彼女はクラスメートに囲まれて幸せでした。幸せです。周りが何を言おうと、幸せなのです。

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趣味で絵を描いているときに、本作の情景が生まれて書きました。


美月豊果は幸福である。

人が最も強固なつながりを得るために必要なものがある。共通の敵の存在。

例えば、体罰を厭わない部活動の監督。彼の存在は部員全員が抱くであろうヘイトを一点に集める。そうして、部員同士の衝突を減らしていくそうだ。なかには意図的に共通の敵となる指導者もいるらしい。

しかし、目上の人物を共通の敵とすることには問題がある。あくまでヘイトを向ける対象であって、発散はできないという点である。学校でいう教師は生徒にとっては権力者である。攻撃対象にできるが、あらゆる点においてファイトバックの可能性が高い。

その回避方法として発生したのがいじめだ。学校という、ストレスが蔓延する完全孤立の小規模社会では、ストレスを自らに被害が及ばないよう発散しなければならない。つまり、スクールカーストの下層に位置する人物。そこに位置した人物は権威も人望も失われ、クラス、ないしは学年の底辺が形成される。

対象は主に何かしらの原因づけをされる。しかしなかには原因づけられることもなく、特別な理由もなく贄となり、青春時代を砕かれる者もいる。

今、屋上の柵を越え、佇む少女は後者である。

彼女は明るい少女である。小学生時代は学級委員を3回、中学入学後も人望が厚く、委員会を任されるほどである。カースト上位であってもおかしくない彼女が下層に位置する理由はわからない。しかし現に彼女は小学4年生から存在を抹消されている。認識しているのは教師と……。

「豊果!」

1つ上の幼馴染、上遠野涼介だけだ。

「涼くん。今までありがとうね」

美月豊果は振り返り、夕日を背にして言う。

「ありがとうじゃねえ!バカな真似すんな!」

「私ね、気づいちゃったの。この世界で生きたいちゃいけないんだって。…….違うなぁ。生きていなかったのかな」

「そんなことあるわけないだろ!」

「涼くんさ」

右手人差し指で遠く離れた地面を指す。

「ここから飛べって言われて、躊躇なく飛べる?」

「そ、それは」

いいよどむ。

「今関係ないだろ」

「そんなことないよ。きっとね、特別な条件がない限り、いいよどむか、無理だって即答するんだよ。でもね……私飛べちゃう」

現在の状況に似つかわしくない穏やかな微笑を浮かべて言う豊果に対して、涼介は恐怖した。

「「行け」って神妙な声で言われても、「いってみよー」ってふざけて言われても、元気に「はいっ」って言って飛べちゃうよ?それに気づいたときに、わかっちゃったの。私はもう生きていないんだって」

「おまえは今ここにいるじゃないか!俺はおまえに触れられるし、話せるし、笑えるし、泣けるだろうが!」

豊果が首を振る。

「違うんだよ?涼くん。私はもう「死」が怖くなくなっちゃったの。どうでもいいの。私も、パパもママも、涼くんも、クラスのみんなも」

「でも!」

「涼くん!」

何かを言おうとした涼介を遮り、諦めも悲しみも含んでいない純粋笑顔で言う。

「涼くんもクラスのみんなと同じだからね」

「っ……!」

涼介自身も理解していた。だからこそこの場で美月豊果を救わなければならない、と自らに課していた。そんな彼にとって最も言われたくない、攻撃性の高い一言だった。

「そ、そんなこと……!」

ない、と涼介には言うことができなかった。今まで幾度となく他のクラスメートに物言いをつける機会があったにも関わらず、自らに矛先を向けられることに恐れて言い出せなかったのである。

さらに、豊果の言葉は現実になる。

「美月さん!」

と叫んで屋上にやってきたのはクラスメートたちだった。涼介は血の気が引いていくのを感じた。今まで一度も会話したことも、目を合わせたことすらないかもしれない、豊果にとっては名前すら覚えていないような少年少女が屋上に集まった。そう、美月豊果を疎外していた者だ。彼らが今この瞬間のみ美月豊果を認識し、屋上に集まった。それはまるで上遠野涼介のように。

「ねっ」

涼介は理解していたはずの現実を豊果に突きつけられ、虚無感と絶望感によって全身が脱力し、膝から崩れ落ちる。もう、彼女を助けることはできない。

美月豊果は対称的に笑顔を浮かべ、はっきりとした声で言う。

「大嫌いな世界、大好きなみなさんさよーなら」

豊果の手がこめかみ辺りで揺れる。それが豊果の別れのあいさつ。

 

「次会うときは、私とお話してくれますか」

 

散華する直前の花のように満開の笑顔で少女の身体は屋上から消えた。

間も無く鈍い音が空に消え、屋上から、校庭から悲鳴が聞こえた。

美月豊果は最後まで希望を持っていた。彼女が死を選ぶのは、クラスメートに対する復讐のためではない。彼女は生きていたかった。クラスメートと遊んでいたかった。しかしこうして身を投げたのは、クラスメートにいじめられてしまうようなこの世界が嫌いだったからだ。飛び降りた今も、美月豊果はクラスメートと話せる未来を夢見ていた。

校舎内を駆け巡る総勢100以上もの悲鳴。そのうち、クラスメートを愛する少女に向けられたものはひとつもなかった。




自殺は肯定しませんが否定もしません。ただしないでほしいなぁとは思います。最後は本人の決定です。ただ、悲しむ人がいない限りは死を選ばないでほしいなと思います。誰もいないと思ったとしても、残念ですがこの話を読んだ時点で私が悲しむのでダメです。運が悪かったですね。
本文と後書きの言ってることが違いますね。人は皆多重人格なので仕方ないです。


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