天羽奏は、死んだはず……?   作:わらぶく

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知らぬ者たちの襲撃

「天羽、奏……さん……?」

 

 その名前を呼ぶ未来の胸中は揺れていた。

 実のところ、心のどこかで目の前の女性が天羽奏なんじゃないかという疑念があった。名前、テレビで見た本人との一人称の一致、そして低くありながらも声。

 

 死んでしまったから、と。

 これまでは頭を振って考えないようにしていた。

 だけど。

 

「やっぱり、アタシを知ってるんだな」

 

「あ、えと……」

 

 言葉が出てこない。暖かかった声がツンとした鋭い冷たさに変わって、こちらに向けられる視線が痛かった。

 

 いつかテレビでみた、柔らかくて楽しい雰囲気はそこにない。

 それが、身近に居たわけでもないのに、酷く寂しい。

 

「答えなくても良いさ。クリス、山の麓まで頼む」

 

「あたしは、あんたみたいに走れないぞ。それにこいつを背負ってなんか」

 

「良いさ。山を出るまで、アタシが守ってやる」

 

「そんな無茶な──」

 

「不思議とさ!」

 

 奏の大きな声が、クリスの声を遮った。

 

「他人を助けるんだって、そう思うだけで何でも出来るような気がしてくる。その為にアタシの命はあるんだってな。だから、アタシは大丈夫さ。後から追いつくよ」

 

「……その言葉、嘘じゃねえって信じるからな」

 

「ああ、もちろん。ほらいったいった。クリスが居ると槍を振り回せねぇんだよ」

 

 その言葉が物悲しくて。

 私の友だち──響と同じようなことを言ったあの人が、同じように遠くへと行ってしまうみたいで。

 

 未来はその場を動けなかった。

 恐怖? それもあったが、何より『ここから逃げたらダメ』なような気がしていた。目を離すと、すぐにでも消えてしまいそうな奏に、不思議と手を伸ばしていた。

 

「ほら行くぞ。未来だったな」

 

「う、うん」

 

「あいつが時間を稼いでくれてる間に、あたしたちはここを抜け出す。言っとくが、お前のことを信用したわけじゃねぇ。それだけは忘れんなよ」

 

 突きつけられる不信の言葉に気が沈むも、今は複雑な気持ちに蓋をして麓まで走り出した。

 

 

 

 

「さぁてと、空気を読めない奴らはどこのどいつらだ?」

 

 走り行く二人の背中を見遣った後、奏は激しく昂る感情を表情に出しながら腕部ユニットを槍の形に変化させる。

 

 だが同時に、LiNKERを用いずシンフォギアを装着したが為に、適合率が極端に低い状態であった。フォニックゲインも濃度が低く、シンフォギアの機能が二段三段と低下していく。

 そのため、腕部ユニットを槍に変化させただけで、本来ならば軽減されていた身体へのバックファイアが、ハッキリと奏の体を蝕んでいた。

 

「……んぶっ!?」

 

 臓府から込み上げる熱と痛み。

 反射的に口を押さえた奏の左手は真っ赤に染まっていた。

 

(そういや、LiNKER打ってなかったな……。数十、いや十分も持てば良い方か……?)

 

 フィーネの書類にはしっかりと、シンフォギアを身に纏う際の注意事項が幾重にも書かれていた。そして、その原因が二年前、適合率が低下した状態で行ったことによる天羽奏の死。

 

 二度も繰り返すな、という忠告が込められているのだろう。

 だが、この状態で繰り返すなというのが、難題かもしれない。

 

「まぁアタシは良いさ。こんな極悪人はどうなろうと、そんなの知ったこっちゃない。けど、あの二人に手を出すつもりなら──」

 

 金属のロッドを振りかぶっていた男の右手を掴み、そのまま男たちの方へと投げ飛ばした。

 

「容赦はしない。片っ端から全員ぶっ飛ばしてやる」

 

 その言葉を皮切りに、男たちが奏に向かって走り出す。

 誰も彼もロッドを持って、逃がすという選択肢はないらしい。二人よりもアタシの方が目的のようだと、取り囲みさっきを向けてくる男たちを見て、深い溜め息を吐いた。

 

 同時に槍の面を表にして振り回し、男を三人まとめて凪払う。

 

「来なッ!!」

 

 槍を地面に刺し、ポール代わりに。

 駆け来る男を蹴り飛ばしながら、槍の柄を掴む。

 元々高い身体能力も相まって、軽やかに回る姿はポールダンスさながら。

 寄り来る男たちを見事に蹴り倒す。遠くから観察している奴には、回転の際の遠心力を使って、勢いのある飛行から飛び蹴りをくらわせていた。

 

 そして、その背後で狼狽える男を見据える。

 黒い防止に赤の羽を着けたそれらしい男。耳に着けた無線機を見て、奏は笑みを浮かべた。

 

「オラァッ!」

 

「……ッ!! アガ──ッ!?」

 

「油断は禁物だろ? 部隊長さんよッ!!」

 顎と首──性格には喉仏を狙った蹴りは見事に命中。

 開かれた口からピシャリと飛ぶ血液が、宙を舞って奏のギアインナーを汚した。

 

「汚いな、まったく。さぁ次はどいつだッ!」

 

 槍から離れたが、素手でも何とかなる。

 振り抜かれた拳をスウェーでからし、そのまま手首を掴んで投げ飛ばす。射線上にいた五人の男たちを巻き込んで、バタリと地面に倒れた

 

「囲め囲め!」

 

 肉弾戦は不利と考えたか、距離を置いて奏から離れていく。

 その光景を流し目で確認する。次の獲物を定めながら状況の確認をする。

 

「何だ? 逃げるってのか──づッ」

 

 わずかに開いた口からにじり出る、人間とは思えない声。

 直前に来た衝撃がそうさせているのだろうと、認識の同時に頭を襲う激痛が奏を襲う。

 よろけ、バランスを失った体を、奏は足を一歩踏み出しこらえた。

 

 銃声だった。

 頭からポトリと落ちるひしゃげた弾丸。

 数秒の思考の停止の後、撃たれたことを自覚する。

 幸いとシンフォギアの人体保護能力によって、奏を死に至らしめることはなかったものの。

 

 衝撃で揺さぶられた頭部、特に脳はこの一大事を敏感だった。

 平衡感覚の混乱。視野の悪化。聴力の低下。

 今弱られて困るものが、一気にやられる。

 溢れる吐き気に、溜まらず血液混じりの吐瀉物を地面に散らしていた。

 

「クソ……」

 

 ぼやける視界。それでも人影は見えている。

 槍を引っこ抜き、やたらめったらに振り回しながら牽制し、せめて視界をと瞬きを繰り返す。

 

 だが、そんな隙だらけの行動に訓練された男たちが怯むわけもない。

 

「なッ……!? 放せ……ッ!!」

 

 背後から近寄っていた男に気付かず、羽交い締めにされる。

 適合率は更に低下、身体状況も悪化した現状では、体格の良い男の羽交い締めから逃れられない。

 

「がふッ!?」

 

 腹部にめり込む血管の浮き出る太い腕が、視界下部に映る。

 意識が刈り取られそうな一撃に、視界が一瞬暗転するも自ら舌を噛み何とか意識を保つ。次いで頭部へと殴打。これまでのお返しとばかりに繰り出された腹部への蹴りに、ついに足から力が抜ける。

 

 皮膚が破れた箇所から流れる血液が視界を覆った。

 赤い膜が被された様に、何も見えなくなっていく。拭い取ろうにも腕を拘束され、動かすことができない

 

(LiNKER、ちゃんと打っとけばよかった……)

 

 後悔したのも束の間、まだわずかにあった視界の隙間から、人影が消える。遠くの方で音が聞こえたような気がして辺りを見回してみれば、ヒュッと鳴った風切り音がやけにクリアに聞こえる。

 次ぐ、地面を割るような着地音。

 

「奏さんッ!!」

 

 明滅する意識を向こうから呼び掛ける声の主が誰なのかを知ることになった。

 

「……あいつ」

 

 現れた立花響、その本人。

 男の拘束が解かれその場に仰向きで倒れるが、体を揺すって何とかうつ伏せになる。殴打が消えたおかげか、わずかではあったものの下半身に力が入り、何とか立つことに成功する。

 それでも、槍を杖代わりにしなければ立ち続けていられないが。

 

 立花響、その後ろには焦燥しきった顔の風鳴翼。

 周辺には気絶した男たちが倒れていて、気絶から復帰したらしい部隊長がこの場から姿を消していた。

 逃がした。既に顔はバレているとしても、逃げたということは必ずもう一度襲ってくるだろう。

 

 頭の端で思考を繰り返す奏を遮るように。

 

「奏!」

 

 名前を呼ばれ、くぐもっていた視界、聴力、思考が一気に晴れ晴れとした。血を吐きながら顔を向けた先には、ギアを装着した翼が居た。

 刀を放り投げて真っ青の顔をした翼は、駆け寄ってくる。

 

「……やぁ翼、笑いに来たのか?」

 

「冗談言ってる場合じゃないでしょッ!? あぁこんなに血が出てる。早く治療しないと!」

 

 力が入らずただ垂れるだけの左手に、翼の手が触れた。

 暖かい、それだけが感じ取れる。

 

「その言葉は、嬉しいんだけどさ……もうアタシには帰る場所があるんだ」

 

「……どうして? 私は、奏の帰る場所にはなれないの?」

 

「今はまだ、な……まぁ、時期が来たら話せるさ。だから、今日はこれでさよならだ」

 

「えっ」

 

 ジャラリとなる鎖の音。

 奏の背後から飛んで来たネフシュタンの鎖が、奏の体を簀巻きにして一気につり上げる。

 

 引っ張られた先には、もちろんクリス。

 前回とは逆に、奏がクリスに肩で担がれていた。

 

「これで前のあれはチャラな! て言うか、無理すんなって言っただろ!?」

 

「悪かったよ……ごめんクリス、ちょっと寝るから着いたら起こしてくれ……そうだ、未来は……?」

 

「二課とか言う組織が保護した、って、追手が来れないように、ノイズも巻かなきゃなッと!」

 

 クリスが振り向き様に手に持つ聖遺物を使ってノイズを呼び出す。

 その光景を最後に、奏は意識を失った。

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