「では参りましょうか」
禰豆子を家に帰すため、無惨には竈門家行きの車が用意されていた。
蝶屋敷の面々も見送りに集まる中、“荷物”も用意完了であとは乗り込むだけ・・・
「ですが。1つ問題が」
「ええ。大問題ですね」
一行は鬼舞辻無惨、竈門禰豆子、母鬼。その護衛に胡蝶カナエと胡蝶しのぶ姉妹。
そして勿論、運転手となる隠1名である。
乗車定員が超えているのだ。
広々とした使用車であるが、やや多めの荷物を載せているせいもあり乗れたとしても大人2人半ほどの広さしか残っていない。
「助手席には姉さんかわた・・・私が乗るとして。後ろの席に4人も詰めたら身動きも取れなくなって、護衛もクソもありませんよ」
目で訴えるカナエの様子を伺いながらも、しっかり者のしのぶの指揮の元で進む段取り。
無惨や禰豆子が『私が歩く』と言い出しそうな雰囲気を出すが、しのぶはそれすらも察して「ちなみに途中で藤の花の一帯を通るので、鬼の皆さんが車に乗らないという選択肢はありませんからね」と釘を刺した。
そこで無惨は「ではこうしましょう」と手をポンと叩き、その体にグググと力を入れた。
皆の視線が集まる中、無惨の体はみるみるうちに縮んでいき少年の姿へと変貌を遂げた。
「鬼舞辻さんが!?」「むーさんが、可愛い!」「姿を変える鬼っているわね、たまに」「流石です、むーさん様! これなら4人で乗れますね」
無惨が子供の大きさとなったことで押し込めば後部座席に全員が座ることができそうだ。それでもかなり狭いが。
「凄いなぁ。鬼になるとちっちゃくなれるんだぁ。あっ、私もか。ってことは私もちっちゃくなれるの?」
無邪気に目を輝かせる禰豆子。そんな様子に無惨が申し訳なさそうに「いえ、私もこれはかなり練習したので」と言っている間に、禰豆子は力をムムと込めるとみるみる体が縮んで幼子の姿に変貌した。
その急激な変化に誰もが呆気にとられ、唯一アオイだけが禰豆子がうっかり傘を落としたことに焦って傘を支えに入った。
「禰豆子ちゃんも、可愛い!」「ほぼ赤ちゃんですね」「わぁ」「うん」「まぁ」「!?」
呑気に禰豆子の幼子への変化っぷりに感激する鬼殺隊の関係者たち。
一方で鬼である無惨と母鬼は「一番上手だった梅さんでも何日かかかったのに」「私もすっごく苦労したのに」と唖然としていた。
「えっ? アナタも姿を変えられるの? 見たい!」
母鬼の呟きに食いついた三人娘。
「でも私、小さくはなったことがなくて、大人の姿にしか」
「見せてください!」
三人娘にせがまれた母鬼は苦笑いしながらムギュッと力を込め、その体がみるみるうちに大人の姿に変貌していった。
「わぁ」「ばいんってなった」「おっきい」
母鬼の変化に羨望の眼差しが向けられた。が、視線が顔よりも少しだけ下に向いていた。
その後、無惨たち一行は皆に見送られながら車へと乗り込んだ。
無惨は危険を冒してまで、最後まで窓の隙間からカナヲの方を見ていた。
「むーさん、そんなにカナヲは娘さんに似ているのですか?」
カナエの問いに無惨は儚げに微笑んで小さくうなずいた。
「ええ。とてもイイ子でした。もう会うことはできませんが」
「・・・そうでしたか。不躾な事を聞いてしまい申し訳ありません」
頭を下げたカナエに、無惨は「構いませんよ」と首を振った。
「大事なことは、あの子のことを私が忘れないこと。そしてあの子ならきっと、私の今を応援してくれるはずです。皆さんが幸せになれるよう、私がすべきことを」
そう言って無惨は名残惜しそうに静かに窓の幕を閉めた。
こうして一行は時間がどれだけ経ったかもわからなくなるまで車に揺られ、和気藹々と話を弾ませ・・・そしてついに。
「胡蝶様、鬼舞辻様。到着しました。竈門様の御自宅のある山までもうすぐの町です」
麓の町のはずれ。舗装されていない道の多い田舎の、辛うじてタイヤが通用する地点に停められた。
長い時間がかかったのであろう。車から降りた無惨たちの目の前に広がる山々は、夕日に照らされ真っ赤に染まり、なんとも郷愁を感じさせる雰囲気を漂わせていた。
「急ぎましょう。暗くなると鬼が出ますからね」
カナエの言葉に無惨と禰豆子、母鬼が元気よく「は~い」と答えた。そんな光景を横目にしのぶは渋い顔のままツッコミを入れずに、せっせと荷物を背負っていった。
竈門家へと向かう山道は獣道とまではいかないものの、決して楽な道ではなかった。
土は踏み固められているとはいえ、そのすぐ隣は竹やぶに続く崖。雪に足を滑らせればひとたまりもない。
そうでなくても目印も何もなく、勾配が何処まで続いているのか見当もつかない坂を前に、並の者であれば踏み入れるのを躊躇うだろう。
だがそこは鍛錬を積んだ鬼殺隊隊士と、身体機能・能力が極めて高い鬼。
「鬼舞辻さん、早く早く!」
険しい山道もなんのその。無論、帰宅を待ち遠しく思う禰豆子の足が自然と早くなったのもあるが、全員がへっちゃらな顔で山を駆け上がり、日が落ちきる前に竈門家の前へとたどり着くことができた。
「禰豆子さん。ついに帰ってこられましたね」
「はい」
感嘆の想いに胸の鼓動を抑えられない禰豆子。
離れていたのはほんの十日ほど。だが先の見えない不安の日々は何年もの別れに感じられていた。
「ただいm・・・・」
そう禰豆子がボソリと口にした時、家の戸がガラガラと力弱く開いた。
中から姿を見せたのは禰豆子の兄・炭治郎。炭を捨てに出て来たのであろう。
その姿に覇気はなく、惰性でどうにか体を動かしているような様子だ。
「お兄ちゃん」
禰豆子の声は囁くようだった。だがそれでもその声が炭治郎の耳に届いた瞬間、彼の顔は雷音に反応するかのようにバッと跳ね上がり声の主の方へと向いた。
「ね・・・・禰豆子」
炭治郎の声もまた呟くようなものであった。だがその瞬間に家の中からドダダダといくつもの足音が地の底から沸き上がるように鳴り響いた。
家の戸やら障子やらが開き、禰豆子の母や妹弟たちが押し寄せた。
「禰豆子、なの?」「お姉ちゃん?」
信じられないものを見たように目をカッと見開いた家族たちを前に、禰豆子は笑顔で「ただいま」と答えた。
再会に言葉はなかった。
言葉にすらなっていなかった。
家族6人が何かを叫びながら禰豆子の元に飛び込み、彼女と一緒に雪と泥の地面へと倒れ込んだ。
「あぁ、禰豆子だ。本当に禰豆子だ」
先程まで死んだように蒼白としていた炭治郎の声には生気が溢れていた。
その光景を前に感動の笑みを浮かべる無惨。傍らに立つカナエたちもまた微笑んでいた。
「家族・・・かぁ」
母鬼は気付かぬうちに胸に手を当て、その目から涙が零れていた。
彼女は忘れていた。那田蜘蛛山にいた頃、苦しみと悲しみしか記憶にない“家族”ごっこ。累が何故、そんなことをしているのか理解できなかった。
だが今なら分かる。累はこれを思い出したかったのだ。これを知りたかったのだ。
そして自分自身もまた思い出すことを忘れていた。そして今、思い出した。
家族の愛を。
竈門家が無惨一行の存在に気付いたのは、それから半刻ほど禰豆子をもみくちゃにした後であった。
「も、もうしわけありません。鬼舞辻さんたちをお待たせして、俺たちこんな恥ずかしい姿を見せてッ」
顔を真っ赤にした炭治郎が謝り倒したが、無惨は気にしていないと手を横に振った。その余裕が余計に炭治郎たちを辱めた。
「鬼舞辻さん、禰豆子は人間に戻ったんですか?」
「申し訳ありません、それはまだ。ですが鬼狩りの方々には公認を頂きました。これからは元の生活を続けていただけます」
産屋敷が禰豆子に出した生活許可。それは無論、無惨が生み出した鬼の安全を認めただけではない。
禰豆子を家族の元に戻し、鬼殺隊の目の届かない所でも人を喰わずに暮らしていけるのかを見定めるためだ。
野に放たれた途端に害ある存在となれば討伐するだけのこと。
家族を傷つけることなく暮らし続けてくれれば、今後も無惨の血を鬼に分けて無害な鬼を増やしていくことができる。
「実験という形になってしまいました。大変心苦しいことですが」
「いいえ! 鬼舞辻さんが尽力していただいたのが分かります。俺たちとしても禰豆子が戻ってきてくれただけで」
「ところで鬼舞辻さん、そちらのお嬢さんは?」
葵枝の問いに母鬼は姿勢を正した。
「はい。私は鬼舞辻無惨様の鬼でございます。竈門禰豆子様のお供のため、こちらに奉公させていただきたく参りました」
かしこまって挨拶する母鬼。
竈門家の面々は「奉公? うちに?」と、雪山の貧乏一家に似つかわしくない話に面食らった。
「もちろんお給金はいりません!」
「いえいえそういう話よりも・・・」
状況を読み込めない葵枝の反応に焦る母鬼。
「急なお話で申し訳ありません。禰豆子さんお一人だけ鬼として生きるのは寂しいことでしょう。もちろん、私も早く人に戻る術を探しますが・・・」
不老不死の鬼である以上、人と同じ時を生きることはできない。家族が皆老いていき禰豆子だけが残されるのを無惨が危惧している。
葵枝と炭治郎は語らずともそれを察した。
「それでお姉ちゃん。その荷物は?」
語られなければ子供たちの興味は自然と大きなものに向く。竹雄と花子が無邪気に指さしたのは無惨たちが背負う大量の荷物であった。
「これはですね。皆さんにお土産です」
無惨がそう言って荷解きした中に入っていたのは、豪華な馳走であった。
大根を胡麻と煮たものや、牛肉の佃煮や白い米、茄子の油炒めなどなど。正月ですらここまでの御馳走を1つでも並べることは竈門家の習慣では考えられないほど、目もくらむ料理の数々であった。
「まぁ、これは!」「すっごい!」「どうされたんですか?!」
唖然とする竈門家の面々に、無惨は満面の笑みになった。
「鬼狩りの当主様におねだりしました。皆さんに迷惑おかけしたお詫びも兼ねて、私の初任給から」
無惨は1つずつを運びながら、「あとは不死川さんからのお詫びの分も。それが大半ですけどね」と付け加えた。ちなみに冨岡からは特に何もない。お詫びに何かをという話も彼は聞いてもいないし思いついてもいない。
「ですがこんなにも・・・受け取れません!」
不相応な迷惑料を前に、炭治郎の頑固が発動した。
「ですが炭治郎、さん。私や不死川さんも皆さんが喜ぶ姿を思い浮かびたいのです。そのお手伝いをしていただくということは叶わないことでしょうか?」
そう言われると炭治郎も受け取らざるをえなかった。無惨は炭治郎の扱い方が上手かった。
こうして無惨たちの荷物は竈門家に運ばれていき、禰豆子と母鬼も安住の地に足を踏み入れ・・・
「えっ!? 鬼舞辻さんたちもお上がりにならないんですか!?」
すぐに撤収の準備を始めた無惨とカナエとしのぶ。そのあまりにも早い別れに驚いた炭治郎たちは彼らを引き留めた。
だが長居はできない話であった。
悪鬼・鬼舞辻無惨の迎撃作戦のために那田蜘蛛山に柱2名の人員配置をした関係もあり、その不足分を補うために他の柱の任務が増えたためだ。
「また落ち着いたらお邪魔したいと思います。それが遠い話にならぬよう、私たちも頑張ります!」
そう笑顔で別れを告げた無惨。
「むーさん様! 本当にありがとうございました!」
「鬼舞辻さん! 絶対にまたウチに来てください!」
禰豆子と母鬼は惜しみつつも、大きく手を振ってその背を見送った。
永遠の別れにしてはならない。無惨たちの武運を心から願い、後ろ髪を引かれてしまわぬよう一生懸命に笑顔を作り。
その後、無惨はカナエとしのぶと共に任務先である宿場町に到着した。
「って、アナタの任務じゃありませんからね。私と姉さんの任務です」
「はい。ですが女性お二人を危険に向かわせて一人安全圏というのも悪い冗談ですよ」
鬼の出没情報を元に討伐派遣された胡蝶姉妹。無惨はその後方支援を依頼されていた。
だが無惨としては鬼の治癒力を頼りに、姉妹の盾となるつもりであった。
「う~ん。ありがたいお話ですけど。むーさんの事が鬼舞辻無惨に伝わったら駄目でしょう? だからもし取り逃がしかねない強い鬼が出てきたら私たちが合図しますから、むーさんは絶対に出てきたらいけませんよ!」
カナエの念押しに無惨は快諾した。
だが・・・深夜の宿場町という物珍しい空気感は・・・
無惨には少し毒であった。
「あれ? 無惨様ではありませんか?」
ほんの一瞬の気の緩みであった。
胡蝶姉妹が角を曲がり無惨が路の途にいる時に、その声がかかった。
無惨を無惨と知る者の声。鬼であることは間違いない。
『これは・・・まずいのでは?』
角の先、無惨の視界に移る胡蝶姉妹は状況を察し、どうにか指で指示を送った。
― 正体露呈せぬよう自然に振舞うべし ー
無惨は静かに振り返り、その声の主の姿を目に捉えた。
頭から血をかぶったような鬼であった。
にこにこと屈託なく笑い、喋り口は穏やかで優しい鬼であった。
その瞳には“上弦”の字と“弐”の字が刻まれていた。
【平安コソコソ噂話】
無惨の子供化は、前の世界で梅の小説の題材にするために練習したものだ。
小説の書き出しはいつも同じ。
~♪~
薬師の月彦が毒を飲まされ体が縮んだ。
小さくなっても頭脳は同じ。迷宮無しの名探偵!
夜空の星が輝く陰で悪の笑いがこだまする。
星から星に泣く人の涙背負ってお裁き決算。
その名は名探偵ムザン!