あなたが落としたのはきれいな無惨ですか?   作:三柱 努

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人と人との絆

「無惨様、夕ですよ」

少女の陽気な声が夕暮れの茅葺屋根の家に響き渡る。

その声に呼ばれ、ヨロヨロと庭先に出てくる鬼、鬼舞辻無惨。

「うたさん、まだ日光が射していますよ。あとちょっと待たないと」

「でもすっごい綺麗な夕焼けじゃ、一緒に見たいですよ」

「本当だ。綺麗な夕焼けだ」

竹笊に川魚をたんまり乗せた少年が庭先の森から現れ、夕日に顔を照らして小さく笑った。

「まぁ、そんなにたくさん替えてもらえたのね」

「五助の爺様が。珠世様のおかげで腹の調子が良くなりましたと」

蝋燭の火にユラリと動く珠世の影が家の奥から姿を見せる。

「美味しそうなお魚じゃ。珠世様のお薬はよく効くからね」

少女・うたが飛び上がって喜び、少年・縁壱の周りを駆け回った。

 

 

珠世の家には今、4人・・・否、2人と2鬼の生活が巡っている。

子供だけで暮らすのは苦労が多いと、珠世が同居を提案していたのだ。

それに対し、うたは「家族の不幸を思い出して辛い」と言って快諾していた。

 

だが、縁壱はそう答えた彼女の瞳にどこか寂しさを感じ取って尋ねた。

「うた、本当によろしかったのか?」

「ええ。子供だけじゃ熊や野盗が出たら殺されてしまいますから」

それは縁壱の身を案じての妥協であった。

彼女は本心としては家族との思い出のある生家を離れたくはなかったのだろう。

そのことに気付いた珠世は、自らの安直な提案を恥じた。

 

そこに、無惨が手をポンと叩いて提案を加えた

「では、別業ということにしてはいかがですか?」

別業とは、今で言うところの別荘のこと。(当時はレジャーではなく、貴族や天皇が所有する別宅のようなものであった)

 

「向こうの田畑も見に行かなければ、廃れてしまい勿体ない。たまに行き来して手入れすれば良いのです。山4つ程度、私が背負って走ればすぐですよ」

「鬼舞辻無惨。それは流石に強引で贅沢すぎる案ですが・・・たしかに一理ありますね」

素直に褒めることに小さな敗北感を覚える珠世。

「これでも私、平安貴族ですから」

ドヤ顔で笑う無惨に、珠世はイラッとした顔で毒薬を投げつけたとかしなかったとか。

 

 

こうして始まった居候生活。

うたと縁壱はよく働く子供たちであった。

 

日光の下に出ることのできない珠世と無惨の代わりに、一家の昼の顔として村に出てくれる2人。

無惨の服毒・服薬生活の産物として、珠世は人間にも効く薬も作ることができるようになったため、子供たちが野菜や魚と交換してもらいに行ってくれた。

それ以外にも、2人が家の手伝いもしてくれるため、無惨と珠世は大いに助かった。

 

中でも一番うれしかったのが、洗濯物や布団を天日に干すことができたことだ。

「お日様の匂いの布団で寝られるなんて、何年ぶりかしら」

そうつぶやいて布団にダイブした珠世の緩んだ顔は、そのシーンの目撃者である無惨を発見すると頬を真っ赤にして湯気を出したとか。

 

 

 

こうしてよく働く縁壱とうたを、無惨は労ってあげたいと思っていた。

何か遊びでも付き合ってあげて、子供らしく楽しめる時間を作ってあげたいと。

 

だが・・・それは上手くはいかなかった。

 

 

 

 

無惨は、遊びが下手であった。

 

 

一緒に凧揚げをしてやろうにも、あれは昼間の晴れた日にこそ楽しいもの。

双六をしてやろうにも、平安貴族にとって賽は賭博性の高い禁止行為。

そして、笛を吹いてやろうにも・・・幼い頃に病弱であった無惨は演奏行為を自ら行ったことがなく、いざ吹いてみれば無残な音痴具合ときたもの。(縁壱の笛の音が外れていることを聞き分ける耳はあるのだが)

 

 

「不甲斐ない私をお許しください」

遊戯に関してお手上げ状態の無惨に、縁壱は素の表情で「気にしないでください」と答えた。

「そもそもアナタにそんな役割を期待してないだけでしょ」とボソッとつぶやく珠世に、うたは「縁壱は気を遣っているだけですよ」と追い打ちをかける。

 

「武ならどうです? アナタ、平安武士を相手に大立ち回りを演じたとか」

「縁壱は武家の出身じゃ。さすが珠世様、それは良い案じゃ」

無邪気に棒きれを渡すうたの笑顔に、誇れる話ではない無惨と、人を叩く感触が嫌いな縁壱は断るきっかけを失った。

「で、では」と夕闇の庭で向かい合う無惨と縁壱。

 

文字通りの瞬く間。珠代とうたの瞼の往復の間に、縁壱の踏み込みから3撃が無惨に叩きこまれた。

否。正確には無惨の防御に阻まれていた。

「無惨様、強い」

そうつぶやき驚く縁壱。剣術素人の珠世とうたから見れば、縁壱の化け物具合の方が驚きであるが。

 

「肺の動きや骨の向き、筋肉の収縮、血の流れも見ていましたが、無惨様のものは不規則で。それに思っていた動きより早くて驚きました」

縁壱の静かな説明に、珠世は「何それ?」と目を丸くする。

「縁壱、普通の人は体の中なんて透けて見えませんよ」

うたの指摘に頬をポリポリと掻く縁壱。

 

「つまり鬼舞辻無惨が常識外の動きで、縁壱さんの打ち込みに反応したということですね? 鬼ですし」

「その通りです珠世さん。ですが見えている景色に即応される縁壱さんの身体能力は本当に驚きです」

無惨は縁壱の腕に感心しながら、その生い立ちを推し量った。

 

『縁壱さんの腕は平安の世の武士の誰よりも強かった。家を出たのは武家の後継者争いを避けるためと言っていましたが、この腕に勝る御兄様がいるとは思えない・・・であるならば寺にも行かず自らを行方知れずにしたのも、御兄様が確実に跡目を継げるように気遣ってのことでしょう。なんと優しく・・・勿体ない話でしょう』

無惨は打ち込みの中で、縁壱の活き活きとした顔を目にしていた。

この子の才能もそうだが、意欲を彼自身だけでなく、無惨までもがその機会を殺してしまうのは惜しいと感じていた。

 

「縁壱さん。とても良い運動になりました。もしよろしければ、これからもお付き合いいただけますか?」

肉を打つ感覚を縁壱が嫌うのは無惨も知っていた。

だからこそ彼のためではなく、自分の都合を理由にして彼を剣に誘った。

その意図を察しながら、縁壱は今まで見せたことのない笑みを浮かべ、無惨に甘えることを決めた。

 

 

その日から、無惨と縁壱はよく打ち合い稽古をした。

型こそ無茶苦茶な無惨であったが、その超人的な反射神経で縁壱の一太刀すら浴びることはなかった。

「一撃でも入れることができれば・・・そうですね、うたさんにかんざしを買ってあげましょう」

縁壱のモチベーションを上げることも忘れず、無惨は彼の能力を引き出しながら育てた。

「では、一撃でも喰らえば、毒の量を倍にしましょう」

珠世は無惨のモチベーションを上げることを忘れなかった。

 

 

 

こうして縁壱と無惨はメキメキと腕を上げた。

2人でしこたま互角に打ち合う日々は流れ・・・幾年

 

 

 

 

様々な事があった。

 

 

 

縁壱とうたは夫婦となっていた。子も生まれた。

 

家が狭くなり、無惨は3人のために家を建てた。

無惨は素手で大木を裂き、縁壱は一刀のうちに岩を断ち。

村人が手伝うこともあったが、殆ど無惨と縁壱だけで寝殿造風の屋敷が建った。

「構造の趣味が平安」と珠世がボヤいた。

 

 

縁壱は薬売りになり、遠くの町まで出かけるようになった。

行く先々で困っている人を助けた。

 

 

うたの生家には気の良い夫婦が住み着いていた。

うたは快く彼らに家を譲った。

 

 

縁壱を慕って、剣士が弟子入りしてきた。

弟子が勝手に家についてきた時、珠世は『また?』と目を細くした。

 

 

縁壱とうたは、無惨と珠世を実の父母のように慕ったが、父と母とは一度しか呼ばなかった。

珠世が「コイツの夫婦なんて気持ち悪い」という顔をするものだから、絶対に呼ばないようにした。

 

 

 

幸せだった。

 

 

 

 

 

 

40年後、うたが先に逝った。

後を追うように翌年、縁壱も逝った。

 

子や孫、弟子の一族にも囲まれ、幸せな最期であった。

 

 

「無惨様、珠世様。お先に失礼します」

 

縁壱は生前に言っていた。自分は絶対に鬼にはならないと。

「鬼と人は同じ彼岸には旅立つことは無いでしょう。御二人は意地でも、俺とうたに会いに来てください」

縁壱は察していた。

珠世はともかく、無惨は自分が鬼のまま死んだところで本望と考えていると。

だからこそ、あの世で再会することを約束した。鬼から人に戻る方法を見つけてもらうため。

 

 

「ええ。必ず会いに行きます」

「意地でも薬を見つけて、無理矢理にでも飲ませますよ」

 




【平安コソコソ噂話】

きれいな無惨は縁壱との稽古の日々で、基礎的な戦闘力が化け物レベルになったから、管や空気弾、風の渦や衝撃波を抜きで考えると“きたないの”以上の戦闘スキルがあるぞ!
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