あなたが落としたのはきれいな無惨ですか?   作:三柱 努

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「それでは行ってまいります」

鬼の里の入り口に立つ無惨。その見送りに来ていた里の全鬼、その数200が「いってらっしゃいませ」と声を合わせた。

月に1度の無惨下山の日。同行する不死川に「無惨様の足を引っ張んじゃねぇぞ」と睨みを利かせる妓夫太郎に、無惨は「“皆さん”に優しくしてあげてくださいね」と微笑みかけ、同時に里に駐在する隊士たちがウンウンと頷いた。

 

里に駐在している間、隊士たちは妓夫太郎から戦闘指南を受けていた。

そもそもが鬼殺隊全体にも言える話であるが、最近徐々に鬼の出現が減少傾向にあった。

そのため、隊士たちは柱から稽古をつけてもらう機会が増えていた。

だが柱の稽古は漏れなく猛烈。「継子って凄ぇな」と異口同音に叫ぶほどだ。

だが、そんな柱の稽古よりも妓夫太郎の稽古は厳しい。

妓夫太郎の稽古は実に単純。日輪刀と血気術で本気で斬り合うものだ。

無論、柱をも凌駕する実力を持つ妓夫太郎に敵うはずもなく、血気術の毒に倒れるのが恒例。

一応、堕姫が無事であれば、日輪刀で首を斬られようが妓夫太郎は死なないという念の入れようであったが、そもそも一太刀すら浴びせることすら叶わない。もって十秒。

そして毒で動けなくなった隊士に妓夫太郎の罵倒が浴びせられ、気が済んだ頃に日光の下に蹴り転がされて毒の浄化。これが一連の流れだ。

幼き頃からありとあらゆる罵詈雑言を投げつけられて育った妓夫太郎は、どの程度の言葉で心が折れ、どこまでであれば反骨精神を保つことができるかを経験していた。

よって妓夫太郎の稽古を経験した隊士たちは実力よりも何よりも、精神面の強さを一番に鍛えられていった。

 

そして今。隊士たちは恐れていた。

無惨という枷が外れた今、妓夫太郎の稽古は熾烈を極めるのではないかと。

そんな隊士の視線に気づくことがないまま、無惨は出発していった。

 

 

「むーさん様、おひさしぶりです」

「無惨様におかれましては、ご壮健で何より。ますますのご多幸を切にお祈り申し上げます」

無惨たちが最初に立ち寄ったのは那田蜘蛛山。そこは相変わらず累とその家族、および柱と隊士が常駐し、悪鬼・鬼舞辻無惨の迎撃地となっていた。

だが半年以上が経った今、一度も鬼舞辻無惨が現れる気配もないまま、山は平穏な日々を経ていた。

「無惨様。報告させていただきます。依然として悪鬼からの音信もなく、姿を現したことはありません」

「そうでしたか。ですがおかげで累さんや皆さんとこうして無事にお会いできるので嬉しく思う次第です」

無惨の差し伸べた手に、累やその家族たちはすがるように順番に手を合わせていった。

その尊い光景を横目に、不死川は当直の悲鳴嶼と顔を合わせていた。

「そうですか。この山で迎撃する策は廃案に」

「お館様の意向である。撤退も致し方あるまい」

悲鳴嶼から報告を聞き、不死川は腕を組んで「俺は惜しいと思います」と唸った。

成果が望めない以上、限られた人員を割き続けるわけにはいかない。

下弦の伍・累の陥落を悪鬼・鬼舞辻無惨が感知していないことは、今まで無惨が無害化してきた十二鬼月の証言からも可能性は高かった。

「炎柱の御子息が討伐した下弦の弐も何も知らなかったようだと聞く。つい最近も、新たに十二鬼月を無害化したと聞くが?」

「下弦の陸です。今は鬼の里で子供向けの物語を書いていますよ」

以前、無惨の外出に同行した際に下弦の陸と遭遇し、懐柔を目の当たりにしていた不死川。その報告にはなかった情報に、悲鳴嶼は呆けた様子を見せた。

「子供向けの物語とな?」

「ええ。ガキどもにゃ人気があるようですが、俺にはさっぱり。なんでも悪党や妖怪と戦う仮面を被った男の話で、【仮面の刃】とかいう表題の」

「・・・・」

内容について聞いたわけではないのだが・・・という悲鳴嶼の沈黙。それに気づいた不死川は顔を赤らめた。

「さ、里に娯楽ができたばかりですが、それがなくとも鬼たちは平穏に暮らしていました」

「そのようだな。いずれにせよ、里にいる鬼たちの更生は信用できると。証言を偽っている可能性は低いとみて良いだろう」

「ええ。その前提で考えると、上弦の弐の死亡や陸の陥落もまた、鬼たちの中で共有されていないようです。この山に姿を現さない現状とは矛盾していますが・・・」

「あるいは把握してはいるが、わざわざ配下には知らせる必要もないと考えているか」

考えたところで答えは出ない。そう思いながらも不死川と悲鳴嶼は、目の前で累の家族たちと仲睦まじい様子を見せる無惨の姿に、思わず微笑みをこぼした。

 

その後、累とその家族にも那田蜘蛛山からの撤退と、鬼の里への転居が伝えられた。

無論、その案に反対する鬼はいなかった。山に駐在していた隊士たちも、悲鳴嶼に指導されていた地獄の特訓の日々から解放されると歓喜の声があがっていた。

こうして累たちが撤収の手伝いをする間に、無惨と不死川は次の目的地へと旅立った。

 

 

それは翌日の事であった。

「あっ、鬼舞辻さんお久しぶりです」

「鬼舞辻さんだ!」

深い山の奥にたたずむ一軒の炭焼きの家。竈門家に無惨と不死川は到着していた。

竈門一家は無惨を快く歓迎してくれた。不死川のことは、子供たちは恐る恐る距離をとりながらも、辛うじて迎え入れた。

「むーさん様! このような好天気に道中、御身に日の光は差支えありませんでしたか?」

「私は大丈夫ですよ。貴女も、それに禰豆子さんもお体は大事ありませんか?」

「はい。見ての通り、私たちもみんな今の生活が幸せですよ」

母鬼と禰豆子の元気な様子に満面の笑みを浮かべる無惨。

だがその流れで彼は深々と頭を下げた。

突然の行動であるが、竈門家の人々も鬼たちの誰もが今さら驚かない。

「大変申し訳ありません。鬼を人に戻す方法は、未だに見つけることができていません」

竈門家を訪れる度に恒例となった無惨の謝罪。

鬼の里に逃れてきた鬼たちに無惨は根気よく尋ねてまわっていたが、やはり鬼を人に戻す方法どころかその手掛かりすらつかめていない。

「鬼舞辻さん、気にしないでください。お昼にお外に出られないのは不便ですけど、生活はできていますから平気ですよ」

禰豆子の言う事は本心であった。竈門家の人々はいつも心からの言葉を口にする。

それが聞いた相手にもまっすぐ伝わるほど、この家族は心が温かい。のもあるが、そもそも嘘が下手だ。顔にすぐに出る。

「では鬼舞辻さん、そろそろ」

「ええ、そうですね。炭治郎さんお願いします」

ここからが本番。長丁場だ。

 

無惨が竈門家を訪れるのには2つの理由がある。

1つは禰豆子と母鬼の様子を見るため。もう1つが炭の買い付けだ。

竈門家の良質な炭を買うために、遠路はるばる無惨はやってくる。

その商談が始まるのだが・・・これが長い。

「ですから! 市場価格と比べるべきです!」

「それよりも運搬費を反映させるべきです!」

無惨と炭治郎は譲ることを知らない。こと代金の話となると。頭が固い。どちらもが。

町ではこのくらい高い値段で売られているから、それより良質なのだから。

山を下りる手間が省けているから、それを加味しろ。

無惨はより高く買い付けようとして、炭治郎はより安く売りつけようとする。

この押し問答が長いったら長い。

不死川は買い物同行5回目だが、毎回うんざりしながら聞いている。こういう時の無惨のことが彼は嫌いだった。ちなみに炭治郎のことは初対面の時から『コイツとは合わない』と思っていた。

 

「もう一晩、泊まっていらしたらいいのに」

籠一杯の炭を背負った無惨の足元に六太や花子がすがりついている。

ちょうど日も落ちて山に深い影が降りている頃に、足元は危ないからと無惨が2人を優しく抱きかかえて炭治郎と禰豆子に返した。

「今度は一度、みんなで里に遊びにいらしてください。最近やっとお客様をいつでもお迎えできるようにと宿を作り始めたところなんです。完成したら鴉さんに飛んでもらいますので是非」

無惨にあてがわれた鎹鴉が「マカセロ」と元気よく答えると、葵枝は「その折は是非」と笑顔で鴉の頭を撫でた。

後ろ髪を引かれる思いを互いに胸に抱き、無惨は不死川と共に山を下りた。

これにて用件は終わりである。あとは里に帰るだけ。荷物があるとはいえ鬼と柱。丑三つ時には藤襲山に到着する。

 

 

はずであった。

 

否、藤襲山が見える地点にはその頃に到着していた。

 

だが、何かがおかしかった。

 

最初の異変は遠くの空から聞こえてきた雷鳴。夜空は月明かりが全てを照らすほどの快晴であり、雷の気配は微塵もないはずであった。

「あ? 雲はねぇはずだが」

「・・・不死川さん、お静かに」

口に指を当て、耳をすまし始める無惨。

彼が意識を集中していくと、その顔に不安と焦りの色が現れはじめた。

その耳に届いたかすかな悲鳴。それが藤襲山の中から聞こえてきたことに無惨は気付いたのだ。

「不死川さん! 急ぎま・・・」

その時、無惨の言葉を遮るようにドンッと何かが飛来し、周囲に土煙を巻き上げた。

衝撃の大きさから相手の敵意と力を推測できる。不死川は日輪刀を抜きながら、その不意の襲撃に反応が遅れたことで致命的な隙を悔いていた。

だがその土煙の中から現れた何者かは、この絶好の機会に何故か追撃をしてこなかった。

「・・・誰だ、テメェ?」

不死川と無惨が睨む中、晴れていく土煙から1体の人型が姿を現し始めた。

最初に目に付いたのはその体表に這っている異様な文様。そしてその瞳に刻まれた上弦と参の文字。

「上弦の!?」

「十二鬼月!?」

あまりにも不意の邂逅に目を見開く無惨と不死川。片や驚愕の表情のまま。片や臨戦態勢を即座に完した。

「成程、お前が無惨様を騙る鬼か!」

その瞬間、猗窩座と不死川の姿が人間の反射速度では到底追いつかない速度で消失し、無惨の目の前で衝突した。

「くっ」

猗窩座の矛先が無惨に向いていたことが勝敗を分けた。庇守に走ったことで不死川に体勢の悪さを招いていた。

「鬼狩りの柱か。良い反応だが、踏み込みが甘かったな」

「不死川さん!」

圧し負け退く不死川を心配する無惨の顔面に、猗窩座の拳が叩き込まれた。

「ガッ」

「無惨!」

弾け飛ぶ無惨の肉片に不死川が叫ぶと、猗窩座は露骨に顔を怒りに歪めた。

「痴れ鬼ごときにその名を使うな、鬼狩り風情が」

猗窩座が指を鳴らす中、無惨の顔面は素早く復元していった。

「回復速度は上弦並みか」

元の状態に戻った無惨の顔を見て猗窩座は賞賛するように小さく笑みを浮かべた。

「な、何をされるのですか!」

「知れた事。これは粛清だ」

猗窩座の返答に「粛清!?」と目を見張る無惨。

「鬼狩りに命を握られ、無惨様や我らの不利益となるような弱き鬼に存在価値は無い。あろうことか無惨様の名で弱き鬼どもを扇動するお前のような偽物など言語道断」

吐き捨てるように叫んだ猗窩座は、更なる殺意を露わに拳を構えた。

「・・・その型は・・・まさか」

猗窩座の構えに無惨の記憶が蘇った。

懐かしき記憶。薄らと重なる愛すべき家族の似姿。

だが、記憶を巡らせる余裕すら掻き消す悲鳴が、藤襲山の方から無惨の耳に飛び込んできていた。

「!? ま・・まさか、し、不死川さん!」

無惨は思わず叫んでいた。その異変に気付いた不死川もまた視線を山へと移し、猗窩座もまたその意図を察知し笑みを浮かべた。

「今の俺の獲物は偽物の貴様だけだ。鬼狩りよ、もし行きたければ行くがいい。早かろうが遅かろうが、どうしようもあるまいがな」

猗窩座の笑みが不気味に闇をより深めた。

無惨はその最悪の状況に耐えがたい不安を覚えた。

 

 

何故ならその悲鳴は少なくとも別々の、三つの方向から上がっていたからだ。

 




【平安コソコソ噂話】

上弦の鬼“たち”は当初、鬼舞辻無惨からの応答も招集もないことに混乱していたぞ。
ようやく集結することができ、『鬼舞辻無惨を名乗る鬼が鬼と徒党を組んで鬼狩りに与している』という情報を手に入れていたんだ。
それが鬼舞辻無惨に対する重大な反逆行為であれば迷わず粛清するつもりだったけど、万が一本物の鬼舞辻無惨の行動だった場合には逆鱗に触れてしまうことになる。
そのため怒りが少しでも分散して、自分たちの無事を確保するために、集まれるだけ集まってから行動を起こすことに決めていたぞ!
(童磨の宗教団体や妓夫太郎・堕姫の遊郭には、捜索に行ったけど不在だったから諦めたぞ)

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