってたもんね。でも、お日様に当たれないのって大変そう」

根が気楽なのか、鬼に変貌したのにも関わらず深刻そうではない様子の禰豆子に、目を丸くする冨岡と不死川。(珠世という鬼に叱られることを心配している場合じゃない無惨のことは既に2人とも呆れていた)

「慣れてしまえばそう苦にはなりません。あとはゆっくり練習を・・・」

「いや、そう悠長にはしていられない」

無惨の言葉に待ったをかけたのは不死川だった。

 

「“柱”がこの場所に集結しつつある」

この言葉に冨岡は眉をひそめ、無惨や竈門一家は首を傾げながら部屋の四つ角の柱と不死川の座っている場所を見比べた。

「・・・家が崩れるということですか?」

「そうなるかもしれんな」

炭治郎の質問と不死川の答えは実は噛み合っていなかった。

「誰もがこの家にいるのが安全な鬼だと知らずにいる。1人ずつであれば俺と冨岡で喰い止めて説明するが、2人以上で斬りかかってこられたら禰豆子を守りきれん。逃げようにも日の下では家から離れられない。そして鬼舞辻無惨を仕留めるために、屋根を壊し日陰を無くす強硬手段に出る可能性もある」

柱の強襲を想定し焦る不死川であったが、そこに無惨が手を上げた。

「あの、意味がよく分からないのですが」

無惨の指摘に「意味が?」と首を傾げた不死川の肩に、冨岡は手を置いて「“柱”を知らない者に通じないだろう」と伝えた。

『いやこの切迫した事態は、お前の伝令のせいだからな』と視線を送る不死川の方を向くことなく、冨岡は柱について簡単に「俺たちよりも強い鬼殺隊の精鋭だ」と説明した。

「つまり、禰豆子と鬼舞辻さんを殺す気まんまんの人たちがこの家に迫ってきているということですか?」

ようやく真意が伝わった。

「お姉ちゃんは私が守る」

花子が腕まくりして気張るが、現実はそう健気な話では通用しないほどに深刻であった。

逃げ場のない中、不死川と同等の殺気で迫りつつある鬼狩り。無惨と禰豆子のことを信頼させようにも、その猶予があまりにも足りない状況であった。

 

「その方々を止めることはできないのですか? お二人の同僚でしたら話せばなんとか」

「厳しいな。俺と不死川は柱に着任して最も日が浅く、信頼が厚いとは言えない。そもそも無害な鬼に出会ったなどという荒唐無稽な話、お館様の口からでも語られなければ誰も聞く耳を持たないだろう」

首を横に振って無策を伝える冨岡。不死川もそれに同意し頭を抱えていた。

だが無惨だけは「なんか簡単な話じゃないですか」と手をパンと叩いた。

「私がそのお館様にお会いして、平和とお菓子が大好きな鬼ですよと分かっていただければいいんです。そうすれば禰豆子さんにも危険が及ばず、一件落着ですよ」

無惨の提案に冨岡と不死川は目を丸くした。

「馬鹿な。お館様にお目通りなど出来るはずがない。そもそも外に出られないのだろう?」

「傘をさせば大丈夫ですよ。私はいつも晴れた日にはそうしていました。強い風が吹いたり、日が落ちてきたら駄目ですし、走ったりはできませんが、昼間に出歩くことはできるんです」

いやいやいやと言葉を失い、手を横に振る冨岡。

「だが確かに。標的が離れたとなれば、この家が巻き込まれることはない。お館様がどう判断されるか分からないが、常識外の鬼が貴重な存在だと伝わればどうにか」

納得した不死川の決断は早く、指笛を吹いて鎹鴉を呼びつけた。

「あっ、カラスだ」「爽籟。頼んだぞ」

不死川は袖から紙と筆を取り出しサラサラと手紙を書くと、急いでそれをカラスの脚に巻き付けて飛び立たせた。

「あまり期待はしないでくれ。伝令には時間がかかる。お館様が許容されたとしても伝わる前に柱に襲われることもあるだろう」

「構いません。どのみち私がこの家を離れてしまえばよいだけの話です。私が討たれればこちらの家に危害が及ぶこともなくなります。みなさん申し訳ありません。鬼としての暮らし方をお教えする話でしたが、珠世さんのお住まいを教えるので、後はそちらに・・・」

「そんなの駄目!」

筆をとり地図を書こうとする無惨であったが、禰豆子が叫んでその腕を掴んだ。

「鬼舞辻さんだけ危ないのなんて駄目! 行くなら私も一緒に行く!」

「なっ!? 禰豆子、何を言っているんだ!」

禰豆子の突然の言い出しに戸惑う炭治郎たち。

「だって鬼舞辻さんだけでそのお館様って人にちゃんと説明できる? 私が一緒に行かなきゃその人も分かんないよ!」

「そ、そうですが」

「でも禰豆子をそんな危険な目に・・・」

反論できない無惨は言葉を濁した。禰豆子の決意に葵枝は反対するが、炭治郎は少し考えこんでから口を開いた。

「でもたしかに。このまま鬼舞辻さんが殺されちゃっても何も解決しない。禰豆子はずっと鬼狩りの人たちに怯えて生きていかなきゃいけない」

「でしょ?」

「でも・・・あぁ炭治郎。それでも私は・・・」

炭治郎の指摘はもっともであった。反論できない葵枝は顔を落としながら禰豆子の袖を掴んだ。

「禰豆子さん、危険な旅になるかもしれないんですよ?」

「でもそれは鬼舞辻さんも一緒でしょ? それにちゃんとわかってもらえたら、ちゃんと家に帰れるんでしょ?」

「確かに。お館様が公認していただければ、2人とも鬼としても生活しやすくなるだろう。他にいる無害な鬼のことも把握できたほうが互いにとって都合が良いはずだ」

「何を言ってやがる冨岡。その娘に危険が及ぶなら都合もクソもねぇだろ」

「いや。あえて無防備を晒した方が安全だ。下手に隠れられる場所にいるより、日の下を傘だけで身を守る鬼ならば『いつでも仕留められる』と、どの柱であっても判断して手を止めてくれる。その間に俺たちも説得がしやすい」

この冨岡の推略が無惨と禰豆子の旅立ちの後押しとなった。

 

 

その後、無惨と禰豆子は竈門一家に見送られ、借りた傘で身を隠しながら出発した。

葵枝は大事にしていた着物を禰豆子に与えた。日光を少しでも遮断するために。そして、愛する娘に天運が少しでも微笑むようにと。

「鬼舞辻さん、冨岡さん、不死川さん・・・禰豆子をお願いします」

一家は山の麓まで一緒に降りてきて無惨たちを見送った。炭治郎は最後まで自分もついていくと粘ったが、一家が冬を越すためにも大事な男手を割くわけにはいかなかった。

「大丈夫だよお母さん、お兄ちゃん、竹雄、花子、茂、六太。行ってくるね」

禰豆子は「お姉ちゃん」と泣きつく弟たちを抱きしめ、別れを惜しんだ。

無惨が傘をさしてやり、その影の下で禰豆子は笑顔のまま手を振り続けた。

終始笑顔だった禰豆子の姿に、冨岡と不死川は緊迫感に欠ける娘だと肩をすくめた。

 

 

一家が見えなくなった頃、無惨は禰豆子を抱き寄せた。

その腕の中に顔を埋めた禰豆子から嗚咽が漏れる。

彼女はずっと我慢していたのだ。

突如として巻き込まれた悪夢。今まで聞いたことのない鬼と鬼狩りという存在に、否応なしに向き合わなければならない現実は、まだ年端もいかない彼女にとって絶望がすぎた。

家族を心配させまいと見せてきた笑顔も限界だった。

その心情を無惨だけが察していたことに、冨岡と不死川は気付いて己を恥じた。

 

「大丈夫、必ず戻れます。禰豆子さんは私が守ります」

 




【平安コソコソ噂話】

洋傘が庶民にも浸透していったのは明治時代。
だけどさすがに山奥の田舎では和紙を使った和傘が主流だ。
和傘はシンプルだけど柿渋や油などが塗られているから防水性もバッチリ。
そして和紙は紫外線を吸収しやすいから、お肌をしっかり守ってくれる。

紫外線の波長は皮膚を形成するコラーゲンの繊維にダメージを与え、皮膚の加齢を加速させてしまう。
紫外線照射に対する防御として人間の体は茶色の色素のメラニンを分泌し、日焼けすることにより紫外線レベルを下げようとするぞ。
この色素は紫外線の侵入を阻害し、より深い部分の皮膚組織へのダメージを減らしてくれるんだ。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。