鬼殺隊の当主・産屋敷から(画策されてはいるが)公認を貰った無惨と禰豆子。
その身元はひとまず鬼殺隊 花柱・胡蝶カナエが預かることとなった。
「鬼舞辻無惨です。よろしくお願いいたします」
「竈門禰豆子です」
再び乗車した車に揺られながら、明るく挨拶する無惨と禰豆子。
「はい! よろしくお願いしますね」
カナエもまたニコニコとし、絶やすことのない笑顔で2人に握手を求めた。
だが対してカナエの隣にいる隊士は険しい表情でその手を制止した。
「姉さん、油断大敵! 忘れないで、鬼なのよ!」
「大丈夫よ。だってお館様も公認されているのよ」
『心配しすぎよ』と笑顔のままのカナエに、少女隊士はピリピリを溢れさせていた。が、無惨と禰豆子があまりにも残念がる瞳を見せるものだから思わず「ごめっ」とたじろいだ。
「ごめんなさいね。こっちは妹のしのぶ。お二人を案内するのは私たちの屋敷なの」
「私邸にお邪魔してよろしいのですか?」
「ええ。普段から隊士の治療所として開放していますから、一人二人増えたところで問題ありません。それに私ずっと鬼の方とお話ができるのを楽しみにしていたんですよ」
そう言って手を合わせて喜ぶカナエ。しのぶの方は「姉さんったら、また」と呆れ顔だ。
「鬼とお話を、ですか?」
「ええ。人と鬼が仲良くできればと私は考えています。ですが悲しいかな少数派なので」
「姉さんだけでしょ、そんなことを言うの」
しのぶの言葉に気まずい雰囲気が流れる。それでも笑顔を保つカナエの異端さに、無惨ですら苦笑いを浮かべた。
「えっと、鬼舞・・さん・・・なんてお呼びしましょう」
敵の総大将と同姓同名である無惨への呼称に困った様子を見せるカナエ。
「親しい者は下の名前で呼んでくれますが・・・」
「無惨さん・・・むざ、んさん・・・・・むーさん!」
むーさん? その呼称に目を丸くするしのぶ。
当の無惨が「いいですね!」と喜ぶと、その目はますます丸くなり。禰豆子が「可愛いね」と喜ぶのには特に反応しなかったが。「でしょう?」と喜び手を合わせる姉の姿に、その目は真円に近づいた。
それから屋敷に到着するまで、時間が経つのも忘れるほどに話が弾んだ。1名を除いて。
「むーさん、禰豆子ちゃん、着きました。ここが私たちの蝶屋敷です」
カナエに傘をさしてもらい、昼の高い陽の下で降り立ったのは蝶々の大きな屋敷であった。
立派で大きなお屋敷に「うわぁ」と感嘆の声を漏らす無惨と禰豆子。
禰豆子が手を軽く伸ばせば、屋敷の周りを舞う蝶がそこに止まる。
産屋敷への弁明の場で凝り固まっていた緊張が溶け、彼女に年相応の少女らしい自然な笑顔が戻っていた。
そんな光景を前に微笑む無惨とカナエ。しのぶもまた、禰豆子が憎き鬼の仲間かもしれないということを一瞬忘れていた。
「「「カナエ様、しのぶ様。お帰りなさい」」」
屋敷に入るとドタドタと足音が近づいてきて、廊下の奥から3人の女の子が現れた。
禰豆子よりも幼い全員が白衣のような服を着ている。カナエが“治療所”と言っていたことを思い出した無惨は「こんな小さい子たちまでもが」と、鬼殺隊の切迫した動員状況を察した。
「カナエ様、そちらお客様?」
「お館様の護衛の任は終わったんですか?」
「お疲れではないですか? お茶を淹れてきますよ」
ワイワイと話しかけてくる3人に、カナエはしゃがみ込んで視線の高さを合わせた。
「みんな、こちら今日から屋敷でお預かりすることになった、むーさんと禰豆子ちゃん」
カナエの紹介に3人は元気よく「初めまして」と挨拶した。
すると1人が「あれ? お二人の目って」と無惨と禰豆子の異様さに気付いた。
「ええ。この方々は鬼。お館様が公認なされた、異種で無害な鬼さんよ」
カナエの紹介に無惨が「初めまして」と手を差し伸べると、無垢な3人は「はい」と良い返事で握手に応じた。
「この子たちも妹さんですか?」
禰豆子の握手の間に無惨が尋ねると、カナエは「そうですね。似たようなものです」と答えた。
「実はまだあと2人いるんですよ。もうすぐ来るんじゃないかしら」
カナエの声に呼ばれたわけではないようだが、直後に屋敷の奥から足音と少女の声が聞こえてきた。
「カナヲがもたもたしてるから、カナエ様たちのお出迎えに遅れちゃったじゃない!」
ハキハキと元気な声が1人。足音は2人分。
「アオイったら。廊下は静かに歩きなさいって言ってるのに」
しのぶが鼻を鳴らして腕を組むと、無惨が「元気な子は良い子です」と微笑んだ。
「ここにいるのが、なほとかよとすみ。今から来るのがカナヲとアオイです」
「おや。私の娘もカナヲというのですよ」
無惨が微笑むと、カナエも「まぁ」と手を合わせて微笑みあった。
そして足音の主が廊下の角から現れた時・・・
「カナヲ? カナヲ!? 何故アナタがここに!?」
今まで物静かな雰囲気を出していた無惨が上げた仰天の声に、周りの誰もが驚いた。
そしてその言葉の意味を理解できず、誰もが無惨とカナヲを見比べた。
「えっ? あっ? えっ?」「カナヲ? お知り合い?」「さっき娘と同じ名前って」
「ええ、私の娘です。カナヲ、何故あなたがここに?」
目を丸くして歩み寄る無惨に、カナヲは混乱した様子でアオイの後ろにサッと隠れた。
「貴方! カナヲから離れてください!」
そして無惨の目の前に、しのぶが鬼の形相で割って入った。
「どっ、どうされたのですか? しのぶさん」
「気安く名前を呼ばないでください! 貴方がカナヲの父親? まさかそんな方だとは思いませんでした!」
しのぶの怒りを理解できない無惨。
だが、当のカナヲはそれを否定するように視線を逸らした。
「え? カナヲ、違うの?」
「ええ。実の娘ではありません」
「そうよね? だってむーさんが鬼になったのは1000年前っておっしゃっていたし。親子なわけがないわ」
カナエの指摘にしのぶは「そういえば・・・でもそれなら余計に酷いわ!」と叫んだ。
そしてカナヲは困惑の色を示し続け。置いてけぼりの3人娘と禰豆子は目を点にしていた。
「話を整理します。むーさん、カナヲの実の父親ではないというお話。私たちには経緯が見えてこないのですが」
「カナヲは・・・皆さんの前で明かすには憚られますが、人売りに出されていた子でした。そこを私どもが引き取り育てて・・・」
「知っています。その後でまた売り飛ばしたんでしょ!」
怒りの形相で噛みつくしのぶに、無惨は困惑した表情で「何の話ですか!?」と尋ねた。
「カナヲを人売りから買い取ったのは私たちです! カナヲはそれからずっと私たちと一緒にいたんですから! 蚤や虱まみれで口も利けなくなって。どんな酷い仕打ちをしたんですか!」
近くにあった新聞を丸めて握り、無惨に殴りかからん勢いで詰め寄るしのぶに、カナエは「ちょっと待って」と制止に入った。
「しのぶさんこそ何をおっしゃっているのですか! 私こそカナヲと一時も離れたことはありません!」
「カナヲ、どういうことなの?」
カナエの問いにカナヲは酷く困惑した表情を見せた。
意思表示をしたくてもできない。額から汗をにじませ、視点の定まらない目を全開に開いている。皆の視線が集まっている今一秒の全てに疲れているのが誰の目から見ても明らか。
その姿に無惨は心を痛めた。
それはかつて見たカナヲの悲痛な様子に酷似していたからだ。自らの想いを明かそうにも、自分の心の声を拾い上げることが苦手だった彼女が、胸の内で自分の心に押し倒されそうになっていた姿と。
「?」
そこに無惨は違和感を覚えた。彼の知るカナヲは心を克服していたはずだ。
なのに目の前の彼女は心の弱かったころのまま。
それどころか見た目もずいぶんと幼い。毎日見た姿だからこそ見間違えはありえない。
それこそ心の弱かった頃の。3歳ほど幼い頃の彼女の容姿であった。
「むーさん?」
「そういえば私の知るカナヲはもっと年上の子でした。よく似ていたので。人違い? いやでも私がカナヲのことを見間違えるなんて・・・まさか、そんな」
「何、違うの? 人騒がせな話ですね!」
しのぶが鼻をフンと鳴らし新聞を下ろすと、それが口喧嘩終了の合図だと安堵した禰豆子や3人娘に笑顔が戻った。
カナヲもまた息を吐き、アオイの背から離れてカナエの元へ歩み寄った。
「お騒がせして申し訳ありません。何せよく似ていたもので」
「まぁ珍しいわけじゃない名前ですから、同じ子もいるでしょう。貴方の名前だって今日の今日に大騒ぎしたばかりですから」
ようやく小さく笑顔を見せたしのぶに、無惨は「面目ない」と視線を落とした。
「ん?」
視線の先に置かれた新聞の記事に、無惨は目を大きく見開いた。
「ずいぶんと古い新聞を残していらっしゃるんですね」
「古い? これは昨日買ってきたばかりですよ」
「昨日ですか。これと同じ事件、3年ほど前にも起きましたよね」
「そうでしたっけ?」
首を傾げるしのぶから新聞を借り、無惨はその場で開いて中を眺めた。
「皆で騒いだのでよく覚えていますよ。あの年の正月前に起きた・・・えっ!?」
無惨は新聞の片隅の発行日を目にして言葉を失った。
しのぶは確かに断言していた。これは昨日の新聞である、と。
なのにそこに書かれていた日付は、明らかに・・・
「元号が!! 元号が変わっている!」
【平安コソコソ噂話】
年号や元号については様々な読み方や認識、説があるけれど
本作無惨は『年号が漢字部分、元号が数字部分』という認識を採用しているぞ!