あなたが落としたのはきれいな無惨ですか?   作:三柱 努

70 / 71
無惨の取り扱いに困る日が来るとは夢にも思わなかった炭治郎

「アハハハハハ」

冨岡の笑い声が響く町中で、無惨と炭治郎は凍り付いていた。

「と・・・冨岡さん」「お、俺の知ってる冨岡さんは・・・あんなにモテない、たしか」

既にお腹一杯、引きつった顔で冨岡を取り囲む女性群を見つめるしかない2人の元に、おかわりは容赦なく訪れる。

 

「何を言ってるんだ炭治郎! 冨岡はすごいんだぞ! 女の子だけじゃない。みんなにモテモテなんだ!」

 

実弥だ。

不死川だ。

白髪で顔だけでなく体中に傷があり、胸元のはだけた服を着ている。

それは誰よりも鬼を滅する執念を持つ者だが、目つきが少し穏やかな気もする。

冨岡とは水と油の関係の。

 

とにかく無惨と炭治郎は疲弊していた。既に疲労困憊の炭治郎だけでなく、無惨は血気術との戦闘経験が少ないがゆえに摩訶不思議現象への免疫が少なく、この程度の奇妙奇天烈にも脳への負荷に耐えられなかった。

知覚される情報と思い出される情報とが、脳内で整理される順番が逆になるくらい2人には余裕が無かった。

 

冨岡が急に変な舞を踊り始め、

取り巻きの女性たちが歓声を上げ始め、

不死川がその輪の中に飛び込んでいって冨岡と一緒に舞い始め。

奇想天外の連続により、無惨と炭治郎の意識は空の青の中に溶けてしまっていた。

 

 

 

「竈門殿。鬼舞辻殿。何をしているでござるか?」

「「ハッ」」

誰かに話しかけられたことで無惨と炭治郎は意識を取り戻した。

周りを見回すと、既に冨岡軍団は去っていた。無惨と炭治郎は町の中で男2人つっ立っていたようだ。

周囲を見回しても声の主であろう人の気配はない。誰に話しかけられたのか2人にはまるで分からなかった。

まるで忍者に化かされたような気分だ。言い例えるなら地味すぎて、その存在を誰にも知覚されないような。そんな存在から声をかけられたような感じだ。

 

「・・・宇髄さんがいたような気が」「天元さんの声がしたような」

同時につぶやいた炭治郎と無惨は「まさか」と互いに顔を見合わせた。

「そういえば・・・えっと、鬼舞辻・・・無惨?」

「呼び方はご自由にどうぞ。いつもは“鬼舞辻さん”とか“むーさん”とか呼ばれていますよ」

むーさんだけは嫌。炭治郎はそう思い「では鬼舞辻さん」と言い直した。

「伊之助や善逸のこともそうでしたけど、冨岡さんや鬼殺隊の他の人のこともご存じなんですね」

炭治郎の脳は少しばかりの冷静を取り戻していた。おかげで今置かれている状況への判断を下すことができるようになっていた。

 

仮に無惨が本物の鬼舞辻無惨だとして、敵である鬼殺隊の柱の名前や性格を把握しているだろうか? そうでなければこの無惨は完全な虚像だと断言できる。

「ええ、私は鬼殺隊の仲間ですから」

虚像確定。炭治郎は心の中でうなずいた。目の前にいる無惨は炭治郎自身が“こうだったらいいのにな”が形になった存在なのだと。

「これで十二鬼月や上弦の鬼のことも何か知っていてくれたらよかったのになぁ」

「そうですか、今は炭治郎も鬼殺隊なんですね・・・そして鬼の彼らもまだ悪さを」

悲哀を見せる無惨の言葉に炭治郎はひっかかった。

 

「鬼舞辻さん・・・十二鬼月のこと、何か知っているんですか?」

「ええ、こちらでも同じか分かりませんが・・・」

無惨の言葉に炭治郎は少し違和感を覚えながらも小さな希望を感じた。

この無惨は十二鬼月を知っている。妙に危機感というか認識が違う気もするが、知っている可能性がある。

「鬼舞辻さん、よかったら・・・あそこの茶屋でお話を聞かせていただけますか?」

腰を据えて話をしようと、炭治郎は無惨を誘った。無論、無惨が断るはずもない。

 

 

炭治郎は三色団子、無惨はみたらし団子。2杯のお茶を挟んで炭治郎は質問を始めた。

「ずばりお尋ねしますが、鬼舞辻さんは上弦の鬼をご存じですか?」

無惨はお茶をすする手を止め、「はい」とすぐに頷いた。

「妓夫太郎さんと梅さん、あと・・・すいません伍と肆の方の御名前を忘れてしまいまして」

炭治郎は思い出していた。たしかに上弦の陸・妓夫太郎が死に際に堕姫のことを梅と呼んでいた。なるほど無惨の話は信憑性がある。

「あと狛治さんと・・・弐の方の御名前も申し訳ありません。あとは壱の巌勝さんですね」

炭治郎はここで首を傾げた。話の流れで言えば上弦の参、つまり猗窩座のことになるが。堕姫が梅というのであれば、狛治というのは猗窩座が人間であった頃の名前ということか?

「では上弦の参と弐、壱はどういう血鬼術を使うのか知っていますか?」

「血鬼術・・・そういえば皆さん何をしていたんでしょう?」

肩透かし。やはりこの無惨は自分の記憶を元に作られた存在、と炭治郎は項垂れた。

 

「あ、炭治郎くんに鬼舞辻さん。こんなところにいたんだ」

聞き慣れているけれども聞き慣れない。そんな声に炭治郎は顔を上げた。

話しかけてきたのは伊之助であった。隣には息を切らせた善逸もいる。

「あの糞女、しつこいったりゃねぇな」

「大変だったんだな善逸。そういえばカナヲは?」

「撒いてきた。まったく女っつう生き物はトンデモねぇな!」

善逸の悪態に思わず眉をひそめる炭治郎。同時に無惨の背後の席にいた客がカチャンと大きな音を立てて団子の串を皿に置いた。

その音にビクッとなる4人。

 

「不味い」

 

冷たくそう言い放ち、その客は立ち上がった。

すらりとした容姿に長く伸びた黄色い髪、毛先が赤めの焔色がよく目立つ。

その端麗な顔立ちに炭治郎は思わず見惚れてしまったが、こちらに鋭く冷たい視線を向けていた。

「きっと怒らせてしまった。善逸、謝るんだ」

炭治郎が小声で諭すが、善逸は首を縦に振らなかった。

茶屋の店員までもがこの凍り付いた空気に気を遣い、申し訳なさそうにその客の皿を下げた。

「委縮させてすまない。口に合わなかったわけではない」

冷たく言い放ったその客は銭を机に置いて静かに去っていった。

まさに氷の女王。そんな言葉が似合うと、客の背を見ながら無惨は思った。

「ったく、これだから女は。あんなの営業妨害だろ」「善逸!」

善逸の悪態を炭治郎が戒めた。善逸の暴言に対して『団子が不味くなる』と抗議したのは明白だからだ。

そんな様子を見ながら伊之助は「善逸くん」と遠慮がちに意見を挟んだ。

「今の人、煉獄さんは男の人だよ。杏寿郎さんっていうから」

 

その言葉に炭治郎と無惨は凍り付いた。2人の知る当該の煉獄といえば炎の兄貴。

炭治郎にとっては『生きていてくれた』という喜びが芽生えるはず。だがそんなことよりも・・・・・・・【度し難い】。そういうことしか考えることができなかった。

そして善逸は伊之助の告げた事実に、その食指をピクンとさせた。

 

「あっ、そういえばそろそろ仕事行かないといけないよ」

伊之助がパンと手を叩いたことで、呆けていた炭治郎と無惨の意識は戻ってきた。

「そうだな、仕事は大事だ・・・・仕事?」

炭治郎は不思議がった。夢の中で確定であるこの世界で、自分の仕事は何なのか?と。

「遅刻するとお館様に叱られるぜ」

そう言って自然な流れで炭治郎の手を掴んで走り始めた善逸。無惨と伊之助もその後を追った。そして茶屋を出た瞬間に遅れてゾワッと感じた炭治郎は手を離した。

 

 

たどり着いたのは大きなお屋敷であった。

炭治郎が初めて柱たちの前に引きずり出された場所に似ていた。

見慣れた光景に安堵する炭治郎と無惨。ただいつも見慣れたものより人口密度が高め。隊士がかなり密集していた。

「はぐれないように気を付けなきゃいけませんね」

はぐれたところで特に問題は無いが、無惨に心配されながら炭治郎は「善逸と伊之助が先に行ってしまって」と焦っていた。

人と人の隙間をぬって最前列に向かってしまう伊之助と善逸。

2人を追って炭治郎も人と人の間を抜けようとしたが、抜け出た先で誰かの胸板にドンとぶつかってしまった。

 

桜餅のような髪がフワリとたなびいた瞬間、その胸板の主が誰なのか炭治郎は察した。

だが“ドン”だ。

“もふっ”でも“たわっ”でも“ぱふっ”でもない。ドン、だ。

「てめぇ竈門ぉ、何ぶつかって来てんだぁ!?」

絶壁。何故か“絶壁”な甘露寺がドスの利いた声で炭治郎の胸ぐらを掴んできた。

固まらずにはいられない炭治郎は余裕で吊り上げられてしまい、無惨は甘露寺を止めようと必死にすがりついたが、勢い的にも筋力的にも制止不可能であった。

「駄目だよ甘露寺、もっとおしとやかにしなきゃ」

「ちっ、てめぇに言われちゃ仕方ねぇな」

爽やかな制止の声に、甘露寺は大人しく炭治郎を下ろした。

この凶手を鎮めたのは聞き慣れた、あまりにも聞き慣れない言葉。

炭治郎が顔を上げると、そこにはまたしても不穏な伊黒が笑みを浮かべていた。

「い・・・伊黒さん」「ありがとうございます小芭内さん」

お気になさらずに、と爽やかに手を振る伊黒。いつもの襟の中から蛙の鳴き声が聞こえている。こう言っては失礼だが、甘露寺ともども違和感の二塊だ。

 

炭治郎と無惨は疲れるのにも疲れてしまい、心が無になりかけていた。

そんな2人の疲弊した様子を見て、人ごみの中から小さな男の子(?)が親指を立てて『頑張れ』と応援してくれた。

「俺たちは大丈夫だよ」「ありがとうね」

2人の返事に、その小さな平和はニコッと笑った。小さくて弱そうで、耳が聞こえないのか分からないが返事をしない子であった。数珠を持っていた。

 

「炭治郎、遅かったじゃないか」

喧噪を抜けてようやく善逸と伊之助と合流した炭治郎と無惨。

「やっと来れた」

「伊之助、我妻くん。どうして一番前に来たのかな?」

無惨の問いに善逸は姿勢を正しながら答えた。

「下っ端は最前列が義務ですから」

見回すと隣にはカナヲと、こちらに手を振る不死川玄弥の姿があった。「元気・やる気・玄弥!」と何やら掛け声をあげて笑って腕を上げている。

炭治郎も無惨も玄弥との付き合いはあまり濃厚ではなかった。もしかしたら彼は本当にこういう本性なのかもしれない。隣でカナヲが渋い顔をしているけれど。

 

そんな6人の目の前で、屋敷の奥から何やら音が聞こえてきた。

襖がパタンパタンと開くような音が徐々に近づいている。

そして・・・

バタンッ!

 

「頭を垂れて蹲え 平伏せよ」

無惨も炭治郎も一瞬、反応が遅れた。

『産屋敷さんだ』『お館様の声。わからなかった』

姿も気配も以前と違う、凄まじいほどに元気になった産屋敷の姿に無惨も炭治郎も驚いた。

「私が問いたいのは一つのみ、何故に人の心に鬼が巣食い続けるのか。

罪と向き合ったと言ってそこで終わりではない、そこから始まりだ。

より善行を積み、より他人に尽くし、世の役に立つための始まり。

人類が誕生して数万年余。人間の倫理感はたいして変わらない。

人間を葬ってきたのは常に人間たちだ。

世界はどうだ? 何度戦争を繰り返した」

産屋敷の声には苛立ちが宿っていた。

「散れ、鬼殺隊よ。人の心に巣食う鬼を狩れ。退治してみせよ」

一方的に言い放ち、産屋敷は再び屋敷の奥へと消えていった。

 

まるで嵐が過ぎ去ったようだった。

あまりの威圧感に、炭治郎も無惨も呼吸すら止めてしまっていた。

「ごぷっ、はぁっはぁ・・・息をするのを忘れていた」

「大丈夫? 炭治郎」

膝をついた炭治郎を、その後ろにいた少年が心配した。

「あ、心配してくれてありがとう。時透くん」

振り返った炭治郎は、声の主に感謝の言葉を伝えようとした。

 

が・・・2人いたことに驚いて、またしても固まってしまった。

 




【平安コソコソ噂話】

この企画は映画をモデルにしているぞ!
ROAD TO NINJA ―NARUTO TEH MOVIE― という映画だ。
主要人物の特徴や性格が反転してしまった世界にナルトが迷い込んでしまう内容で、とっても面白いぞ!


ちなみに分かりにくかったかもしれないけれど、今回は悲鳴嶼も出ているぞ! 探してみよう!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。