天羽奏は、死んだはず……?   作:わらぶく

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目覚めて、即引き取り

 天羽奏は、白い病室のベッドで横たわった状態で目を覚ました。女性としては大きく恵まれた体格だ。特徴的な癖のある橙色がかった赤い髪に、すらりと伸びるしなやかな四肢。

 そして、容易く男を魅了してしまうだろう大きな胸の膨らみと、キュッと引き締まった臀部とウエストから産み出されるプロポーションはあまりに蠱惑的であった。

 

 奏は少し眠たい目を擦りながら身を包む掛け布団を退けて上体を起こし、ベッドの上で大きく伸びをする。つられて出てくるあくびも一緒に行った。周囲を見渡せば、他にベッドはなく車イスや小さな冷蔵庫が設置されている。どうやら個室のようだ

 チラリのベッドの右側に目を向けてみれば、朝日が差し込む窓があった。外を覗けば、一面に広がる海が出迎える。僅かに弧を描く水平線を一望できる。

 

「ふぁぁぁ~~……アタシ、何でこんな場所で寝てんだ……?」

 

 長いあくびを終えた後の一言目はそれだった。

 頭の中をひっくり返す。状況は少しの睡魔がある今でも理解できるのは、なぜ病院に居るのかという疑問と、見知らぬところで寝ていた、という少しの恐怖。

 もしやと思い着ている病院服を脱ぎあちこちをまさぐるが、特に違和感を感じることはなかった。

 

 何なんだ、と小さな声で呟きながら頭を掻いていれば、病室の引き戸が車輪の音を立てながら開く。引っ張られるように目をそちらに向ければ、白いナース服を着た看護師が姿を現した。

 白い髪をした小柄の彼女は食事を乗せたトレーを持っていた。近付きベッド側の丸テーブルに乗せると、奏の顔を覗き込む。

 

「おはようございます。目を覚まされましたね」

 

「あ、ああ……ここはどこなんだ?」

 

「ここは日本国首都近郊にある小さな診療所です。山の中にあるので、あまり人の目にはつきません」

 

「山? ちょっと待て、じゃあなんで窓から海が?」

 

「ああ、これは単なる映像ですよ」

 

 看護師が丸テーブルにあったリモコンを操作すれば、窓の外の景色が海から鬱蒼とする森の中へと変化する。

 

「患者さまがリラックスできるよう、お好きな景色を写せるようにしているのです」

 

 そう説明する看護師は微笑みを湛えたまま。

 

「なぁ、アタシは何でここに寝てたんだ?」奏が問いかければ。

 

「事故の被害者として運ばれてきた急患だったのです」看護師が変わらぬ顔で答えた。

 

「診療所に? 病院じゃなくて?」

 

 奏が聞き返せば、看護師は小さく頷いた。

 どうしようかと奏は腕を組み、悩む。急患として運ばれたらしいが、事故の跡らしきものは体のどこにもない。何かしらの骨が折れていれば、ギブスなり何なりでその部位が固定されているはずだが、そんなものもない。

 何より、何故ここへ運ばれたのか、そもそも診療所とはいえベッドで横にならなければいけない理由が分からない。これまでの記憶は頭の中からすっぽりと消えてしまい、目を覚ます以前、もっと言えば『これまでどこで、何をして生きていたのか』さえ分からない状態だった。

 

 名前、常識などは知っている。言うなれば、一種の記憶喪失だ。

 ただ、失った記憶が大切なものかさえ分からない状況では、悲しみなんてものありはしなかった。何で悲しめば良いのか、全く分からないのだから。

 

「なぁアンタ、アタシが何してたか知ってるか?」

 

 この問いに関して、看護師は首を横に降る。

 手詰まりだ。どうしようもない。諦めよう。何も分からない現状にふて寝でもしてやろうと、ベッドに横になったとき。

 

「ただ」

 

「?」

 

「以前はアイドルだったと、先生が言っていらっしゃいました。その声で大勢の人間に勇気を与える格好いい方だ、と」

 

「へぇ、アタシは案外スゴかったりするのか?」

 

 もっと深く聞こうとして、看護師は「そこまでは与り知るところでは無いので」といい病室を出ていった。

 

 入院生活というのは退屈なものだった。

 ベッドの上で窓に映された環境映像を眺めるだけ。記憶がなくても、以前の自分はこんな生活は大嫌いだったのだろうと予想がつく。

 何せ、体が動かせろと求めているのだ。この部屋を飛び出し、とにかく走り回りたい。味気ない病院食もまったくといって満足いくものではなかった。

 

 だが、目を覚まして数週間、いつものように入ってきた看護師からある吉報が伝えられる。

 

「天羽奏様、ご親戚の方がお目見えになられています」

 

 ただ、それだけを伝えた看護師はお辞儀をして引き戸を開けると、一人の女が入ってくる。長身で、室内にも関わらず黒のつば広女優帽とマントのようなものを羽織った、サングラスの金髪女。見るからに怪しいソイツは、こちらを見るなり喫驚の息を飲んだのち口を開く。

 

「本当に生きているとは、な……」

 

「何だ? 親戚にそこまで言われるアタシは、よっぽどのろくでなしだったのか?」

 

 サングラスの向こう、僅かに覗かせる金色の瞳が微かに震えていたのを、奏は見逃さなかった。

 女は奏から目を外すと、側に立っていた看護師に目を向ける。

 

「看護師、すぐに動いても大丈夫なのだろうな」

 

「はい。運動神経、筋肉量、共に一定以上です。ガングニールの起動は、そちらでお試しください」

 

「結構。早速だが天羽奏、私の館に来てもらう」

 

「待て待て待て、アタシを置いて勝手に話を進めるなって。まずは名前、アタシだけ知らないのは不公平だっての」

 

「……まぁ、構わんか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──フィーネだ、これから頼むぞ。

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