「あたしは、あたしはどうしたら良いんだ……?」
日はもう暮れていた。
結局、あの後クリスはフィーネに追いつくことが出来ず、響と争った自然公園まで逆戻りしていた。正確に言うならば、追いつこうと思えなかった、となるのだろう。シンフォギア『イチイバル』の出力を使えば、何とか追いつけたのかもしれない。
だが、フィーネから実質上の切り捨て発言を聞かされたクリスは、その言葉の真偽を問うのが怖かった。
あの時の言葉は聞き間違いかもしれない。
本当なら、本当に捨てられてしまったのなら。
心を埋め尽くすのは、居場所を無くしてしまうんじゃないかという恐怖だった。
──なぁクリス! 飯食べに行こうぜ!
(一人は、もう嫌なんだよぉ……)
脳裏に浮かぶ奏の言葉が心に沁みる。冷たくなってしまった体を抱きながら、目尻に溜まる涙を堪えた。
「泣くなよ……泣いたってどうしようもないだろ?」
「だっ、だって……えぐっ……」
歩いていると、道路の端に設置されたベンチに泣いている女の子と男の子の二人が居た。それがクリスの目には男の子が女の子を虐めているように見えて、足が向かう先を変えた。
一声目に怒鳴ろうとして声が出ず、乱れる声を必死に押し止めていた。その結果、なだめるような声になってしまう。
「何してんだ?」
「お父さんとはぐれて妹が泣き止まないんだ。ほら泣くなって」
「だってぇ……」
目の前の子たちは兄妹のようだった。
聞く限りでは迷子になってしまったようで、妹の方が父親に会えないことに寂しさを覚えて泣き出したようだ。親と会えなくなる悲しみはクリスも知っている。
だからこそ、手を差し伸べずにはいられなかった。
この子たちはまだ会える家族が居る。帰る場所がある。
何よりもあの人なら──お人好しの奏はそうするから。
「あたしが、良かったら探してやろうか……?」
「良いの……?」
「親と、離れ離れってのは嫌だもんな……。どこら辺ではぐれたとか分かるか?」
「僕たちがはぐれたのは、多分この公園の入り口辺りだと思う。気が付いたらお父さんの姿がなくなってて、妹を泣き止ませるためにこのベンチで休んでた。そういう時におねーさんが来てくれたんだ」
「よし、じゃあ親探しに行くぞ。
だから泣くな。あたしがついててやる」
一言一句、あの人と同じような言葉を吐く。
以前にもこんなことがあった。風船を持った子がわんわん泣いていて、周りは誰も助けようとはしなかった。それはクリスも一緒だ。傍観して、見つめているだけで済ませるつもりだった。
だけどあの人はすぐに駆けよって目線を合わせ、あやし言葉の数々で子供を勇気付けていた。
──アタシがついててやるからもう大丈夫だぞ。
両手を子供たちと繋いで公園を出ると、繁華街へと向かった。とにかく今は人が多い所へ。そうすればこの子たちの父親に会える可能性が高くなる。
お手手を繋いで、親探し。
あの人に劣るが、この子たちを暖かい手をしている。
いやむしろ、あたしの手が冷たすぎるのだろう。
頭の中はグチャグチャだ。
こんな子たちでさえ、いやこんな子たちだから暖かいのかもしれない。
今、クリスが必要とするのは温もりだった。
暖かいご飯、暖かい日射し、そして暖かな居場所。
他には何も求めていない。
ただ、数年前に失ってしまった両親の代わりとなる、この胸にポッカリと空いてしまった寂しさを埋めてくれる温もりを、ただ切実に求めている。
「~~……♪」
だから、口にしたのは奏がよくしていた鼻歌だった。
クリスは歌が嫌いだ。だけど側に温もりがいてくれて、ただ耳に通るあの鼻歌だけは別格だった。暖かくて、考えることもなくただ耳を澄ませるだけで良い。
「歌、好きなの?」妹が聞いていた。
「……あたしは歌が嫌いだ。だけど、一つだけ好きな曲があるんだよ」クリスが目を伏せながら答える。
いつしか、クリスたちがやって来ていたのは交番の前だ。窓口で立っている青服の警官と男性が何やら話しているようだったが、男性がこちらを見るなりその目蓋を大きく開ける。
それに呼応するように、兄妹も声を出した。
ただ一言、「お父さん」と。
駆け寄り合ってハグし合う三人の姿を、クリスはただ眺める。
「息子たちをここまで送ってくださり、本当にありがとうございます。ほら、お前たちもお礼を言いなさい」
「「ありがとう、歌のおねーさん!」」
「……仲、良いな」
息ピッタリにお礼をいう兄妹に、微笑みながらポツリと言葉を漏らす。何言ってんだと思わず口を手で押さえたが、子供相手ならと一度深呼吸をして質問した。
「どうしたら、そんなに仲良くできるんだ?」
「どうやったらって、そんなの分かんないよ」
「そーそー、ケンカもするし泣いちゃったりするけど、思ってること全部言うと明日には仲良くなってるの! だって、言わないとお兄ちゃん分かってくれないもんね!」
「あー! それを言ったらお前もだろー!」
「思ってること、全部……」
目の前でキャッキャッと楽しそうに話している兄妹。
それをよそにクリスの思考は、『思っていること全部』という言葉で停止していた。
「「じゃあね、歌のおねーさん!」」
「お、おう、じゃあな」
兄妹の元気な声に意識を降り戻され、手を振る。
『思っていること全部』、それが頭の中で繰り返されていた。もしフィーネに思っていることをぶつければ、ケンカはしても仲直りが出来るのか。物事は子供の間で起きるトラブル程単純に起きていない。
クリスの心は鋼で出来ている訳じゃない。
大人に対する不信感は根強いものの、それでも本当は繊細で心優しい子だ。今は荒れ狂う現実というなの荒波に、身も心も全て削られてしまった子。
だからこそ、まだ何もかもを諦めきれずにいる。
歌で世界を平和にする夢も、何もかも。
「フィーネッ!!」
屋敷へと帰ってきたクリスは開口一番名前を読んだ。
目的の人はイスに座って通話をしている最中で、クリスの存在を感知するなり元々細く開いている目蓋を、さらに細く開いた。
「あたし、もう分からなくなってきちまった……ッ! 聖遺物の力で争いは無くせる……フィーネはそう言ったッ!! だけど、あたしの知ってた人はちっとも笑顔にはならずに、ここから居なくなっちまったッ!
何でだ……ッ!? フィーネの言葉は間違いだったのか!? なぁッ、教えてくれよッ!」
心の中で育ち続けていた疑問をぶつける。
だがフィーネは、心底つまらなそうな声を出して、大きな溜め息を吐いた。
「……どうしてだれも私の言うことを最後まで聞いてくれないのかしら。あなたは何も考えず、私の言うとおりにしてくれれば、何も問題はなかったのに。そういう点は天羽奏の方がまだ役に立つ。あれも道具でしかないがな」
「なんだよ、それ……。あたしは、物でしかなかったってのか……? だって、フィーネはこのやり方なら争いを無くせるって──」
「本当に無くせると思っていたの? 力で火種を叩き潰す方法が? 仮に一つ出来たとしても、二つ三つになって散らばるだけ。結局のところ、あなたの方法じゃ争いを無くせはしないということよ」
「……ッ、あんたも……あたしを裏切るのか……?」
「裏切るなんて失敬ね。片付けをするだけよ。
これで、幕引きだもの」
フィーネはその手に持つソロモンの杖を使って、クリスの周囲にノイズを召喚する。
クリスはもう確信していた。
フィーネは信じられるような大人じゃなかった。利用するだけ利用して捨てるかつての大人たちと同じだ。ずっと一緒に居てくれたのは道具として使えるように育てていただけ。
「ぁぁ……」
それを思い知らされて、頭が真っ白になる。
だけど目の前に居るノイズがゆっくりと近づいてくることに、生存本能だけはしっかりと理解していて。脳内で激しく鳴らされる警鐘が、クリスの足を動かしていた。
「ぅぁぁぁぁあああああ……ッ!!」
言葉にならない叫び声をあげながら、屋敷の外へと駆け出す。もうどこにも帰る場所なんてないけれど、それでもここにはもう居られない。
ただ、生きるために走り続けるしかなかった。