あなたが落としたのはきれいな無惨ですか?   作:三柱 努

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隊士の秘密(?)

「無惨様、どうぞお寛ぎください。人払いは済んでおります」

屋敷に戻った堕姫は自室に無惨を招き入れ、愼寿郎と宇髄をついでのような扱いで部屋に通した。

「ありがとうございます梅さん。そのお姿、とても麗しいですよ」

花魁姿を無惨に褒められ頬を染める堕姫。「上手く化けたもんだな」「文字通りにな」という背後の声に妓夫太郎は鼻を鳴らした。

「そりゃそうだぜ。梅は100年もココで花魁やってんだ。当たり前だが、若い姿で怪しまれねぇように何度も店を変えてな。その度にどこの店でも花魁だぜ」

花魁とは遊女の中でも最上位の者。高い教養と優れた芸事を身につけていなければ認められることのない称号である。その位に着ける者も千人に一人いるかどうかと言われるほど。

器量だけでも、努力だけでもたどり着くことはできない。

「梅さんはできる娘なんです」

自分の事のように胸を張る無惨。堕姫は感激しながらその腕に抱き着いた。

「そういえば無惨様。アタシ、今から反省をしますね!」

反省を軽々しく口にした堕姫の様子に不安を覚えた愼寿郎。

すると何を思ったか堕姫は着物の帯をスルスルと脱ぎ捨て始めた。

やらかしたな。そう愼寿郎が頭を抱えた途端、堕姫が脱ぎ捨てた帯の側から次々と遊女らしき女性たちが現れた。

「!? この方々は!? えっ、え!?」

どう見ても帯から飛び出してきたとしか思えない女性たちの出現に、愼寿郎と宇髄はそれが堕姫の血鬼術だと瞬時に察したが、無惨は自分の目を信じられずに慌てふためいた。

「う・・・こ、ここは」「え!? わっ、蕨姫!?」

混乱する女性たち。中には衰弱した者もいたが、皆が一様に堕姫を目にした瞬間に恐れおののいた。

「大丈夫。大丈夫ですよ」

女性たちを落ち着かせるために無惨は真っ先に駆け寄った。

「蕨姫だぁ?」「梅の源氏名に決まってんだろ」

衰弱した女性に駆け寄った宇髄が懐から水筒を取り出しながらつぶやいた。

「こいつらはアタシが後で食べるために貯めてた遊女ですよ。人が急にいなくなっても、遊郭なら足抜けだと思って皆が不思議がらないですから。でも人を食べちゃいけなくなったから、出してあげたんです」

悪びれる様子もなくニコニコと笑う堕姫。彼女にとってこの解放は善い行為だという認識であった。

だが認識として、女性を監禁して食料としてきた堕姫の考えていた人の命の重みは一般倫理と比べてあまりにも軽すぎた。

ちょっと悪い事をしたから、それを気楽に謝っただけ。そんな空気を放っていた。

無惨ですら「そ・・・そうでしたか・・・」と苦笑いでしか応対できなかった。

鬼に真の反省を求めるには長い道のりを歩むことになる。そう思い、無惨は息を飲んだ。

 

その後、愼寿郎に招集を受けた隠たちが部屋に到着し、遊女たちの介抱と事情の説明、そして損害や今後の生活の保障を始めた。

その到着までの間、遊女たちに向かって無惨が土下座をして謝り続けていた。

隠たちが到着直後、最初に驚いたのは部屋の外にまで聞こえてきた無惨の「本当に申し訳ありませんでしたッ!」の声。

そして一番驚いたのは、畳に残された無惨が額を擦りつけすぎて出来た擦れ跡であったという。

(二番目の驚きは、その無惨の謝罪を見てワーンと泣いて悲しんでいた痴女が上弦の陸だと知った時だった)

「無惨様ぁごめんなさい。アタシのせいであんな奴らなんかにぃ。無惨様が御頭をぉ」

無惨に哀れな姿をさせたことで堕姫が遊女たちに手を出さないかヒヤヒヤしていた愼寿郎であったが、当の堕姫はそこまで堕ちてはいなかった。

「よく我慢しましたね梅さん。これからも貴女の罪は私が一緒に背負います。今はまだ反省が難しいでしょうが、貴女ができることから初めていきましょう」

そう言って堕姫の頭を撫でながら微笑む無惨。

その肩に宇髄が期待の笑みを浮かべて手を置いた。

「今、コイツらに出来ることは挽回することだ。てめぇらの・・・糞の方の鬼舞辻無惨の情報を吐け。あと他の十二鬼月の情報もな」

鬼みたいな笑みだ。そう隠たちは思った。

「無惨様の? あぁ、あっちの」

「そのことだが、俺らは何も知らねぇよ。っつうか知ってる鬼なんかいねぇだろうな」

やはりそうか。その場にいた鬼殺隊の者は誰もが思った。

全てが謎に包まれた鬼舞辻無惨。千年もの間、鬼たちから情報を得られなかったのは鬼舞辻無惨が徹底した秘密主義を貫いたためであると推測していた。

鬼舞辻無惨に繋がる情報は全て断つ。知る者さえいなければ全てを断つのは容易。無惨を知る鬼は一体として存在しない。それは上弦の鬼とて同様だと。

「他の十二鬼月のことだって、アタシらもあんまり知らないよ」

「え? 累さんのこともですか?」

妓夫太郎と堕姫は「る・・・い?」と呟いたが、無惨が「ご存じないのですか」と残念がると即座に土下座した。

「使えねぇなぁ。童磨のほうがまだ知ってやがったか。惜しいことしたな」

宇髄が吐き捨てると、妓夫太郎と堕姫は目を丸くした。

「まさか・・・鬼狩りが上弦の鬼を!?」

「殺せたの!? そんなに強い鬼狩りがいるの!?」

驚愕する妓夫太郎と堕姫に、宇髄は得意気に「ああ」と鼻を鳴らした。

「童磨さんのことは残念でした。反省から自刃を口にされていましたが、できればその心の清らかさから更生の道を一緒に歩んでいきたかった・・・それなのに私は・・・」

悲し気に語る無惨。だがその言葉に妓夫太郎と堕姫は首をかしげた。

「あの童磨殿が反省?」

「ないない。ありえません」

真っ向から否定する妓夫太郎と堕姫に、無惨は「そうなのですか?」と問いかけた。

「紡ぐ言葉が羽よりも軽い」

「皆から嫌われてたね。命の恩人だけど、一応私たちの」

そこまで言われるほど!? と目を点にする無惨。

「そういうのをくれよ。他の零とか壱とかのよぉ」

宇髄の言葉に「れい?」と首を傾げる堕姫。

妓夫太郎が「まさか上弦に零がいるとかトチ狂った勘違いしてんじゃねぇだろうな?」と半笑いで尋ねると、宇髄の無言に大笑いを始めた。そして直後、気まずそうな無惨が同じ勘違いをしていたことに気付いて即座に土下座した。

 

「つまり壱が黒死牟、猗窩座が参、肆が半天狗、伍が玉壺、そしてお主ら兄妹が合わせて陸ということだな?」

「ああ。猗窩座の方が先に鬼になったから“殿”って付けて呼んでいたらしい。たしかに紛らわしいな」

気まずい雰囲気が妓夫太郎の態度を少し軟化させていた。もちろん無惨は気にしていない。

「でもって下弦の鬼のことは俺ら興味ねぇからほとんど知らねぇ。毎年入れ替わってんだ、知ってても意味ねぇ」

「成程な。我々としても情報は脅威となる上弦の鬼だけでもよい。それだけあれば助かる」

愼寿郎の言葉に妓夫太郎はボリボリと頭を掻いた。

「つっても俺ぁ基本、梅の中で寝てたことが多いからなぁ。他の上弦の鬼のことあんま知らねぇんだ。詳しい事は梅から聞いてくれ」

「そうですね。梅さん、お願いできますか?」

話を振られた堕姫は、まるで尻尾を振る犬のように活き活きとした顔を上げた。

「はい無惨様。といっても私たち以外は決まった縄張りとか持っていないので、居場所までは分かりませんが・・・あっ、少々お待ちを」

堕姫はそう言うと、棚から筆と墨と紙を取り出した。

「人相書きをご用意させていただきます」

「ほぉ」「お願いします」

堕姫の提案に宇髄と無惨は身をのり出した。

その視線に(勿論、宇髄の視線ではなく)、頬を染めながら堕姫は筆を走らせていく。

そこは流石は花魁と言うべきか。筆の持ち方1つ、動かし方1つつけても品がある。

が・・・

『妖怪?』

無惨はそう感じた。

描かれたものは、目が6つはある長髪の男? 女?

『歌舞伎役者?』

今すぐにでも「よよい」と聞こえてきそうな隈取の短髪の男。

『鬼? あっ、鬼でしたね』

大きなコブと二本角。腰の曲がった老人。

『???? 梅さん、絵は御上手だったはずなのに?』

最後の伍の絵に至っては、目の位置に口があり、しかも2つ。口と額の位置に目があり、耳が2本の腕になっていて、変な壺から体が飛び出していた。

あとは髪型が何をどうしたのか・・・何にケチつけられてムカついて許せなくなったら、この形に至るのか理解できない髪型であった。

「よぉく描けてんじゃねぇか? 俺もあんま見たことねぇが、思い出したぜ。そっくりだ」

そっくりなの!? そう口にしそうになった無惨と宇髄と、隠たちの表情は驚きと苦笑いを隠せていなかった。

 

「これが壱の黒死牟。一番最初の上弦の壱だし、ずっと上弦の壱よ。あと元々は鬼狩りだったらしいわ」

「元・隊士か・・・しかも上弦の元祖。うむ」

堕姫の言葉に息を飲む愼寿郎。鬼殺隊から見れば裏切り者であり最強の敵。

十二鬼月が出現した時代と、始まりの呼吸の剣士が現れた時代を考え、息を深く吐いた。

「参の猗窩座。他の上弦の鬼よりも言う事しっかりしてるから、皆からは嫌われてるけどそんなに嫌な性格じゃないよ。あと女を絶対に喰わないみたい」

「腕の型、こんな感じですかね」

絵を真似て無惨が型を作ると、堕姫は「無惨様、なんて美しい型!」と感激の拍手を送った。

無惨は「以前、拳法を習っていたことがありまして」と照れた。

「えっと次は何だっけ。あっ、肆の半天狗。なんか小心者って感じだし、威厳も風格もないし、よく分かんないわ。ちょっとイライラするけど、まぁ我慢できるかな?」

「威厳がないのはこの鬼舞辻無惨も変わらん。だが、仕方あるまいが情報が少ないな」

愼寿郎の唐突な言葉に宇髄はどうにか笑いを堪えた。

「そしてこれが伍の玉壺。楽観的で変な奴よ。アタシはあんまり好きじゃない。壺を作るのが好きみたいで、高く売れてるらしいけどね」

「高く売れている壺か・・・探ってみる価値はあるな」

玉壺の絵のあまりにも酷い有様に口を開けない無惨たちに代わって、愼寿郎が考えを表した。

 

一通りの説明が終わった頃、宇髄がボソリと呟いた。

「・・・そういやぁ、吉原で100年以上花魁やってたっつったよな?」

「ん? 何か気付いたのか?」

愼寿郎が尋ねると、宇髄は「いや気にしないでください。つまらねぇことだ」と首を振った。

「ですけど、何かお気づきでしたら皆で聞いておくべきだと思いますよ。天元さんとは違った視点で気付くこともあるかもしれませんし」

「無惨様の言う通りだ。それともなんだぁ? 鬼に聞かれちゃマズいってかぁ?」

「まだアタシたちのこと信用してないの? なら今までのアタシの説明も無駄だったじゃん!」

四方から攻め立てられた宇髄は、愼寿郎から「話せ」と一押しされ観念した。

「・・・鬼殺隊が100年以上、コイツらが吉原を縄張りにしてたっつうことを気付きもしなかったっつうのが気になった。でもよぉ吉原で殺されたっつうなら消息くらい分かるだろ?」

「そう言われれば・・・」「たしかにな・・・」

言いにくそうな宇髄の言葉に、愼寿郎も妓夫太郎もソレを察した。

「任務じゃねぇっつうなら私用だ。それでも休みん時っつうなら普通は行先くらい告げるはずだ。それもねぇ。行先も告げずに私用で遊郭・・・っつうことだ」

「あっ」

気付いた堕姫は咄嗟に笑いを堪えた。無惨だけは答えに至っていなかったが、しったかぶって「なるほど」と頷いて見せた。

 

 

「由々しき事態だがそういうことだ。この者たちに喰われた柱の全てがそうだとは断言できんが・・・いや流石に22人ともなれば、そうでない可能性は限りなく低いがな。花魁に会うには金がいる。そして柱は隊の金を無尽蔵に使うことができる。つまり使途が遊女に納める金として消えていった分が大量にあるということだ」

鬼殺隊の恥部かもしれない。そんな推理に至ってしまい愼寿郎は頭を抱えた。

妓夫太郎と堕姫はその姿に笑いそうになったが、苦笑いする無惨に合わせて心の中だけに留めることにした。

 

 

 




【平安コソコソ噂話】
上弦の陸の無害化。上弦の鬼の数字と姿と性質。
そして『隊士の給与の使われ方の管理徹底』の提言とその理由。
今回、愼寿郎たちから飛ばされた鎹鴉の報告を聞いた産屋敷はひっくり返るほどの驚きの連続で、『体調が良くなってなかったら死んでたかもしれない』と思ったぞ!
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