あなたが落としたのはきれいな無惨ですか?   作:三柱 努

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Q.一年中彼岸花が咲き乱れる孤島は彼岸島、では

無惨の吉原贖罪行脚は波乱を巻き起こしていた。

元より出自の怪しい遊女たち。記録と記憶も不確かな中、堕姫の被害を受けた遊女の関係者のうち、謝ることができる相手に謝り倒した。

そしてそれは鬼殺隊にとって至極迷惑であった。

鬼の悪行の後処理は隠たちの仕事。一般人にとって疑わしいだけの鬼の存在について、突然押しかけられて謝られたとて何が何だか訳が分かるわけもなく。

その後処理までも、吉原担当の隠たちが負うこととなった。

「音柱も呆れていたな」

愼寿郎のぼやきに隠たちも思わずウンウンと頷いていた。

 

この騒動珍道中にようやく無惨が満足した頃、吉原の無惨たちの潜伏先に本部からの来客があった。

「むーさん、こんにちは」

笑顔で入室したのは吉原に似つかわしくない羽織姿の少女2人。胡蝶カナエとしのぶ姉妹であった。

「まぁカナエさん、しのぶさん。おひさしぶりです」

手を合わせて喜ぶ無惨。その背をつまらなさそうな顔で睨む堕姫の視線に一切気付いていなかった。

「・・・そいつらが例の、童磨を殺ったっつう柱ですかい?」

妓夫太郎の「なんか弱そうだな」という呟きに、無惨は「そうですよ」と笑顔で答え、そこで初めて堕姫の視線に気づいた。

「やっぱ妙だ」

妓夫太郎の呟きに、無惨は堕姫の頭を撫でながら「何がですか?」と尋ねた。

「いやぁ無惨・・いや、無惨様のことじゃなく悪鬼の方のですが。上弦の鬼が殺されたっつうほどの大事があれば招集がかかります」

「そういえば最近、頭の中に命令も何も入ってこなくなったよね」

堕姫もまた自身の頭を撫でながら首を傾げる。その様子にカナエは息を大きく吸って考え込み始めた。

鬼舞辻無惨が鬼の生死や思考を管理している可能性は、歴代の鬼殺隊でも考えられてきた説であった。それが妓夫太郎と堕姫の証言で確信に変わった。

だが“招集が無かった”や“命令が途絶えた”という異例の発生に関しては状況の判断がつかなかった。

「つかぬことをお聞きしますが、その異変はいつ頃からですか?」

誰が聞いても心癒されるカナエの優しい声掛けに、堕姫は「あ゛? 気安く話しかけ・・・」と睨み返したが、無惨の悲し気な表情を視界に入った瞬間に「何でも聞きな!」と上方修正が入った。

「言っても不定期だからね。最後に命令が来たのは二月くらい前かな? でも考えてみれば、このくらい間が空くのも珍しい話じゃないけどさ」

「俺は基本寝てるから知らねぇ」

堕姫の答えが期待していたものでなかったことにカナエは心の中で落胆した。だがそれを表には出さず「そうなんですね。ありがとうございます」と微笑んだ。

 

「ところでカナエさんたちはどうしてコチラに?」

「炎柱さんの代わりに、むーさんや上弦の御二方をご案内に参りました」

カナエから伝令所を受け取った愼寿郎は「藤襲山か・・・懐かしいな」と呟いた。

「ふじかさね?」

「お主たちに割り当てる土地のことだ」

「割り当てる? 本部に戻るというお話では?」

キョトンとした無惨の問いに愼寿郎は呆れた顔で返した。

「お主はともかく、上弦の鬼だった者を本部に入れるわけにはいくまい。そもそもあの者たちは反省に至っておらん」

そう言って愼寿郎が無惨の背後を睨むと、無惨の謝罪行脚を目にして泣き疲れた堕姫を胸に抱いた妓夫太郎が「あ゛?」睨み返した。

「それにお主はこれから鬼を迎え入れるつもりであろう? 人の心を取り戻したとて体は鬼。誰の迷惑にもならぬよう、隔離する土地が要る」

「つまり鬼のための安住の地を頂けるということですね。本当にありがとうございます」

手を合わせて感謝する無惨に、愼寿郎は苦笑いしながら「隔離だ」と手を挟んだ。

「で、その隔離っつうのはどういうことだ? 檻にでも囲まれた場所なのか?」

「遊郭みたいに? なんか卑猥」

ケラケラと笑う堕姫に、カナエは首を横に振った。

「山ですよ。一年中咲き誇る藤の花に囲まれているんです」

「あ? テメェ、藤の花が鬼にとっちゃ毒だって知らねぇのか?」

「そんな場所に無惨様をお連れするって、どういうことよ!」

今すぐに噛みつかん勢いでカナエに詰め寄る妓夫太郎と堕姫。そこにしのぶが若干の恐怖心を隠しきれないまま、勇気を出して割り込んだ。

「藤の花が咲くのは山の周囲だけです。山の中は何ら問題ありません。元々、藤襲山は最終選別のために鬼を閉じ込めている場所なんです!」

「最終選別?」と首を傾げる無惨に、カナエは事情を説明しようと辛い顔を見せた。そのカナエの気持ちを察した愼寿郎が代わりに口を開いた。

「お主には言いにくい事だが、隠していては不義であろう。最終選別とは鬼殺隊の入隊試験のことだ。隊士になるべく鍛錬を重ねた者たちを集め、鬼が解き放たれた藤襲山に入れる。そこで七日間生き残ることができた者だけが鬼殺隊の門をくぐることができるのだ」

愼寿郎の説明に嫌悪感を露わにする妓夫太郎と堕姫。遅れて無惨もしばしの沈黙の後で頭を抱えた。

「それはつまり・・・鬼との殺し合いをさせていると? 一体何人が・・・犠牲に?」

「回にもよるが、十人いたとして生き残るのは一人か二人」

「つまり鬼を含めると倍の数は犠牲になるのですね・・・しかも、そこで死ぬような者は隊士として認めることも無く・・・」

無惨の深いため息にカナエは静かに頷いた。

「あの・・・私は鬼ですが、いつも物事を考える時には人間にあてる物差しで測っているつもりです。失礼を承知で申し上げますが・・産屋敷さん、完全に逸していませんか? 常軌」

鋭く重い目つきになった無惨の厳しい言葉に、愼寿郎は心の中で正座をして向かい合った。

「無論、弱い鬼しか山には入れておらん。この程度を生き残れなければ鬼殺隊は務まらないということだ」

「命を軽んじてしまえば、そこに大義もクソもありません。その場を見知らぬ私にも容易に想像できますよ。散っていった人たちの無念を」

無惨の言葉に次第に心の中で視線を逸らしていく愼寿郎。カナエもまた無言のまま無惨の想いを推し量った。

「変わるべきだと思いますよ、その制度。凡ゆるものは変化して進化していくのですから」

「まぁ、鬼狩りどもが増えようがもう無駄だと思いますけどね」

無惨の出す悲し気な雰囲気に、妓夫太郎の無神経な言葉が入り込んだ。

無惨が「無駄・・・ですか?」とますます悲しげに問うと、妓夫太郎は堕姫に脇を小突かれながらも「ええ」と平然と言ってのけた。

「無惨様が鬼を救うからに決まってるだろ。全てに片が付けば鬼狩りどもは無用の木偶だ。違うか?」

妓夫太郎の言葉に「そうだね!」とパァと明るい悲鳴を上げる堕姫。

「いえいえいえ。何をおっしゃっているんですか妓夫太郎さん。全てに片が付く前提でお話が進んでいますが・・・」

手をワナワナと震えさせる無惨。だがカナエはそれに同調するように手を合わせた。

「むーさん、あながち荒唐無稽なお話ではありませんよ。鬼殺隊の歴史においてこれほどまでに事態が大きく動いた年はありません。上弦の鬼の討伐ですら100年ぶりなくらいですから。きっとお館様もそれを見越して、最終選別の山を空けてくださったのでしょう」

「ですのでその期待に応えるためにも、我々にはやるべきことがあります」

そう言って話に入ってきたしのぶは、手持ちの鞄を開けて色々な器具を取り出し始めた。

「やるべきこと、ですか?」

「ええ。むーさんの血を鬼に与えるお話ですが、むーさんが一つ一つ赴いていくのは非効率でしょ? なので血を注入できる器具を作って隊士たちに支給してはどうかということなんです」

カナエの言葉に妓夫太郎も堕姫も「成程」と手を叩いた。

「だが鬼舞辻無惨の血の効力は大丈夫なのか? 当人から摘出された血にも同じ効果は持続するのか?」

「そうだな。悪鬼の方の時は俺らの血を“鬼を作る血”に変えたりして鬼を増やすことができたから、無惨様から離れた血でも・・・多分できるんじゃねぇか?」

根拠の弱い意見であったが、妓夫太郎のグッと期待を込めた瞳に無惨は弱気な発言で返せなかった。

「そう・・ですね、諦めるのではなく実現できるように頑張らなければなりませんね! 私の血で鬼を、人を救うためにも!」

無惨の突き上げた拳に妓夫太郎、堕姫、カナエが呼応して手を挙げた。のを、しのぶと愼寿郎は付き合い悪い目でジトーッと見ていた。

 

「ということで採取していきましょうか。袖をまくって腕を机の上にください」

いよいよ採血という段階。カナエの言葉に無惨に一瞬戦慄が走った。

「は・・・はい、どうぞカナエさん。思い切りよくお願いします」

そう言って差し出された無惨の腕はプルプルと震えていた。

「そ、その前に梅さん。今から何が起ころうが、どうか我慢してください。お願いします」

不穏な無惨の様子に眉をひそめるカナエと堕姫。

そんな無惨は目をグッと閉じて息を止めた。

「で、ではいきますよむーさん、ちょっとチクッとしますからね」

そう言って注射器を無惨の腕に刺したカナエ。すると無惨はキョトンとした顔を見せた。

「へ?」と丸くされた無惨の目に映るのは、透明なガラスの筒に満たされていく無惨の鮮血。

「むーさん、痛かったですか?」

「いいえ。いえ、少し痛かったのですが・・・珠世さんの時と比べれば」

苦笑いしながら「あの頃はザクッとか。肉や臓とか骨とかでしたから。それと比べれば」と呟く無惨の安堵をカナエたちは理解できなかった。

 

 

無惨の血の採取が済み、愼寿郎と別れた一行は一路、藤襲山へと歩を進めた。

途中、点在する鬼殺隊支援者の家で昼陽をやり過ごし数日。無惨たちはついに藤の花に囲まれた山に到達した。

「ではむーさん、こちらにお願いします」

現地には隠たちが先行し、無惨たちの入山のための籠を用意していた。鬼にとって毒になる藤の花の影響を防ぐために密封性の高い上等な籠であった。しかも3つも。

だが「私、無惨様と一緒がいい」という堕姫の我儘・・・要望もあり、妓夫太郎が堕姫の体に入って眠っていたこともあり、結局は籠1つで入山に至った。

藤の花に囲まれた入り口の幻想的な光景とは打って変わって、鬱蒼と茂った深い山は夜の闇の中で不気味を抱いていた。

「皆さん。今は選別の時期ではないので現時点では捕らえられている鬼の数は少ないでしょうが、手分けして探していきま・・・」

カナエの説明を聞く間もなく、張り切って山の中に入っていった影は堕姫。

瞬く間に山の闇へと消えていった。

「・・・まだ姉さんが話している途中なのに、もう」

「仕方ありませんね。戻ってきた時にはぐれてしまわないよう、ここで待ちましょう」

そう言って無惨は近くの岩に自らの上着を置いてカナエとしのぶの席を用意した。無論、2人はそれを断り、布巾を敷いて座った。

 

それから一刻後、闇の中から颯爽と現れた堕姫が「ただいま戻りました」と無惨の足元に跪いた。

「おかえりなさい梅さん。お怪我はありませんでしたか?」

「はい無惨様、全部捕まえてきました」

全部? とカナエやしのぶが目を丸くする暇もないうちに、堕姫は無惨の足元で着物の帯を解きはじめ、その中から放り出すように鬼を取り出した。

「!!?? えっ、ちょっ、待ってください!」

困惑するカナエたちに構うことなく放出されていく鬼たち。その鬼たちもまた自身の置かれた状況に困惑し、人間であるカナエとしのぶの存在に気付いて襲い掛かろうとしたが、直後に無惨の存在に気付いて大地に平伏した。

「えっ、あっ、とっ、しのぶ!」

「はっはい、姉さん。蟲の呼吸 蝶ノ舞・戯れ」

無惨の血を搭載しておいた日輪刀を手に、しのぶが鬼たちに刀を刺していく。

端から正気を取り戻していく鬼たちに、無惨がすかさず駆け寄っていく。

そのそばで堕姫が「ずるい~」と駄々をこねる。

 

この阿鼻叫喚の混沌絵図の中、カナエは苦笑いしていた。

『きっとむーさん、閉じ込められていた鬼を解放してあげるのを楽しみにしていたんだろうなぁ。呆気なく終わって、いきなり忙しくなって。感慨深いものがあったはずなのに、もうそれどころじゃないなんて。お労しや』

 

 

 




【平安コソコソ噂話】

産屋敷が藤襲山を無惨に提供したのは、別に無惨の活躍に期待していたわけじゃないぞ。
最近、現場の方から隊士の質が落ちたという声が上がってきていたから、もっと厳しい別の最終選別を作ろうとしていただけだ!
だけどこの後、無惨から抗議文と説教が届くから、それも断念することになるぞ!
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