あなたが落としたのはきれいな無惨ですか?   作:三柱 努

49 / 71
ここのつがしらのりゅうのひらめき

「ここが炎柱様の屋敷になります」

隠に案内された無惨は「ありがとうございます」と深く頭を下げ、門の前に立った。

「あの・・・無惨さん。炎柱様には気を付けてくださいね」

声を潜めて忠告する隠に、無惨は「えっ?」と目を丸くした。

「炎柱様は奥方を亡くされてから任務を拒否されているのです。噂だと酒浸りになっているとか」

「そうなんですか? そのようには見えませんでしたが」

「本日はお館様の勅命もあるので顔を出されたようですが、なんとも近寄りがたい雰囲気を私は感じました」

身震いする隠に、無惨は「大丈夫ですよ」と根拠もなく答えた。

そして「お邪魔します」と優しい声色で屋敷に向かって挨拶し門をくぐり抜けた。

 

箒で庭を掃いていた少年は無惨に気付くと「いらっしゃいませ」と、年の割に落ち着いた声で礼儀正しく応対した。

「ただいま、千寿郎くん」

その姿に思わずいつものように声をかけた無惨に、当然のことながら千寿郎は「???

」と目を丸くした。この現実に気付いた無惨は少し悲しんだ。

「失礼しました。愼寿郎さんは御在宅ですか?」

「えっあっはい。父上でしたら書庫に籠っております。呼んでまいりますので、お上がりになって少々お待ちいただけますか?」

そう言って無惨を家に招き入れた千寿郎。

「あのそういえば、失礼ですがどちら様でしょうか?」

記憶の中と同様に、よくしつけられた千寿郎に感心と感動を覚える無惨は「そうでしたね、失礼しました。私、鬼舞辻無惨と申します」と答えた。

千寿郎は多少の時間差がありながら「かしこまりました。鬼舞辻無惨様ですね・・・・・・・・・きぶつじ、むざん? ギャッ!」と悲鳴を上げて昏倒した。

 

「騒がしいぞ千寿郎。何だ、お主が来ておったのか」

無惨が倒れた千寿郎に差し伸べた手を拒否されて困っている所に、愼寿郎はのっそりと足取り重く現れた。

「あっ、愼寿郎さん。お邪魔しています」

「ち、父上! この方・・・きっ、鬼舞辻無惨と」

困惑する息子の様子から状況を察した愼寿郎は頭を抱えながら「気にするな。その者の冗談だ」と情報修正した。

「して、何用で参られた?」

ジロリと睨む愼寿郎に、無惨は姿勢を正して答えた。

「瑠火さんにお線香をあげに参りました」

愼寿郎は厳しい顔つきで無惨を一瞬睨み、「こちらだ」と奥の間に招きいれた。

 

仏壇の前に座り、慣れた作法で線香をあげ、仏前に手を合わせ瑠火を祀る無惨。

言葉の無い沈黙の中、そこに愛が溢れていた。

無惨にとって鬼は家族。だが同時に人もまた家族。瑠火もまたかけがえのない存在であり、生きて出会いたかった人であった。

「ありがとうございました」

その所作に魅入ってしまい、愼寿郎は無惨の声にハッと意識を取り戻した。愼寿郎の顔は『俺としたことが』、そんな表情であった。

「急にお邪魔して申し訳ありませんでした」

「いや構わん。俺もお主に用があった」

そう言うと愼寿郎は懐から巻物を取り出して無惨の前に広げた。

「これは煉獄家の家系図。お主が挙げた“夢の中の一族”の名を照合していたところだ」

柱会議の間に書き留められた無惨の証言文をその隣に並べ、愼寿郎は1つずつ照らし合わせていく。

「奇妙なことに寸分違わず合致していた」

ジロリと睨む愼寿郎に、無惨は「奇妙、ですか?」と眉をひそめた。

「俺でさえ曽祖父の名までは覚えていない。それを何世代分も、炎柱になれなかった者の名まで。これを異様と言わず何と言う?」

愼寿郎の目には疑いの炎が宿っていた。その一睨みには獅子さえ逃げ出すほどの気迫が宿っていた。

だが無惨はキョトンとした顔で「家族だからですよ」と答えた。

その平然とした即答に呆気にとられる愼寿郎。

「生まれた時から看取るまで、ずっと一緒にいた家族です。覚えていて当然じゃないですか。おしめだって私がこの手でみんな取り替えてあげたんですよ?」

“当然”。そのあり得ない単語に愼寿郎は思わずクスリと笑った。

「成程な。家族だから当然か。お主ならそう言うと思った」

愼寿郎の態度の変化に、情けなく「へっ?」と呟く無惨。

「正直に言おう。俺はお主を信用していなかった。会議の時にはお館様の手前、納得していたが、何処かに綻びがあれば追及するつもりだった。今もお主を試した」

試されたことすら気付いていない無惨はますますキョトンとした顔であったが、愼寿郎はますます確信を強めた。

「お主は敵ではない」

愼寿郎の熱い瞳に、無惨は「? まだ私、疑われていたんですか?」と若干の落ち込みを見せた。

「無論。俺は今までのお主を無害とする根拠が、全て入念な根回しの上で張られていたと仮定して考えていた。お主が家族だったと言い張る柱、末端の隊士、隊士ではない者の情報は事前に念入りに調べあげられていたとして。だがそれが鬼舞辻無惨の指示だとしたら、あまりにも安直で和やかすぎるであろう?」

真面目に考える素振りを見せる愼寿郎。直後に「俺も自分で考えていて阿呆らしくなってきた」と呟いた。

「愼寿郎さん・・・私の事を信じていただけるんですね」

「うむ。そういうわけだ、お前たち入ってきていいぞ」

そう言って背後の襖をガラガラと開けた愼寿郎。その向こうから3人の姿が聞き耳を立てた姿勢で現れた。

「申し訳ありません、父上。あまりにも無作法でした。弁明のしようがありません!」

あまりにも元気のあり余った声で弁明した少年。その姿に無惨は「杏寿郎くん!」と表情を明るくした。

「も、もうしわけありません父上!」「もうしわけありません炎柱様っ!」

そして、その隣で千寿郎と一緒に慌てる少女の顔を見て無惨は声を裏返させた。

「蜜璃さんまで!? どうしてここに?」

無惨の言葉にその場にいた4人は目を丸くした。

「??? あの、何処かでお会いしましたっけ?」

「うむ。父上が千寿郎をおからかいになったと聞き、これは血鬼術に心を病まれたかと急いできてみましたが、これはいかに?」

「あ、あの父上・・・こちらは甘露寺殿の御知り合いの方でしたか?」

混乱し、まくし立てる3人に愼寿郎と無惨は「落ち着きなさい」と声を揃えてたしなめた。

「この者は新種の鬼だ。害意がなく、人を喰うことはない。お館様も公認されておる」

「鬼舞辻無惨と申します」

無惨の軽はずみな発言に凍りつく3人。愼寿郎は頭を抱えながら「まったくお主は」とぼやいた。

 

 

説明には長い時間がかかった。3人が落ち着いてきた頃に、無惨は道場に案内され茶を馳走になっていた。

「では、まだ見ぬ者を夢の中で見知る血鬼術と?」

「まだ詳しい事は当人も理解しておらぬようだがな」

「ですけどやっぱりこうして揃っていると、私はすごく落ち着きます」

茶をズズとすすりながら、無惨はこの日で一番の笑顔を見せていた。

「しかし、よもやこの娘もお主の家族として血鬼術の夢に出ていたとは」

「え? えええええ!? 私が・・・鬼の御嫁さんに!?」

目玉が飛び出るほどに驚く甘露寺に、無惨は「いえいえ。私とじゃありませんよ」と手を横に振って否定した。

「夢の中でも蜜璃さんは煉獄剣術道場のお弟子さんでした。旦那さんは狛治さんのところのお弟子さんでい・・・あっ」

甘露寺の顔が“旦那さん”の一言でパァッと期待と希望に満ちたのを見て、咄嗟に自分の口を手でふさいだ無惨。「どうされた?」と尋ねる愼寿郎に「危ない危ない」と独り言気味に返した。

「えっ!? 私の結婚相手、教えていただけないんですか?」

「いえだって、もし蜜璃さんがそのお相手とお会いしていなかったら、私の夢幻の話なんてアテにならないじゃないですか。妄言みたいなものですので、変に信じていただかれても悪いですから」

「瑠火や我が先祖を言い当てておいて今さら何を」

甘露寺に「それでも教えて」とせがまれて困惑する無惨の姿を、愼寿郎はほがらかに笑いながら見ていた。

そして杏寿郎と千寿郎は、久しく見なかった父の笑顔にこの上ない幸せを感じていた。

 

「ですけど本当にホッとします。だってこちらでも蜜璃さんは蜜璃さんのままですから。杏寿郎くんも千寿郎くんも。愼寿郎さんが、なんだかピリピリしていて怖かったですから」

胸をなでおろす無惨に、杏寿郎は「では母上のこともご存じで?」と尋ねた。

「ええ。瑠火さんは・・・私の知る瑠火さんは強い方でした。弱き人を助けることは強く生まれた者の責務だと、よく口にされていました」

そう言って茶を口元にもっていった手を止める無惨。

「天から授かりし力を・・・世のため人のために・・・使わなければなりませんね」

そう呟くと、無惨は湯飲みを置いて愼寿郎たちの方を向いて姿勢を正した。

 

「愼寿郎さん、申し訳ありません。私、嘘をついていました」

一瞬、3人はギョッとしたが愼寿郎だけは真っ直ぐに無惨に向き合って「いかがされた」と冷静に尋ねた。

「皆さんと共に戦う決意、私できていませんでした」

「そうか」

「ですが今、決意が固まりました。私に与えられた鬼舞辻無惨と同じ姿、声。そしてこの力。使わずして何を救うつもりか。瑠火さんの言葉を思い出して今、断固たる決意に至りました。私は使えるものを全て使って、鬼と戦います」

無惨の言葉に愼寿郎もキリッと前を見据えた。

「俺もだ。瑠火の言葉で思い出した。今決意した。俺も再び柱として刀を振ろう」

そう言うと愼寿郎は無惨の胸に向けて指をさした。

「お主の中の瑠火に諭された。永く声色すら忘れていた瑠火の声が今しかと俺の心に聞こえたぞ」

微笑む愼寿郎の姿に、千寿郎は涙して杏寿郎に抱き着いた。甘露寺もまた涙をもらった。

「いいえ。愼寿郎さんに聞こえた声は、私の中の瑠火さんじゃないですよ」

何を言っているんですか、と言わんばかりに真顔で指摘する無惨。その様に愼寿郎は苦笑いした。

「同じだ。お主の夢で見た者たちと、現実に存在する者たち。生き様は違えどその性根、人として最も大切な根幹は同じものを持っておる」

そう言って満足した笑顔を見せた愼寿郎。その姿にありし日の厳しくも優しい父を思い出すことができた杏寿郎は満面の笑みを見せた。

「唯一、その仮定に不確定要素があるとすれば剣の腕くらいか。剣術道場の師をしていたようだが、お主の夢の中の俺も強かったのか?」

「ええ、それはそれは。町の喧嘩を竹刀1本で止めて、傷薬をたくさん売り込んでいたくらいですから」

あくどい商売をしているな、と心の中でつっこむ4人。

「ちなみに私も強いですよ。煉獄流剣術三段の腕前ですから」

三段・・・未知の流派の剣術の、なんとも低いのか高いのか分からない水準に胸を張られても。と困惑する4人。

「ではそこまで言うなら、ちと手合わせ願おうか」

そう言うと愼寿郎は竹刀を一本、無惨に渡した。

「どこからでも遠慮なく打ち込まれよ。これから共に戦う者として、お主の剣の腕前を知っておいて損はない」

そう言って竹刀を構えた愼寿郎。その姿には鬼殺隊最強の一角、炎柱の炎のような気迫が背からあふれ出していた。

「では、遠慮なく」

そう言って竹刀を構える無惨。

 

だが無惨は失念していた。

かつて、彼が煉獄の剣術を習う立場になった時。それは煉獄家が剣術道場を手に入れた後の話。

その頃には度重なる鬼の再生力の酷使で、基礎身体能力が低下しきっていたことを。

それが今、鬼の体と鬼の力を手にしてしまっていることを、すっかり忘れていた。

そうなれば自明の理。当然こうなる。

 

パァンと乾いた音が道場に響きわたった。

誰の目にも、何が起こったのか映らなかった。

爆ぜた。

そう言い表すしか他にない。

無惨が振り下ろした直後に竹刀が爆ぜたのだ。空気の抵抗に耐えられなかったのだ。

「はっ、あわわわ、申し訳ありません! お借りした竹刀をこんなことに」

「・・・今、お主は何をしようとした?」

呆気にとられる愼寿郎。無惨は悪気なく答えた。

「はぁ、唐竹、袈裟斬り、逆袈裟、左薙、右薙、左切上、右切上、逆風、刺突 を同時に打ち込もうとしたんです。こんなことになったのは初めてなんです。いやお恥ずかしい」

顔を真っ赤にする無惨に、4人は「ど、同時に?」と唖然とするしかなかった。

「ま・・・まぁ鬼だ。人よりも強靭な肉体を持つ鬼には、刀を手にしてようやく対等・・・いや、だが・・・」

目の前で起きた出来事を信じようが信じられまいが、ともかく今手を付けるべきは爆散した竹刀の欠片の後片付け。

 

 

 

そんな最中、道場に一羽の鎹鴉が甲高い声を上げながら飛び込んできた。

「伝令! 伝令! カァァァ。煉獄愼寿郎、ムーサン。宇髄天元ト共ニ、吉原ノ十二鬼月ヲ調査スベシ!」

 




【平安コソコソ噂話】

ちなみに愼寿郎は列挙された先祖の代から思い至って「始まりの呼吸について何か知っているか?」と無惨に質問している。
だけど「??? 朝起きた時に背伸びしながら『うーん』って言ってする呼吸は気持ちがいいってお話ですか?」と無惨が答えたから、呆れて諦めたぞ。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。