あなたが落としたのはきれいな無惨ですか?   作:三柱 努

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幾重もの衝撃

鬼殺隊および関係者をおおいに湧かせた上弦の弐・討伐。

だが、その一報の立役者である無惨の表情は暗く落ち込み、酷く重い足取りで本部に帰還していた。

「むーさん。早速で心痛みますが、お館様より緊急柱合会議の招集がかかっています。むーさんにも同席をお願いしたいそうです」

カナエの言葉に無惨は力なく頷いた。

 

案内されたのは柱合会議の集合場所として使われる大庭に設置された天幕。無惨のために畳や座布団まで用意された立派な座敷であった。

普段の彼であれば歓喜して感謝の言葉を述べているであろう。だが今の彼は無言のまま静かにその席に座るしかないほど気力が絶えていた。

「どうやら私たちが一番乗りのようですね」

会場の端でポツンと静かにたたずむ冨岡の存在に気付きながらも、カナエは気を遣って冗談を言ったが、無惨は「そうですね」とだけ答えた。

気まずい空気の中、冨岡は首を傾げ、カナエはそれ以上口を開くことができなくなってしまった。

白石の庭に吹く冬の風が肌を刺す、ひときわ寒々しい空気に包まれた庭。

産屋敷を待つ時間がこれほど長く感じられたことは今までないとカナエは思った。

 

「おいおい。一体全体どういう空気だ? 上弦の鬼をぶっ殺した祝いの席じゃねぇのか?」

「キミ、ここでも口の悪いのが治らないんだね」

凍てつく空気に一迅の風が這うように、2つの声が庭に入り込んだ。

 

無惨が静かに顔を上げると、そこには白髪で体中に傷痕の残る目つきの悪い男と、大きな傘に身を隠した白衣の少年の姿があった。

「不死川さん・・・累さん・・・」

今にも消えそうな無惨の声に累は「むーさん様! いかがされました? どこか御加減の悪いところが」と心配して駆け寄った。

「ええ。大丈夫ですよ」と全然大丈夫じゃない声で返事をした無惨。

その様子にカナエは不死川にそっと事情を耳打ちした。

「・・・なるほどな。アンタの家族が上弦の弐に殺されてたのか。そいつは確かに辛い・・・だがな」

不死川は同情を見せながらも静かに語り始めようとした。

だが無惨もまた不死川が何を言おうとしているかを瞬時に察した。

「ええ。鬼殺隊には御家族を鬼に殺された方が多くいらっしゃるのは存じています。私だけが苦しい思いをしているわけではありません。それは重々承知しています」

無惨は唇を噛みながら首を振って自らの想いを語り始めた。

「私は悲しいのです。あの時私は、琴葉さんと伊之助が殺されていた悲しさよりも、その仇への怒りに心を染めてしまっていた。私怨に我を忘れ、カナエさんが声をかけてくださるまで我を失っていました。そんな薄情な自分を許せなくて・・・」

悲痛な無惨の言葉に不死川は深く息を吐いた。

 

「たしかに・・・そうだな。俺たちも鬼憎しで鬼を滅してきた。その根っこにゃ殺された家族や仲間の想いっつうのがある。そいつを忘れて怨みだけで鬼を殺した時は、何とも言えねぇ気持ち悪さがある。失ったもんへの負い目とかな」

鬼殺隊の立場から鬼を狩ることへの思いを聞かされ、累は静かに目を背けた。

「俺も今まで考えたことはなかったが、アンタに言われて初めて思った。たしかに異常だよ。いくら鬼が相手だろうが、何かを怨んでばっかで生きるっつうのは。そいつが平気になっちゃいけねぇ」

不死川は頭に手を置きながら吐き捨てるように語った。

「むーさん、私もそう思います。アナタが辛く感じるのは、アナタが薄情な人ではない証拠です。怒りというものはそれほど強く大きいもの。でもアナタはそれ以上に強くて優しいんです」

カナエの言葉に累はウンウンと大きく頷いた。

柱2人に強い言葉で励まされた無惨。その心に何も響いていないわけではないが、表情は相変わらずに暗いまま。「ですが・・・」と小さく呟くだけであった。

その無惨の弱々しい様子に不死川は苛立つように頭を掻いた。

「あ゛ー、こちとら素直になれっつってんのによぉ。面倒な鬼だな!」

そう怒鳴ると不死川は懐から小刀を取り出し、自らの指を切った。

何をしているのかと目を丸くするカナエと累をヨソに、不死川はその血の滴る指を無惨の口に強引に突っ込んだ。

「むぐっ!? カッ、ケッ、カッ。し、不死川さん何を!?」

突然の不死川の奇行に、無惨は咳き込んで口に入ってしまった血を出そうとする。

理屈が理解できないと眉をひそめる無惨であったが、その血の口当たりに何とも言えない違和感を覚えた。

「どうだ? 美味いか?」

「美味しいわけないじゃないですか! それに・・・人の血なんて1000年以上も口にしていないですが、やっぱり変な味ですよ」

渋い顔をする無惨に不死川は気まずそうに「それはスマン」と頭を下げた。

「不死川さん、一体全体どうされたんですか? 寒さで頭がやられてしまったの?」

「血に変なもの混ざってるから口と顔が悪いんじゃない? そんなものむーさん様に飲ませないでよ」

カナエと累に苦言を呈され、顔をしかめる不死川。

「いや・・・俺は稀血だから。やっぱ鬼は鬼でもアンタには違うのか」

「まれち?」

あくまで不死川が善意であると意図を感じた無惨であったが、その内容に関しての無知に顔をキョトンとさせた。

「説明しますね、むーさん。稀血というのは鬼にとって普通の人の何十人分にもなる栄養の高い血なんですよ」

「ああ。元気のねぇ時には栄養のあるもんを食えばよくなる・・・って思ったんだ」

「そうなんですか。それはお気遣いを・・・ですが滋養強壮にしては塗炭がすぎます! もし次にやったら、おでこをピンってしますからね!」

頬を膨らませる無惨。少し元気を取り戻して不死川の配慮に報いた様子に、不死川とカナエは微笑んだ。

「やっぱアンタは悪鬼のほうの鬼舞辻無惨の鬼じゃねぇな。これで証明できた。俺の血は稀血の中でも特に稀でな。鬼を酩酊させんだよ。早い話が酔っぱらう」

そう言って笑いながら傷痕に唾を付ける不死川。

が、その血の匂いがちょうど空気中に漂い始めた頃合いであったため、その隣で累が酔っぱらってフラリと倒れた。

「どうやら、むーさんが単純にお酒に強いだけみたいですね」

危うく累が日光に飛び込んでしまいそうなところ、カナエが助けながら静かにつぶやいた。

 

 

 

「ずいぶんと賑やかだね。いいことだ」

累が酔いから醒めた頃、屋敷の障子がガラリと開き、産屋敷が姿を現した。

その姿を視認するや否やカナエ、不死川、冨岡は整列してザッと跪き、遅れて累と無惨は正座して彼を迎えた。

「カナエ、それにむーさん。上弦の弐の討伐、本当によくやったね。鬼との戦いがこれから大きく動く。そんな予感が確信的になったと思うよ」

産屋敷の言葉に誇らしげな顔で頭を下げるカナエ。無惨もまた頭を下げたが、その表情はどこか別の所に思いが残っているような作り笑顔であった。

「詳しい話はまた後で、他の皆が合流してからにしよう。その前に今ここにいる面々に話しておきたいことがある」

おもむろに話題を切り替えた産屋敷。

その言葉に一瞬、空気が張ったような感覚が無惨たちの間に漂った。

「むーさん。キミの家族の鬼の件だ」

「珠世さんがいらっしゃるのですか! よかった。ですが合わせる顔が・・・」

無惨の声は上ずりながらも複雑な心境を表すように徐々に萎んでいった。

期待と無念さが入り混じった様子に、産屋敷は申し訳なさそうに首を横に振った。

「素流道場といったね。そこには義勇を向かわせたんだ。だけど・・・」

産屋敷の言葉に無惨の視線が向く中、冨岡は表情を変えず淡々と答えた。

 

「指定の住所やその近隣に道場は無かった。珠世、狛治、恋雪、妓夫太郎、梅。そのような名の鬼も人の存在も確認できなかった」

 

無惨は言葉を失った。

足元の感覚が消え、正座した床が消えたような不安定感に襲われた。

「お・・・お休みで皆さんどこかに遊びに行かれていた、なんてことは?」

「いいや。存在を確認できなかった」

「な・・・何かの間違いでは・・・だ、だって近所でも評判の薬屋と道場なんですよ?」

声を震わせる無惨に、冨岡は淡々と「丸二日調査した結果だ」と答えた。

口をパクパクと動かす無惨。その沈痛な様子にカナエと累は胸が締め付けられた。

「では継国薬院は! もう一か所、私言いましたよね?」

「そちらにも隠を向かわせたんだ。だけどただの畑になっていて、村の誰も薬師の一族なんて知らないと言っていたらしいんだ」

産屋敷の言葉がトドメとなり、無惨は静かに白石の庭に目を落とすしかなかった。

「お館様! 冨岡めの調査は本当に確実だったのでしょうか!」

不死川の進言に冨岡はムッとした。

「そう聞いているよ」

「ですが廃藩置県がございます! もしかしたら地名の記憶違いがあるのでは?」

不死川の指摘に無惨と産屋敷はハッと気づいた。

明治4年に藩は廃され都道府県へと名称が変わった。

それが寿命の短い人であれば自らの住所への認識が切り替わるものの、1000年も生きた鬼である無惨の尺度からしてみれば住み慣れた場所の地名の変更を失念していても不思議ではない。

「どうかな? むーさん」

「いえ、ですが・・・たしかに・・・」

無惨は言葉に詰まった。

なぜなら地名の変更を失念していなかったからだ。確実に住所を記憶している自信がある。

そして無惨の脳裏には最悪の想像がよぎっていた。

琴葉と伊之助、カナヲ、累との出会いが全て夢であったこと。

では一体、自分の夢はいつから続いていたのか?

存在もしないと言われた珠世たちとの出会いが・・・現実ではなく夢であったのでは?

兎に角、全ての自分の記憶に自信が持てなくなっていた。

 

 

「ではまたこの件は後で話そう。本題に移りたい。今後の悪鬼・鬼舞辻無惨と十二鬼月との戦いの件だ。この話のために累にも来てもらったんだ」

無惨の沈黙を機に、次の議題に移ることにした産屋敷は手をパンと叩いた。

その瞬間、飛び込んでくるようにいくつかの影が庭に姿を見せた。

「皆、よく来てくれたね。少し話が長くなってしまって、待たせて申し訳ない」

産屋敷の遠慮にも一切動じることなく、その者たちは揃って跪いた。

全員が柱。カナエ、不死川、冨岡に並ぶ鬼殺隊の最高戦力の面々であった。

「むーさん、紹介するね。まずは岩柱、悲鳴嶼行冥。この間、会ったのを覚えているね?」

盲目の僧、悲鳴嶼が手を合わせたまま無惨の方を向くと、無惨は顔を上げ「はい。どうも」と力弱く挨拶した。

その視線が悲鳴嶼の隣へと移っていくと、無惨の目はカッと大きく見開かれた。

「その隣にいるのが音柱、宇髄・・・」

「天元さん!? どうして貴方がここに!」

飛び上って宇髄に話しかけた無惨。

無惨の最後の記憶では、彼が一番信を置く鬼・狛治が経営する素流道場の門下生で師範代の青年こそ宇髄天元その人であった。

が、当の宇随は「あ゛? 馴れ馴れしく人の名前を呼ぶな」と無惨を睨みつけた。

無惨の心がボキッと折れた。音がした。体も倒れた。

 

そして床に突っ伏した無惨の視線が、宇髄の隣にいる男を捉えた時・・・

無惨の鼓動は全ての音に勝るほどに激しく鳴り響いた。

 

 

 

「し・・・槇寿郎・・・さん!?」

 




【平安コソコソ噂話】

珠世たちが存在しない件の議題の時のメンバーが限定されていたのは、プライベートな話題であり無惨の事情を加味したからだ。

産屋敷としても無惨が鬼の間者である可能性を1%は疑っていたから、その反応を確かめていたぞ!
そして無惨が不審な行動を起こした時のために他の柱たちをスタンバイさせていたんだ。
さらにその策を無惨に察知されないように、カナエや不死川、冨岡には内緒にしていたぞ!
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