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「あたしは……あたし、は……ッ!」
山中に建つフィーネの館に付随する湖畔。
湖の中央に向かって伸びる木造の桟橋に、クリスはただ一人佇む。
半年前からずっと隣にあった温もりが消えてしまったことに、心の傷を深めながら胸を手で強く抑えた。
そう半年前だ。天羽奏が来たあの日からクリスの荒んだ心は確かに救われつつあった。
出会った当時はずっと邪見に扱い続けてきたのにもかかわらず、柔らかい笑顔を浮かべながら奏は何度も構ってきた。最初こそ本心からの嫌悪感が湧き上がっていたものの、あの温もりに触れ続けたからかいつしか奏の隣にいることが心地よくなっていた。
だから、襲撃の失敗にしたあの日、二課の装者に連れていかれる奏の姿を、頭から血を流す姿を見て、クリスの心を埋め尽くすのは無力感と孤独感だった。
握りしめる拳に力が籠る。
爪が手のひらに突き刺さり血が流れ、足元へと零れた。
(ネフシュタンの鎧を使いこなせば、あの人が連れていかれないでよかったんだ……!
デュランダルさえ確保できれば、あの人に怪我をさせなくてよかったんだ……ッ!)
自責の念が心を苛むと共に、背中を刺すような感覚。
振り向けば、黒い女優帽とサングラスをしたフィーネの姿があった。僅かに見える口元は確かに笑っていて、鋭い目線を向けている。
「あたしは、役立たずだって、言いたいのか……?」
「……」
物言わぬフィーネの姿に、クリスは胸に針が突き刺さるような痛みを覚える。
(もう孤独は嫌だッ、一人になるなんて嫌だッ!)
「あんな……ッ、あんな融合症例なんていなくても平和はあたしがつかみ取ってやるッ!
それで良いんだろッ、フィーネッ!」
「……」
答えない、答えてくれない。
今のクリスは答えが欲しかった。失った温もりが欲しかった。
一度覚えてしまった温もりが冷えれば、以前よりも一層辛くなるだけなのだ。
だから温もりが、安心して身を寄せられる人がいて欲しい。
その願いが、行動を荒々しくさせてしまう。
それから数時間、融合症例──立花響を求めてクリスは歩く。
夕暮れ時の商店街は学校帰りの生徒が多く、主に女生徒たちの喧騒で満たされていた。
途中、美味しそうな食事処を見て心を躍らせる。
「なぁ、あんたは今日何食べ──」
クリスが問いかける先に、奏の姿はない。
何時も聞き続けてきた声が無いことに、今度は胸中に渦巻く寂しさに頭を悩ませることになった。
(そっか、あの人はいねぇんだ……。くそっ、調子が狂う)
「あらクリスちゃん。たこ焼きいかが? ちょうど焼きたてのがあるのよぉ」
「え……? あっ、あたしこんなところに来てたのか……」
クリスの現在地、それはいつか奏に紹介してもらったたこ焼き屋だった。
妙齢の店主が笑顔を浮かべながら、常連になっていたクリスを呼び掛けている。
「……一つ、くれ」
「はい、少し待ってね」
店頭に立ち、商品を待つクリスの視界に映るのは、帰宅中の生徒やサラリーマンなど。
その中でも特に目を引くのが、買い物帰りの親子連れだった。思い起こされるのはかつて歌で世界を平和にすることを夢にしていた、亡き家族のこと。
(……あたしは、結局一人でしか生きられないってのか?
もしフィーネに棄てられたらあたしは……)
「ほら、たこ焼きお待たせ」
「……どうも」
「今日はいつものお姉ちゃん居ないの?」
「あの人は別に姉じゃねぇよ……。まぁ、仲間というかなんというか……。今日はいろいろあって来れなかったんだ」
「そうならもう一つおまけしといてあげる」
「えっ!? いや悪いって!」
「良いのよ。今日で店じまいになるから、最後の記念に、ね」
寂しそうな笑顔を浮かべながら、店主はそう語る。
その時、クリスの心に浮かんだのは寂しさだった。
「……辞めるのか?」
「最近、この辺りはノイズとかで物騒になったでしょ? 昔からやってる店だから閉めたくはないけど、命あっての物種だからね。息子たちがいるところに、身を寄せるとするよ」
「何で、今は開けてたんだ……?」
「今日は不思議とね、クリスちゃんがやって来るんじゃないかと思ってたの。だからこうして開けていると、顔を見せに来てくれるんじゃないかって」
「そっ……か……」
「クリスちゃんも、身の回りのことは気をつけてね」
店主はその言葉を最後に、もうクリスの前に姿を見せなくなってしまう。
ガラガラと閉じられていくシャッターに物悲しさを覚えて、心が締め付けられていく。
ここ最近のノイズ出現はほとんど、クリスが起動させたソロモンの杖が原因である。
だからこそクリスは悔やむ。争いを無くすためにやった行動で、無関係の人が巻き込まれていることに。
(あたしは、間違ったのか……?
だってフィーネはこれで争いを無くせるって……。でも、目の前に巻き込まれていた人間が居て、この場所から居なくなってく……)
「分かんねぇ……分かんねぇよ……ッ!
あたしは、あんな寂しい笑顔を見るためにこんなことをするつもりじゃ……ッ!」
決意と後悔がグチャグチャになって混ざり合う。
正しさと間違いの境目があやふやになって、自分がこれまでやって来たことに対する疑問が深まる。
──嫌な考えが浮かぶ時はな、何か食べれば和らぐらしいぞ、クリス。
いつか聞いた奏の言葉。
その言葉に従って公園のベンチに腰掛け、買ったたこ焼きに手を付ける。
「あった、けぇなぁ……」
誰も頼りになる人がいない現状で、ただ一人、クリスは涙をこぼしながら呟く。
なすべきことも分からなくなる中で、今はともかく、立花響を標的にするのだった。