あなたが落としたのはきれいな無惨ですか?   作:三柱 努

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願い事ひとつだけ

「ここが無害な鬼の棲む森・・・」

産屋敷の指示により鬼殺隊本部から派遣された隠たちが目にした光景。

それは朝日をも遮る鬱蒼と茂った森の中に、眉をピクピクさせて佇む不死川実弥。

を囲み、のんびりと茶とおにぎりで一服する鬼たちと無惨の姿であった。

「報告通りだな。鬼が群れを作っているなんて・・・・」

「いや、それよりも言うべきことがあるだろ」

「ああ。風柱様の異様な殺気がむしろ鬼のモノだ」

 

事の次第は至極単純。無惨の血によって人の食い物を口にすることができるようになった鬼たちに食べ物を、という話になり。

手持ち分の食糧では足りなくなったため、人里に食べ物を分けてもらいに行くことになった。

当然、鬼が朝日も近い時頃に森から出るわけにもいかず、不死川が使いに出る事になった。

鬼狩りが鬼のためのおにぎりを調達。笑えない話であった。

 

 

「風柱様。御屋形様より指令がこちらでございます」

隠が書簡を読み上げ、産屋敷からの指示詳細が伝えられた。

鬼舞辻無惨迎撃案を支持し、累は囮として森に残ること。

不死川は迎撃戦力のため同様に森に残ること。

山に鬼殺隊の気配を察知されぬよう、拠点整備の際には鬼の一家の助言・協力を求めたい。

そして・・・

「新たな無惨殿は本作戦には参加せず、本部に戻られたし。との指令です」

無惨が「私?」と自らを指さすと、“新たな無惨殿”という人生で一度でも口にしたことのない単語を口にした隠は『この人のことだったのか』と目を丸くした。

「そんな・・・たしかに力仕事の要員でしかお力になれませんが・・・」

「ですが、お館様よりの御伝令になりますので」

「まぁ妥当な指示だな。鬼の無害化っつう貴重な財産を戦場に置いとくワケにはいかねぇ」

「そうですよ! むーさん様の身は僕たちの命なんて比べ物にならないほど大事です!」

不死川の言葉にウンウンと頷く累たち。

「・・・ですが1つ問題が」

すると父鬼が一人、膝をついて無惨に進言した。

「我々がここに残るのは当然として。以前お話のあった禰豆子殿の御味方をする件。その御約束を果たさねばなりません」

父鬼の話に『そういえば』と一家は顔を見合わせた。

「むーさん様の本部御帰還に合わせ同行すべきその大役。私は母さんが適任かと存じます」

父鬼の提案に母鬼であった少女は「私が?」と目を丸くした。

それは大役というだけではない。戦線から遠い安全な場所へ避難するという意味を持つことになる。

「そんな、みんなが危ないところにいるのに私だけ・・・」

「いいや。母さんは今まで随分と苦しんできた。むーさん様、母さんを是非ともお願いしたいと思います」

深々と頭を下げる父鬼に、無惨は「ええ。この子なら禰豆子さんともきっと仲良くしていただけると思います」と微笑んだ。

 

 

こうして無惨の鬼殺隊本部への帰還が決まった。

山の麓に寄越された車の元には不死川が見送りに来た。

「不死川さん、御世話になりました。どうかご武運を」

「世の中で一番保証できねぇ運だよなぁ。アンタみたいな鬼に会えた時点で使い切っちまったが。できりゃもっと早く会いたかったな」

どこか遠くを見るような視線であったが、不死川は穏やかな笑みを浮かべていた。

「そう言っていただけるほど私は偉い鬼ではありませんが、同じ思いの鬼や人がどこかにいらっしゃるでしょう。私は戦いのお役には立てませんでしたが、これからは遠い地で少しでもそういった方々の力になりたいと思います」

無害な鬼を生み出す血を武器に自分なりの“戦い方”を胸に秘めた無惨。

その無惨に不死川は「そういうアンタに一つ忠告がある」と口を尖らせた。

「そりゃアンタの血で救われる鬼もこれから山ほど出会うだろうな。だがな、そん中には絶対に“救いようのない”鬼も出てくるはずだ。人間だってそうだろ? どう足掻いたって屑でしかない奴もいる。そういう奴に出会った時、アンタはどうするんだ?」

眉を吊り上げた不死川の言及に無惨は呑気な顔で首を傾げ、手をポンと叩いた。

「お会いしたその時に考えます。助けて後悔するよりも、助けられずに後悔するほうが辛いですから」

決して正しい答えではない無惨の言葉であったが、不死川は呆れながらも「アンタらしいな」と微笑み、それを最後に背を向けて山へと戻っていった。

 

だが無惨も不死川も、この忠告の事態を深く受け止めていなかった。

それが後に何を引き起こすことになるかも、この時は予想もできなかった。

 

 

 

その後、無惨と母鬼を乗せた車は蝶屋敷へと到着した。

「むーさん、おかえりなさい」

屋敷の前で待つカナエの姿に無惨は車内から「ただいま」と微笑み、慎重に傘をさして追って降りる母鬼を外に迎えた。

「あら、そちらのお嬢さんは? もしかして鬼のお嬢さん?」

一目で鬼と見抜かれたと思い、母鬼は一瞬緊張の色を見せたが、カナエの温かい目を感じると小さく微笑み会釈した。

「さぁさぁ早くお屋敷にどうぞ。禰豆子ちゃんも待っているわ」

カナエに招かれた無惨と母鬼。

だが2鬼が門をくぐった直後、カナエは無惨の背後に向けて姿勢を正した。

「え? あっ、産屋敷さん。いらしていたのですか」

カナエの態度を不思議に思った振り返った無惨が目にしたのは、隊士であっても滅多に謁見できない鬼殺隊当主・産屋敷耀哉の姿であった。

病弱であるだけでなく、鬼殺隊の最高位、全ての要である当主が屋敷を離れることは滅多になく、ましてや鬼の前に姿を見せることなど誰にも考えられない事態である。

そんな産屋敷が大柄な盲目の僧を連れ、無惨の前に現れた。

「やぁ、おかえり。少し話をしたいんだ。いいかな?」

カナエですら状況を読み込めていなかったが、無惨はすぐに「ええ」と快諾した。

 

蝶屋敷の庭に隠によって天幕が、“何が”あってもいいようにと2つ設営された。

無惨のものと産屋敷のものだ。盲目僧は護衛であろう。

「那田蜘蛛山の報告には驚かされたよ。鬼舞辻無惨の迎撃策。確証こそないが賭ける価値は十分にあると思う」

「私も悪鬼・鬼舞辻無惨は少しでも早く討伐すべきと考えます。なのにその場に私が参戦しないことは悪いような気がします」

不満を口にする無惨に、鬼殺隊として一線に出ることのない立場にある産屋敷は「そうだね」と共感を示した。

「だけどキミという存在を鬼舞辻無惨に知られるわけにはいかないんだ。この作戦が上手くいくとは限らない以上ね」

「私という存在を、ですか? たしかに私が鬼を心変わりさせるのはアチラにとっても良い話ではないですね」

「ああ。だけどそれだけではないと私は考えているよ」

そう言うと産屋敷は顔の前で指を立てて息を静かに吐き、隣の僧に視線を送った後に口を開いた。

 

「私は、あの山に“本物の無惨”は現れないと考えている」

「えっ? それはどういう・・・」

産屋敷の言葉に目を丸くする無惨。その無惨の反応に、盲目僧は腰の武器に手を伸ばし、産屋敷は慎重に口を開いた。

 

「つまり・・・・キミこそ本物の鬼舞辻無惨なのではないか? とね」

 

 

産屋敷の言葉に場の空気がピンと張りつめた。

と、感じたのは産屋敷と盲目僧だけであった。

「私は正真正銘の鬼舞辻無惨です。前からそう言っているではないですか」

キョトンとした顔で答えた無惨。「今のが『つまり』になるのですか?」と自分の解釈不足を詫びる態度さえ見せている。

その気配に肩透かしをくらった盲目僧から肩の力が抜け、産屋敷もまた安堵の溜め息を吐いた。

「そうだったね。だけど今、ますます可能性が高くなったよ。キミこそが本物の鬼舞辻無惨だとね」

産屋敷の含みを持たせたような言い方に「どういうことですか?」と首を傾げる無惨。

「キミもまた鬼舞辻無惨と同じ平安時代に生まれた鬼だったね? だけどキミは自分以外の鬼舞辻無惨が存在したということを知らないまま、数百年を地の中で。そしてその後もキミの周りには悪鬼が現れなかった」

確認するように問いかける産屋敷に、無惨は「はい」と素直に答えた。

「つまり可能性ではあるが・・・我々の敵である鬼舞辻無惨は、同じ時代に存在した鬼であるキミに成りすまして悪事を働いていた。そしてキミの不在の間に勢力を拡大しながら、キミを避けて鬼を生み出し、人を殺めてきた。つまり偽物の鬼舞辻無惨ということさ」

産屋敷の推理に、無惨は「お・・・ほぉ~!」と感心した。

「キミの姿や声が鬼舞辻無惨と似ているという報告も、これで説明がつくね」

「ですが、悪鬼はどうして私に成りすましたんでしょうか?」

「キミに罪を擦り付けるためか。有事の際に囮にでもするつもりだったのか。それとも何かを恐れているのか。いずれにせよキミがコチラ側に来てくれたことを偽物が知れば、奴は更に姿を隠してしまう可能性がある」

「なるほど」

「勿論、姿も名前も同じというのが単なる偶然という可能性もある。いずれにせよキミを山に残しておくよりも、離したほうが利が大きいと判断した。これで納得してもらえるかな?」

産屋敷の言葉に無惨は「はい!」と元気よく答えた。

その淀みのない反応に盲目僧も小さく笑みを浮かべた。

 

「そういえば産屋敷さん。珠世さんや狛治さんたちとは連絡が取れましたか?」

「いや。まだ使いを向かわせているけれど返答は無いね。それがどうしたのかい?」

産屋敷の言葉に無惨はう~むと腕を組んだ。

「いえ。私はもちろん鬼殺隊の皆さんのお力になりたいと思っているのですが、禰豆子さんを鬼から人に戻してあげることも重要だと思っているのです。それが上手くいけば他の鬼の皆さんのためにもなりますから。ですがその手段を探そうにも珠世さんたち抜きでは厳しい話でして」

手をぐねぐねと回して手持ち無沙汰を表現する無惨に、産屋敷はクスリと笑って提案をした。

「なるほどね。禰豆子のために何かをしてやりたい。というなら、どうかな? 仲間の鬼の方々が来るまでに、禰豆子を家に帰しに行ってもらえるかな?」

産屋敷の提案に無惨は「いいんですか!?」と喜んだ。

「ああ。人に害のないことの証明のために来てもらったんだ。疑いが晴れた今、一日でも早くご家族を安心させてあげたい」

「ですが、もし途中で本物の鬼舞辻無惨に遭遇してしまったらどうしましょう」

無惨の心配に、『そんな稀すぎる不運は万が一にもないと思うけど』と産屋敷は笑いを堪えつつ答えた。

 

「護衛にカナエとしのぶをつけよう。鬼と遭遇したとしても2人ならキミの存在を伝播される前に討伐してくれるさ。彼女たちも次の任務で同じ方角にある町に用があるからね」




【なぜなにむ~さん】
隠の到着までの間、鬼たちの疑問に無惨たちが答えたよ。そしてそれぞれの回答に対する反応もあるよ。

Q.1 むーさん様は何故、僕の事を知っていたのですか?
A:累さんがおそらく鬼になる前、お宅にお邪魔して闘病を応援していましたので。

「なるほど、記憶が混在していました。あの頃に僕の事を励ましてくださっていたのは、むーさん様だったんですね。僕は鬼としてのことではなく、病弱な体を悩んでいたのか」



Q.2 不死川殿はむーさん様のお気に入りの鬼狩り様なのですか?
A:んなわきゃねぇだろ。

「お気に入りでもないのに、あんなにも無礼な口を!?」



Q.3 むーさん様は猫は好きですか?
A:ええ。猫さんだけでなく、この世にあるものは全てが美しいものだと思っていますよ。

「じゃあ、お蕎麦は好きですか?」「お好きな季節は?」「好きな食べ物は?」(エンドレス)

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