「家族ごっこ・・・ですか?」
嫌悪感露わに累を睨む不死川。
そんな不死川に『何お前?』と侮蔑の視線で返す累。
その累の背後で累に同調できない様子で視線を落とす鬼たち。
そして無惨は状況を掴むことが出来ず困惑するしかなかった。
「不死川さん。累さんの何を苦々しく思われているのですか?」
「あ゛? 糞以外の何でもねぇだろぅが!」
「鬼狩りなんかに下品な口を叩かれるなんて心外だな。ましてや無惨様にその下賤な態度は万死に値する」
無惨に命じられたとおりに待機する累であったが、不死川への殺気は露わであった。
そんな累の姿に無惨は驚き以上に悲しさに包まれていた。
人を思いやる心に溢れる青年であったはずの累。彼が幼少の病弱な頃から知った仲であり、その成長も幸せも全て見てきた。
目の前の累は無惨が出会った頃の幼さのまま。
そして彼が父母と呼んだ鬼は、無惨の知る累の両親ではない。
まして、いくら不死川が悪漢のような見た目で、口調で、服装で、態度であったからといって、殺気を見せるような性格ではなかったはずだ。
「累さん・・・貴方の御家族は・・・」
「あ゛? こいつらが家族なワケがねぇ。そこの家族全部が糞餓鬼の後ろで震えてやがる。ってこたぁ話は単純だ。反吐みてぇな手段で服従させてやがんだろ? 逆らえば暴力で強要してな。俺は鬼がいくら泣こうが苦しもうが知ったこっちゃねぇけどなぁ」
不死川の言葉に、累は否定しようという気配すら見せなかった。
「そんな低い語彙力で僕ら家族の絆を語ってほしくないね。恐怖の絆っていうのは何よりも強いんだ。絶対に切れることがない」
累の語り口には自信が満ちていた。だがそこに無惨がサラリと「駄目ですよそれは」と否定すると、累は一瞬何が起こったのかわからない表情となり、直後に絶望の淵に立たされた顔になった。
「無惨・・・様?」
「累さん何をおっしゃっているのですか? 恐怖というものは絶対に絆ではありません」
累の語る絆をキッパリと否定した無惨。累の白い顔はその言葉にますます蒼白となった。
「たしかに家族というものは年齢関係なく互いに躾や叱咤し合ってよいものです。時に手が出てしまうこともあるでしょう。ですがそこには相手の為を想う気持ちが重要。それも恐怖が含まれてしまえば意味がありません」
無惨が累を否定したことで、鬼の家族たちの表情が光を宿し始めた。
不死川の瞳もまた『当たり前だ』というように無惨に同調の色を見せた。
「家族というものは互いの幸せを願う存在です。絆というものは紡ぐものではなく、幸せの過程の中で紡がれるものです。累さん・・・貴方が道を違えたことが残念でなりません」
「そ、そんな・・・」
愕然となった累は深く顔を落とした。心の折れる音がその場の者たちの耳にしかと届いた。
『・・・おいおいどういうことだ? こいつは本当に鬼舞辻無惨なのか?』
目の前の対話を信じられなかったのは不死川だけではない。鬼の家族たちもまた同様。
この目の前の無惨が本当に鬼舞辻無惨なのか? 今まで恐れていた者の本性が、こうも善であったというのか?
『見た目が似ていた? “鬼違い”だってのか? 名前も偶然? そもそも鬼どもは何を以っててめぇらの大将を認識してやがる?』
不死川は無惨が白であることを心の底で願っていた。故に思考が自然と都合の良い解釈に偏りつつあった。
どこかに無惨が潔白である理由や根拠がないものか。その潔白さを正当化させることができないか、と。
『もしコイツが鬼舞辻無惨と誤認される鬼だとしたら・・・鬼どもを上手く騙して十二鬼月の情報を聞き出したり、俺らに都合よく利用できるんじゃねぇか?』
「あと皆さん、実は私はあなた方の存じる鬼舞辻無惨ではありません。全くの別人・・・別鬼です」
無惨の余計な一言により、不死川の算段は秒で崩れた。
「え? 無惨様では・・・ない!?」
鬼の家族たちに動揺が走った。不死川は心の中で『阿呆!』と叫んだ。
勘違いされていたからこそ大人しくしていた相手に事実を明かせば、怒りを覚えて襲ってくる可能性が高い。それは鬼でなくても人であっても同じのはず。
あまりにも迂闊すぎる、と。
「そんな・・・でもまさか・・・」
そんな不死川の心配とは裏腹に、鬼の家族たちは酷く困惑した。累はあまりにも心の傷が深くうつむいたままであったが。
特に動揺が激しかったのは父を名乗らされていた鬼であった。
「そ・・・そんな・・・お許しください! どうかお許しを!」
空に向かって何か許しを懇願しはじめた父鬼。その光景に無惨と不死川は困惑し、鬼の家族たちは顔を伏せた。
「どうされたのですか!? 何を恐れているのです?」
「あ、貴方が無惨様ではないということは・・・私は無惨様の名を口にしてしまった! あの方の存在を口外した私は・・・まもなく呪い殺されてしまう!」
顔中に恐怖の色を溢れさせ、頭を抱える父鬼。
死よりも恐ろしい死を待つ、その時間に恐怖する父鬼を無惨は放置できなかった。
「おい、何してやがる!?」
不死川は刀を下ろしたことを忘れたまま無惨を制止しようとした。
そんな不死川に構うことなく、無惨は父鬼に歩み寄るとその肩に手を置いた。
「落ち着いてください。心乱れたまま死を迎えることは何よりも恐ろしいこと。私でよければ身を貸します。どうか」
「嗚呼・・・無惨様・・・」
無惨の腕に支えられ、父鬼は混乱の中で徐々に息を落ち着かせていった。
そして彼はふと気づいた。一向に死が訪れないことを。
「・・・? どういうこと?」
それは鬼の家族たちも同様であった。父鬼に訪れない鬼舞辻無惨の呪いに、自らの目を疑っていた。
「どうされました? まさかもう呪いが?」
「いえ・・・無惨様の御前でない所で御名を口にした鬼は呪いによって死に至ります。ですが私は・・・何故?」
自らの両手を眺めながら困惑する父鬼。その姿に無惨も首を傾げたが、不死川だけは何かを察した表情を浮かべた。
「合点とまではいかねぇが・・・成程、やっぱアンタは鬼舞辻無惨じゃねぇな」
「不死川さん? 何か分かったのですか?」
「ああ。鬼殺隊が何百年と鬼舞辻無惨の痕跡にたどり着くことすらできなかった理由。名前を口にするだけで死ぬ呪いっつのが鬼にあったからっつう値千金の情報が知れたのはデケェ。でもってテメェが新種の鬼っつうのもデケェ」
何が大きいのか意味不明なままに自分だけ合点している不死川に、『もったいぶらないで欲しい』と縋る視線を向ける無惨。
「禰豆子を鬼に変えたアンタの血。そいつをその鬼も口にした。でもって禰豆子も鬼舞辻無惨の名を口にして死んでねぇ。つまり、その鬼はもう鬼舞辻無惨の鬼じゃねぇ。アンタの鬼に変わったっつうことだ」
不死川の指摘に「おぉ!」と感嘆の声を上げる無惨。
「それはつまり・・・貴方様は無惨様ではない・・・にも関わらず鬼を増やすことが出来るのですか?」
「ええ。まぁ私の名前も鬼舞辻無惨なのですが」
鬼舞辻無惨ではない鬼舞辻無惨の血によって鬼舞辻無惨の鬼となり鬼舞辻無惨の呪いが解かれた。何ともややこしいものだと、鬼たちは目を丸くした。
「ですが貴方様の御陰で私は・・・全てを思い出しました。鬼となる前のことも・・・鬼になった後のことも・・・」
そう言うと父鬼は無惨に一礼すると、身を返して今度は母鬼に深く頭を下げた。
「すまなかった母さん・・・私は今まで何という酷いことを・・・詫びのしようがない」
「そんな、父さん」
涙する母鬼に父鬼はひたすら謝り続けた。
その姿に胸打たれながら無惨は父鬼の口にしたある言葉にひっかかった。
「ところでお父さん。貴方は全てを思い出したとおっしゃっていましたが、ひょっとして鬼になったことで人間だった頃の記憶が失われたのですか?」
無惨の問いに父鬼は首を横に振った。
「いえ。私は鬼に変貌し自らの家族を喰い殺しました。初めのうちはその罪深さを悔い、死を思い立つほどに後悔に苛まれましたが、それでも生への執着に溺れ。いつしか心が壊れてしまいました。全てを忘れ、鬼として生きていく他に道が無かったと言うしかありません」
うつむきながら答えた父鬼。その姿に他の鬼たちも胸に手を当て始めた。
無惨は不死川の方を振り返った。
「不死川さん、これが産屋敷さんや貴方が見せたかった鬼の悲しい姿なのですね」
『違う。これ、俺、初見』と出てきそうな口を不死川はどうにか堪えた。
「あ、あの・・・えっと・・・鬼の御方」
無惨の名を呼ぶわけにもいかない母鬼の声に、無惨は「むーさん、でいいですよ。これ、カナエさんがつけてくださったんです」と答えた。不死川は「俺は呼ばないぞ」と呟いた。
「あの、むーさん・・・甚だ図々しく、身の程をわきまえぬことと存じておりますが・・・その、もしお許しいただけましたら、私にもむーさんの血を分けていただくことはできますでしょうか?」
鬼の呪いから解放されたいという母鬼の請願に、鬼たちは戦々恐々となった。
もし鬼舞辻無惨本人に対してであれば、どれほど無謀な願いであろう。(無論、血を頂くという願いは誰に対してであっても強引なものでもあるが)
「ええ、私の血なんぞでよろしければ」
即答で快諾。無惨の言葉は鬼たちの憂慮を置き去りにしていた。
「ですがお父さんのおっしゃっていたように、私の血を飲めば今までの記憶が蘇るといいます。それは貴女にとっても辛い記憶かもしれません。それでもよろしいのですか?」
「・・・はい」
詰まった言葉に覚悟を乗せた母鬼の返答に、無惨は「分かりました」と親指を口元に近づけた。
「・・・不死川さん、申し訳ありませんが何か刃物はありますか?」
指を嚙み切るのを躊躇う無惨に、不死川は懐から小刀を取り出して手渡した。
どちらにせよ、怖いのには変わりなかった。
母鬼が差し出した手に、無惨の血がポタリと垂れた。
それを口にした途端、母鬼は幼子の体に戻り、その目に大粒の涙を浮かべた。
「あぁ・・・そんな・・・私・・・」
母鬼もまた家族を喰らったのであろう。血を口にした直後には無惨への感謝を述べたが、以降は家族への謝罪をひたすらに呟き続けた。
「あ・・・あの! むーさん様! 私にも血を!」
「わ、私にも!」「俺にも!」
鬼の家族たちは列挙して無惨に血を懇願した。
「勿論。いいですとも」
無惨は快諾し、一鬼ずつに血を分け与えていった。
誰もが血を口にしてむせび泣き、自分の家族への謝罪と、そして母鬼への謝罪を口にしていった。
ちなみに血の配給の中、顔だけ鬼で体は蜘蛛の異形中の異形の鬼に、無惨は腰を抜かすほどに驚いていた。他の鬼の家族の体に隠れて見えなかったからこそ、余計に初見が心臓に悪かった。
こうして一通り、家族の鬼たちは無惨の鬼へと変わっていった。
そして残るは・・・
「累さん。次は貴方の番ですよ」
そう言って無惨は項垂れたまま血を見つめる累の元へ歩み寄った。
周りの声など全ての知覚を拒絶していた累は、不死川が警戒している間もずっと死んだように制止していたが、無惨の言葉に静かに顔を上げた。
「ぼ、僕に?」
「あ? そいつに血は要らねぇだろ? 今まで散々に他の鬼を隷属してきた奴だぞ?」
吐き捨てるように口にした不死川の言葉に、鬼の家族たちも何鬼かは同調するように頷いた。
「私の読みでは累さんもまた辛い記憶を忘れています。それを思い出すことが累さんの心にとって何よりも必要なのです」
無惨は小刀を手に自らの指に押し当てた。
「僕の心に必要?」
「ええ。貴方の心を救うために」
プチッと指の腹を切った無惨の手から血が滴り、累の手にそれが落ちた。
「どうぞ、グイッと」と促す無惨。『心を救う?』と苛立ちをにじませた不死川も、この言葉に「酒みたく言うな!」とつっこまずにはいられなかった。故に反論が口から出る機会を失った。
「・・・あ・・・嗚呼・・・ああああああああああ!」
累の悲鳴は鬼の家族の誰よりも悲痛なものであった。
「父さん、母さん・・・僕はなんてことを・・・ごめんなさい、ごめんなさい」
地面に顔を擦りつけるほどに打ちひしがれた累の姿に、彼を批判しようとした鬼や不死川はその口を押さえずにいられなかった。
「累さん。やはりお父様とお母様は貴方が」
「全部僕が悪かった・・・父さんも母さんも、人を喰った僕を殺して自分も死ぬって・・・なのに、本物の家族の絆を僕は自分の手で切ってしまった。絆がずっと欲しかった。なのに酷い偽物の絆を・・・ごめんなさい。みんな、ごめんなさい」
少年相応の心から絞り出すような謝罪を、誰もすぐには責めることはできなかった。
累もまた苦しかった。だからといって心から許す気には・・・
だが、どう落としどころを探そうにも、やはり累から受けてきた仕打ちが邪魔をして直視ができない。
そんな鬼の家族たちのやり場のない怒りの様子を、無惨は静かに見つめて口を開いた。
「皆さん、累さんのことで私に1つだけお許しをいただきたいことがあります」
この言葉に誰もが顔を上げて無惨の方を見た。
「お許しも何も、無ざ・・・むーさん様の申されることでしたら何も反対なんぞしようがございません。ですが・・・」
父鬼が代表して答えた。だがその返答には『累の罪を赦すことだけはできない』という譲歩できない一線がこもっていた。
「もちろん累さんの罪は消えませんし、償いきれるものではありません。皆さんに対してもそうですし、多くの人を喰らってきた罪も。そうですよね?」
無惨の問いに不死川は「十二鬼月っつうなら喰ってきた人数は数百どころじゃねぇだろうな」と苦々しく答えた。
その言葉に不死川もまた『累の罪を赦す』ことは却下事項だという意思が込められていた。
だがそれを感じつつも、無惨は真っ直ぐに鬼の家族たちを見つめて口を開いた。
「ですので私が“累さんの罪を共に背負うこと”をお許し願います」
【平安コソコソ噂話】
今の無惨に搭載された機能一覧
・人の食べ物を体が受け付けることができる。(食人も可能ではある)
・鬼を増やすことができる。増やした鬼もまた食人可能だが、普通食で十分栄養摂取可能。
・身体変化も可能。体内の構造や見た目の変化も自在。
・傷の治癒力は原作と比べて低下。傷を積極的に治そうというほど生への執着が弱いため。(ちなみに今回、血を与えるための指切りくらいであれば数秒で治癒。そのため血を与えるたびに指を切っていたから痛くて痛くてたまらなかった)
・鬼の所在や心の声は探知不可。(自分が増やした鬼でないためそもそもの探知も不可であり、心の声は聴くつもりすら無いため未収得。所在探知は珠世に毛嫌いされたため必死にサイレント機能を習得)
・臓器の数は自分でも把握していない。元の世界の頃も流石に減らすのが怖かった。特に有効活用できていないため機能としては1個分も働いていない(当社比)。
・ち、おに、じゅつ?