「黒死牟。大技で周囲一帯を薙ぎ払え」
「実弥は私の元へ。カナエと愼寿郎と杏寿郎、累は上弦の肆を滅しなさい」
無惨と産屋敷の采配が飛ぶ中、上弦の鬼と隊士たち、そして無惨の戦いは熾烈を極めた。
最初に大きな動きを見せたのは半天狗であった。
分裂した体の全てが再生と同時に、健在な1体に向かって収束していき、一瞬にして新たな姿に変貌したのだ。
「なるほど僕と同じだ。気を付けて、今までより強いよ」
累の警告の通り、新たな姿に変貌した半天狗は発した気配だけで地を震わせた。
「下だ!」
半天狗の視線のわずかな変化から、襲来を即座に見抜いた愼寿郎が叫んだ。
その歴戦の令を信じる柱たちも即座に反応した。
直後にその足元から竜を思わせる形状の太い木が地を突き破って姿を現した。
「雷と音波に気を付けろ!」
不死川の叫びの通り、現れた竜は口から雷と音波を撒き散らした。
だが直前の不死川の叫びにより、柱たちは焦ることなく回避していく。
「馬鹿な。此の姿、傷者には見せておらんぞ」
初見で攻撃を回避されたことに驚く半天狗。
だが初見の姿とはいえ攻撃手段は今までの集大成。不死川と累は視線を合わせることなく『同じだって言っただろ』とニヤリと笑い合った。
「儂を甘く見るなよ、卑怯者どもが!」
半天狗は怒りを露わに、竜たちを総動員して不死川の方に向けた。
だが狙いは不死川ではない。
彼と行動を共にする鬼殺隊の当主、産屋敷である。
「そやつさえ殺せば問答無用で儂らの勝ちじゃ、馬鹿どもが!」
「なっ! お館様!」
その狙いに絶望したカナエの悲鳴が夜の森に響く。
半天狗の狙いは間違っていない。この場において最も弱い存在であり、最も重要な人物。護衛は手負いの不死川だけ。これ以上にない狙い目だ。
「それは悪手だね」
産屋敷の静かな笑みに迫る竜の束。
それを遮った巨大な鉄球が、竜の首を粉微塵に粉砕した。
「なっ! 何者!?」「行冥だよ」
産屋敷とて出しゃばって戦場に出たわけではない。鬼殺隊の急所である産屋敷を前に、上弦の鬼ともなれば狙わずにはいられない。そうなれば産屋敷の思う壺。急所を狙うつもりが、攻撃の選択肢を1つに絞られていることに敵は気付かない。
つまり産屋敷は自らを囮にして敵の攻撃を引きつけ、伏兵として潜ませていた悲鳴嶼に十分な余力をもって迎撃させたのだ。
「よもや上弦の鬼が」「隙だらけだ」
さらには人であろうが鬼であろうが獣であろうが、獲物を仕留めたと確信した瞬間が最も油断するもの。
その大きな隙に、示し合わせていた煉獄親子が半天狗の首を刈った。
それでも半天狗は死ななかったが、再び力が分散され弱体化した。
「南西かな」「なっ!?」
それに加え産屋敷は冷静に言い放った。
驚愕したのは半天狗。その方角はまさに半天狗の核となる本体の逃走方向であった。
『「何故わかった」と言いたいようだね。卑怯と罵りながらも自らが卑怯、それは臆病の証拠。なのに攻めが大味なのは、本体が別にある者の戦い方。そして攻撃の展開に隔たりが見えた。そこから容易に推理できただけさ』
産屋敷に静かな笑みを向けられながらも逃げる半天狗の本体は、この時はまだ逃げ切る自信があった。
鬱蒼と茂った森の中でネズミのような小さい体の自分を見つけることは不可能。
本体さえ逃げ切れば消耗戦の末に分身が柱を倒す。その後で無惨の命令を完遂できる、と。
だが半天狗は知らなかった。
この場に追撃戦に秀でた柱がいる事を。
目の良さと踏み込みの早さを兼ね揃えた、花の呼吸の使い手が。
「任せたよ、カナエ」「胡蝶!」「行けぇぇ!」
半天狗に追いついたカナエが日輪刀を振り下ろした。
誰もが勝利を確信した。
だが・・・
「そんな、硬い!?」
半天狗の本体もまた上弦の名に恥じぬ強固さを誇っていた。
カナエの力ではあと一歩、半天狗の首を落としきれなかった。
獲物を仕留めた瞬間の油断。これが今度は煉獄たちの身に返ってきた。
この一瞬の隙に半天狗の分身の体が回復しつつあった。
このままカナエの刀が通りきらなければ、一転して敗北に至る。
だがその時、半天狗とカナエの足元の地面が大きく膨らんだ。
「これは!?」
その下から現れたのは木の竜ではなく。
無数の手であった。
「僕だって、無惨様のお役に立つんだ!」
それは最終選別のために囚われていた子供の鬼であった。自身もつい明朝まで上弦の鬼の手によって酷な拷問を受けていた身でありながら、勇気を振り絞り加勢に現れたのだ。
「柱のお姉さん!」
「このまま一気に!」
カナエの腕に、日輪刀に、そして半天狗の体に伸びた手が全身全霊の力を込めた。
「ヒィイイイ、儂が・・・儂は悪くないのに」
切断された半天狗の首は草むらの闇の中に消えていった。
同時に分身体の体が朽ち堕ちていき、そこでようやく半天狗の死が確認された。
「よくやったね皆」
産屋敷の元に集まった柱たちと2体の鬼。
激しい戦いにより息を荒げていたが、昂揚感と達成感により戦意上々。
「あとは上弦の壱を倒すだけですね」
意気揚々と息を吐くカナエであったが、産屋敷は静かに視線を落とした。
「それと鬼舞辻無惨だよ」
「えっ?」
今から倒すべき相手。その話の流れを産屋敷が勘違いしている気配はない。
「我々が今、最も優先して狩るべき首は、鬼舞辻無惨の首だ。無論、上弦の壱も倒さねば我々の命も危うい。だがそれでも鬼舞辻無惨の首だけは狩らねばならん」
産屋敷の言葉に子供の鬼は愕然とし、累は殺気を露わに産屋敷を睨んだ。
「どういうこと? 無惨様を殺す気なの?」
「冷静になれ。お館様の話を最後まで聞くのだ」
怒りを露わに踏み出した累を悲鳴嶼が制止した。
「実弥、カナエ。彼は元より自らの悪しき魂と共に命を絶つつもりだったそうだね。だが何の巡り合わせか魂が蘇ってしまった。今はまだ抗っているようだけど、悪鬼・鬼舞辻無惨が蘇るのも時間の問題だ」
「だから殺すの? そんなの鬼殺隊の都合じゃないか!」
歯を食いしばり抗議する累に、産屋敷は拳を力強く握りしめながら向き合った。
「彼の望みでもあるよ。このまま自分が悪鬼に染まるくらいなら、どうか我々の手で全てにケリをつけて欲しい。そう彼は望んでいるはずだ」
産屋敷は震える手で累の肩を抱きながら伝えた。
無惨を鬼舞辻無惨ごと殺す。それが本意ではなくとも、やむを得ないことだと彼は痛感していた。そしてその想いはその場にいた柱たちの誰もが同じであった。
「皆、覚悟を決めよう。私たちの手でこの長き戦いに終止符を打つ」
その頃、無惨と黒死牟の戦いは凄惨なものになっていた。
「くっ、これは」「近づけない」
ようやく駆け付けた柱たちが目撃したものは、絶望的な拷問であった。
黒死牟の剣技が周囲の地形を変えるほどの大技で、無惨の体を斬り刻んでいた。
無惨に近づいた者もその技の餌食になるのが目に見えていた。
月の呼吸 弐ノ型 珠華ノ弄月
拾ノ型 穿面斬・蘿月
陸ノ型 常世孤月・無間
拾肆ノ型 兇変・天満繊月
伍ノ型 月魄災禍
全ての斬撃が大地を切り裂き、その軌道上の空間にも斬撃を残していく。
間合いに近寄ることすら許されないその攻撃は、無惨の体を攻めるだけでなく、柱たちの救援を遮る目的があった。
「心を折るには別に鬼でなくとも、鬼狩りどもの首でも十分であろう。このまま攻撃を続けるのだ黒死牟」
黒死牟の攻撃に刻まれていく無惨の体は鬼の回復力によりすぐに塞がる。だがその速度も徐々に落ち始めていた。
さらにそれだけでなく、無惨は自身の心の中にまで浸食を向けていた。
初めのうちは抗いの唸りを上げていた心の声も徐々に聞こえなくなってきていた。
「どうした? 随分と口数が少なくなったではないか」
心の中に問いながら、無惨は手応えを覚え始めていた。
もってあと5秒。
『全く憎らしい日々であったが、鬼狩りの拠点が分かったのは大きい』
あと4秒。
『押し相撲のような下賤な遊びに興じたことはないが、その感覚に近いだろう』
あと3秒。
『残った体力を加味しても、ここにいる柱であれば逃げ切ることは容易だ』
あと2びょ・・・
今です!
その時、無惨の心は一瞬にして減退した。
まるで綱引きで手を離されたように、無惨はその拍子の勢いのままに飛び出すように体の支配を取り戻した。
そして同時に、無惨の体に降り注がれた黒死牟の斬撃が
陽炎を帯びた。
「なっ!?」
無惨の叫びにも勢いを殺すことなく、その斬撃は無惨の体を八つ裂きにした。
首だけとなって地面に転がる直前、無惨の心は勝ち誇っていた。
体の支配を取り戻し、「なんと拍子抜けな」と自身の心を嘲笑していた。
だが直後、最後に見た黒死牟の刀が帯びていた陽炎に忌まわしい記憶が蘇った。
400年前、縁壱に深手を負わされた時の斬撃。
灼けるような傷を今でも思い出す。斬られた体が再生できない不条理。
それが今、黒死牟の刀で同じことが起きていた。
同じというには誇張があるかもしれない。嫌な記憶ほど大袈裟に覚えてしまうもの。黒死牟の斬撃にあの時ほどの痛みはない。
だが・・・体が再生できない事実が、無惨に困惑と怒りを噴火させた。
「な、何をしたのだぁああ! 黒死牟ぉおおお!」
牙を剥き出しに怒り狂う無惨。
八つ裂きにされた体の全てが徐々に灼け散っている。核となる脳も心臓も全て的確に捉えられていた。400年前のように逃げるために肉体を分裂させることもできない。
「聞いているのか! 黒死牟!」
万策尽きた無惨に向かって、黒死牟は静かに振り返った。
その顔には禍々しい6つの瞳はなく、精悍な顔立ちが戻っていた。
「黒死牟? 違うな、私は継国巌勝だ」
【平安コソコソ噂話】
きたない無惨が中途半端に復活したことで、無惨は体の制御の他に鬼との念話ができるようになっていたぞ!
あと関係の無い話だけど、今回無惨のセリフは一言だけだったから少し寂しいぞ!