天羽奏は、死んだはず……?   作:わらぶく

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双翼、相打つ 後編

「ほんとうに……奏、なの……?」

 

「もちろん。だって『両翼揃ったツヴァイウィングは、どこまでも翔んでいける』だろ?」

 

「あ、ぁァ……、かな、奏……」

 

 命のやり取りをする戦闘中、翼は得物を手放していた。カランと、乾いた金属の音がなる。

 完全に無防備であった。つり上がっていた目尻は戦意喪失により垂れ下がり涙が溜まっていた。最早、先ほどまでの戦士の姿ではない。

 

 今の翼は、ただただ弱い少女であった。

 

「ごめん、ごめんなさい……。私は、あの時何も守れなかった……。奏が命がけで守った命を……、私は、私は……」

 

 二年前のツヴァイウィングの惨劇。

 生前の奏と、目の前に居る翼が行ったライブ中、ノイズの大量出現が発生した事件。死傷者は万を超え、数多くの犠牲者を出してしまった。

 その中で最も救われないのが、避難する民間人の押し合いへし合いで起きた死者……。知らされた時、奏の胸中は胸くそ悪さでいっぱいになった。

 

 膝を着き、ただ泣きじゃくる翼の姿はもう見ていられない。

 ひたすらに謝罪の言葉を連ね、地面に涙のシミを広げていた。

 

「翼は何も悪くないさ。ただ、間が悪かった。翼一人のせいじゃない」

 

「でも、私はたった一人の相方さえ……ッ!」

 

「あれだって、アタシが選んでやったことだって。翼を責めたりはしないし、恨んだりもしない。むしろ、これまでよく一人でやってきたことがすごいって」

 

「あ、あぁ……ああああぁぁぁぁぁァ……ッ!!」

 

 ……よくもまあつらつらと話しかけられるものだと、膝を着き目線を合わせて翼の頭を撫でながら、奏は考える。自身の行為から来る自己嫌悪に苛まれ下唇を噛みながらも、顔に出ている苦し気な表情は決して翼には見せない。

 

 本来ならば、この役目は生前の奏が担うべきであって、今の私に似つかわしくない。

 この言葉は全て、皮だけを似せた偽物でしかないのに。

 

「か、奏さんッ!」

 

 たどたどしい足取りで近寄ってくる融合症例第一号──立花響が笑顔で近寄ってきた。

 

 ……この子にも、偽物の言葉をかけなければならないのか。

 

「あの時の子か。初めて見た時よりも、ずいぶん凛々しくなったじゃないか。生きることを諦めないでくれたんだな」

 

 にぱっと、眩いくらいの笑顔に奏の心が傷んだ。

 

 相手が悪党であったらこんな葛藤はない。だがこの二人は、前情報から見るに善良な一人の少女だ。自身の命を使って他人を守る、称賛されるべき人間。

 それを、騙し傷付けようというのだ。

 

(……ごめんな)

 

 吐き出しそうになる自己嫌悪をグッと飲み込み、座り込む翼を立たせて目を見つめる。

 

「奏……? どうして、そんな目をするの……? これからは、一緒にいれるんじゃ──」

 

「残念なんだけどさ、アタシは恩返しをしなきゃならない。翼も恩返しの重要さは、よく分かってるだろ?」

 

「奏、待っ──」

 

 背を向け歩く奏を追おうとして一歩踏み出した翼の喉元に、奏の槍の穂先が突きつけられている。

 

「……え?」

 

「今のアタシは敵だよ、翼。止めたいなら、実力でだ」

 

 翼の表情がみるみるうちに暗く沈んでいく。

 

「そんなの、私は奏とは戦えない……」

 

「なら残念、そこの子はアタシがもらっていく。

 さあ、どうする翼。止めたければ、アタシに武器を向けるしかないぞ」

 

「わた、私は……」

 

「早く決めろッ! 時間があると思うなッ!」

 

「ひっ……」

 

 脅され、無理な二択を迫られ、ペタンと座り込んでしまう翼の姿を、奏は見ていられなかった。

 

 だからこそ考える。

 今ここで胸元のペンダントを破壊してしまえば、もう翼は戦場に出なくて済むのではないかと。穂先をペンダントに向けながら、力が入れやすいように槍を持ち直す。

 

「選べない……私には、選べない……。私は、もうどうしようも出来ないよ……ッ」

 

「──そうか。じゃあ、サヨナラだ」

 

 力を込め穂先でペンダントを破壊した、はずであった。

 

「止めてください、奏さん……ッ!」

 

「……」

 

 止めたのは立花響。

 鋭い穂先を横から両手で掴み、必死の形相を奏に向けていた。その握力は凄まじいものであり、槍を引き抜こうとしてもびくともしない。

 ただ、全力を腕に集中させているためか、立花響もその場から動かす歯を食い縛って動かせまいとしていた。

 

「なんで、どうしてこんなことをするんですかッ!? 翼さんも、奏さんも、どちらもお二人同士のことを大切に思っていたはずですッ! なのに、何でこんなッ!!」

 

「……だから、恩返しだって言ったろ? 済ませてもらってる分の恩、しっかりと返すんだ」

 

「あの日見た奏さんはッ!!」

 

「──っ」

 

 頭を殴られるような声量と想いの強さが、耳を通って頭の中に染み渡っていく。その度に、胸の奥がグチャグチャにかき混ぜられる。

 

「何の取り柄もない、一人だけ逃げ遅れた私を助けてくれましたッ! 『生きるのを諦めるな』って言ってくれて、何があっても生きてこれましたッ! 二年間で何があったのか、私には何も分かりませんッ! それでもッ!」

 

 侮蔑の言葉が投げられるかと身構えて

 

「今度は私が、奏さんの手と翼さんの手を繋げてみせますッ! 絶対に、絶対ですッ!」

 

「……何だよ、それ」

 

 不意の言葉に、思わず上擦った声が漏れていた。

 刹那、精神が不安定になったことで奏とガングニールの適合率が著しく低下し、それまではLiNKERによって軽減されていた体への負担が堰を切ったように現れる。

 

 槍を握る力さえ失われていき、間接の痛みと倦怠感が奏を襲っていた。

 

「ぐぅぅッ……!」

 

「奏さんッ!?」

 

「来るなッ……! クソッ……ここまでかよ……」

 

 これ以上の戦闘を不可能と感じた奏は、槍を腕部ユニットに戻し踵を返して走る。途中、こちらを向いて呆然と立ち尽くしていたクリスを抱き上げて、木々の合間を縫うように走り抜ける。

 

「おいあんた──」

 

「フィーネにはアタシから伝える。今は、今は逃げさせてくれ」

 

「……分かったよ」

 

 泣きそうに震える声でそう言われ、クリスは押し黙る。

 

 

 

 

 

 目尻から流れる涙を、奏が気付くことはなかった。

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