天羽奏は、死んだはず……?   作:わらぶく

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奏の追憶

『翼、もしかして緊張なんてしちゃったり?』

 

 自身の口から出た、耳を撫でる柔い声から出たのはどこか懐かしい言葉だった。

 端がぼやけた視界から見える、白くモヤがかった世界は機材に座るフードから漏れる青い髪の少女に、翼に集約されていた。他には何もない、空っぽの世界。

 

 ただ、翼のためだけに残された世界だった。

 奏の体と意識は、意思とは別に動いていた。

 

『あ、当たり前でしょ! たくさんの人の前で歌って……私と奏の歌を届けて……』

 

『気むずかしく考えすぎなんだよ、翼は。アタシと翼の歌、他の誰でもない、アタシたちだけの歌を皆に届ける。それだけだろ?』

 

 翼のフードの合間から覗く上気した頬に、奏はしゃがんで手を添えた。暖かい体温を手で感じながら、柔い肌を感じる。

 

 記憶の上書き、アップデート。

 今見ている光景は、一度見たことがある。理由なんてない。大きな既視感。感覚の話になる、でもこの感覚は自分自身が分かれば良い。

 だからこの翼の姿を、アタシは見たことがある。

 それだけだ。

 

 奏は翼の隣に腰を着ける。

 不安そうな表情でこちらの様子を覗き込む翼に対して、奏は額にデコピンを見舞った。

 

『あっ』

 

『もぅ翼は硬いんだからぁ。ま、それが翼の良さでもあるんだけどさ。でも、こんな姿はファンには見せられないなぁ』

 

『こんなこと、奏しかしないでしょ!』

 

 額を両手でおさえながら、不満げに奏を見つめる翼。

 けれどそれも一時のことで、奏が笑みを浮かべれば翼も嬉しそうに笑みをこぼす。

 

 また、記憶が更新された。

 これはネフシュタンの鎧の起動実験を兼ねた、ツヴァイウィングの一大イベント。今はその開演時間前で、アタシたちは舞台裏で待機している最中だ。

 だから緊張する翼を励ますために、アタシはこうして話しかけているんだ。

 

『んむぅ、翼をもっと知ってもらいたいってのもあるけど、この姿はあんまり知られたくないなぁ。容姿端麗、文武両道、とくれば正に完璧人間。

 だけど、人目がなかったら弱気で、手を繋いでないとすぐ泣きそうになるんだから』

 

『な、泣きそうになんてならない! もう、そんなに子供じゃない!』

 

『そうやってムキになるから、余計にそう見えるんだって。ほら』

 

『ぁ……』

 

 怒る翼に腕を回して、奏はギュッと抱き締める。

 

『アタシたちは二人で一つ。

 アタシだけでも、翼だけでも成り立たない、小さくて弱い双翼。でも、二人揃ったツヴァイウィングはどこまでも遠く、高く翔んでいける。

 だから、アタシたちはいつまでも一緒だ、翼』

 

『……うん!』

 

 

 

「……翼」

 

 目を覚ませば、そこは奏の自室だった。

 夢にうなされたか自身の右腕が天井に伸びているのに気が付いて、ぼやけた視界がそっちに移る。先程の夢を思い出して、自分がどれほど『風鳴翼』という存在に固執しているのかというのを、思い知らされることになった。

 

 記憶の無い体ほど不便な物の無い。

 自分でも知らない地雷が仕掛けられていて、踏んだ途端に罪悪感や背徳感が込み上げて自殺衝動に苛まれる。いっそのこと、全て、何もかもが真っ白になっていたら楽だったのに、と考えてしまう。

 その自虐思考回路も、側からかけられた言葉に遮られた。

 

「天羽奏、目が覚めたか」

 

「……フィーネ? 何だ、アンタも翼みたいに笑いに来たのか? まぁ、笑われてもしょうがないザマだけどさ」

 

「昨日のことは確かに気に触ったけれど、それよりも良い情報をもたらしたのだ。無かったことにするわ」

 

「アタシがもたらした情報? それは──ッてぇ!」

 

 体を起こそうとして、激しい頭痛に襲われ思わず頭をおさえる。

 

「体を動かさないで。頭部へとダメージが酷いの。当分」

 

 手渡された手鏡で頭を確認すれば、何重にも巻かれた包帯が赤く滲んで痛々しい。補足情報ではあるが、頭部へのダメージは時速100km以上の自動車と事故にあったレベルと相当。

 つまり、シンフォギアを纏っていても、適合率が低下した状態では銃弾は防げないようだ。

 

「二日は動けないでしょうけど、計画に狂いはないわ」

 

「そっか……。まぁ、足手まといにはなってもしょうがないことはしたけどさ」

 

「ふふっ、本来ならば足手まといと吐き捨てていたでしょうけど、今回は特例。米国政府とは別に、また新しい武装組織が首を突っ込んでいるわ。ヨーロッパ連合、主にドイツの組織ね。ただしドイツ本国は関係性を否認しているけれど」

 

「あぁ……襲ってきた奴らか……」

 

「正解。元々聖遺物関連で意欲的な連中ではあったけど、こうも堂々と来るとは思わなかったわ。ただでさえ、米国政府の扱いには手を焼くところなのに」

 

 どうやら、事態はどんどんと面倒くさいことになってそうだと、フィーネと奏は諦めの溜め息を吐いた。

 

「ここを直接襲う前にどこの人間かがわかって良かったわ。日本政府はもちろん、米国政府もこの事は既に承知でしょうね」

 

「ははッ……複雑なことは分かんねぇや……」

 

「そう。とにかく今は休みなさい。そろそろクリスがスープを持ってやってくる頃よ。だから今は──」

 

「なぁフィーネ」

 

 フィーネが立ち上がろうとしたところを、奏は呼び止めた。

 いきなりのことで面食らったのか、いつもの凛々しい表情とは違って、どこか抜けた親しみやすい表情をしている。これまで見たことない表情に奏はクスリと笑いながらも、どこか呟くように話を始める。

 

「アタシさ、頭を思いっきり殴られてたせいか、変な夢、もしかしたら記憶を見てたんだよ」

 

「記憶?」

 

「あぁ、風鳴翼とアタシがライブ前の舞台裏で話してる夢だ。そん時の翼がビックリするぐらい可愛かったんだよ。

 ネフシュタンの鎧の起動実験とツヴァイウィングの一大ライブでさ。翼も緊張してたんだって」

 

「……そうか」

 

「そん時に思い出したネフシュタンの鎧ってさ……クリスが身に付けてた奴だよな?」

 

 蘇った記憶の中にあるネフシュタンの鎧が、よく見るクリスの装備と酷似したことから出た言葉だった。

 それを聞いてフィーネの顔が一気に険しくなっていく。そこそこの付き合いの奏は理解する。あれは処分をどうするかと考えている顔だ、と。

 

「どこまで思い出した?」

 

 かけられていた労りの声が、氷のように冷たく鋭い声に変化した。

 

「ライブ前まで。その前は、まだまだすっぽり穴が空いている状態だよ。まだ何も、何もないさ」

 

「……そう、次の出番が来るまで寝ていなさい」

 

「教えてはくれないよな」

 

「これは私の問題、終わった後のあなたの身の安全は、私が保証するわ。あなたほどの人間、死なせるにはいろいろと惜しいもの」

 

「そうか、嬉しい評価はありがたくもらっとくよ。じゃあアタシはクリスのスープを飲んだ後、寝るとするかな」

 

 フィーネに向けて手を振る奏は、寝返りを打って横向きになると思い出した記憶を振り返りながら、目蓋をゆっくりと閉じるのだった。

 

 

 ……ちなみに。

 

「アタシ特製のスープだ」

 

「何か味薄くない? 白湯飲んでる気分だ」

 

「何だとッ!?」

 

 クリス製のスープはほとんどお湯だった。

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