ボクと先輩の最初の戦場   作:ほろろぎ

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第二話 邂逅

 反逆の星霊使い──ボク・ヒデ・ネムラスが建国した魔法の国、ネムラス皇庁。

 その王宮、ガンボリア宮殿の一室にある自分の部屋の扉を開けた少女(・・)は、大声を上げながらドサッとソファーに座り込んだ。

 

「ぬわああああああん疲れたもおおおおおおおん」

 

 彼女の名は、タドコローコ・ウジ・ネムラス。

 初代ネムラスであるヒデの血を引く直径の末裔であり、このネムラス皇庁の王女なのだ。

 

 なぜ彼女がこれほど疲れているかというと、敵対する『なんか天帝国』へ出向き、帝国の兵士と戦っていたからだ。

 彼女の魔法は王族の血筋もあって強大無比であり、そこらの兵隊などなん百人束になっても相手にならない。

 なのだが、こうした帝国との戦闘任務をここ数日立て続けに行ったため、ついに疲労が限界に来てしまったのだ。

 

「やめたくなりますよ~戦っ争ぅ~」

「(そんなこと言うのは)やめてくれよ……」

 

 愚痴を吐くタドコローコ・ウジを注意するのは、彼女の側近である執事のKMR(キムラ)だ。

 打倒帝国を成し遂げ、世界を一つにまとめ上げることができるのは彼女しかいない、とKMRは少女に忠誠を誓っている。

 姫としての意識に欠ける発言に、つい苦言を呈してしまったのも仕方のないことだろう。

 

「なこと言ったってよぉ、こんなん毎日続いたらもう、やめたくなりますよね~」

 

 ソファーにグッタリともたれかかる不満気な少女。

 それに構わず、KMRは更なる試練をタドコローコ・ウジに課す。

 

「皇帝からは、もう一件だけ任務を預かってるんですよ」

「あーもう一回いってくれ」

「皇帝『ダイセ・ンパイ』様から、帝国が樹海で建造中の長距離砲の破壊が、姫の次の任務です」

 

 皇帝ダイセ・ンパイ。それはタドコローコ・ウジの父であり、ネムラス皇庁を治めている王様だ。

 王の命は絶対。当たり前だよなぁ?

 ハァ~~~……、とクソデカ溜息を吐きつつ少女はソファーから立ち上がる。

 

「じゃけん夜行きましょうね~」

「あっ、おい待てぃ」

 

 夜襲をかけようというタドコローコ・ウジに、KMRは待ったをかけた。

 

「その前に、姫様に休暇を与えよとの命です」

 

 KMRはポケットから一枚のチケットを取り出し、少女に渡す。

 それは、中立都市エインで催される舞台の演劇の券であった。

 

「姫様が以前、この演劇のポスターをチラチラ見ていたのを思い出しまして、僭越ながら用意させていただきました」

「(見に行っても)いいっすかぁ!? OH~♪」

 

 思わぬ心遣いに喜びを露わにするタドコローコ・ウジ。

 

「明日はゆっくりしてください」

 

 KMRは部屋を後にし、少女も翌日の舞台を楽しみにこの日は眠りについた。

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 一夜明け、タドコローコ・ウジはKMRの送迎で中立都市へと来ていた。

 今回は道中でのKMRの同伴はない。

 一人きりでゆっくりと羽目を外してほしい、というKMRの計らいによるものだ。

 

 タドコローコ・ウジは単身で、演劇が催される建物へと入場する。

 

「入って、どうぞ」

「おっす、おじゃましまーす」

 

 受付にチケットを渡し席へと案内されると、ほどなくして場内の明かりが落とされ、劇の公演が始まった。

 

「わぁ、これが貴女の選んだ道ですかー。色んな障害がありますねー。こんなに相容れないとは思わなかったぁ」

「ここは貴方と会う最後の日で、明日に、戦争があるんだ。後で、そこで戦おうよ」

「(愛し合う二人が殺しあう運命なんて)これはキツいですよ」

「じゃあ今、(朝日を地平線の)上にあげるから」

 

 開演から一……か二時間ほど経ち、物語も終盤へと近づいていた。

 敵対する国に住む男女が互いの素性を知らないまま愛し合い、またその正体を知り別れを告げるクライマックスシーンだ。

 客席のあちこちから鼻をすする音が聞こえており、タドコローコ・ウジも皆と同じように涙をぬぐい劇に見入っていた。

 

「悲しすぎィ!」

 

 すでにハンカチはその機能を果たせず、これ以上水分を吸い上げることが出来ないほどグショグショになっている。

 やむなく少女は服の袖で涙と鼻水を拭う。

 と、スッと横から一本の腕が差しだされた。その手にはハンカチがあり、タドコローコ・ウジに対して向けられている。

 

「あの、これ良かったら使ってください、どうぞ」

「……ありがとナス」

 

 暗がりで男という事しか分からないが、タドコローコ・ウジは大人しく見知らぬ男性の厚意に甘えることにした。

 ハンカチを受け取り涙を拭き、物語の終焉まであと少し、というところで予期せぬトラブルが発生した。

 演者の一人が舞台中に足をくじいてしまったのだ。

 

「申し訳ありませんが、本日の公演はここで中断させていただきます。センセンシャル!」

 

 怪我人に無理をさせるわけにはいかないと、舞台は急遽幕を閉じることに。

 ウッソだろお前!?

 盛り上がり所さんを前にしてお預けを食らった観客たちは総立ちでブーイングを起こす。

 野次の嵐を受けうろたえる舞台関係者。

 

「……あぁ^~しょうがないっすねぇ^~」

 

 アタフタする関係者の様子を見ていたタドコローコ・ウジにハンカチを渡した人物は、席を立つとツカツカとステージへと歩を進める。

 

「あぁん?! お客さん?!(レ)」

 

 男は無言で舞台へ上がる。その行動に、関係者が驚きの声を上げた。

 関係者が男を舞台から降ろそうと動きだす前に、男は口を開き声を発する。

 

「アン! アン! アン! アン! アン! アン! アン! アン! ア、アアーン!」

 

 会場に響き渡る男の声。

 それはとても澄んだ、妖精が奏でるメロディーのような美声で歌われる歌だった。

 男の歌を聞いたタドコローコ・ウジたち観客は、まるで春の日のそよ風に吹かれているかのような、暖かで爽やかな心地良さを感じていた。

 まさに世界レベルといっても過言ではない美声。

 観客たちは中断された劇への不満も忘れ、男の奏でる音楽に陶酔した。

 やがて一曲歌いあげた男は、客席に向かって頭を下げると、黙ってその場を後にした。

 客たちは揃って拍手をし、去っていく男を称える。

 

「……あっ、おい待てぃ!」

 

 他の客同様男の美声に酔いしれていたタドコローコ・ウジだが、はたと我に返ると男のあとを追いかけ始めた。

 おそらく男は、公演が中断された観客らの不満を解消するためにこのような演出を行ったのだろう。

 その粋な心遣いに気付いたのは、タドコローコ・ウジただ一人だけだった。

 だからだろうか、少女は純粋に男に会ってみたいと思った。

 ハンカチを借りた礼もあるのだが、他者を気遣う優しさを持った男の正体を知りたいという気持ちが、タドコローコ・ウジに大胆な行動を起こさせる。

 

「ふぁー、あ待ってくださいよぉ」

 

 ちょうど会場の外へ出た所で、少女は男に追いつくことができた。

 自分を呼び止める声に、男は歩みを止め振り返る。

 

「「!!」」

 

 時が止まった。

 タドコローコ・ウジも、男も、互いの姿が視界に入った瞬間、まるで稲妻に打たれたかのような衝撃が走った。

 どこか爬虫類を思わせる男の顔。その瞳にはなにか、強い決意を秘めたような輝きを少女は感じる。

 

「貴女は……」

 

 男が尋ねる。

 

「……タドコロ・コウジ」

 

 タドコローコ・ウジは、とっさに偽名を使った。

 中立都市とはいえ自分がネムラス皇庁の姫君であることは隠さなければならない、とKMRからキツく言われているから。

 

「お前の名前は……」

「……遠野・マズウチ・ノドカ、です」

 

 遠野が答える。

 彼もまた、タドコロの少女特有の可愛らしさのある顔の中に、凛とした芯の強さを見出していた。

 互いが互いの内に秘めたものを感じていたが、その正体にまでは気づけない。

 二人は写真のように動きを止め、いつまでも見合ったままでいた。

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 どれくらいの時間、遠野とタドコロは見つめあっていただろう。

 会場から出てくる多数の観客のざわめきによって、二人は我に返った。

 

「あ、さ、これ」

 

 タドコロは借りていたハンカチを遠野に返す。

 遠野は黙ってそれを受け取った。

 これで用は済んだ。あとは互いに別れるのみ、そのはずだった。

 

「……マズウチさぁ、美味いラーメン屋のレストラン、知ってんだけど……食いにいかない?」

 

 だが、タドコロが咄嗟に発したこの言葉によって、思わぬことに二人は食事を共にすることになった。

 女性の方から男性を食事に誘うなど、王女としては相応しくない作法だ。

 けれど、このまますぐに遠野と別れたくないとどこかで思っていたタドコロは、つい声をかけてしまったのだ。

 

 レストランまでの道中、男女はぎこちない会話を紡ぎながら歩を進める。

 

「二十四歳、学生です」

 

 年齢と職業を訪ねられたタドコロが答えた。

 年齢は本当だが、姫であることを隠すため嘘を吐いたことに、少女は若干の後ろめたさを覚える。

 それを誤魔化すように、今度はタドコロが質問する。

 

「遠野は何歳なの?」

「二十三ですね」

「ふーん、俺より年下なのか」

「そうですね。……先輩って呼んでいいですか?」

「あっ、いっすよ」

 

 遠野の無邪気な頼みを快諾するタドコロ。

 

「仕事はなにやってんの?」

「んまぁ、そう……」

 

 言葉を濁す遠野。

 自分も隠し事があるため、タドコロは追及することはしなかった。

 

「こ↑こ↓」

「はぇ~、すっごい大きい……」

 

 レストランの前に到着し、タドコロが先導して店内に入る。

 この店は、中立都市に来るたびに立ち寄る、彼女のお気に入りの場所なのだ。

 

「ノドカ、喉乾かない?」

 

 タドコロがそう言いながら席につくと、すかさずウェイターが水とメニューをテーブルに置いた。

 遠野とタドコロは同時にメニューに手を伸ばす。と、結果二人の指先が触れ合うことに。

 男女は驚いたように、とっさに手を引っ込めた。

 

「「お、お先にどうぞ」」

 

 セリフすら被ってしまい、さらに頬を染める二人。

 

「じゃあ、一緒に見よっか」

 

 遠野ははにかみながら、メニューを広げタドコロと並んで覗き込む。

 互いの肩が触れ合い、少女の使っているであろう香水の香りが遠野の鼻をくすぐった。

 

「色んな料理がありますねー。こんなに揃ってるとは思わなかったぁ」

 

 意識を逸らすように、遠野はわざとらしく感嘆の声を上げる。

 しばしメニューを眺め、注文が決まり遠野は店員を呼び止めた。

 まずは飲み物を頼むため、遠野とタドコロは同時に口を開く。

 

「「ビール! ビール!」」

 

 タドコロが笑みを浮かべ遠野の方を向いた。

 

「おっ、遠野もビール好きなのか?」

「ええ。よく同僚から、仕事上がりに貰うんですよ」

 

 遠野は、過酷な訓練を終えるといつもご褒美として、缶ビールをおごってくれるタクヤのことを思い浮かべる。

 二人は続けて、メインの食事の注文に入る。

 

「「サーモンとズッキーニの生クリームラーメン。麺やわ目で量は大盛り。食後はアイスティーで、睡眠薬を一つお願いします」」

 

 注文を言い終わると同時に、「ファッ!?」と驚きの声を上げる遠野とタドコロ。

 驚くことに二人の好みは、食べ物から飲み物まで、なにからなにも完全に一致していたのだ。

 

「……ラーメン好きなのか?」

 

 即座に運ばれてきた大盛りラーメンをすすりながら、田所が問いかける。

 

「一番好きですね。こういう変わり種もいいですけど、オーソドックスな醤油や塩味もうん、おいしい」

「俺もそうなの……ソーナノ。暑い時には冷やし中華もいいゾ~、これ」

「いいですね、冷やし中華。トマトとハムだけのシンプルなのをよく作ってますよ」

「あぁ^~、いいっすね~。夏の暑い時期なんか毎日でも食えるゾ~」

 

 誰かと談笑しながら食事をとるなんて、いつぶりだろうかとタドコロは思う。

 王女としての品格を求められる彼女は、普段の食事は黙って静かに黙々ととるものだと教え込まれている。

 ものを食べる行為がこんなに楽しいものだということを感じられるのは、一緒に居るのが遠野という男だからだろうか?

 

 遠野もまた同様のことを感じていた。

 この一年間、無人刑務所で出される味気ないレーションは、ただ命をつなぐための補給という機能的なものでしかなかった。

 それ以前も、戦場に身を置く彼にとって食事とは、戦闘行動を行うためのエネルギーの摂取という以上の意味はないものだった。

 それが、タドコロという女性と共にすするラーメンの、なんと華やかなことか。

 

 一体、目の前の人物はなぜこれほど魅力的なのか。この疑問が二人の心を捉えて、離そうとしないのである。

 だが、今は答えを出すよりもまず、目の前の時に集中しよう。

 タドコロは快活な笑顔を浮かべながら、遠野もまた静かにほほ笑みながら、二人は至高の食事を続けるのだった。


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