あなたが落としたのはきれいな無惨ですか?   作:三柱 努

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鬼舞辻無惨 鬼の流儀

鬼舞辻無惨と竈門禰豆子。2人の鬼を連れた鬼殺隊隊士、不死川実弥、冨岡義勇。

何時現れるやもしれぬ柱に警戒しながら、曇り空から晴れやかな青空に移りゆく田園風景の中を4人は歩いていた。

 

「つまり日の昇り始めや沈み始めに、屋根や傘の下にも日が射してしまいます。ですので朝方や夕刻は非常に危険な時間となるわけです」

「お昼にお外に出ても、気を付けないといけないんですね」

道中、無惨は禰豆子に鬼としての過ごし方、太陽への注意点を教授していた。

「そうか。鬼はそう考えているのか」

「いやこの男だけだろ。何処に昼間に出歩きたがる鬼がいる?」

鬼ならではの着眼点に感心する冨岡に、不死川は冷静に指摘したが、無惨と禰豆子は「ここにいる」とばかりに無惨の方を指さした。

「そもそも鬼にとって昼間は危険すぎんだろ。傘なんざ風が吹きゃ一発で終わり。傘をぶっ壊すだけなら呼吸ができねぇ奴でも楽に討伐できちまう」

「・・・息はしましょうよ」

不死川と冨岡はますます確信を深めていった。無惨が通常の鬼と比べて明らかに鬼殺隊への認識が薄すぎることに。

この鬼は鬼舞辻無惨には程遠い存在。にもかかわらず自らを鬼舞辻無惨と名乗っている。

『自分を鬼舞辻無惨だと思いこんでいる鬼』、そう考えてもいいだろう。

 

 

そんな半分侮辱のような目を向けられていることなど露知らず、歩みを続ける無惨と禰豆子であったが、ついにその時が訪れた。

「そろそろ日が傾いてきます。日が暮れるまで木の陰に隠れるしかありませんね」

昼を過ぎ、傘の影が鬼の体を隠しきれなくなってきた頃を見計らい、無惨たちは道の途中にあった大きな木の下でしばし足を止めることにした。

「そういえば冨岡さん、鬼殺隊の本部にはあとどのくらいかかりそうなのですか?」

「いや、伝令を待ちながら本部の方角に向かっているだけだ。流石に部外者を直接本部に連れていくというわけにはいかないからな。お館様の指令を待っている」

禰豆子とおにぎりを分け合いながら尋ねる無惨に、冨岡は『おにぎりを喰うのか』と驚きの視線を送りながら答えた。

不死川はそんな3人から離れ、飛んできた鴉を手に乗せて何やらその足に括りつけられた紙を読んでいた。

 

「そろそろか」

「何がですか?」

不死川の言葉に呼ばれ無惨が顔を上げると、遠くの方から猛獣のものか何か分からぬ轟音が聞こえてきた。

「こ、これは!?」

もくもくと黒い煙を上げ、舗装の悪いガタガタの道に巨体を揺らしながら迫る黒い塊を前に、禰豆子は警戒して無惨の背に隠れた。

「鬼舞辻さん、これって何?」

「車ですよ。私も以前、遠くから拝見したことがあるのですが、こんなに近くを走っているのを見るのは初めてです」

徐々に近づいてきた車は無惨たちの前で停車すると、運転手が窓から顔を出した。(芝居の黒子のように顔のほとんどは布で隠れ、目元だけが出ていた)

「冨岡様、不死川様。お待たせいたしました!」

運転手の呼びかけに「御苦労」と冨岡は答え、無惨は思わず運転手にペコリとお辞儀した。

無惨の挨拶に「どうも」と会釈で返した運転手は冨岡に尋ねた。

「ところで冨岡様、例の鬼舞辻無惨を名乗る鬼は?」

そして冨岡がその無惨の方を指さすと、信じられないといった表情を露わにした。

「これは本部からの迎えの車だ。お前たちには今からこの車に乗ってもらう」

「えっ!? 車に乗せていただけるのですか!」

両手を合わせて歓喜する無惨。運転手は「えっあっえっ!?」といまだに困惑していた。

 

その後、無惨と禰豆子は不死川と共に後部座席へ。冨岡は外で警戒に当たることになった。

憧れの車旅。どんな景色が見られることやらと胸を躍らせていた無惨と禰豆子であったが・・・

「外の景色、見られないんですね」

窓の目張りを指で突き残念がる無惨に、不死川は「当たり前だ。死にたいのか?」と冷ややかな視線を送った。

向かい合った座席に無惨と禰豆子が横並びに、不死川は対面に座っている。ランプが揺れ、3人の影が揺れるだけの、手狭で殺風景な空間であった。

「不死川さん、私たち何処に向かっているんですか?」

禰豆子の問いに不死川は首を横に振った。

「本部からの伝令はあくまで“移送”だけだ。いつ頃到着するのか、行先も俺にもわからん」

「カルタやトランプでも持ってくればよかったですね」

鬼が鬼殺隊に連行されているという緊急事態の中でも呑気な無惨に、不死川は目を点にさせたが、そこは禰豆子も劣らず「私、花札が好き!」と笑っていた。

 

その後、

決して快適な旅ではない。

ゆっくりと進む車はガタガタと揺れ続け、時間の経過の分からない暗い車内。

不死川は時折、運転席と何やら話をしている。

それを邪魔するわけにいかない無惨と禰豆子のやる事と言えば、生活の注意点について話し合うことだけ。

しばらく話して疲れた無惨と禰豆子は、いつしか肩を寄せ合って眠りにつき・・・

 

 

 

「着いたぞ」

 

不死川の声に起こされた2人は車が停止していることに気付いた。

体感的には一夜を明かした頃か。不死川が開けた窓の隙間から朝日が漏れている。

「扉の外に天幕を張らせている。外に出たらその場で待機してくれ」

そう言ってドアを開けた不死川。それに応じた2人は静かに地に降り立った。

 

そこは何処かの屋敷の庭であった。

天幕の外は全て日の光に晒され、仮に無惨たちが害意のある鬼だったとしても屋敷に逃げられる心配もなければ、車と天幕さえ破壊すればいつでも容易に滅することができる状況だ。

「立派なお屋敷ですね。ここが鬼殺隊の本部ですか」

「いや、藤の花の家紋の家だ」

「ふじのはなのかもん、さん。長い名前ですね」

まだまだ寝ぼけ眼の禰豆子の呟きに無惨が微笑んでいると、天幕の前に冨岡が茣蓙を持って現れた。

「「冨岡さん、おはようございます」」

無惨と禰豆子の挨拶に「あぁ」と答えた冨岡に、不死川は視線を送りながら“庭の周囲に感じられる気配”を察知した。

『柱は2人。他に上位の隊士が11人といったところか』

不死川の目配せに冨岡は視線で応じた。

『ここで“この鬼舞辻無惨”を討つというのが本部の意向か・・・』

不死川は歯噛みした。

無惨を擁護するわけではないが、ここで弁明の機会もなく斬り捨ててしまうのが正しいことなのか。

そんな不死川の迷いなど知る由もなく、無惨と禰豆子は冨岡の用意した茣蓙の上に座った。

そして冨岡は真剣な表情で2人にこう告げた。

 

「まもなくお館様が参られる。粗相のないようにな」

 

この言葉に不死川はバッと飛び上った。

「なんだと!? まさか、いらしているのか」

「わざわざ私たちに会いに御足労いただけたのですか? なんとお優しい」

無惨は手を合わせて感激した。

「ああ。俺もまだ拝見していないが、既にこちらに向かわれている。不死川、お前も天幕の下で待機していろ」

そう言うと冨岡は屋敷の縁側の方を向き、その場で膝をついた。

『ご自身の目でお確かめになろうというのか。万一のことがあれば即座に抹殺できるように万全の体勢で』

頭を巡らせながらも地に膝をつく不死川に続いて、無惨と禰豆子は並んで座った。

すると無惨たちの行動を見計らって、着物姿の少女2人が縁側を歩き障子の前に立ち無惨たちと向き合った。

無惨は「本日はお招きいただきあり・・」と頭を下げようとした。が

「お館様の」「お成りです」

少女たちはその場でしゃがみ、障子を開けようと手をかけ・・・無惨の言葉に固まった。

「こちらはお館様の御子だ」

冨岡の説明に顔を真っ赤にする無惨。

このなんとも締まらない空気の中、障子がゆっくりと開き、1人の男性が顔を見せた。

 

「お早う、義勇、実弥。禰豆子もよく来てくれたね」

 

冨岡と不死川はハッとなり、その男性の顔をまじまじと見つめていた。

その反応を見て「ぎゆう? さねみ?」と一瞬首を傾げた無惨と禰豆子も男性の顔に驚いた。

何かの腫瘍に侵されているのか、元は端正な顔立ちであっただろう顔に大きな傷があった。

誰もが哀れみを覚えるその顔の傷に、無惨と禰豆子は思わず目を逸らした。

「お館様! そのお顔は!」

不死川が早速その腫物を指摘するものだから、無惨は思わず(なるべく優しく)叱ろうと思った。

「本日は顔色が大変、優れていらっしゃるようで」

感激する不死川の声に、無惨は『これで顔色が良いの?』と心の中で驚いた。

「そうだよ実弥。一昨日の夜からずいぶんと体の調子がいいんだ。せっかくだから足を伸ばしてこの目で彼の事を見定めようと思ってね」

笑顔を見せる男性に無惨は『これで体調がいいんだ』と驚いた。

そんな無惨の方に男性は顔を向けると、急に真剣な顔つきになった。

 

 

「初めましてだね、鬼舞辻無惨。九十七代当主、産屋敷耀哉だ」

 




=平安コソコソ噂話=

最初の伝令を受けて最初に竈門家に到着したのは岩柱だ。
その直後に藤の花の家紋の家への招集がかかったけれど、謁見護衛には間に合わなかったぞ。

ちなみに六太に泣かれた。

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