あなたが落としたのはきれいな無惨ですか?   作:三柱 努

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「では、行ってきます」

「家やお墓をお願いしますね」

 

縁壱とうたが遺した継国家の支援を受け、様々な薬や毒を試し続けていた無惨と珠世であったが、足を運ぶことのできる範囲では限界を感じ始めていた。

そこで一族は無惨と珠世に薬探しの行脚を薦めた。

 

鬼であるが故に昼間の行動が制限されるため、継国と弟子の一族から毎年1人を交代で同行させ、宿探しや薬売りといった昼の顔を担当させる。

墓守の一族として、鬼の護り手の一族として生きることを、どの時代の子孫たちも率先してくれることに、無惨と珠世はいたく感謝した。

 

 

 

 

世は戦国時代から江戸時代へと移り、幾つもの地域を渡り歩いた。

 

 

東へ西へ北へ南へ

 

 

 

 

ある夜、無惨と珠世は綺麗な花火を見上げていた。

 

そこは江戸から十数里の大きな町であった。

花火も煌びやかで大きく、見惚れするほどの美しさ。

山奥の村では見ることのできない全てに、無惨と珠世の口から感嘆の吐息が漏れる。

 

「珠世さん。私はこれほどに美しい物を見たことがありません。人の成す業というものは本当に素晴らしい」

「そうですね。そこは同感ですが、隣にいるのがアナタではなく夫と子だったら、どれだけよかったことか」

グサリと刺さる珠世の言葉に、無惨の心臓はいつでも新鮮な痛みを覚えていた。

 

特に最近は、鬼を人に戻す薬の手掛かりが一向に掴めない現状に苛立つ珠世の言葉は辛辣であった。

同じく進展の停滞に歯がゆさと申し訳なさを感じていた無惨は、クラッと眩暈を覚えてそのままゴロリと土手を転げてしまった。

「あっ」

「あ~あ」

 

珠世の冷たい視線を浴びながら、無惨の体は土手をゴロリゴロリと、川辺に立つ男女の元へと転がっていく。

 

 

 

「本当に俺でいいんですか?」

「子供の頃、花火を見に行く話をしたの、覚えてますか?」

 

 

若い男女が花火の下、色めく言葉を交わそうとしている。

そんな蜜月の足元に、無惨はゴロリと転がりこんでしまった。

 

 

 

「・・・・・」

 

 

邪魔者が紛れ込み、2人と1鬼の間に沈黙が流れる。

 

「私にお構いなく、話を続けてください」

「えっあっえっ?」

お構いあるに決まっている。

せっかくの若い二人の雰囲気を盛大に邪魔してしまった無惨は、穴があったら入りたかった。

 

「あ、あの大丈夫ですか? お怪我は・・・ゲホッゲホッ」

無惨を心配して声をかけた少女が急に咳き込みはじめた。

その咳の音は生まれつきの虚弱体質が起因していると、すぐに見抜いた無惨は声を上げた。

「珠世さん! 桑寿郎さん! 来てください!」

珠世と従者の名を呼びながら、無惨は少女の元に駆け寄り症状を診た。

 

「大丈夫か恋雪? お医者様、いつもの咳なので大丈夫だとは思いますが・・・」

「そうですね。すこし腰かけて休まれるといいでしょう。お薬を今お持ちしますから。それと、私はただの旅の薬師・・・の助手です」

心配ないと言いながらも少女・恋雪を力強く抱きかかえる少年に、無惨は丁寧に介抱しながら声をかけた。

 

 

 

「咳止めと滋養強壮剤です」

珠世から薬を、従者から水を受け取って飲んだ恋雪は、しばらく休むとすっかり咳も止まり良くなっていた。

「助かりました。つ、妻を助けていただき、何とお礼を言ったらいいか」

少年のたどたどしい礼に、無惨一行は微笑みで返した。

 

愛する人を「妻」と呼ぶのも恥じる少年は、まだこれから祝言をあげる身のようだ。

眩いほどに初々しい2人の姿は、花火よりも美しいものに無惨の目に映った。

「よろしければ今夜は我が家にお泊りください」

無惨が旅の者だと思い出した恋雪がお礼にと誘った。

 

「ありがたいお話ですが、新婚夫婦のお邪魔をするわけにはまいりません」

「心配なさらなくても、私の家は道場をしています。お部屋もありますので是非」

恋雪の懇願するような瞳に、無惨も珠世も断る理由を失った。

 

 

こうして無惨たちは恋雪の家である道場にお邪魔することとなった。

「おお、それはとんだご迷惑をおかけしました。この家の主、慶蔵です」

恋雪の父、慶蔵は快活な男性であった。

さすが道場の主だけあり、刀に覚えのある無惨や従者は見ただけで並外れた力量をうかがえた。

 

「このとおり何もない家ですが、どうぞゆっくりしていってください」

そう言うと慶蔵は押し入れから布団やら替えの着物やらを出したり、「夜食はいかがですか?」と台所に立とうとするなど、甲斐甲斐しく無惨たちをもてなした。

「あ、あの・・そこまでしていただかなくても」

あまりにも手厚い慶蔵のもてなしに、遠慮と困惑を見せる無惨。

 

「おっとこれは失礼。なんせ狛治と、恋雪を助けていただけたことがあまりにも嬉しくて」

そう言って笑顔を見せる慶蔵に、狛治と恋雪も小さく笑顔を見せた。

何かしら事情がある様子に、珠世が尋ねると、狛治が話しにくそうに語り始めた。

 

 

どうも狛治は江戸を追放された元・罪人であり、彼の腕の6本の入れ墨はその証とのこと。

誰が見てもわかる罪人とその連れに、こうも手を差し伸べる者はいない。

だからこそ何の躊躇も無く積極的に助けに入ってくれた無惨たちへの感謝がたまらなかったのだ。

 

だがその実・・・1人と2鬼は単純に罪人への入れ墨の風習を知らなかっただけ。

『なにぶん田舎者なので』

『平安には無かった習慣なので』

『俺は純粋にカッコイイな、と』

気まずい雰囲気を御三方は心の奥に押し込め、話の続きを聞いた。

 

 

恋雪は幼い頃から体を弱くし、床に伏しがちであった。

そんな彼女の面倒を、狛治が辛抱強く診てくれていたことが馴れ初め。

門下生のいない貧乏道場で、慶蔵の便利屋の仕事だけを収入源としているから、挙式は大したものをあげられないが、3人は楽しみにしているそうだ。

 

それを聞いた無惨たちは思わず手を合わせて感激した。

「なんて素敵なお話でしょう。祝言はこれからでしたか?」

「はい。明後日です。明日は江戸に戻って、親父の墓前に報告をしなければならないので」

無惨が声を高くすると、狛治は照れ臭そうに頭を掻いた。

 

「そんな、お忙しい時にお邪魔して良かったのでしょうか?」

「いいえ。それにもし皆様の旅がお急ぎでなければ、立会人になっていただけるとありがたいのですが」

慶蔵の依頼に無惨と珠世は「是非に!」と即答した。

 

「それに差し出がましい話ですが、式のお手伝いもさせてください。こう見えて私たち、何組もの夫婦の式を挙げてきましたから」

キャピキャピと提案する珠世。

むしろ当事者である狛治や恋雪よりも楽しんでいないか? と思えるほど、彼女のテンションは上がっていた。

「お着物や余っている布がありましたら、白無垢や袴に近づくよう仕立てもします。会場の用意も、この鬼舞辻無惨をこき使ってくださいな」

 

 

こうして、無惨たちは二宿二飯を頂く代わり、結納の(主体的)手伝いを(積極的に)約束した。

当事者の親子3人すら置いてけぼりにするんじゃないか?というテンションで。主に珠世が。

 

 

 

 

「では、我々は行ってまいります」

翌朝、狛治は江戸へ墓参りに。従者はいつものように薬の売り歩きに、道場を出た。

「では私たちも、やりますか!」

腕まくりして張り切る珠世。

無惨もまた至福の奉仕に腕が鳴った。

 

 

無惨と珠世はよく働いた。

慶蔵と恋雪が遠慮するほど、テキパキと道場を掃除し、着物を仕立て、料理を手伝った。

「申し訳ありません。私と珠世さんは・・・・皮膚の病もありますので、日中は日の射す所に出られないので、外のお手伝いだけはできませんので」

「いえいえ。むしろこちらこそ申し訳ない。客人にここまでしていただくのは・・・」

腕が9本くらいに分身しているのではないか?と思うほどの手早さで仕事をする無惨を前に、箒を手に玄関を掃く慶蔵は苦笑いした。

 

日が昇りきる昼前には、道場は普段の倍以上に綺麗になっていた。

「なんて素敵でしょうか、珠世様」

「お似合いですよ」

恋雪もまた、明日の挙式のための衣装に袖を通しご満悦であった。

 

残念ながら男性陣は明日までのお預けを受け。慶蔵は愛する娘・恋雪の美しい花嫁姿を見ることはできなかった。

 

 

 

 

見ることは

できなかった。

 

 

 

 

 

 

「恋雪。無惨様と珠世様にお水をお出ししてくれないか?」

 

昼過ぎ。

準備に精の出る頃、疲れも見え始める頃。

喉の渇きを覚えた慶蔵が恋雪に頼んで井戸の水を汲みに行かせた。

夏の日に汗もかかずに働く無惨と珠世の姿は異様ではあったが、この炎天下によく冷えた水を差しいれてあげたいと、恋雪は喜んで水を用意した。

 

「ささっ。珠世様、無惨様。どうぞ」

 

 

湯飲み4つがお盆に乗る。

無惨と珠世は「では、頂きます」と手を伸ばした。




【平安コソコソ噂話】

今回の旅に同行したのは、縁壱の弟子の一族の5代目、煉獄桑寿郎だ!
(もちろん、本作オリジナルの名前だ!)

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