武装組織に襲撃を受けて早数週間。奏の体調は快調へと向かい、既に日常生活に支障がないほどまでには回復していた。頭に巻いていた包帯は奇麗さっぱり消え、傷痕一つ残ることは無かった。
一旦の療養を終え、事は進む。
「二人には完全聖遺物デュランダルを強奪してきてもらうわ」
夕食中、料理を口に運ぶクリスと奏に向けてフィーネは口を開いた。
二人してそちらへ向けばテーブルの上に肘を置いてこちらを見据えるフィーネの姿。笑み一つなくじっとこちらを見据える目力に負け、持っていたフォークを置く。
「作戦決行は明日の早朝。永田町に向かう車列を襲いなさい」
「車列ねぇ。分かるもんなのか? 他にも走ってるだろ?」
奏が疑問を投げかければ、フィーネが柔く微笑む。
「そこは全く問題ないわ。広木防衛大臣の死によって車列が通る一帯は全て封鎖、通るのは私が乗る車と護衛車のみ。迷うこともないでしょう」
「なるほどねぇ。それで? 聖遺物なんて大層なモノ運ぶんだから、翼とかも出てくるんだろ?」
「理解が早くて助かるわ。襲撃のメインはクリス。ネフシュタンの鎧とソロモンの杖を使って、デュランダルを奪いなさい。天羽奏は……分かるわね?」
「……分かってるよ」
これで三度目となる顔合わせ。
フィーネが言いたいことは分かる。いい加減、踏ん切りをつけろと言いたいんだろう。
過去二回鉢合わせて、結局何も起きず出来ず仕舞い。奏としてもこれ以上問題を先延ばしにし続けるわけにもいかないことは奏も理解している。
身が入るような、どこかで逃げたいと考える自分も居て。
……頭がグチャグチャに乱れて、冷めて温くなったスープが頭に効く。
「なぁあんた」
心配そうな目を、クリスが奏に向けている。
「どうしたクリス? そんな目をするなって」
「……もしよかったらさ、あたしがあんたの分まで何とかしてやろうか?」
「え?」
「あたしがネフシュタンの鎧をちゃんと使いこなせば、あんな奴らあたし一人でぶちのめせる。あんたには、まぁその……良いもん見せてもらったからさ」
一種の同情だと奏は考える。
ここまで優柔不断な人間を見ていられなくなったのか、それともグダグダとする姿に腹が立ってきたのか。とにもかくにも、クリスのこの提案は今の奏の思考をリセットするにはちょうど良かった。
ここでやらなければ、ダラダラと続く気がして、後悔する気がして。
いつまでも逃げ続けるわけにはいかない。
「優しいなぁクリスは。でも、これはアタシが何とかするよ。逃げてばっかじゃダメだって分かってる。いい加減、決着付けないとな」
「……あんた、つえぇんだな」
誰が、そう呟きながら奏は天井を見上げる。
「決まりね。良い報告を期待してるわ。
さぁ残りを食べてしまいなさい。準備をして、明日の作戦は確実に成功してもらわないと」
「よしクリス! 寝る前に外周走って明日に備えるぞ!」
「うぇっ!? あたしもかよ!?」
「あったり前だろ。明日の主役はクリスだからな! ほらさっさと食べるぞ。終わったら一緒に風呂入るぞ!」
「だー!! あたしの予定を勝手に作るんじゃねぇ!」
クリスをからかいながら、奏の胸中は決意と惑いで渦巻いていた。
デュランダル移送作戦、決行日早朝。
私立リディアン音楽院はまだ学生の居ない敷地内は、まだ日が昇る前なのにも関わらず多くの人間と車両で埋まっていた。それら全ては二課所属の職員であり、リディアンを俯瞰的に見れば制服の青と黒服が蠢いている。
その中にはシンフォギア装者である立花響と風鳴翼も入っていて、立花響は護送車となる櫻井了子の車に荷物を運び、風鳴翼は自身が乗るバイクの手入れをしていた。
「そうそう響ちゃん、デュランダルは大事な聖遺物だから、ゆっくり運んでね」
「りょ、了子さん! これ結構重いです!」
「そりゃもう、デュランダルは英雄が持つ聖剣よ? 響ちゃんが持てたら英雄になれるわね♪」
「英雄なんて、私はそんなに立派にはなれないですよ。皆さんの役には立ててないし、翼さんの足の引っ張ってばかりのダメダメです。あはは……」
「自虐はしない。響ちゃんだって、二課に入った時よりもずっと戦えるようになってる。ずっと戦ってきた翼ちゃんとは確かに差はあるけど、それでも今の姿はずっと見違えてるわ」
ここ数週間の立花響の活躍は目覚ましいものだった。
傷心中の翼の穴を埋めるには十分に足るものである。彼女が救った人間は数知れず、既に二課の一員として動いていた。
その働きは、非好意的だった翼も認めるモノだ。
だからか、響の『人助け』はますます激しくなりつつある。
「いえ、もっと私は頑張らないと。せっかく奏さんに拾われた命なんですから」
デュランダルを積み込みながら笑みを作りそう話す響に、了子は唸る。
染み付いてしまったような自虐心が治ることは未だなく、どこか自分の命を投げ捨てようと知る前向きな自殺衝動はこれまでの会話でご存知の通り。
「そんなことを言わないでほしい、立花」
「翼さん!」
話を聞いていた翼が、二人の会話に割り込む。
「奏は助けた命を捨ててほしいなんて考えていない。だからそのようなことを言うな。
何よりも、立花自身が生きていてくれることを望んでいる」
「そうそう、響ちゃんは生きて生きて、生き続けることが奏ちゃんへの恩返しになるんだから」
腕を組んで話す翼の言葉を聞いていた了子も頷きながら同調して。
言葉を受け止める響は少し照れくさそうに頭を掻き、その頬を赤くして苦笑いを作る。
「そこまで言われると、何だか気恥ずかしくなってきますね」
「そんな感じで良いの。むしろもっと気楽に気楽に」
「櫻井女史の言うとおり。私も立花の働きは知っている。空けてしまった穴をよく埋めていてくれたことも。これからは、私も本格的に戦闘に参加することになる」
「ということは……!」
「ああ、今日から共に戦いましょう」
感極まる響はその目を輝かせながら元気に頷いた。
「二人の頑張りには期待してるのよぉ♪ 今日の輸送には間違いなく妨害が来るでしょうし、ノイズに対応できるのは二人だけなんだから。それに──」
了子の意味深な目線が翼に向けられる。
分かっていると言わんばかりに、翼は頷いた。
「奏は必ず現れる。
ネフシュタンの鎧を持つあの少女と共に……」
「翼さん。私もお手伝いします!
翼さんと奏さんの手を繋げてみせると約束しましたから!」
「ありがとう立花。でも、今回は私一人で何とかしてみせる。伸ばしたこの手を届かせると決めたから。もし私が到らなかったときは、立花の力を借りさせてほしい」
「はいッ!」
かつての恩人を、片翼を取り戻すため。
二人の装者は覚悟を決める。
そして作戦決行時刻、整列する黒服のエージェントたちの前には、今回の主役たる櫻井了子が立つ。傍らには上空から監視に回る風鳴弦十郎が、作戦の概要を説明する。
「大臣殺害の犯人捜索の為として検問を張る! その中を永田町まで一気に駆け抜ける!」
「名付けて天下の往来一人占め作戦よ~♪」
人差し指を空に向け、柔い声で話す了子。
気を張っていた入所したての新人エージェントも、これには凝り固まっていた緊張も解れたようだ。
「今回の輸送作戦に置いて、敵勢力のノイズを用いた襲撃が予想される。その際、標的となった車両はすぐに避難! 装者に対処を任せるんだ!」
「命だいじにが第一目標よ」
「それでは作戦開始!」
弦十郎はヘリ、了子と響は車、翼はバイクに。
輸送車となる了子の車両を中央に、護衛車が周囲を守っていてその先鋒を翼が乗るバイクが司る。弦十郎が乗るヘリが飛び立ったのを合図に、車列はリディアンから街中へと繰り出す。
事前の住民説明によって人が居なくなった商店街は、不気味な静けさで満ち嫌な予感を感じさせる。
やがて人口密集地から工業地帯へと架かる橋。
上空からも弦十郎が見守る中、予測された襲撃地点正しく、橋の一部の崩落という形で立証された。
「くッ──!」
『藤尭からノイズ反応の連絡が入ったッ!』
「やはりッ!」
左側面を守る護衛車が海に落下。
その光景を横目に眺めることしか出来ない翼は、歯噛みしながらも全速力で駆ける。足を止めるわけにもいかず、駆け抜け続ける。
ノイズの出現は敵勢力の出現をしっかと表していた。
駆け抜けた橋の先、そこにはノイズが蔓延っていて。
『翼ッ!!』
「承知しましたッ!」
──Imyuteus amenohabakiri tron──
シンフォギアを身に纏った翼は、その剣でノイズをカッ捌く。
炭素と化す両断されたノイズの塵を駆け抜けて。
一息置いて、後方の護衛車が宙に舞った。
一瞬、時が止まったような感覚。見れば共にマンホールの蓋も宙に舞って、吹き出すノイズの姿にまた歯噛みする。
意識を上だけに向けていたことを公開しながらも、翼は速度を落とし車両の護衛に回る。
『敵は下水道を使って襲撃している!』
「だからとは言えこれは……ッ」
護送車が落伍していく光景。
無力さを噛み締めつつも、最重要目標の了子の車両が健在なことには安堵する。
とはいえ現状を解決する手段もなく、気が付けば残るのは了子の車両のみ。
このまま進んでいけば最終的に全滅することは予想がつく。
『翼ッ! 了子くんッ! その近くに薬品工場地帯があるッ! 二人にはそこに向かってもらいたいッ!』
『薬品工場!? そんなところで爆発でも起きたら、いくらデュランダルでも木っ端微塵よッ!?』
『敵の目的がデュランダルの確保なら、あえて危険地帯に飛び込もうという算段だッ!』
通信機から聞こえてくる会話の中に、微かなはずの響の息を飲む音がはっきりと耳に入ってくる。
初の大規模作戦に緊張しているのだ。
目の前で脱落車両を見て、どのような心境なのかも理解できる。
『勝算はあるのッ!?』
『思い付きを数字で語れるものかよッ!!』
翼も覚悟を決める。
ハンドルを薬品工場へきり、その足の向きを変えた。
「分かりました」
先導する翼のバイクがけたたましいエンジン音と共に加速していく。それに追随する了子の車両も並みならぬ速度で、薬品工場地帯へと駆け込む。
そして──
「ッ!」
翼目掛けて飛来する一本の槍。
その形をしっかりと目に焼き付けて、飛び降りたバイクが串刺しになり爆発するのを確認する。
吹き上がる黒煙、切り裂いて現れる人影。
「やぁ翼」
「奏」
忘れない、忘れられるはずのない姿。
向けやれた穂先に乗った感情を、奏の敵意ではなく覚悟を乗せた槍を。相対するのは三度、これで確実に。
「相手、してもらうよ」
「私も覚悟を決めた。奏を、絶対に連れて帰るって」
「そう……なら力ずくで引っ張っていきなッ!」
「もちろんッ!」
自身の弱さとも決着をつけるため、翼は刀を構える。