恋文   作:しづめそら

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中編 少女は自らを閉じ込める。

キーンコーンカーンコーン。

終業のチャイムがなる。私はすぐに荷物をまとめて、カバンを背負って教室から出た。今までなら美術部室に向かっていたが、最近は真逆に歩いている。

 

あの集会以来、部活に顔を出していない。私からすると「出せていない」なのだが、周囲に私の気持ちが理解できるはずもなく、ずっと出さずにいる。もちろん、こうしているうちにも後ろめたさが募っていく。わかっているが足が逃げる方向へ向いてしまう。

顔を出さないことには理由がある。沙月さんに出会ってからの2年、頼りっぱなしでいつもそばにいようとしていた。もちろん、毎度いっしょにいられたわけではなかったが、1日を過ごす目的のひとつとして沙月さんに会う、と考えていたのかもしれない。沙月さんが卒業してしまうことが、身勝手ではあれど1日の意味がひとつ、なくなるのだと気づいた。

そして同時に、心臓が握り潰されるように息苦しくなった。即座にその意味を理解できたわけではなかった。ただ、さみしいという感情が私の全身を埋め尽くしたのだと思っていた。沙月さんに対しては尊敬だとか、親愛だとか、一言で表すことが不可能なほど様々な感情が入り混じっていた。息苦しさは一言で片付くはずだった。

家に帰っても変わらなかった。さみしくて泣きそうになる。しかしそこで打ち止めで、嫌だなぁ、と漠然に思っていた。その度にやはり目頭が熱くなった。

 

集会後の休み明けの月曜日、初めて……いや、入学当初以来に美術部へ向かう足が重かった。扉が鉛のように重かった。扉の向こうにはいつも通り沙月さんがいるはず。嬉しい。嬉しいはずなのに、胸がキュッと締まり、息が苦しくなる。

扉の前で立ち往生していると、ひとりでに扉が開いた。

「ん、どしたの中峰さん」

同級生の川原さんがタイミングよく開けたらしい。明らかに立ち止まっていた私を訝しげに見る。

「いや……沙月さんいる?」

「いるよ」

部屋の奥を指す。その瞬間、カチッ……と、謎の音が頭に響いた。

「ごめん、私トイレ」

「あ、ごめん」

川原さんが去って、部屋全体が見渡せるようになった。あんなに広くて、ひらけた空間のように思えた部室が狭く感じた。拒まれているような懐かしい感覚。忘れてしまっていたあの疎外感。それでも扉を開いてしまったから、いつものように部室に足を踏み入れる。あの頃とは違う。私は沙月さんにあってから変わった。そう自分に言い聞かせ、イーゼルに立て掛けたカンバスの前に座る。

「やあ、はるちゃん」

突然かけられた声にどきっとした。一瞬固まる。沙月さんの顔を直視する自信がなかったのだ。ゆっくりと顔を上げる。沙月さんと目があった瞬間、反射的に目を逸らしてしまった。

「こんにちは、さっ……つきさん」

側から見たら挙動不審な人だ。不思議がらないはずがない。

「どうしたの?大丈夫?」

鼓動がますます激しくなる。ますます平常心から離れていく。感情が昂ぶる。今にも「卒業しないで!」と言ってしまいそうだった。

「顔赤いよ?熱あるんじゃ……」

といって、追い討ちをかけるように私の額に手を当てた。体温が急上昇するのを感じた。

「たっ、体調悪いんで、かっかか、帰ります!」

「あっちょっと……」

あぁ、そうか。

これが恋ってやつなんだ。

 

以降、私は部室に顔を出さなくなった。

 

あれから2週間が経とうとしている。沙月さんの止める声を振り切って逃げて来たこともあり、部員に合わせる顔がない。さらに、沙月さんに会うと自我を保っていられなくなりそう。卒業式まで残り3日。そのうちの1日は土曜日で休み。よって、今日を潰した今となっては沙月さんのいる美術部に行けるのは明日だけだ。しかし、頭の中では逃げる言い訳ばかり考えてしまっていた。辞めてしまおうか、と頭をよぎると同時に沙月さんがさらに離れていく結末が浮かぶ。ならば、卒業後に……度胸もないのにそんなことばかり考えている自分自身に呆れる。

「沙月さん……」

離れていくことが辛い。大好きだったおばあちゃんが亡くなったときでも、このような虚無感はなかった。

「あぁー……」

沙月さんのいない部室を想像すると、心にぽっかりと巨大な穴が空いたような錯覚に陥る。もう会えなくなる。それでも私は、明日も部活に行けない。また涙が溢れる。会いたい衝動と部と私の壁に潰される。誰か助けて。

 

目が覚めたら朝だった。6時25分。いつの間にか眠っていたらしい。頭が、気が重い。入学したての頃はこんな気持ちだったのだろうか。喉元過ぎれば熱さ忘れると言うように、当時の息苦しさは思い出に変換されてしまったのだろうか。思えば、毎日逃げる口実を考えていた。きっと、中学の頃も同じで、絵が心を埋めてくれていただけだったんだろう。その頃の「絵」が沙月さんに変わっただけで、私は今も昔も空っぽの抜け殻だったんだ。中学の頃の「絵」がなくなって抜け殻になった高校の初め頃のように、沙月さんがいなくなることで何に対しても意味を見出せなくなるんだ。私の中に「一日」が存在していない。絵や、沙月さんの中にある。しかし、それに関係なく空っぽの日々が続いた。そうして卒業式は目の前だ。今日しか会えない。頭では理解しているが、何かに依存することでしか自分を取り繕えない私に、一歩を踏み出す勇気はない。

布団に体が沈んでいく。硬直して動かないのに、心臓だけがいつまでも悲鳴をあげていた。

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