あなたが落としたのはきれいな無惨ですか?   作:三柱 努

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あの世には天国と地獄がある
地獄は八大地獄と八寒地獄の二つに分かれ、更に272の細かい部署に分かれている
人心の荒廃、悪鬼の暗躍
あの世は前代未聞の混乱に極めていた
この世でもあの世でも統治に必要とされるのは冷静な後始末係であるが
そういった影の傑物は只のカリスマよりもずっと少ない





第3部 地獄編
きれいな無惨が落ちたのは地獄ですか?


「困ったなぁ~」

地獄の沙汰を言い渡す閻魔大王の困惑したため息がお白州の場に重く響き渡る。

亡者の裁判の判断に迷う大王のつぶやきは助けを求めているのだが、その場に居合わせる地獄の鬼たちは助け舟を出せる立場にいない。

つまりイコール、裁量を持つ地獄のナンバー2、閻魔大王の補佐官を呼んできてほしいという意味のため息だ。

鬼の足取りは重たかった。ただでさえ補佐官に会いに行くのは緊張を伴う。しかも補佐官は本日休暇中。

「・・・今日は私、お休みだと知っていますよね?」

案の定、補佐官の眉間はしわが寄っていた。眉毛は不機嫌の角度。

とはいえ呼びに行った鬼が板挟みにあっている状況を理解しているため、補佐官は足早にお白州の場に来てくれた。

「お休みのところごめんね~」

休日出勤の申し訳なさを笑って誤魔化す大王に苛立ちのオーラを向けながら、補佐官は今回の困りごとの原因となる亡者を睨みつけた。

「??」

補佐官は首を傾げた。判断に困るも何も、その亡者が纏う“聖者のオーラ”を見れば沙汰に迷うことがあろうはずがない。間違いなく天国行きの人柄だ。

「何か面倒な申し開きでもあったんですか? えっとお名前は・・・鬼舞辻無惨?」

大王から資料を奪い取るように受け取った補佐官は、眉をひそめながら無惨を睨んだ。

人命救護、悪鬼更生、弱鬼庇護、悪鬼滅殺、圧倒的支持。

亡者の生前の全ての所業がまとめられた資料には、目の前の鬼舞辻無惨が天国行きである根拠がこれでもかと記されていた。

「私は地獄に行きたいのです。地獄を楽しみにしてきました」

何万何億という亡者を相手にしてきた閻魔の裁判において、地獄行きを希望する変わり者は1年に1度くらいは現れる。そういった類には正論責めで落とすに限る。

このエターナル的地獄エンジョイ説を真に受けたであろう無惨に、補佐官は呆れた顔で資料をパラパラとめくりはじめた。

「鬼舞辻さん。罪状を確認させていただきましたが、あなたには天国行きの判決が出ています。地獄に落ちることはできません」

キッパリと告げた補佐官に、無惨は目を丸くして食い下がった。

「私こう見えても悪い鬼なんですよ? 千年もの間、色んな人に迷惑をかけてきた」

「その罪は既に執行済みです。先に死んでここにきた“もう片方”の鬼舞辻無惨に」

そう言って補佐官は『阿鼻地獄行き』と大きく赤印を押された資料を見せた。

「そこを何とか」

「なりません。亡者を同じ罪で2度も裁くことはできません」

「あっ、それワシもさっき説明したんだよ」

大王の補足に補佐官は苛立ちを露わに『そういうことは先に言え。余計な手間を取らせるな』と睨んだ。

だが補佐官は直後に『こういう押し問答が続いたからこそ自分が呼ばれたのだろう』と考え直し、別の切り口から攻めることにした。

「それであなたは一体どうして地獄に行きたいのですか?」

「私の会いたい方々が地獄にしかいないと聞かされまして」

そう言って名前を列挙し始めた無惨。補佐官が資料を眺めると、たしかに目の前の無惨が死別した者は“ほとんど”が地獄行きの鬼たちか、成仏済みの人間たちであった。

一般の善悪交友関係の傾向から外れた無惨の地獄希望理由に困り果てる閻魔大王。

だが補佐官は資料をパサンと閉じると、おもむろに無惨に告げた。

「よろしければ地獄をご案内しましょう。現状を見て考えを改めていただく他ありませんね」

 

 

地獄さながらの光景。それは見るも耐えがたき残酷な景色。

煮え滾る釜に浸けられ、斧で切り裂かれ、体に植え付けられた木を引き抜かれる亡者たち。

針山、血の池まだまだ色々。

身の毛もよだつ光景に、無惨は顔色を悪くしていった。

「現状あなたの選択肢は3つ。判決通りの天国行きか、次の輪廻に転生していただくか。それか亡者のまま黄泉で働くか。ご希望の通り知り合いとお会いしたいというのであれば3つめの選択しかありませんがいかがですか?」

補佐官は指を3つ立てながら無惨に尋ねた。無惨は顔色を悪くしたまま唸るしかなかった。

「とてもではありませんが、亡者の方々に責め苦を与えるお仕事は私には務まりません」

頭を抱える無惨に、補佐官は「でしょうね」と当然のように頷いた。

「彼らへの罰を私が代わりに受けることはできますか? この身をいくらでも差し出しますが」

「自分のケツは自分で拭け。亡者にどんな都合があろうと他人の罪の肩代わりはできません。地獄の責め苦を受けきらなければ解放されません」

キッパリと告げる補佐官に、無惨はますます頭を悩ませた。

「解放されるには、どの程度の責め苦を受ければいいのですか?」

「それは亡者によって様々です。地獄では生前の罪を償わせます。殺し、盗み、邪淫にふけり、酒に溺れ、嘘をつき、戒律に背き、家族を殺す。そういった罪に応じて相応の罰を与えます。ですが同時に生前の反省も考慮します」

「反省を、ですか?」

「鬼舞辻さんの時代にいた鬼の罪はほとんどの場合は大変重いものばかりです。鬼の習性ゆえに自暴自棄になったことを考慮しても、重い刑を課すには十分。ですが」

そう言うと補佐官は真っ直ぐに無惨と向き合った。

「鬼舞辻さんが救った鬼は全員が生前に大いに反省しているため、比較的軽い刑で済んでいます。勿論、全ての罪を帳消しにはできていませんが、責め苦への向き合い方次第では鬼舞辻さんと共に過ごしていただく時間を作れるかもしれません」

「本当ですか!?」

「ええ。ですので例えば・・・あちらの方に会いに行ってみてください」

そう言って補佐官が指さした先に、無惨にも覚えのある亡者が今まさに地獄の獄卒に金棒で叩きのめされていた。

それはかつて鬼の里で保護された野良鬼。無惨の血により改心し、平和に暮らしていた鬼であった。

「干渉していいのは1分だけですよ」

補佐官に注意されながらも、無惨の想いはその亡者だけに向いていた。

亡者の名を呼びながら駆け寄る無惨。補佐官は獄卒に命じて一旦責め苦を止めさせた。

「無惨様!? そんな、貴方様まで亡くなられて、こともあろうにこんな場所へ!? あぁ、なんという」

亡者は今の今まで自身に向けられた苦痛よりも、無惨が地獄に落ちたことを悲観した。

「鬼舞辻さんが亡くなられたのは事実ですが、ここにいる理由は只の見学です」

「アナタの罪が赦されるまで、私はいつまでも待ちます。アナタだけではありません。きっと何処かにいる里の皆さんとも、いつかまた落ち着いて語らいたい」

無惨が手を取ると、亡者はその瞳に希望と活気を滾らせた。

「無惨様に・・・そんなことを言っていただけるなんて・・・お待たせするわけにいかないじゃないですか!」

そう叫ぶと亡者は立ち上がり、獄卒たちに向けて宣言した。

「責め苦が足りんぞ獄卒ども! 金棒何本でも持ってこい! 無惨様がいてくださる限り、俺の心は折れない!」

啖呵を切った亡者に無惨は「その意気ですよ」とエールを送った。

そしてその場に居合わせながら蚊帳の外となっている他の亡者たちは『待っててくれる人がいるのか・・・うらやましい』と感じながらも責め苦により動けないままであり。

この状況を見た補佐官は心の中でしめしめと思った。

『思った通り。こうやって会わせてやれば鬼の亡者は反省が加速。羨望という苦痛で他の亡者の罪も清算できる。つまり亡者全体の反省効率向上につながる』

グッと握りしめた補佐官の手に気付いた者はいなかった。

 

 

「ではそろそろお昼にしましょうか」

「もうそんなお時間でしたか? 補佐官さん、私に付き合わせてしまい申し訳ありません。お休みのところを」

「構いません。あとで代休を申請しますから」

地獄めぐりも一区切り。補佐官は無惨を獄卒たちの生活区へと案内していた。

「あっ、補佐官さまだぁ!」

その時、甲高い声が補佐官と無惨に割って入ってきた。だが声はすれども姿は見えず。無惨は声の主を探して周りを見回した。

「おや、丁度いいところに」

視線を落とした補佐官につられて無惨も顔を下げると、そこには白くて愛らしい犬が尻尾を振りながら立っていた。

「あれ? そのひと新しい獄卒?」

「いいえ。こちらは日本で二番目に有名な鬼退治物語に出てくる鬼の首領です。鬼舞辻さん、こちらは日本で一番有名な鬼退治物語に出てくる犬です」

補佐官の紹介に無惨は膝をついて白犬にお手・・・握手を交わした。

「このひと酒吞童子なの?」

「金太郎さんは鬼退治としての世間の知名度は低いですから」

白犬と補佐官がさっきから何を言っているのかイマイチ理解できない無惨であったが、地獄に仏ならぬ地獄に愛らしい犬。そのにこやかな光景に笑みをこぼした。

「地獄は鬼や人だけのものだと思っていました」

「いいえ。犬ですが不喜処の立派な獄卒です」

不喜処は主に動物を虐待した者が堕ち、そんな亡者を動物たちが襲う地獄である。

「そうなんですね。お仕事お疲れ様です」

「うん。補佐官さま散歩? 俺もう仕事上がりだから一緒に行っていい?」

休日のプライベートな時間に部下に絡まれるのは普通は嫌なものであるが、補佐官は「ええ。どうぞ」と快諾した。

「オススメのお店があります。鬼舞辻さんも御馳走しますよ」

 

 

補佐官の勧めで入店したのは、地獄の光景とは思えないほど庶民的できれいな定食屋であった。

「俺ここ来たことある。ここのステーキすごく美味しいんだよ! 店員さんが注文よく間違えるけどね。綺麗な人だよ」

白犬が尻尾を千切れんばかりに振るのを無惨は微笑ましく眺めた。

「私、地獄というものは恐ろしいものばかりだと思っていました」

「地獄には刑場だけでなく、獄卒の家族やそれ以外にも住人が多くいます。そういう方々の生活圏は現世のものと大差ありません」

補佐官はメニュー表を開きながら、無惨に「これがオススメですよ」と煮凝りのような不思議物体の写真を提示した。もちろん地獄特有の食べ物ではない。他のメニューはまともな現世の食べ物と同じだ。ただ補佐官の趣味嗜好が変なだけだ。

「鬼舞辻さん。地獄で働いてはどうかとお誘いしましたが、なにも獄卒になれとは言っていません。仕事探しをされる際には詳しい方を紹介しますよ」

「例えばここから刑場の知り合いの元に通うこともできるわけですか?」

「ええ。それなりの手続きは必要ですが」

補佐官からの提案に無惨は地獄行きの刑罰ではなく、地獄滞在を前向きに考え始めていた。

そして様々な角度から提案をくれる補佐官に感謝と尊敬を覚え始めていた。

「ところでさ、『震える手で掴みたいものがある』のってどんな人なのかなぁ?」

「大酒飲みの酒瓶でしょうか」

脈絡のない質問をぶっこんできた白犬であったが、補佐官は一切動じることなく即答した。

無惨はその落差についていけなかったが、補佐官がただの傑物でないことを改めて感じた。

「えっと、酒瓶がおひとつ」

そんな補佐官の言葉を真に受けた店員が、『酒瓶』を注文として受けてしまった。

「・・・飲み物の場合は大や中のサイズを確認しないといけませんよ。あと、今のは注文ではありません」

「あっ、すいません」

こういう時でも冷静にツッコミを入れるんだなぁと感心する白犬。無惨も一瞬同じことを思ったが、直後に聞こえてきた店員の聞き覚えのある声にハッとなった。

「まさか!?」

無惨がバッと見上げた先にいたのは、それはそれは美しい顔立ちの女性店員。

そしてその顔に、無惨は思わず目に涙を浮かべた。

「・・・琴葉さん。嘴平琴葉さん、ですね」

それはかつて無惨が保護し共に暮らした記憶のある人間の女性。そして上弦の鬼の魔の手にかかり命を落としたと聞かされていた嘴平琴葉であった。

無惨の言葉に「え? あ、はい。そうですけど」と、驚きながら首を傾げる琴葉。

「何? ナンパ?」

白犬の言葉に「ちっ、違います! お子さんのいる女性にそのような破廉恥なことをするわけがないじゃないですか!」と無惨は必死に否定した。

「落ち着いてください鬼舞辻さん。こちらは“あなたの知る”嘴平琴葉さんではありません」

補佐官の言葉に無惨は困惑しながらも、どうにか落ち着きを取り戻して琴葉と向き合った。

「すみません。突然、変なことを言ってしまい」

「いえいえ大丈夫ですよ。よく私が子持ちだって知ってましたね。あとご注文は?」

マイペースに接客を進めていく琴葉。無惨は突然の再会と彼女の反応に困惑と落胆を見せた。

そんな無惨に助け舟を出すために、補佐官は口を挟んだ。

「嘴平琴葉さんはご子息を谷に投げ落とした自責の念から、鬼舞辻さんと同じように地獄行きを希望された方です。ちなみにこのお店での就労を刑罰だと勘違いされています」

「あっ、そういえば閻魔様のところでお会いした善い鬼さんですね。おひさしぶりです。ところでご注文は?」

相変わらずの琴葉であったが、無惨は補佐官の言葉にハッとなった。

「子供というのは、伊之助のことですか!?」

「・・・はい。私は可愛いあの子をこの手で捨ててしまった酷い母親です。可哀想にあの子は今もどこかで寂しく苦しんでいるかと思うと」

自らの罪を悔い、顔を落とす琴葉。無惨は立ち上がり、そんな彼女の肩を掴んだ。

「伊之助は元気ですよ。私の村で友達と仲良く暮らしています」

無惨の微笑みに琴葉は驚き顔を上げた。

「本当、ですか?」

「ええ。ちょっと元気が過ぎて・・・ちょっと、いえ、多少・・・野ばn・・・」

無惨は言葉を選びながら口を濁したが、琴葉はそんな気配に気付くことなく歓喜した。

「よかった。伊之助が。元気なんですね」

泣き崩れる琴葉を抱きかかえる無惨。そんな2人を見て白犬は「夫婦?」と呟いた。

「現世の様子を確認したわけではありませんが、お子さんが幸せに暮らせるようになったのも琴葉さんの行動があったからかもしれません。そうなればアナタも地獄行きの要素が無いということをご納得いただけますね?」

本来天国行きの者が地獄行きを希望して閻魔大王や補佐官が手を焼く。その前例こそ琴葉であった。

そんな補佐官の気苦労を知らない琴葉は「はい」と元気に答えた。

「天国行きと言われても、琴葉さんお一人では苦労も多いでしょう。どこかに彼女を見守っていただける方がいらっしゃるといいのですが」

そう言ってチラッと無惨を見る補佐官。そんな魂胆に気付かない無惨は「では私が」と快諾した。正直、補佐官としてはもう少し手応えが欲しいくらいであった。

「あっ、ですが私は地獄にも御用が・・・」

「ちなみにですが、天国と地獄を行き来するお仕事の斡旋もできます」

そう言って補佐官は白犬のほうをジーッと睨んだ。否、見た。

 

 

そこは春の穏やかな風が吹く桃の里であった。

兎たちが舞い、ほのかに香る草の匂いが心地よい。

せっせと草を刈る一人の男の元に、補佐官は無惨と琴葉を連れて訪れた。

「あれ? 補佐官様じゃないですか。滝の使用の件でしたら、この間・・・」

そう言って男は白犬と「元気にしてたか」と親しくじゃれついた。

「いえその要件ではないので、桃源郷の主あの馬鹿を呼び出す必要はありません」

聞き間違いでなければ、とんでもない暴言を吐いた補佐官は男に無惨と琴葉を紹介した。

「こちら鬼舞辻無惨さんは薬師の経験がおありです。琴葉さんも覚えはよくないほうですがお力になると思いますよ」

琴葉は自信なさげに「頑張ります」と答えた。ちなみについ先ほどまで働いていた定食屋の店主からは「どうぞどうぞがんばってきてくれ」と追い出さr・・・前向きに健闘を祈ってもらっていた。

「そうでしたか。これからよろしくお願いしますね」

「はい。先輩の足手まといにならないよう精進します」

こうして握手を交わした“日本で一番有名な鬼退治の物語の主人公”と“日本で二番目に有名な鬼退治の物語のラスボス”。

そんな2人を見送り、補佐官は静かに地獄へと戻っていった。

 

「さて、これで全て解決ですね。本来の判決通りに2名を天国行きに。地獄の亡者の回転率も向上。

そして、女癖の悪い聖獣(桃源郷の馬鹿)(ただのカオス)に御目付役をつけることができました。これで黄泉の世界も少し静かになることでしょう」

 

 

 




【平安コソコソ噂話】

この話は単発ネタ話だぞ!
執筆にあたってはちゃんと『「鬼滅の刃」世界のあの世が「鬼灯の冷徹」世界だったら』の淵深真夜先生にお断りを貰っているのだ!
よかったら読んでいってね。

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