鬼の討伐任務。鬼殺隊の柱にまで上り詰めた不死川にとっては日常。
だが今回は2つの意味で特別な任務であった。
1つは鬼の同行。鬼舞辻無惨を名乗る新種の鬼を連れての任務だ。
鬼を滅してこその鬼殺隊であるが、今回は鬼を知らない無惨に鬼を引き合わせ、その様子を探ることも目的となっている。
無惨が鬼をどう見るか。忌むべき存在か同族か。鬼殺隊と相容れぬ立場をとるか。
それを見極めることが重要であった。
もう1つは・・・もし無惨が鬼側の存在であると確認できた時、不死川は柱を辞める決意を固めていた。
鬼を無害な存在だと誤認して、産屋敷の前にまで引き合わせた責任は重い。
故に無惨が鬼側の存在だと判断した際には腹を切るつもりであった。
無惨が蝶屋敷に向かっている間に申告した切腹の決意を、産屋敷は反対していた。
それでも不死川は最低でも柱として隊士たちの上に立つべきではないと自分を責めていた。(それを横で聞いていた冨岡は『俺の責任への言及は無視か?』と黙って聞いていた)
「すっかり暗くなりましたね」
無惨と不死川の姿は暗い森の中にあった。
那田蜘蛛山。蜘蛛の名の雰囲気の通り、陰鬱な空気が山中に漂っている。
山道はそう険しくなく、油断さえしていなければ遭難することはないが、それでもこの森の闇に溶けてしまったが最後、得体の知れぬ化け物の腹の中へと消えていく不気味さが支配していた。
「鬼が出るっつうなら、おあつらえ向きの森だな」
「出ますかねぇ?」
まるで昆虫採集のソレで語り合う無惨と不死川。目つきの悪い帯刀男と場違いな洋服男。深夜の森で出会った者が違和感の余り逃げ出すであろう組み合わせが進む森の中。
「足を止めろ」
山道をしばらく歩いていると、急に立ち止まった不死川が無惨を制止した。
そして耳を澄ませると遠くから何者か2人分の足音が聞こえてきた。音の間隔から察するに駆け足で、手を握り合っているように互いに近い距離で走っている様子だ。
「鬼ですか? それとも旅人ですか?」
「こんな夜山で仲良くかけっこする人間なんざいねぇだろ。が、鬼同士は絶対につるまねぇ。つまり・・・」
人であれば状況的に不可解。鬼の習性に照らして考えても不可解。このことから不死川が導き出した答えは1つ。
「4つ足の異形の鬼だろうな。気を付けろ。鬼っつうのは人間とそう見た目変わらねぇ奴が多いが、異形の鬼は化け物みてぇな見た目をしてやがる。度肝抜かれねぇようにな」
無惨と不死川が気配を殺して登った山道の先。その足音の正体たちは対峙をしていた。
駆け足の主は少女の鬼が2体。そしてその目の前には幼い少年の鬼。
いずれも白い着物をまとい、白髪と奇妙な刺青のある似た顔の鬼たちであった。
その様子を草陰から覗く無惨と不死川。
『どういうことだ?』
鬼には共食いの習性があり、なわばりを持ち単独行動をとる。それが常識であった。
だが目の前の鬼たちはそうではない。少女の鬼の1体がもう1体の少女鬼から離れ、少年鬼の背へと回っていった。その所作には縄張り争いの気配は一切ない。
だが残された少女の鬼には恐怖の色が鮮明であった。背中しか見えないが、少年鬼は殺意を剥き出しにしているのだろう。
「あれが異形の鬼ですか?」
無惨のつぶやきに不死川は怒りを覚えた。予想が空振りだったことを指摘されたこともそうだが、虫の声すらないこの森の中で声を出す行為が如何に愚かであるか気付いていない無惨の無神経さに、もはや呆れるしかなかった。
「誰だい? そこにいるのは」
声に気付いた少年鬼がこちらに背を向けたまま話しかけてきた。背後を取られていたというのに随分と余裕がある。
「チッ、仕方ねぇ。おい、出るぞ」
悪態をついた不死川は抜刀しながら草陰から姿を現した。
「へぇ、鬼狩りか。鬱陶しいな。今、姉さんを叱るのに忙しいんだから邪魔しないでよ」
不死川の登場に少女鬼たちは焦りと恐怖の色を露わにしたが、少年鬼は変わらず冷淡につぶやき、不死川を見下したように視線を向けた。
その瞬間・・・無惨と不死川、少年鬼は互いの顔を視認し・・・叫んだ。
「伍!? 十二鬼月か!」
「無惨様!?」
「累さん!?」
「あ゛!?」「はっ!?」「えっ!?」
次の瞬間、三者三様の動きがあった。
不死川は無惨を睨み、少年鬼・累は少女鬼たちと共にその場で膝をついてしゃがみ、無惨は嬉しくも悲しそうに累の方を見た。
「どういうことだ!? テメェ、この鬼が今『無惨』って呼んだぞ!」
「無惨様! 何ゆえに鬼狩りと共に?」
「累さん! そんな・・・何故、貴方が鬼に!」
情報が混雑し、収拾がつかない状況に陥っていた。
「テメェ、やはり鬼の仲間か!」
「それより累さんが、累さんが白くて幼い!」
「無惨様から離れろ下衆が!」
殺気を露わに不死川は刀を無惨に向け、その殺気を察知した累が両手に蜘蛛の糸のような白い紐をまとい不死川に襲いかかった。
「俺の家族に゛ィィィ 手を出すな゛ァア゛アア゛!!」
更にその直後に森の中から累を援護するように現れた大男。
「出た! 不死川さんのおっしゃっていた異形の怪物、蜘蛛男!」
首から下は大男、頭部が完璧な蜘蛛のソレ。そんな怪物が現れたことで無惨は混乱に陥った。
不死川の刀が襲い来る累の方を向き、累の糸が不死川に迫り、蜘蛛男の拳が不死川に向かう。
「風の呼吸 弐ノ型 爪々・科戸風」
「刻糸輪転」
「ァア゛アア゛」
その全ての間に無惨は割って入った。
「!?」
「無惨様!?」
「ァア・・・アア」
無惨の鮮血が飛び散る。三者の驚愕と悔悟と畏怖が、無惨の血肉から刀と糸と拳を退かせた。
その直後、飛び散った鮮血が彼らに降り注ぐ。
不死川と累は睨み合ったまま血の雨に打たれた。
だが蜘蛛男だけは半開きになった口にその雨を受けてしまい・・・
「う、うぁああああああ!」
蜘蛛男の悲鳴が森にこだました。
「父さん!?」「父さん!」「御父さん?」「父親!?」
その場にいた者たちが口々に想いを漏らす中、蜘蛛男に異変が起きていた。
みるみるうちに体が縮み、不死川と同じ程度の体つきになり。
頭部の蜘蛛部分がボロボロと崩れ、その下に素朴な顔つきの男性の顔が現れたのだ。
「お、俺は・・・」
蜘蛛男・父の姿は異形の姿から人型の鬼の姿へと変貌していた。
彼自身も信じられないといった様子で呆然とし、周囲を見回し始めた。
そして無惨の存在に気付くと即座に膝をついてしゃがみこみ、深く頭を下げた。
「無惨様! とんだ御無礼を平に詫び致したく!」
無惨が「えっ? あっ?」と困惑するのも構わず、平伏する元・蜘蛛男。
その様子に累は驚愕のあまり微動だにできず、少女鬼たちもまた一歩も動くことができず。
そして不死川は『知性も理性もまったくなさそうだったのに、すごいきちんとしゃべりだしたぞ』と一瞬呆然とその姿に見入ってしまっていた。
「ハッ、そうじゃねぇ。おい鬼舞辻無惨! テメェこれはどういうことだ? 俺らを騙してやがったのか! 事と次第によっちゃ只じゃおかねぇ!」
不死川は怒号と共に日輪刀の切っ先を無惨に向けた。
当然その殺意に累は怒りを見せた。
「累さん! 貴方は動いてはいけません。先程の二の舞になるだけですよ!」
「無惨様・・・御意に」
無惨の制止に累は渋々立ち止まり、不死川に憎悪の限りを宿した視線を向けた。
「不死川さん。そのことに関しては、こちらの方々に事情を聞かねば私も返答のしようがありません」
そう言うと無惨は刀を突きつけられたまま無防備な背を不死川に向け、静かに累の顔を見た。
『やはり間違いありません。このお顔は私の知る幼い頃の累さん。白髪になろうと私が見間違うはずもない。まさかご本人? だとしたら一体何年私は・・・いや、ですがあの蜘蛛顔のお方のようにお顔が変わっていたとすれば・・・』
推理にふける無惨の沈黙に、累を始めとした鬼たちは戦々恐々としていた。
鬼狩りに向けたままの異様な視線。その意図が掴めない。叱責の前触れなのか、何かを試されているのか・・・
「お尋ねしたいことがあります。鬼は歳をとらないはず。でしたら累さん、そのお顔は貴方自身のものでしょうか?」
無惨の質問の意図を累は判断しかねた。
「・・・はい。僕は顔を変えてはいません。僕だけは僕自身の素顔のままです」
『やはり累さんは私と出会う前に鬼に変えられてしまっていた。なんということでしょう』
累の回答に無惨は確信を深めつつ、言葉の端に違和感を覚えた。
「そうですか・・・ん? “僕だけ”は? 他の皆さんのお顔は?」
「他の皆の顔は変えさせました。家族の証ですから。ご所望でしたらここに呼び集めます」
そう言って森のほうに手を向けた累。その言動の意味を無惨は理解できなかった。
『家族? おいおい、まさかじゃねぇが。だとしたら糞以下じゃねぇか』
不死川だけは何かを察したように累の敵意のない行動を睨んだ。
直後、累が手を向けた先から異様な白い物体が森の中から飛び出してきた。
それらは人型の鬼であった。累と同じ髪色で、よく見れば全員が累や少女鬼と共通して顔に紋様のような刺青が見られる。
鬼たちは地面に叩きつけられるように終結した。駆け付けたというよりは、引きずり出されたように。
「皆。無惨様の御前だ。行儀よくね」
累の言葉に鬼たちはハッとなり、ほとんどが即座に平伏した。1人だけ、女性の鬼が着物の裾にもたついていたことに累は眉間に皺を寄せた。
「母さん、いつも言ってるよね? 何でちゃんとやれないの?」
「あっ、ごめんなさい。やめて・・・」
累の怒りのこもった声に、母と呼ばれた女性鬼は恐怖の色を露わにした。
自らの身を守るように手で顔を覆う女性鬼。その仕草に不死川はますます確信を深め、無惨は哀れみを覚えた。
「累さん! どうされたのですか! お母様にそのような酷い態度を取るべきではないと私は思います!」
女性鬼を庇うように割って入った無惨の叱責に、累と女性鬼は驚愕と畏怖の顔を無惨に向けた。
そして不死川はますます嫌悪の眼差しを累に向け、吐き捨てるように言い放った。
「あ? このガキ鬼が酷ぇ理由? んなもん簡単だ。家族ごっこなんだろ? コイツの場合は息子気取りの糞餓鬼ってか? どいつもこいつも十二鬼月っつうのはよぉ!」
【平安コソコソ噂話】
不死川の怒りモードの理由は公式の小説版にあるらしいぞ!
ちなみに本作は公式の差し金でも、ステマでもないぞ!