あなたが落としたのはきれいな無惨ですか?   作:三柱 努

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それいけ妓夫太郎!

異様な光景であった。暗闇の中、鬼の生首が2つ転がり、その体には生気が宿ったまま。その傍らに立つ男は抜刀し、1人はしゃがみ込んだ遊女の側に立つ。

事情を知らぬ者が見れば急いで番所の人間を呼びに行くほどの異常な場。

そんな中で愼寿郎は静かに刀を握る手に力を込めていた。

 

「鬼舞辻無惨。鬼との共存を望む考えはわかった。やはり貴様と我々とは相容れぬ存在だ」

愼寿郎の地を震わせる声に無惨は不安を覚えた。

「愼寿郎さん?」

「お主の言うように、人間もまた弱肉強食の環の中にいる。鬼の所業のみを罪とは言い切れんのも一理ある。だがその説法を納得できる者ばかりと思うな」

そう言って愼寿郎は堕姫の首元に刀を突きつけた。

「!? 無惨様! お兄ちゃん!」

「愼寿郎さん! 何を!?」

「動くな。妙な動きを見せれば容赦なく刎ねる」

「けっ。金玉の小せぇ野郎だ。そこまでしねぇと俺らと向き合えねぇってか? 鬼狩りの柱もたかが知れてるなぁ」

妹に刀を突きつけられた状態でなお愼寿郎を煽る妓夫太郎。その様子に無惨は違和感を覚えた。

「妓夫太郎さん、どういうことですか?」

「なんてことはありませんぜ無惨様。鬼狩りに刀で首を斬られても俺が生きているのは、梅の首まで斬らねぇといけねぇからだ。俺と梅は特別なのさぁ。そのことに気付いたコイツらは、こうやっていつでも俺らを殺せるって状況じゃねぇと、俺らの事が怖くて仕方がねぇんだよ」

歯を見せつけて不遜に笑う妓夫太郎。

愼寿郎は苛立ちを覚えながら、その笑みを静かに睨んだ。

「ズレてんだよテメェらは。無惨様の命令だからなぁ、俺は暴れねぇと誓った。それよか俺らの要求があるとすりゃあ、今すぐ無惨様の首と体を戻しやがれってことだけだ」

そう言って宇髄に目で指図する妓夫太郎。

「それなら私だけでなく妓夫太郎さんの首も戻してあげてください!」

「無惨様ぁ、俺は平気だ。コイツら恐ろしくて、んなこと出来るわけがありませんぜぇ」

妓夫太郎の言葉に堕姫もまた首を縦に振った。

「そうよ! アンタらなんか怖くないんだから! それより私たちは無惨様の御姿がいたたまれなくて仕方ないんだから!」

「ハッ。テメェらに言われずとも、こちとら最初からそのつもりだ」

わめく堕姫に苛立ちを見せながら、宇髄は無惨の頭をむんずと掴んで体の方へ運んだ。

「あ゛!? もっと丁重に扱えクソ鬼狩りがぁ!」

「天元さん、できればもうちょっと優しくお願いします」

妓夫太郎とは温度差のある無惨の依頼に、宇髄は渋々とした表情で無惨の首を丁寧に体に合わせた。

「どうだ、これで満足だろ」「仕事が遅ぇんだよ」と火花を散らす宇髄と妓夫太郎。

その様子に「慣れ合うな」と愼寿郎は苦言を呈した。

 

「鬼舞辻無惨よ。家族を喰われた悲しみを知るお主が鬼を許すことができたとしても、誰もが同じように鬼を許せるわけではない。誰もがお主のように強い心を持っているわけではないのだ」

姿勢を正した無惨に向かって、愼寿郎は静かに問いかけた。

「たしかに世の理を介したとて恨みは消えません。ですが恨みはたとえ仇が討たれた後も消えないでしょう。鬼を殺すことが解決の道だと私は思っていません」

無惨だからこその言葉に、愼寿郎も耳を傾けようとした。だがそれでも目の前の妓夫太郎と堕姫が同じ考えとは思えない。

「上弦の陸よ。貴様らはこの鬼舞辻無惨の血を飲み、人であった頃の記憶を取り戻しているな? その上で聞く。鬼として人間を喰い殺してきた日々を悔いているか?」

愼寿郎の問いに無惨は息を飲んだ。だが妓夫太郎は何ら悪びれる様子もなく口を開いた。

「んなもん、ねぇよ。俺らに人殺しを反省しろってのかぁ? 奪われる前に奪う。そうやって俺たちは生きてきた。幸せそうに生きている奴らから奪わねぇと、俺らの不幸は取り返せねぇ」

妓夫太郎の持論に宇髄は「歪んでやがる」と吐き捨てた。

「鬼狩りにとやかく言われる筋合いはねぇなぁ。テメェらだって殺される前に鬼を殺すもんだろうがよぉ。柱だって俺は15人は殺して喰ってやった」

「私は7人」

悪びれた様子もなく語る妓夫太郎と堕姫に、愼寿郎はため息をつきながら無惨に問いただした。

「これでもお主はこやつらの罪は償えるものだと思うのか?」

見限るべきだ。この鬼たちは救いようがない。そう愼寿郎の目は訴えていた。

だが無惨はしっかりとした目で愼寿郎を見返していた。

「思います。お二人には反省の道を選んでいただきます」

「反省だと?」

反省。ありきたりで軽薄そうに感じられる償いの道に、愼寿郎は眉をひそめた。

「ええ。殺された方々が何を望むかを考えました。もちろん仇を討って欲しい、鬼には滅されてほしいと彼岸の向こうから望んでいるでしょう。ですがそれではいけない。恨みの念に支配された者は厳しい話ですが、天国に行けるとは思えないからです」

無惨の言葉に息を飲む愼寿郎。

「死者を愚弄するのか? 鬼に殺された者は地獄に堕ちるとでも?」

「恨みではなく許しを。仇である鬼の心からの反省を三途の川の向こうに届けます。亡くなった方々への閻魔様の采配が少しでも善い方向に動いてくれることを願って」

無惨の宣言に愼寿郎は深く息を吐いた。

考えてもみなかったことであった。鬼は地獄に堕ちるものだとは考えていたが、亡き人々に手を差し伸べるべきだとは考えが及んでいなかった。

だが、それはあくまで無惨の理想。

愼寿郎が目をやると、妓夫太郎と堕姫は目を伏せていた。

「御言葉ですが無惨様・・・私は、その・・・」

「無惨様の御命令となれば俺らは従います。ですが反省・・というのは」

口を濁す妓夫太郎と堕姫に、宇髄は見下したような視線を向けた。

「派手に無駄だな。コイツらは反省っつうもんを知らねぇ。どうせ人間の頃からな。知らねぇもんをできるわけがねぇ」

宇髄の断定に妓夫太郎と堕姫は苛立ちを露わにする。だが反論できなかった。

 

「はい。“今の二人”は反省の仕方を知らないでしょう。私の夢の中でもそうでしたから」

あっさりと肯定する無惨に、愼寿郎は呆気にとられた。

「どういうことだ? お主に何か考えでもあるのか?」

「実は以前からカナエさんと相談していました」

無惨の口から出た名前に、堕姫は一瞬「女?」と不快感を露わにした。

「花柱のことか」

「私の血で鬼が人の心を取り戻すのであれば、鬼を手にかけることが辛くなる鬼殺隊の隊士が出てくるのではと彼女は悩んでいました。彼女もその一人です。ですからこれからは私の血を積極的に鬼に与えていくべきだと。少しでも無駄な血が流れずに済むなら、私もいくらでも血肉を提供する所存でした」

技術的に対象を斬る際にその体に何らかの液体を注射する機器や刀を作ることは可能である。現に胡蝶しのぶはその類の日輪刀を有していた。

「ですがその際に、累さんやご家族のように鬼であった頃の所業を思い出して苦しむ方が多く出ることになります。誰もが悲しみに打ち勝てるわけではない。罪と向き合う方法が分からないと思い悩む方が次々と現れるでしょう」

無惨の言葉に愼寿郎はかつて鬼の元から助け出した一人の少年を思い出していた。あらぬ罪ではあるが、生き残った家族からの怨み節に心が押し潰され苦しむ少年の姿を。

その少年は運よく自責を乗り越え隊士となったが、それは彼の元来の心の強さ故。鬼自身の自責ともなれば比べ物にならないのは容易に想像できた。

「先に提案したように亡き人々のためにも、鬼が自らの罪と向き合うことは望ましいことです。ですがそれは一人では越えられない壁。同じ立場の仲間が必要です。そこで妓夫太郎さんと堕姫さんには、その旗頭になってもらいます」

無惨の言葉に宇髄が納得の色を見せた。

「てめぇより重罪の奴が反省している姿を見せて、鬼どもに『俺にもできる』っつう心の支えを作るってことか。まぁコイツらの当てにもならねぇ反省よか、雑魚鬼が1匹でも多く反省する世の中のほうが現実的だな。死んだ奴らも少しは浮かばれる。悪かねぇ話だ」

無惨が「そうです」と両手を合わせると、宇髄は苦々しい顔を見せた。

「だがな。地味に忘れさられているがそもそも大前提、コイツらが反省しねぇことにはド派手に無意味な策だろ」

「鬼狩りに同意するのは癪だが・・・その通りです無惨様。本心を申し上げれば、俺らにはとてもじゃないが・・・」

「うん・・・何をどうしていいか」

目を泳がせる妓夫太郎と堕姫であったが、無惨は真っ直ぐに両者に熱い視線を送った。

「大丈夫。お二人ならできます。私が一緒にいるんですよ? 三人で力を合わせれば必ず成し遂げられます」

そう言って無惨は妓夫太郎の頭部を拾い、堕姫の元へ歩み寄った。

「3人・・・無惨様が、俺たちと?」「私とお兄ちゃんに・・無惨様が?」

無惨の言葉に妓夫太郎と堕姫の目は恍惚とした光を宿し始めた。

「私は貴方たち自身よりも貴方たちのことを信じています。お二人が悔いと償いができる人になると“知っている”のです」

そう言って堕姫の手を取り、妓夫太郎を抱き寄せた無惨。

「無惨様・・・」「こいつぁ応えねぇわけにはいかねぇなぁ」

そう言うと堕姫と、今まで大人しく倒れたままであった妓夫太郎の体は、その場で跪いた。(妓夫太郎の首無体が動いたことに、油断していた無惨は心臓が飛び出るほど驚いた)

「躾のなっていない私たちですが、無惨様の御期待に添えるよう誠心誠意務めさせていただきます」

「俺は昔っから仕事ができる男でさぁ。他の奴らより何倍でも反省してやりますよぉ」

平伏する妓夫太郎と堕姫。敬意に溢れ、心のこもった所作からは、それまで色濃く見えていた鬼特有の不穏な毒気が全く抜けていた。

「いかがでしょうか愼寿郎さん、天元さん。この二人を私に預からせていただけませんか?」

「あ゛? テメェらを信用しろってか? 反省できるっつうもんを派手に証明して見せてからいいやがれ」

噛みつく宇髄であったが、愼寿郎から発せられた「いや構わん」の一言に思わず「はぁ!?」と声を荒げた。

「責任は俺がとる。何かあれば鬼舞辻無惨を殺し、俺は腹を切ろう」

「責任だぁ!? 柱が欠けたらそれこそ鬼どもの思う壺だぜ?」

「俺の命など軽いものだ。それに柱であれば俺の息子がいずれ次の炎柱になる」

頑として譲らない愼寿郎に、宇髄は呆れながらも刀を収めた。

「愼寿郎さん、ありがとうございます。ですがいらぬ心配ですよ。貴方が腹を切る事は絶対にありません」

「そうだそうだ。俺らを舐めるな」

「そうよそうよ、舐めないでよ。そこの派手を司る神みたいな馬鹿!」

愼寿郎の刀から逃れ、無惨の背後でわめく堕姫を宇髄は無視した。

 

「では早速、妓夫太郎さんの首を戻して、と」

無惨の手によってあるべき位置に戻った妓夫太郎の顔と体。

「気分はいかがですか妓夫太郎さん?」

「お元気100倍ってところでさぁ。今なら天丼だろうがカツ丼だろうが釜めしだろうが、30杯は食えますぜぇ(食ったことねぇけど)」

「それは良かった」と手を合わせて喜ぶ無惨。宇髄は「ハッ、小食だな」と鼻で笑って喧嘩を売った。

「あ゛?」

「俺なら天丼100杯は余裕で食えるわ」

「あ゛? 馬鹿が。それぞれ30杯は食えるからなぁ」

「馬鹿はテメェだ。合計しても90杯だろ。俺の方が上だ」

「量が違ぇな。俺のは大盛だ」

「なら俺は特盛だ」

童のようにくだらない言い合いをする妓夫太郎と宇髄。その様子に無惨は微笑みながら「でも2人とも13杯で音を上げますよ」と堕姫と愼寿郎に耳打ちした。

「慣れ合いよってからに、この者どもは」

眉間に皺を寄せる愼寿郎。その雷が落ちるのを察した宇髄と妓夫太郎は息を合わせたように矛を収めた。

一連の様子を堕姫と無惨が仲良く笑う。

弛んだ空気を居心地悪そうにする愼寿郎は咳払いをして話を再開した。

 

 

「誤解するな。お主たちはまだ信用を得ていない。そのためにも話してもらうぞ。悪鬼・鬼舞辻無惨や上弦の鬼どもの情報を」

 

 




【平安コソコソ噂話】

堕姫は妓夫太郎と違って当初、無惨が別人になったのではなく、本物が心変わりしたのだと思っていたぞ!
だけど雰囲気的に間違いを悟ってよく考えて、優しく自分を想ってくれる無惨に付くことに決めたぞ!


もしも本作無惨の鬼として生きることになったらどう生きたいですか?

  • 胸の傷が痛んでも生きることを喜びたい
  • 何のために生まれたか答えたい
  • 今を生きることで心を燃やしたい
  • 何が幸せで喜びか分かりたい
  • 夢を忘れず涙をこぼさず飛びたい
  • 皆のために恐れず生きたい
  • 愛と勇気を友にしたい
  • 早く過ぎる時の中でも微笑んでいたい
  • 皆の夢を守りたい
  • 困っている人に何かを食べさせてあげたい
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