第二話:慟哭
姉妹校との交流会、虎杖悠二の謎。その裏で蠢く策略。物語は加速した。少年もまた、その波に呑まれることになる。
そして迎えた新宿作戦。少年の役割は一人でも多くの呪術師を殺害すること。
「へぇ。結構楽しそうなことしてるじゃん。僕も混ぜてよ」
少年は嗤う。陰陽道とは、殺すことと見つけたり。
【狂奔】
「いるんだな、このすぐ下に、アイツが」
同時刻。虎杖悠二は、1級術師冥々と共に、地下鉄に訪れていた。
「どうかな?ツギハギ顔を確認する前に
改造人間の駆逐及び、主犯格である特級呪霊真人を追っている彼らの元に、それは、現れた。
それは、白髪の美少年の形をしていて、白いパーカーに、有り触れたジーンズを履いていた。
それは、背後に蝗のような呪霊を従えていて、彼らを見て薄く笑った。
「なに?最初っから賞金首とかついてないなー。まぁいいや。ねぇ器くん。見逃してあげるからさ、とっとと帰ってくれないかな?今いい所なんだよね、色々」
嘲るようにそう言って、手をひらひらと振るようなジェスチャーをして見せる。隣にいる冥々のことなど、まるで眼中に無いような素振りだ。
「嫌だね。俺はこの下にいる奴に用があるんだ。これ以上お前らに好き勝手されてたまるかってんだ」
少年の提案を真っ直ぐと否定した彼は、重心を低く保ち、臨戦態勢に入る。少年の背後の蝗が、虚ろな瞳の中に憎悪の炎を滾らせた。
「はぁ……仕方ないなぁ。蝗、やっちゃっていいよ」
少年は呆れたと言わんばかりに額に手を当てると、蝗の呪霊にそう命令した。
刹那、蝗の呪霊が動き、虎杖悠二もまた地を蹴って走り出す。両者は、ぶつかり、激しい肉弾戦に挑んだ。
「gaiaiaiaiaia!!!!!!!!!」
「っ!こいつ……っ!」
蝗の呪霊はまるで操られているかのような動きで、痛みも感じずに虎杖に攻撃を仕掛ける。何度吹き飛ばされても、腕を引きちぎられても。だが、ついに限界が訪れる。
「はぁ、はぁ……」
「あらら。もう少し粘ると思ったんだけどなー。夏油さん、器くんの実力見誤ったのかな」
困憊した虎杖を見て、不満げに漏らす少年は後退りして、背中に当たる冷たい感触に気がついた。
「逃がすと思っているのかい?特級指定呪詛師、土御門蓮生くん」
「あれ、僕のこと知ってるの?嬉しいなぁ。1級呪術師の冥々さん。そんな怖い顔しなくても、僕は逃げないよ」
「っ!……驚いた。相変わらず凄まじい呪力だ。流石は安倍晴明の直系、と言うべきかね」
「その言い方はあーんまり好きじゃないかな?これは僕の力だよ。冥々さん」
「姉様っ!!!」
「なにっ……?」
少年が放った闇のように昏い呪力に気圧されて、バックステップを踏んだ彼女に、背後から迫るものがあった。咄嗟に身を捻った彼女の耳横を掠めたのは、紫と赤の斑点を持つ、ドス黒い舌だった。
「……虎杖くん。君は先に行くんだ。私もすぐに追いつく」
「でもっ!」
「いいから。行くんだ。君にはやるべき事があるだろう。心配しなくても、私は君よりずっと強いよ」
「……っ!あざすっ!!」
走り去っていく虎杖の背中を見届けて、彼女は薄く笑う。少年は、虎杖の道を阻むようなことはしなかった。横を通り過ぎる彼に、"行ったって無駄だよ"と、言ったばかりだった。
「さて……。腹を括るよ、
「はい!姉様!」
その様子を退屈そうに眺めていた少年は、少しだけ呪力を練って、足元のコンクリートに叩きつける。しかし、破片は飛び散ることはなく、少年の手を中心に剣を象った。
「終わった?じゃあ行くよ」
「ああ、待たせてしまってすまなかったね」
「「死合おうか」」
両者はほぼ同時に動き出し、激突した。彼女の斧のような得物を、彼は即席の剣で受け止める。膂力は明らかに彼女が格上。少年は呆気なく吹き飛ばされ、つかさず追撃をかけようとする彼女だったが、その眼前に、先程の"主"が立ち塞がった。
「……なるほど。君のそれは、"
それは、体長2mほどの赤黒い蛙であり、瞳は6つ、前足は4本、後ろ足は6本、尾は長く伸び、今にも彼女に襲いかかろうと全身から瘴気を発していた。
「まさか、大陰陽師の術式が、その程度なわけがないだろう?」
「あはは。さて、どうだかね」
綺麗な着地を決めた少年は、はぐらかすように答えて手を組むと、凄まじい速度で呪力を編み始めた。
「
言うなり、蛙の呪霊は、飛び上がると、腹部を膨らませて、赤紫の毒液を吐き散らす。彼女は紙一重でそれを躱していき、毒液が当たった足元からは小さい蛙の呪霊が何体も飛び出してきた。
「……(あのカエルは間違いなく特級呪霊に匹敵する戦闘力がある。加えて、触れれば即死、避けても2級程度の雑魚呪霊を量産する毒液か。まぁ、その程度なら、あの少年でも処理できただろう。問題は……)」
雑魚をなぎ払い、毒液を躱し、確実に蛙にダメージを与えていく彼女。それを見て少年は楽しげに口元を歪めた。やはり一級術師ともなるとイレギュラーにも問題なく対処出来る。その上、少しづつではあるが、こちらが押されてきているのだ。
これが楽しくないわけがないだろう
「やるね冥々さん。やっぱりさっきの一撃で殺しておくべきだったよ」
「それはどうも。私的には、そろそろ奥の手を見せてくれると有難いんだけどね」
蛙は徐々に身体の面積を減らされていく。自前の再生能力も、呪力がなければ発動しない。そして━━━━━━
「guagagaaaaaa!!!」
空中に逃げた蛙は彼女の一撃を避けきれず、断末魔を上げて消滅した。同時に、雑魚呪霊も消滅する。
「ふう、少しヒヤヒヤしたけど、何とかなったね」
「流石です姉様。とてもかっこよかったですよ」
「ありがとう。さて…………」
少しだけ表情を和らげて、少年に向かう彼女は、いつも通りの微笑をたたえていた。
「いやぁ参ったな。替えがきくとはいえ、そんなあっさりやられちゃうと胸が痛いよ。冥々さん」
「おい、お前。さっきから呪詛師如きが姉様の名を軽々しく口にするんじゃない」
「いいんだよ憂憂。彼のアレは天然じゃないから」
「姉様っ……敵にも慈悲をかけるその優しさ、この憂憂、一生姉様について行きます!」
追い詰められた少年は、諦めたように首を振ると、彼らに背を向けた。
「ほんとはアイツ用にとっておきたかったんだけど……どうせ君たちは逃がしてくれないし、試験運用とでも思えばいいか」
「先程から何を勿体ぶっているんだい?もしかして、さっきの蛙が奥の手とでも言うんじゃないだろうな」
どこか煮え切らない態度の少年は、ポケットからある物を取り出した。それは、少年以上に禍々しい呪力を放つ、1本の木の枝のような呪物だった。
「あれはまさか……姉様っ!」
「…………なるほど」
少年は、その枝に少しだけ呪力を込めた。すると、枝は変質し、金色に輝く金塊に変わる。金塊は土塊へ、土塊は黒い水に、水は、小さな火種に変わる。
「陰陽五行説って知ってるかな。陰陽道の基本の考えでね。晴明の全ての術の基盤となっているものだよ。そしてこれは、その概念を物質化したものだ」
火種は少年の手の中で肥大化し、軈て拳大の揺らめく炎となる。
「陰陽五行説の中で、火とは破壊を司る概念なんだ。何かを殺めたり、傷つけたり、祟ったり、呪ったり……1番ポピュラーな元素とも言えるね」
炎は、留まることを知らず、天井に到達し、行き場を求めて空間全体に広がった。
「純粋な破壊を生み出す術式は全て"火"の力を持っている。ここにあるのはその原点。どういう意味か、わかるよね?」
「……噂には聞いていたけど、真祖の呪術というやつだね。なるほど、それが君の奥の手か」
彼女は、楽しげに言って、傍らの、弟を見た。
「憂憂、私の為に死んでくれるかい?」
彼女の弟であり、一部である少年は言った
「いいんですか?姉様のために死んでも」
刹那、言葉にするのも馬鹿馬鹿しいくらいの、爆炎が、この世のありとあらゆる呪いを宿して辺り一体を埋めつくした。
少し長くなりました。最後まで読んでいただきありがとうございます。誤字、脱字、応援などありましたらコメントしていただけると幸いです。次回の投稿は金曜日の22時を予定しています(また前後するかもしれませんが、ご了承ください)