あなたが落としたのはきれいな無惨ですか?   作:三柱 努

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願い事ひとつだけ 叶えてくれるなら

「初めまして、鬼舞辻無惨です。この度は弁明の機をいただきありがとうございます」

「そうだね。私も君の話を聞きたい。時間は十分にあるから、お願いできるかな?」

無惨の挨拶に産屋敷の目は笑っていなかった。

時間は十分にある。それは鬼の時間になる夜までに、処刑の猶予期間を与えているということ。

生殺与奪の権は産屋敷にある。

「では産屋敷さん、お話の前にお願いがあります。私の弁明が如何に判断されるか分かりませんが、その結果を問わず禰豆子さんの無事だけは保証いただきたい」

無惨は鬼殺隊の真意を察知していた。

だが、処刑の意を知りながら表情を全く崩さなかった。

「鬼舞辻さん、私の無事“だけ”ってどういうことですか?」

「私たちは囲まれています。おそらく何かあれば私たちを討つためにでしょうが、元より鬼を恨む方々の集まり。その真っ只中に赴いたわけですから何が無かったとしても、溜飲を下げるために首を獲ろうとお考えなのだと思います」

そう言うと無惨は庭の大岩に視線を向けた。だが隊士が隠れている場所は“そこ”ではなかった。

「ですのでお願いしているのです。差し出すなら私の首1つを、と」

真っ直ぐに産屋敷と向き合う無惨の視界に、禰豆子は「そんなの駄目!」と入り込んだ。

「鬼舞辻さんがイイ人だよって話をするために来たんでしょ? それなのにそんな約束しちゃ駄目!」

禰豆子の言うことは半分は正しかった。

交渉において自分の最低限の落としどころを最初に相手に知られてしまうのは悪手中の悪手。展開次第で悪い条件をいくらでも重ねられてしまい、その目標条件すら達成できなくなってしまう。

そんな無惨と禰豆子の言動に、産屋敷は演技を疑いつつもどこか温かみを覚えた。

「お館様。この2人の処法につきまして俺から進言があります」

この禰豆子と無惨の悶着に、不死川は2人に目を向けることなく口を挟んだ。

 

「この幼い娘が鬼に変貌した責は俺にあります。もしも禰豆子の首を刎ねよとの御決断があれば俺の手で下し・・・その後に俺は腹を切って禰豆子の無念に報いたく存じます」

 

禰豆子を殺して自分も死ぬ。その不死川の決意に無惨と禰豆子は間髪入れず「駄目(です)!」と叫んだ。

「なんで不死川さんが切腹するって約束になっちゃうんですか! そんなの駄目!」

「責任を取るために切腹? そんなものは責任からの逃避です。絶対に駄目です!」

不死川に大抗議する禰豆子と無惨を前に、産屋敷はますます訝しんだ。

鬼2体を引き換えに柱1人の命を奪うことができるこの機会を、何故か鬼の方が反対している。しかも途中から自分たちの命乞いを忘れているようだ。

「そもそも禰豆子さんは1人たりとも人を喰っていません。それは貴方も見ているでしょう? それなのに人食い鬼扱いはあんまりじゃないですか!」

拳をブンブン回して訴える無惨に、産屋敷は静かに口を開けた。

「禰豆子が人を襲ってもいないのは報告で聞いているよ。だから私としては禰豆子に関しては無事を約束するつもりだ」

相手に心からの安心を与える産屋敷の声に、無惨はほっと胸をなでおろした。

「人を喰っていない証拠は柱2名が証言した通り。私もそれを信じている。そして君に関しても一つ断言できることがある」

そう言うと産屋敷は微笑みをたずさえて口を開いた。

 

「君は鬼舞辻無惨ではない」

 

産屋敷の言葉に不死川と冨岡は顔を見合わせて安堵の表情を見せた。

「いえ。私は鬼舞辻無惨ですよ」

譲らない無惨。産屋敷は苦笑いしながら「では、私たちの敵である鬼舞辻無惨とは違う鬼舞辻無惨だね」と訂正を加えた。

「信じてもらえてよかったね、鬼舞辻さん」

「お館様、そのご判断は如何様にして頂けたのでしょうか」

冨岡の問いに産屋敷は庭の周りを見回した。

「深い話じゃないよ。もし仮に彼を鬼舞辻無惨として滅したとしよう。我々が1000年も追い続けた鬼の始祖として・・・だがそれで誰が納得するかな? ここにいる彼がいなくなれば全てが終わる、と」

産屋敷の言葉に隠れていた隊士を含め全員が納得した。憎悪や怒りやら、全員が鬼舞辻無惨に対して持つ感情をこの男に向けろと言われても、たしかに違和感しかない、と。

そして軽く侮辱されていることに気付いていない無惨も手を合わせて感謝した。

 

無論、産屋敷は無惨の全てを信じたわけではない。彼の追う鬼舞辻無惨ではないとはいえ、通常の鬼である可能性も残っている。

だが、その通常の鬼が鬼舞辻無惨を名乗る理由に見当がつかなかった。

可能性としては3つ。

まずは鬼舞辻無惨の名を名乗る許可を与えられているだけの可能性。だがそれほど特別扱いされた鬼にしては行動が軽率すぎる。鬼舞辻無惨に何の利も無い。

次に鬼舞辻無惨の影武者である可能性。だが鬼殺隊が1000年かけて足どり1つ追うことができなかった存在に今さら影武者が必要だったのかは疑わしい限りだ。

そして、油断を誘って鬼殺隊に潜入する工作員である可能性。だがコチラを惑わすにしては口実やら言動が稚拙にもほどがある。正攻法では騙せないだろうから賭けたとしても分が悪すぎる。

いずれの可能性も的を射ない。鬼の別種だという説明が一番納得いく始末。

 

「だけど1つだけ確認しておきたい。君が今までに人を喰ってきたかどうかだ」

産屋敷の言葉に不死川と冨岡は安心と不安を覚えた。

無害の証明さえできればおそらくこれが最後の関門。だが果たして当の無惨がちゃんと説明をできるのだろうか?

 

「いえ。私は1000年ほど前、人を喰べておりました」

 

後ろめたい気持ちを露わに衝撃の告白をした無惨。

この信頼を欠く発言に不死川と冨岡は『今になって俺たちの聞いてない情報を出してくるな』『人を喰わないって、言っていたのは“今は”ってことか』と心の中で項垂れ、無惨の背を睨んだ。

「ですがある日を境に食人を深く反省し、以降は1000年間そのような蛮行を犯してはおりません。とはいえ恥ずかしながら、その心変わりのきっかけを自分でもよく覚えておりません」

全く形を成していない無惨の弁明に、つい数秒前に彼を信用しようとした産屋敷も何を信じていいか迷った。

「君の出自を詳しく教えてもらえるかな?」

回答次第で出方を変えなければならない。産屋敷は着物の衿を正して無惨と向き合った。

「そうですね、最初からお話しないと。大変失礼しました」

そう言うと無惨は何の躊躇や迷いも見せずに、自らの人生を語り始めた。

平安貴族として生まれ、病弱な体の治療の過程で鬼へと変貌したこと。家族を含めとした多くの人を喰らい、討伐隊が差し向けられたこと。

この時点までは産屋敷一族に代々語り継がれた鬼舞辻無惨に関する情報と一致しており、産屋敷は頭を抱えた。

「そしてある日、私はそれまでの食人を悔い、当主からの斬首の命を甘んじて受け入れ、首だけとなった身で数百年を土の中で過ごしました」

「・・・・・?」

唐突に伝聞と乖離した情報に、産屋敷は思わず目を丸くした。

その後無惨は、不慮の経緯で鬼にした5人のこと。多くの人との親交を深め共に生きて共に暮らしてきたことを端的に語っていった。

「2年ほど前に私を含め皆が人の体に戻り、それから私は養娘の嫁入りと共に山奥で生活しておりました。その後、天寿を全うしたと自分では思っていたのですが・・・気付いた時には鬼の体に戻ってしまっており、その翌朝に冨岡さんと不死川さんにお会いしたというわけです」

無惨の話はかなり省略されていたが、それでもとても嘘を語っているようには感じられなかった。

「そうかい。ありがとう」

一連の説明に産屋敷は深く息を吐いた。

判断に困る。目がそう言っていた。

鬼舞辻無惨と同じ出自を語る無惨。最も整合性の取れる可能性は2つ。偶然の一致か伝聞が間違っていたかのどちらかだ。

同一人物? 最も限りなく不正解に近い。

 

 

それからしばらくの沈黙の後に産屋敷は静かに口を開いた。

「君たちが無害なことは承知した。禰豆子の安全は勿論、鬼殺隊は君に手を出さないことを私が約束しよう」

「本当ですか!」「本当ですかお館様!」

産屋敷の言葉に無惨と禰豆子は手を取り合って喜び、不死川と冨岡は小さく笑顔を見せて立ち上がった。

「禰豆子も今のままでは生活に不便だろう。私たちの方で可能な限り協力もしよう」

産屋敷の破格の提案に、無惨は何も疑わずに喜んだ。

「その代わりお願いがあるんだ」

産屋敷はその実、無惨の出方を伺っていた。

これまでの無惨の人道に即した応対が演技でなければ、この流れで産屋敷からの条件提示を断ることはないはずだ。

「お願い、ですか?」

「ああ。我々が対峙している鬼は君とは違い人に害を成す存在。その対処に助力を願いたい」

無惨を放任するのではなく、利用することを産屋敷は考えていた。

同じ存在であってもよし。別種の存在であっても同じ日光を弱点とする生き物であれば、1000年生きたというその経験が何かの助けになる、と。

あとはその魂胆を無惨が気付くかどうか。気付いた時にどういった反応をするか。

 

「ええ。勿論ですとも! 人を喰らうことはこの上なく罪深いこと。私は大した者ではありませんが、皆様の一助になれば幸いです。あっ、そうだ。それこそ私の家族にも助力を願いましょう。珠世さんは鬼に効く薬に詳しいですし、恋雪さんや梅さんもお手伝いで経験が豊富です。狛治さんや妓夫太郎さん、他に門下生の方々もお強い方が揃っています」

産屋敷が交渉するまでもなく、これでもかと鬼殺隊の利になる案を次々と提示する無惨に、その場にいた誰もが開いた口が塞がらなかった。

仮に鬼殺隊が問答無用で全ての鬼を滅する考えを貫く組織であれば、無惨は仲間の事まで危険に曝しているのだから。

思慮が浅い。というより、善意の塊でしかない。

産屋敷は罪悪感に胸を痛めながら、心の中で無惨に頭を下げていた。

 

 

その後、産屋敷はいくつか提案を出した。

1つは無惨による“鬼”の実態確認。

鬼殺隊と人類が直面する脅威を直に認識してもらうためである。候補は未定だが、鬼滅の任務への同行を願うことになると伝えると、無惨は即座に快諾した。

「人が苦しんでいることは私にとってもこの上なく心苦しいことです。是非とも」

その言葉に一切の淀みはなかった。

 

もう1つは禰豆子の保護である。

日の光に注意した生活には練習が必要となる。無惨の手を煩わせないためにも隊士の有志に手伝わせると約束した。

だがその実、禰豆子の件は保護ではなく人質であった。無惨にとってどれほどの価値があるかは不明だが、無価値な存在でなければ万が一の際の抑止力になると狙っていた。

 

「うちの隊士の屋敷で面倒を見てもらおうと思うんだ。カナエ、頼めるかな?」

産屋敷がそう言うと、無惨たちの天幕の隣に1人の女性が現れた。

「はい。喜んでお受けいたします」

まるで花びらが舞うようにヒラリと舞い降りた彼女は、無惨と禰豆子に柔らかな微笑みを向けた。

「胡蝶カナエと申します。よろしくお願いしますね。御二人を私の屋敷にご案内します」

 




【平安コソコソ噂話】

前の世界では無惨たちが鬼から人間の体に戻った後に、妓夫太郎は孤児院を設立しているぞ。
足を悪くした無惨は移動が大変だから孤児院に行った事はない。
だから、そこで働いている職員とは一度も顔を合わせたことがないぞ!


ちなみに妓夫太郎は手紙で『胡蝶姉が~』『胡蝶妹が~』『悲鳴嶼の旦那が~』と無惨に近況報告をしていたけれど、漢字が難しくて無惨は普段から『ふるつきてふのお姉さんのほう』とか『悲鳴の人』とか読んでいたから、読み仮名を全く認識していないぞ!
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