「それじゃあいよいよ本題に入ろうか」
産屋敷の号令に柱たちはザザッと並び立ち、無惨は累に傍らを支えられながら正座した。
今まで無惨の状況確認に話が手間取ってしまっていたが、この鬼殺隊最高戦力を集めた柱合会議の主たる意味はひとえに100年ぶりの大快挙、十二鬼月上弦の鬼の討伐による緊急招集であるのだ。
「まずはカナエ。上弦の弐の討伐、本当によくやってくれた。」
「そんな、私の手柄ではありません。上弦の鬼がむーさんに気を取られていたおかげです。それに無我夢中だったところもあるので、刀が通った感覚も怪しいくらいで。運に助けられただけです」
首を横に振るカナエに、他の柱たちは「謙遜するな」と尊敬の視線を注いだ。
「運だけで討伐できんのなら、100年も負けっぱなしにならねぇだろ」
「始まりの呼吸でなくとも、十分に上弦に通用することが証明された」
「周囲の人々を巻き込むことなく、姉妹ともに無事であったことは喜ばしい」
柱たちは口々に称賛した。
「やりましたね」とカナエが小さく拳を握りしめて無惨の方を覗き見ると、無惨は小さくニコリと微笑み返した。
『よかった。むーさん少し元気が戻ったみたい』
それが精一杯の作り笑いであることはカナエにも分かっていたが、無惨に余力が生まれたことを彼女は嬉しく思った。
「さて。その上弦の鬼だが、むーさんのおかげで重要な証言を引き出せたね」
産屋敷の言葉に柱たちの表情がキリッと引き締まった。
そして場が静かになったことを確認したカナエが口を開いた。
「鬼舞辻無惨の目的が判明しました。『青い彼岸花』なる物を探しているようです。ですが彼岸花に青い品種は存在しません。何かの隠語である可能性も考えられますが、十二鬼月を総動員していることから、鬼舞辻無惨にとって重要な存在であることが伺えます」
カナエから報告を聞き、柱たちは累に視線を向けた。
「てめぇ下弦の伍。何でそんな重要なことを隠してやがった?」
十二鬼月であった頃の記憶を有している累が、この重要な情報を気殺隊に伝えていなかった事実に不信感を覚える宇髄。
だが累は平然とした様子で宇髄を睨み返した。
「仕方ないじゃないか。青い彼岸花なんて話、僕は聞いていないんだもの」
「あ? 十二鬼月の癖に聞かされてねぇっつうのは派手に矛盾してるぞ? っつうか他の十二鬼月が何してるのかまず最初にコイツから聞き出しておけばよかった話だ」
「だから、僕は他の十二鬼月とは会ったこともないんだよ。それは最初に鬼狩りの人たちにも、不死川にも伝えたはずだけど?」
睨み合う宇髄と累。それを見かねた産屋敷が静かに口を挟んだ。
「考えられるのは、ある程度の実力を認められた鬼にだけ命じられていたのかもしれない。重要な情報であるからこそ、我々に知られたくないのだろう」
「成程。たしかにコイツは下から2番目の雑魚。最初から信用されてなかったっつう話か」
産屋敷の推理に納得し、舌を出しながら子供のように累を挑発する宇髄。
累も苛立ちを露わにしながら「そういうことだよ。そんなことも分からなかったの?」と言い返した。
「順当に考えれば上弦の鬼だけに捜索を命じられているのだろうね。値千金の重要な情報を手に入れることができたのは大きい。我々で鬼舞辻無惨に先んじて、その青い彼岸花を確保しておきたい。皆、期待しているよ」
産屋敷の言葉に柱たちは「御意」と声を揃えた。
「さて、その上弦の鬼についても話をしておきたい。これも累から意見を聞いておきたいことなんだ。カナエ」
産屋敷から声をかけられ、カナエは懐から文を取り出した。
「むーさんが上弦の弐、童磨から聞き出したものです。『黒死牟殿や猗窩座殿は相変わらず鬼狩りを狩るのに夢中なのでしょう。半天狗や玉壺はどこで何をしているか存じ上げませぬが。堕姫と妓夫太郎も吉原で精を出しているはず』と言っていました」
カナエが童磨から得られた言葉をそのまま読み上げると、何人かの柱たちはム?と眉をひそめた。
「妙だな」
「ん? どうされた炎柱」
不死川が尋ねると、その隣にいた冨岡が「気付かないのか。随分と気楽な頭だな」と嫌味なのか本心が漏れてしまっただけなのか分からない呟きを放った。
不死川は「あ゛?」と冨岡を睨んだが、柱たちは冨岡に味方した。
「気付かねぇか? ド派手に“数”が合わねぇだろ?」
宇髄に指摘され一瞬困惑した不死川。隣のカナエが一緒に指折り数えはじめた。
「いいですか? 青い彼岸花を探していると言われたのが上弦の鬼だとすると。黒死牟、猗窩座、半天狗、玉壺、堕姫、妓夫太郎。それにむーさんと私としのぶが倒した童磨。全部で7体もいるんです」
カナエの指摘に不死川は「あっ!」と青天の霹靂を感じた。
「しかも“殿”と敬称がつけられたのは黒死牟と猗窩座。童磨が上弦の弐であることを考えるとその上に立つのは壱だけ。ますます数が合いません」
「下弦の伍よ、十二鬼月の名乗る数は実力や序列の順ではないのか?」
悲鳴嶼の問いに累は首を横に振った。
「いいえ。強い順に数が壱に近くなります。それは上弦の鬼でも同じはず・・・まぁ一度も会ったこともないし、実力を見たり確かめたこともないけれど」
「いやますます話がグルグル空回りしてやがるぞ。何だ? 黒いのと“あか”いのは上弦の零と壱とでも言うのか?」
累の答えに苛立ち混じりに唸る宇髄。だがその“上弦の零”という発想に産屋敷は頷いた。
「なるほど天元、その発想はなかった。十二の鬼月だから上下各6ずつだという固定概念に支配されていたけれど、案外その線が正しいかもしれないね。私は逆の推理をしていたけど自信が無かった。うむ、上弦の零から陸か」
意外なところから産屋敷が納得した表情を見せた事に宇髄は首を傾げた。
「逆の推理・・・ですか?」
「童磨の挙げた鬼に下弦のことも含まれていた可能性だよ。上弦同士が敬意を込めて殿を付け合い、下弦の事は呼び捨てにしてね」
「つまり黒死牟、猗窩座が上弦の鬼。半天狗、玉壺、堕姫、妓夫太郎が下弦の鬼ということでしょうか?」
不死川の問いに産屋敷は頷きながらも苦い顔をした。
「だけどこの推理では不自然だ。童磨が上弦の鬼に関する報告を抜かしたことになる。まさか上弦のうちの3体が何らかの形で消滅したとは考えにくいからね。もちろん何処かで日光でも浴びて消滅し、空席になってくれていれば我々にとって好都合だが」
産屋敷の言う通り、童磨が無惨を本物の鬼舞辻無惨と認識して報告した以上、『分からないから抜かしました』というようなことは考えにくい。
「たしかに下手に鬼どもの戦力を過少推理してしまうより、上弦の鬼が多く存在すると想定しなければ危うい橋を渡ってしまうことになりましょう。流石はお館様、そこまでお考えが回るとは」
悲鳴嶼が手を合わせ拝むように産屋敷に向かって一礼した。
「戦力分析もそうだけど、童磨が言った下弦の鬼に“累”が含まれていなかったことも気になっていたんだ」
この言葉に、重要性に気付いた柱たちの視線が累に向いた。
「私も最初はそこまで考えは及んでいなかったよ。累が我々の手に堕ちたことが、既に鬼に周知されてしまっているのではと心配したんだ。我々にとって数少ない、鬼舞辻無惨よりも優位に立っている点だからね」
産屋敷の言葉に柱たちは頷いた。
「この無の御仁を隠し通すことは重要。我々も同感です」
「今回のように不用意に外出させ、鬼と遭遇することは避けるべきかと」
「ですが・・・正直言うとむーさんがいてくれたから上弦の弐を討伐できたところもあるので」
「たしかに出し惜しみするべきじゃねぇな。せめて上弦の鬼と戦う時にはド派手に利用させてもらわねぇと」
「音柱。それはこの“人”が辛い想いをしている今に言うべきことじゃない」
不死川の一睨みに宇髄が「あ?」と睨み返し、場の空気がピリと張りつめた。
累もまた不死川と共に宇髄を睨み、その隣でカナエが「まずはむーさんのお気持ちを聞くべきでは?」とたしなめた。
「私の・・・気持ち」
呆然と空を見つめる無惨に、産屋敷はやさしく問いかけた。
「むーさん。どうかな? 私としてはこれからもキミの助力を願いたいが、我々にとって一番の助けになるのは天元の言うように上弦の鬼との戦闘に顔を出してもらうことだ。戦いは隊士たちが専門になるが、キミの身に危険が及ぶ可能性も十分にある。キミは鬼殺隊の隊士ではない。あくまで一般の人々と同じ扱いだ。強要はしたくない」
「鬼と・・・戦う・・・」
無惨は自らの手を見つめた。
戦うとは何か。
無惨は今まで戦いに赴いたことはなかった。
不可抗力の戦闘行為や道場での稽古、鍛錬であればいざ知らず。
他者を傷つけよう、殺そう、戦いを手助けしようとしたことはない。
いかなる理由があろうと、それは忌むべき行為。そう信じていた。
だが無惨は心の奥底で気付いていた。
誰かが戦わなければ、この悲しみの連鎖は止まらない。
戦わないということは、その止める役割を誰かに押し付けるということ。
戦いたくないということは、自らの手を汚すことを嫌う言い訳にすぎない。
無惨は自身に問いかけた。自分が最も嫌うことは何か。
それは人が苦しむ姿を見る事。
であれば至極単純な話だ。
「私は、皆さんと一緒に戦います。私なんかが顔を出すだけで十二鬼月が止まるなら、いくらでも出してやります! そして言ってやりますよ、人を喰うことは悪い事だって!」
無惨は拳をギュッと握りしめた。
その瞳には記憶がすれ違いながらも、彼が愛すべき者たち、守るべき者たち、手を差し伸べるべき者たちの姿がありありと映し出されていた。
「ああ。キミならそう言ってくれると信じていたよ」
こうして無惨は正式に鬼殺隊の所属として迎え入れられた。
その後、柱合会議はいくつかの議題について話し合いが行われた後に一時解散。
無惨は産屋敷に呼び止められ、鬼殺隊隊士の階級として『乙』を与えられた。
「とはいえ階級にあまり意味は無い。あくまで鬼殺隊に所属する便宜上の話だからね」
「はい。何かはよく知らないですが、頂けるものはありがたく頂戴したいと思います」
笑顔を見せる無惨に産屋敷は少しの安心を覚えた。
とはいえその笑顔にはまだ無理が感じられる。
針の一刺しで容易に破裂してしまいそうな儚さのある無惨の笑顔。自分の歴史が全て夢幻と消えたばかりなのだ。無理もない。
何か彼の不安を紛らわすことができるものはないか。用事の1つでも頼んで、気を紛らわしてやれないか。そう考えた産屋敷は、無惨にとある提案をした。
「そうだむーさん。1つ頼まれてはくれないかい? いや、頼みというよりも提案というべきか」
「はい、何でしょうか?」
首を傾げる無惨に産屋敷は静かに伝えた。
「愼寿郎の、煉獄家に寄ってほしい。妻を亡くしたばかりの彼の話し相手になってあげてほしいんだ」
【平安コソコソ噂話】
無惨の事をみんな色んな呼び方をしているぞ。
むーさん派はカナエと産屋敷。
無の御仁は悲鳴嶼。
累は無惨様。
それ以外は未だに何て呼んでいいか迷っていて、「むーさん」だと恥ずかしいし、「鬼舞辻無惨」とも呼ぶわけにいかないから、なるべく名前を呼ばないようにしているぞ!