「最近はおざなりになってしまってたアーティスト活動を、ようやく復帰することになったの」
「へぇ、良かったじゃんか翼。唄で人を笑顔にするのが、アタシたちの目標だったもんな。それで、誰かとユニットを組むのか?」
「そ、そんなわけない! 私のユニットは今もツヴァイウィングで、奏は私の翼なんだから!」
「ははっ、アタシの事なんて気にすることないのに」
平日の昼頃。
敵対していたときとは考えられないほど感情豊かに会話をする翼の姿に、奏は思わず苦笑いを浮かべながらも楽しく応答する。翼の側にはメガネを掛けたマネージャー──緒川慎次がニコニコと笑顔を浮かべて立っている。
彼の胸中は晴れやかなものであった。今まで陰りを見せ続けていた翼が、こうして笑顔を見せている。
二課に身柄を捕らえられてから少し。
今回のことで判明したことだが、奏の自然回復力が高いということもあり退院は三日で済み、療養と拘束はリディアン地下の二課施設で、ということになった。
そして、繰り返すが本日は平日、平日である。
リディアン三年生の翼が今ここにいるということは、まぁそういうことになる。
「そんで翼ぁ? 今日は学校じゃないのかぁ?」
「ん”っ……きょ、今日は休んだから……」
「へぇ、翼は悪い子だなぁ」
「しょ、しょうがないでしょ!? 奏がようやく帰ってきてくれたんだからッ!」
「あはは、アタシのことを考えてくれて嬉しいよ翼」
手を頭の上に乗せ、わしゃわしゃっと撫でまわす。
やはりというか、こうしていると日常に帰ってきたと思って心が落ち着く。
「それにしても、こんな快適だと拘束されているとは思えないな。空調、食事、衣服完備。これ完全に自室じゃねぇか。アタシ、一応今は囚人だよな?」
「ええ、一応はそうなりますね」
奏の疑問に、翼の隣で控えていた緒川が答える。
「奏さんは現在、デュランダル輸送作戦襲撃の加担者として重要参考人ないし囚人として、身柄を拘束させていただいています。ただ当時の死人はゼロ。以前、小日向未来さんの避難の事を加味して、数日間はこの部屋の中で拘束となりますが、それが終われば二課で保護ということになるでしょう」
「そういうこと、囚人のアタシに言っていいのか?」
「奏さんですから」
「何だよ、それ」
思わず笑みが漏れる。
和やかな雰囲気に奏の心が浮かれていた。
「それで、メガネ姿の緒川さんがいるってことは、アイドル話でもするんだろうけど、もう翼のアーティスト活動のことは聞いたぞ?」
「まだ話すことはあります。それは翼さんから聞いてくださいね」
「えぇ!? お、緒川さん!?」
翼の驚く姿を見て、緒川から何か無茶ぶりをさせられているのだと察する。
顔を真っ赤にしてうぅと呻きながら顔を俯かせる翼。数秒考え込んでいたようだったが、意を決したのか顔を上げて口を開いた。
「じ、実はッ! 奏に私のマネージャーをして欲しいの!」
「──マネージャー?」
突然の言葉に思考が固まる中、耳に残る言葉を口で繰り返した。
それをしっかりと聞いていたらしい翼は顔を真っ赤にしていてこくんと頷き、震える瞳で奏を見つめている。
「奏は、ニュースや新聞でもう死亡者扱いになってるから、もう大々的に一緒にはなれない。でもマネージャーとしてならこれからも一緒に居られる。私は奏と一緒に居たい、だから……奏、私のマネージャーになってッ!」
グイッと顔を近付けて、『お願い』と追い打ちをかけてくる翼に、奏はひるむ。
助けを求めるように緒川へと目を向ければ、にっこりといたずらっぽい笑みを返してくるだけ。心の中で「見捨てられたッ!?」と考えながら、翼が向けてくる目線にたじろいだ。
「でも緒川さんはどうするんだよ?」
「僕は営業の方に集中して、奏さんには翼さんの手助けに入ってもらおうかと思います」
ニコニコと逃げ道を確実に潰してくる緒川に何とも言えぬ笑顔を向けて、内心で「覚えてろぉ……」と呟く。
尚も翼の顔は近付いていて、鼻がくっつきそうな距離に思わす後退る。
「……ダメ?」
「~~ッ! そんなこと言われたら断りづらいだろ……」
「! じゃあ!」
「翼のマネージャーとして働くよ。これで少しは、翼に寂しい思いをさせた償いが出来るか?」
「うん! また奏と一緒!」
ぱぁっ、と眩いぐらいの笑顔を向けて喜ぶ翼の姿を見て頭を掻く奏。
そんな至福の時間を邪魔するかのように、警報が部屋の中に響き渡る。翼の耳に着けていた無線機から弦十郎の声が聞こえた。
翼の笑顔が曇り、耳の無線に手を当てる。
『翼ッ!』
「はい、こちら翼です」
『市街にネフシュタンの鎧の反応を検知。既に響くんが戦闘中。翼は応援に向かってくれッ!』
「承知しました。……奏」
「行ってきな。それと、ネフシュタンの鎧、クリスのこと頼んでもいいか? アタシが直接行きたいんだけど、今は拘束中だからな」
「分かった。だから待ってて奏。すぐ帰って来る」
「ああ、行ってらっしゃい」
こちらへ手を振って駆け出していく翼。
それについていくように、緒川もお辞儀をしてから退出する。
部屋の中一人、残された閉まる扉を見て天井を仰いだ。
……了子さんが、フィーネが言う共鳴反応が発生したあの日、アタシの頭の中に記憶が入り込んできた。
壊れたライブ会場。ノイズによって変えられてしまった人間たちの灰が空を濁らせ、数えきれないほどのノイズに囲まれている。その中で、ギアを纏ったアタシと翼がたった二人だけで戦っていた。
何で忘れていたのか分からないほどの凄惨な事件。
時計の針がゆっくりと進められて、アタシはただひたすらに槍を振るい続けていた。
『このノイズども、どっから出てきたんだッ!?』
『このままじゃ数に押し切られるッ! 奏、ここはもう──』
『逃げてたまるかッ! まだ外にも会場から逃げた観客が居るんだッ! 翼ッ! 一人だけでも逃げろッ!』
切り裂き続けて、切り裂き続けて、時間制限がやって来る。
これまでアタシとガングニールを繋ぎとめていたLiNKERが切れて、出力が低下し槍をまともに振るえなくなってきていた。
でも、そんな時に視界の端で女の子を見つけて……。
あぁそうだ。アタシが守り切れなくて女の子を──響を守れなかったんだ。
『これがアタシの最後の歌だ。ノイズも、翼も……聞いていってくれよなッ!』
酷く、酷く静かで凪いだ、命の歌、『絶唱』。
思い出していく。女の子一人、翼一人まともに助けられなかったアタシはああするしかなかったんだ。
意識を現実に戻す。
翼も響も、絶唱でしか守れなかったアタシが恨めしいと、奏は歯噛みする。
無力で、真っすぐな芯が出来ていない自分自身に、ただムカつくだけだった。