リディアン音楽院地下深く。
一部の者にしか知らされていないそこには、特異災害機動対策二課の施設が根付いていた。
そのリーダー、風鳴弦十郎はエレベーターで地下深くへと降りながら、腕を組み思案に耽る。原因は昨日のガングニール装者、天羽奏にあった。
(奏くんは二年前、確かに亡くなっていたはずだ。翼自身の証言と、残されていたカメラにはしっかりと写っていた。生きていてくれたことは嬉しいことだが……)
死人が蘇る。特異災害によって様々なオカルトの原因が解明されてきたものの、完全な蘇生についての理論は世界中の研究者たちが取り組んでいるが、組み立てられていなかった。
そして、その奏が翼に武器を向けて来たことだ。
確かに、会って間もない二人の関係は、決して良好ではなかった。家族を失う原因となったノイズに激しい復讐心を燃やしシンフォギアの装者を目指した元不適合者の奏と、元より素質があり比較的早く装者となった翼の間には大きなわだかまりがあった。
それも、翼のアプローチと歌で元気付けられることを知った奏自身の変化があって、二人の仲は深められていったのだ。
その二人が、どういうわけか敵対関係となっている。
この事が、弦十郎の頭を悩ませる一端を担っている。
だが、一番は親族である風鳴翼の、昨夜から続いているカウンセリングだった。
(……翼は大丈夫なのか)
丸一日、部屋に引きこもり出てこない翼。
ショックという言葉だけで片付けられないということは、二人を見続けてきた弦十郎は知っている。
だからこそ、今回のことばかりは翼自身で折り合いをつけるしかないのだ、と。姉妹、もしかすればそれ以上の仲の良さだったのだ。
「司令、奏さんと例の少女の痕跡を辿りましたが、全て途絶えてしまっていました。どこに住んでいるのかも、未だ分かっていません」
「そうか。無理をさせてしまってすまない。マネージャーとして、翼の側に居てやりたかっただろうに」
司令の背後、何もなかった場所から忍のように姿を表したのは、二課所属のエージェントである緒川慎次だ。スーツ姿の端正な顔たちをした茶髪の彼は、報告を追えると弦十郎の一歩右斜め後ろで待機する。
普段、家庭的な事情で、そしてマネージャーとして翼の側に寄り添い続けてきた緒川。今でこそ感情を圧し殺し表に現れないようしているが、その心はざわめき続けている。
「翼さんのことを思えばこそ、私情に流されている場合ではありません。現れた奏さんが二年前と本当に同一人物であるのなら、お二人が話し合いが出来るようお手伝いしなければ。
それに敵側で、とはいえ奏さんが生きていてくれたことは嬉しいですから」
「……そうか」
「ただ、やはり辛いことは間違いありません。翼さんの前で、そんな姿を見せられませんが」
「そうだな。俺たちがあの子たちの後ろでどしっと構えてやれなくて何が大人か。すまない緒川、俺も少し気弱になっていたのかもしれない」
「いえ……。僕はもう少し奏さんの動向を探ってみます。何もしないよりは、翼さんと響さんの助けになるはずですので」
そう言い、緒川はこの場から姿を消した。
弦十郎は施設の廊下を歩き、翼が居る個室へと向かう。
「師匠!」
「響くんか」
道中、翼と同じく装者となった立花響と出会っていた。
その顔に焦燥感を滲ませている彼女の肩は酷く上下させながら、膝に手をついて項垂れている。余程急いでやってきたのだろう。
「師匠……つばさっ、翼さんは……ッ!」
「精神的なダメージが大きく、今は自室で療養だ。響くんには、休息をとるようにいったはずだが」
「すみません。でも、居ても立っても居られなくて……。翼さん、私が初めてライブで奏さんと歌って踊ってたとき、とっても楽しそうだったんです! 歌も踊りもすごく上手くて、見てた私もわーって楽しくなって!」
二年前のライブに立花響が観客として居たのは、二課の中では公然の事実である。そしてその際、盾となった天羽奏のガングニールが心臓に埋まっていることも。
そのため、立花響の扱いは慎重にならざるを得ない。
目の前でいっぱいの笑顔を浮かべながら語る彼女は、存在自体が機密と何らかわりないのだ。
「だから、私は翼さんと奏さんにまた手を繋いで欲しいんです! また二人で一緒に歌って踊っているところを──」
「どうした?」
響の笑顔が、瞬間曇る。
「……思えば私、翼さんに対して『奏さんの代わりになる』なんて、とても失礼なことを言ってたんですね。翼さんのことなんて何も知らずに、私は……」
「響くん……。暖かいココアでも飲みながら座って話そう」
「えっ、でも師匠は翼さんの所に」
「目の前で困っている子が居るのに、大人が黙っているわけにはいかないからな。それに、今の翼には響くんが必要だ」
「私が……?」
「ああ。その事も含めて話すとしよう」
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「私は、どうすれば良いのでしょうか……?」
「どう、って言われてもねぇ……」
施設の自室に、カウンセリング資格を持つ櫻井了子を招いた風鳴翼は、自身の心中を険しい表情で吐露するに至っていた。
その原因は、昨日の天羽奏との戦闘。
かつて親友以上の関係を持っていた奏との戦闘は、翼にとってその胸に傷を刻み込むものだった。
そして話を聞く櫻井了子もまた、コーヒーを口に含み目を伏せることしか出来ない。
「奏が生きていてくれたんです。あの日、私の腕の中で崩れていった奏が、変わらぬ姿のままで……」
「そうね。私も驚いちゃった」
「でも、奏に穂先を向けられて、昔みたいな冷たい目を、向けられて……」
頭の中にフラッシュバックする奏の怒声。
含まれた敵意が翼の心を突き刺す。
二年前に相棒を失った喪失感は、これまで感じていた何よりも大きくて。
だからこそ、その隙間に入り込もうとする立花響が許せなかった。
奏に代わりに? ふざけるなッ!!
奏を失う原因になった人間が何を言っているのか。
あなたのせいで奏を失ったのに何を言っているのかッ。
逃げ遅れなければ、盾になる必要もなかったのにッ!!
憎悪と憎しみに似た感情が、胸中を埋め尽くしていた。
「……悪いんです」
「??」
「立花が悪いんです……ッ! あの子が私の心の中に入ってくるのがッ、私は許せないッ! ここは、奏を失った喪失感は、奏以外の人間に踏み入れたくないッ! 私はッ!!」
「翼ちゃん、落ち着いて」
目尻をつり上げて激昂し、今にも立ち上がらんばかりの翼を了子は手で制した。
しばらくは握り拳を震わせていたものの、少しして手を開きだらりと垂らす。
「……すみません」
「でも、あなたの気持ちは分からないでもないわ。唯一だったものが無くなって、それにとって代わろうなんておこがましいにもほどがあるもの。
けどね、響ちゃんの場合、あの子はあの子なりの励まし方をしようとしたんじゃないかしら。手段と言葉は最悪だったのかもしれないけど、気持ちは本物のはず。それも、考慮してみても良いんじゃない?」
「……」
「それに奏ちゃんなら、翼ちゃんの他人を責める姿は見たくないはず。『翼、何してんだー!』ってね」
「……ビックリするほど似てませんね、櫻井女史」
「んー生意気な口。そんな子にはお仕置きよ!」
「い、痛いです!」
「反省するまで、頭グリグリは止めないわよ!」
突然のお仕置きに驚きながら抵抗する翼。
了子の軽い口調と話に少し肩透かしのようなものがありながらも、確かに肩が軽くなったことを自覚していた。