あなたが落としたのはきれいな無惨ですか?   作:三柱 努

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切れた指

その夜、産屋敷の元にたどり着いた鎹鴉。

それは無惨の言う知り合いの鬼の当てに関する情報。

薬師・珠世。道場主・狛治、恋雪夫妻。妓夫太郎、梅兄妹。

五日ほどの聞き込みの末、無惨の指示した村や町をいくら回っても、それらしき鬼や人は住んでいないという結果であった。

「これはどういうことだろうか? 失踪したのではなく、元から影も形も無いというのは。よもや、あの鬼舞辻無惨が嘘を? だが、嘘だとして一体何の目的で?」

決して悪人にも悪鬼にも見えない無惨を、知ろうとすればするほど霞がかかったように掴み切れなくなる正体。

「信じていいものだろうか? だがもし私たちを謀っているのであれば・・・カナエとしのぶの身が危ぶまれることにならなければよいが」

漠然とした期待が全て不安へと移る現状に、産屋敷は困惑していた。

 

 

 

同時刻、遠く離れた宿場町にて当の無惨は鬼と遭遇していた。

「このような町で無惨様にお会いできるなんて、今日の俺はなんと幸運に恵まれていることでしょう」

うっとりとした目を浮かべながら、無惨に向かって跪く鬼。

月光の影の下、鬼から見えない無惨の顔は困惑の色に満ちていた。

十二鬼月・上弦の鬼。目に刻むことを許された上弦と弐の字が何よりの証拠。

累よりも悪鬼・鬼舞辻無惨に近い存在。何かがあれば鬼舞辻無惨へ報告する可能性の高い鬼。

鬼殺隊により迎撃作戦が計画されている今、下手に無惨の存在を悪鬼・鬼舞辻無惨に知られるわけにはいかない。

正体露呈は最も避けなければならない状況、どうにかしてこの鬼を誤魔化し通す必要が無惨にはあるのだ。

「こ、こんばんは。今日は美しい月夜で、だね」

無言のままでは怪しまれる。鬼の総大将である悪鬼・鬼舞辻無惨の性格がどのようなものか知らない無惨であるが、おそらく鬼殺隊の当主である産屋敷のような話し方をするのだろうと考えた無惨が発した言葉。

その言葉に鬼は「へっ?」と驚き、無惨たちの様子を伺っていたカナエとしのぶは『な、何やってるの!?』と目を丸くした。

「えっ、ええ。今宵の月は美しく存じますが・・・あ、あぁ」

初めは困惑した様子を見せた鬼であったが、不意に『成程』というように何かを察した様子を見せると突如としてニコリと無惨に笑いかけた。

「無惨様のおっしゃる通り。今宵の雪月は風情がありまた格別です」

「そうなんですよ! 夏の田畑の蛙虫の声の中で見る月もまた良いものですが、冬の夜空は空気が澄んでいるからこそ格別なもの!」

鬼の話に共感した無惨は興奮気味に食いついた。

その様子を見たカナエとしのぶは『話を引き延ばしちゃ駄目です!』『知らないけれど、鬼舞辻無惨がそんな話し方をするわけない』と頭を抱えた。

「小雪がちらつく夜空も俺は好きですよ」

「わかります。寒くなればなるほど、月光が反射して綺麗なものですよね!」

和気藹々と話が弾む無惨と鬼。カナエたちの心配はどこ吹く風だ。

だが異様な光景である。鬼がもし無惨の事を鬼舞辻無惨ではないと気づいているならば、すぐにでも襲い掛かってくるはずだ。

だが一向にその気配が見られない。であれば可能性は2つ。

ただノリの良い鬼で、無惨の戯れに付き合っているだけか。

それか本物の鬼舞辻無惨もこういう性格なのか、だ。

後者はありえない。おそらく前者だ。

 

「ところで・・・さて、ここで1つ問題です」

「? 問題、ですか?」

突然、話の脈絡を無視して無惨が問いを切り出した。

カナエとしのぶは嫌な予感がした。無惨の顔が『鬼舞辻無惨のフリは成功している。上手くいけばこの鬼から何か情報を聞き出せるかもしれない』と画策しているようであったからだ。

止めようにも鬼に自分たちの存在を知られるわけにはいかない。

余計なことを言ってくれるなよ、と2人は心から祈った。

「問題です。えっと、私の名前は何でしょう?」

無惨の問いに鬼は戸惑いながら「我らが神に等しき御方、鬼舞辻無惨様でございます」と深々と頭を下げた。

カナエとしのぶも無惨の意図が分からない。

「正解!」

そう無惨が微笑むと、鬼は「やったぁ!」と満面の笑みで喜んだ。

「では続いての問題。あな・・キミの名前は何でしょうか?」

無惨の問いにカナエとしのぶは『上手い! 上弦の鬼の名前が分かるだけでも大きな成果!』なんてことは思うはずもなく。強引で無茶な展開に戦々恐々とした思いで2人は刀に手を置いた。

だが鬼は依然として笑みを浮かべたまま「貴方様のしもべ、童磨であります」とサラリと名前を明かした。

「正解です!」「感激です!」と、無惨と童磨は端から見れば茶番のように笑いあった。

 

「では続いての問題です。今頃、他の十二鬼月の皆さんは何をしているでしょうか?」

無惨の攻めた探りにカナエとしのぶは心臓が苦しくなってきた。

さすがに展開が強引すぎる。怪しんだ童磨が無惨に襲い掛かり、交戦に至るかもしれない。

2人は日輪刀の鯉口を静かに切った。

「えっと、そうですね。俺を含め皆が“青い彼岸花”を目下捜索中ですが、未だ発見には至らず心苦しい日々を過ごしております」

残念がる様子でこう答えた童磨。その淀みも無い言葉に聞き流してしまいそうであったが、カナエとしのぶはその聞き慣れない単語の出現に顔を見合わせた。

「誰も発見には至らず、ですか」

「申し訳ございません。ですが皆を責めてやらんでください。黒死牟殿や猗窩座殿は相変わらず鬼狩りを狩るのに夢中なのでしょう。半天狗や玉壺はどこで何をしているか存じ上げませぬが。堕姫と妓夫太郎も吉原で精を出しているはず。皆、無惨様のため全てを投げ出して頑張っているはずです」

誠心誠意日々を疲弊している様子の童磨に、無惨は哀れみを覚えながらも『ぎゅうたろう?』と小さく引っ掛かった。

「せ、正解です。皆の日々の労苦、しかとこの鬼舞辻無惨も確認した。よくやっているね」

「ありがたき御言葉!」

無惨の前でうやうやしく胸に手を当てる童磨。

そんな童磨に無惨は企み顔を隠せていないまま、静かに手を向けた。

「全問正解のご褒美に、私の血を与えましょう」

「それはそれは何たる光栄! ありがたく」

無惨は懐から取り出した刃物で自らの指を切り、手を差し出した童磨にその血を与えた。

カナエとしのぶは顔を見合わせた。

強引ではある。不器用ではある。幸運に支えられた結果ではある。

それでも確かに今、鬼を無害化する無惨の血を上弦の鬼が受け入れたのだ。

「では頂戴させていただきます」

恍惚とした表情で無惨の血を啜る童磨。

無惨は心の中で歓喜した。これで目の前の童磨もまた累や家族鬼たちと同じように自らの罪を思い出し悔い改めてくれるはずだと。

100年以上も人を喰い続けていると聞く十二鬼月。その計り知れない罪に悲痛な苦悶は避けられないであろう。無惨は罪悪感を覚えながら童磨を見守った。

だが童磨は何か晴れやかな表情を見せたものの、特に思い悩む様子を一向に見せない。

「どうですか?」

「はい。何やら頭が爽やかに、色々と記憶が鮮明に蘇りました。やはり無惨様の血を頂くと天にも昇る気持ちになります」

平然と無惨に感謝を述べる童磨。その様子に無惨は肩透かしを食らいながら「それは良かったですね」と目を丸くした。

カナエとしのぶはその様子に嫌な感覚を覚えた。無惨の血を鬼が得た瞬間を見たのは初めてであるが、不死川からの情報で聞いた通りであれば、童磨もまた人であった頃や鬼であった間の記憶を思い出しているはず。

それであってこの態度・・・

「あと、こう言うのは大変に無様な話ですが、食欲が妙ですね。人を喰わねばと感じるよりも、人の食うような食い物を食えそうだと腹が嘶いております」

悔いよりも食い気に興味のあるような童磨の様子に、無惨は静かな悲しみを覚えたが、人によって異なる感受性をとやかく言うのも悪いと心の奥にとどめることにした。

「そ、そうですね。貴方は人を喰わなくても済む体になったはずです。これからは米や味噌、野菜を思う存分に食べることができますよ」

「そうなのですか。流石は無惨様。食べる楽しみが増えますね」

「ですのでこれからは人を喰ってはなりません」

「はい。無惨様の御意のままに」

童磨の言葉に淀みは無かった。

人を喰うことを辞める誓いを、こうもすんなりと口にする童磨。

だがその言葉には誠意もまた感じられなかった。ただ空虚に、芯のない誓いの言葉のようだと無惨は感じた。

「で、では約束ですよ。はい、指切りです」

そう言って無惨が小指を差し出すと童磨は満面の笑みを浮かべて「はい」と自らも小指を絡ませた。

「ゆ~びき~りげんまん♪ お守りしましょう♪ 約束しましょう♪」

そう唱えながら絡ませた指を小さく上下して音頭を取る無惨。

すると童磨は何かを思い出したように「おや」と声をあげた。

 

「この歌、無惨様も歌われるのですね。俺が前に食べてあげた子も歌っていましたよ」

 

その言葉に無惨は指を止めた。

「えっと、なんて名前だったかな?」

「それは・・・・・こ・・・琴葉・・・嘴平・・・・」

声を震わせる無惨の言葉に童磨は「そうだ、そんな名前でした」と笑って答えた。

「心は綺麗でしたが頭が鈍くて、俺から子を逃がそうとしたはいいですが、崖に落としたりして。そんなことをして生きられるわけがないのに」

嘲笑の色はなかったが、無神経に死者を冒涜する童磨の言葉に無惨は歯噛みした。

「あれ? もしかすると喰ってはならぬ子でしたか? それは大変申し訳ないことをしました。お詫びに俺の首でも刎ねましょうか」

童磨の全ての言葉に謝罪の気持ちは乗っていなかった。とにかく羽のように軽く、そして刃物よりも鋭利に無惨の心を裂き散らした。

無惨の指は静かに解かれ、ダランと垂れた手が童磨から離れ、その口は黙り静まり返った。

「さて無惨様。日の昇る頃も近づいてまいりました。無惨様との時間を過ごしたい気持ちに溢れておりますが、俺は一旦席を外して、あの角に隠れた鬼狩りを消してきます」

そう言ってジロリと視線を逸らした童磨。その先に隠れたカナエとしのぶは凍えるように冷たい殺気を受け表情をこわばらせた。

「来る!」

カナエがそう叫んだ時、童磨は懐から取り出した巨大な扇を手にして無惨の横を駆け出していた。

 

そして無惨は深い絶望の中にいた。

累との出会いが夢であったことを知った日に知ってはいた。

かつて出会った嘴平琴葉とその息子・伊之助もまた、夢の中だけで暮らした仲であったことも。

それでも、カナヲと同じように実在していることは確信していた。

どこかで出会うことができたら、再び2人を幸せにしてやりたいと。

 

だが・・・

 

残酷な現実と

 

その仇が罪滅ぼしの口約束を誓った事実が

 

 

彼の心の奥で静かにつぶやいた。

 

 

 

 

 

 

 

   殺せ

 

 

 

 




【平安コソコソ噂話】
童磨がカナエとしのぶの存在に気付いたのは、無惨が挨拶をした直後だ。
それ以降の無惨の奇妙な様子は、鬼狩りの前で迂闊に無惨の名を口にした自分への罰であり、忠誠心を試されているのだと考えていたぞ!
だからこそカナエとしのぶの前で鬼の機密事項を無惨が話題に上げたことも、すぐに2人を始末して問題を解決すべしと考えていたんだ。

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