累の罪を共に背負うという無惨の宣言。累だけでなく反対できる鬼はいなかった。
「おいおいおい、アンタ分かって言ってんだろうなぁ?」
立場上、恩人に反論できないのは無惨の鬼となった者だけ。
鬼殺隊である不死川は関係の無い立場であり、そしてその言葉の意味を深く怪しむ立場の者であった。
「そいつは十二鬼月。今まで数えきれねぇほどの人間を喰ってきた。その罪を背負うだと? それが軽口じゃねぇっつうなら、一体全体どういう罪滅ぼしをするつもりだ! えぇ? 今日初めてアンタら以外の鬼に会ったっつう鬼舞辻無惨さんよぉ!?」
鬼がどれほど罪深い存在であるかの実感が無惨には伴っていないという呆れが不死川の言葉には宿っていた。
だが無惨の目は真っ直ぐに不死川を見ていた。
「無論、人を喰った累さんの罪は海よりも深いでしょう。その責を累さんが命を以って償うとおっしゃるなら、私もそれを尊重します」
無惨の言葉に累は心臓を掴まれたような気持ちになった。
向き合わなければならない罰であることは自覚している。それを無惨の口から宣告されることは何よりも恐ろしかったが、誰かに言ってもらえなければその念に押し潰されそうな弱い自分も自覚していただけに、ある種の救いにも感じていた。
「ですが私は別の償い方が累さんにはあると思っています。累さんにしかできない、死よりも大きな償いです」
そう言うと無惨は累の肩に手を置いた。
「悪鬼・鬼舞辻無惨を倒すため、不死川さんたち鬼殺隊に協力をすることです」
無惨の言葉に不死川は自分の耳を疑った。
「十二鬼月が鬼殺隊に協力? しかもアンタ・・・」
「もちろん私ではない鬼舞辻無惨のことですよ」
それは言われなくても分かっている、と誰もが心の中で指摘した。
「むーさん様が・・・その御決意を?」
「ええ。私もその鬼舞辻無惨を名乗る鬼を許せなくなりました。その者を放置すれば、累さんや皆さん、不死川さんたち鬼殺隊の方々、平和に生きている方々。私の大切な方々が無尽蔵の悲しみの連鎖に囚われ続けてしまう。私はそれが何よりも許せない」
無惨の言葉は静かであったが、その中に荒波のうねり以上に怒りが渦巻いていた。
「御父さんが名を口にすることも憚るほどの悪鬼。私も想像でしかありませんが恐ろしい相手ですが累さん、私と一緒にその鬼と戦っていただけませんか?」
「御意に!」
無惨の願いに累は身をのり出して従った。
「・・・マジかよ」
不死川の手は無意識の興奮に震えていた。
口約束ではあるが信じられない合意。鬼殺隊の歴史でも類を見ない快挙であろう。
無惨を介して、鬼が協力関係に相成ったのだ。
「そして皆さんにもこの件でお願いがあります」
そう言って無惨が鬼の家族たちの方を向くと、父鬼を始めほとんどの鬼たちが即座に頷いた。
「ええ。累を許すことは正直に申し上げて、すぐには難しいことです。ですが、むーさん様の意のままに我々もいずれは」
「家族を恋しく思う気持ちは・・・痛いほどに理解できますから」
累の方を向くことはなかったものの、鬼たちは顔を落としながら言葉少なに答えた。
それを聞いて無惨は小さく微笑んだ。
「そして!」
その直後、父鬼が代表して無惨に向けて拝礼すると声高に
「我々も、むーさん様と共に鬼舞辻無惨と戦うことを誓います!」
このビシッと揃った宣言に無惨は困惑した。
「あの、それは・・・いえ、そう言っていただけるとありがたいです」
無惨の苦笑いに、決意が空振った鬼の家族たちは微妙に膝を折った。
「むーさん様は何を我々にお望みでしたでしょうか?」
「そうですね、望むことと言えば・・・実は皆さんとは境遇が違いますが、私が鬼にしてしまったばかりの人の娘がいます。禰豆子さんというのですが。これから先、私に何かあった時に、皆さんにはその娘の味方になっていただきたいと思っています」
縁起でもない無惨の言葉に誰もが表情を暗くした。
だが、無惨の憂いを少しでも支えることが今の自分たちにできる最速の貢献。
「我々の命は貴方様の物! 存分にお使いください!」
「・・・命は大事にしてくださいね」
ほぼ一斉に拝礼した鬼たちを前に、無惨は苦笑いするしかなかった。
「では早速。打倒悪鬼・鬼舞辻無惨の御話を。ずばりお尋ねします。鬼舞辻無惨は今、何処にいるのか教えてください」
核心に迫る覚悟の目を燃やした無惨が尋ねた。が、累たちは一堂に首を横に振った。
「・・・どなたも御存じないのですか?」
「だろうな。鬼殺隊ですら何百年と足どりを掴めてねぇ慎重な奴だからな。そこいらの鬼どころか十二鬼月ですら所在を知らねぇんだろう」
不死川の言葉の通り、累ですら「申し訳ありません」と不明を詫びた。
「呼ばれて会いに行くということはありましたが、こちらからの呼びかけに応じたことはありません。なので居場所となると・・・いや、まてよ」
累は自分の言葉に何か思い当たる節を覚え、口に手を当てて考え込み始めた。
「累さん?」
「居場所は分かりませんが・・・もしかしたら、おびき寄せる方法はあるかもしれません」
累の言葉に不死川は「本当か!」と叫んだ。
「それは、僕を囮にする策です」
「囮に?」
「んなもん、どうやるってんだ?」
「実は僕は・・・お気に入りなんです」
呼称を言い出しにくそうな累の代わりに無惨が「あの鬼舞辻無惨の?」と尋ねると、累は静かに頷いた。
「他の鬼は謁見を許されることすら珍しいのですが、その招集を僕は断ることができました。今日も・・・・所用があるからと断りましたが、お咎めは何もありません」
“所用”の部分に何か引っかかるような言い方をした累。同時に無惨たちが最初に出会った少女の鬼の2人も互いに視線を合わせないようなよそよそしい態度を見せた。
「なるほどな。重宝されてたのか愛玩されてたのかは知らねぇが、たしかにお気に入りっつうのは嘘っぽくねぇな」
「はい。なので次に僕が呼び出しに応じなかった時、もしかすると僕の様子を確認しに、この森に直接くるかもしれません」
「はぁ!? おいおいおいおい! そいつはスゲェことだぞ!」
累の提案に不死川は目を見開いた。
この話が嘘でなければ千載一遇の好機。鬼殺隊が一度たりとも追うことのできなかった鬼舞辻無惨を、待ち構えて討つことができるかもしれないのだ。
「いつだ! 次に鬼舞辻無惨からの呼び出しはいつ来る!?」
「それは分かりません。いつも不定期で、来週か来月か。それに今回は少し妙で、いつもなら断りを頭で念じれば返答が戻ってくるのですが、特に返事が無かったので」
興奮気味の不死川に、累は困惑しながらも一生懸命に答えた。
「なら話は早ぇ。今すぐにお館様に報告して、この森に鬼殺隊の拠点を張るぞ!」
「でしたら我々はそのお手伝いをさせていただきます!」
1秒すらも惜しいと地面に飛び込むように座り込んだ不死川が筆を走らせると、鬼の家族たちは腕まくりした。
その後、不死川からの一報が届いた産屋敷は驚天動地の大騒ぎとなった。
「ほぉ、十二鬼月と遭遇。だけど報告があるということは実弥は無事に討伐したということだね」
「なっ!? あの者が鬼舞辻と同じ姿で同じ声!? 鬼も見間違うほどに! これはいかに」
「鬼が無害化! 鬼の家族!?」
「十二鬼月の協力を取り付けた!?」
「きっ…………鬼舞辻無惨を…………おびき寄せ………」
あまりにも信じられない記載に、産屋敷は報告書を手にしばらく呆然と座り尽くしたという。
【平安コソコソ噂話】
ちなみに無惨が累の自決は尊重しておきながら、不死川の切腹を反対したのには理由があるぞ。
死んだ人は戻ってこなくても、禰豆子はまだ生きているからだ。
もちろんそれは鬼が人に戻る可能性があるという前提が無惨にあるからであり、不死川はこの認識の落差に頭痛がしたらしいぞ!