「そっか。うん、大丈夫。また、門限のことと、寮の鍵は開けておくから。うん、またね」
……電話の前で振る舞っていた気丈な姿はどこへやら。
未来は電話を切るなりカバンの中に放り捨て、机の上に突っ伏した。泣いているのか、怒っているのか。時折ピクリと肩を震わせて、小さくか細い声を漏らしている。
「大丈夫……じゃなさそうだな」
「……ごめんなさい」
「謝るなって。別に悲しむことは悪いことじゃないからな。泣きたいときは、思いっきり泣いても良いんだぞ?」
数度、未来は荒れる呼吸を整えるために深呼吸をしていた。
何度か呼吸が詰まり噎せるところを、奏は優しく背中をさすってやる。露出している首元の素肌は一肌以上に熱くなっていて、感情の高ぶりが嫌でも分かった。
けれど、未来が泣くことはなかった。
必死に噴き出す感情を押し留めて、力む握り拳をそっと広げる。
「友だちを置いて、私だけが泣くわけにはいかないんです。何があっても一生懸命生きてきた子だから、何もしてあげられなかった私は……」
「友だち思いなんだな」
「私は、そんな立派な人間じゃないですよ」
「いいや、友だちとはいえ他人の為に何かを出来るのは立派な人間の証さ。アタシも君みたいな友だち思いを目指して、もっと頑張らないとなぁ」
お好み焼きの一片を口の中に放り込みながら、奏は感心したように頷く。それを未来は不思議そうに見つめていた。
「どんな人なんですか?」
「おっ、質問してくるくらいには元気になったかい?」
「はい、おかげで少しは気が楽になりました。友だちと、思いっきり話し合ってみようと。それで、どんな人なんですか?」
顔の一端には未だ影を残しているものの、微笑を浮かべつつ聞いてくる未来の姿に奏も気を良くする。胸の中にあったつかえが取り除かれたような気分で、まるで未来との会話で口が軽くなっていくようだ。
「良し、アタシの友だちはな──」
語り合って一時間。
『ふらわー』を退出したのは、既に日が沈み辺りが薄暗くなった頃だった。サングラスを外して、未来が持っていたカバンの一つを担ぎ、安全第一のため寮までの帰り道に付き添っていた。
「すみません。奢ってもらったのに、カバンまで持ってもらって」
「気にするな。アタシも話してて楽しかったからさ。まぁ、ささやかなお礼ってことで」
「ささやかには大きすぎるような……」
結局あの後、未来もやけ食いを敢行しもう一枚お好み焼きを完食していた。ジュースもそれなりに飲み、未来の所持金では支払えない金額になっていたが、奏が余らせていたお金で支払った。
「それにしてもこと座流星群か。山の中とかなら綺麗に見れそうだな」
「私、星が綺麗に見えるスポット知ってるんです」
「おー場所取りも完璧か。
くぅ、今度は来れなかった友だちがかわいそうになってきたな。ここまでされりゃ、絶対に見たかっただろうなぁ」
「……そうですかね?」
「もちろん。だって、友だちが用意したのに見れなかったら悔しいに決まってる。聞いたところ、仲も普通以上に良さそうだしな」
ぼふっと未来の顔から煙が立ち昇る幻覚が見える。それほどまでに彼女は顔を赤くして、照れくさそうに顔を俯かせた。
談笑しながら数分、未来が生活する寮の前に到着した。
「送ってくれて、ありがとうございます」
「良いって。アタシも美味いお好み焼きが食えて良かった。もしまた会えたら、その時は今日みたいに話そう。今度は楽しい話題で、な」
「はい!」
「それじゃあ帰るよ。お休み」
取り付いていた重い憑き物が取り除かれたように、未来は明るい声で表情を綻ばせながら軽く頭を下げた。
奏は踵を返し、未来に背を向ける。
「あの!」
そのまま歩き出そうとしたとき、未来に呼び止められた。
「ん? どうかした?」
「今晩のこと座流星群、一緒に見てもらえませんか……? ひび──友だちにもまた今度紹介したいですし……。あ、で、でも忙しいだろうし、都合が合わないなら断っても構いませんし、その、どうでしょう……?」
「あー……」
顎に指を置き、奏は考える。
フィーネやクリスから何を言われるか分かったものではなかったが、とはいえ目の前の少女の誘いを断るのも難しい。何よりも傷心中のところに踏み込んだこともあって、最後を無責任のままで良いのかと。
ジッと考えていたものの、目の前から向けられている期待と哀しみが入り交じった視線を受け、奏は観念した。
「良いよ。集合時間と場所はどうする?」
「! 午前零時半に、ここでお願いします!」
眩いほどパァッと明るくなる未来の表情に勝てぬ奏であった。
「よし、じゃあまたな」
「はい! またっ!」
手を振ってくる未来に、奏も手を振り返した。
寮の中に消えていく未来の背中を見送り、奏も一度屋敷への帰路につくことにする。夜風がまだ微かに肌寒い時期かと思いながら、道中自動販売機でおしるこを買って屋敷に戻った。
屋敷に戻ればキッチンから足音と、ガタガタと室内で暴れているような物音が聞こえていた。何事かと警戒しながら入ってみれば、エプロン姿のクリスが何やら駆けずり回っている。
「何してんだ?」
「おっ、おかえり。今日はフィーネが帰ってこないから自炊してんだよ。いつまでも頼りっぱなしでいられるか」
「いや、それは良いとして。目の前にある黒い物体は何?」
奏の眼前、ステンレスの台に置かれている皿の上に載った、よく分からない縁が波打った長方形の暗黒物体に思わず疑問の声を漏らす。どこからどう見ても黒一色で統一され、指で突っついてもコツンと固い感触が帰ってくるだけだった。
手を伸ばし、手で一部を取り口に放り込む。歯で噛んでみれば、形が崩れジャリジャリと最悪の歯応えが帰ってきた。
「……炭?」
「念入りに焼きすぎた肉。豚は生焼けが怖いってフィーネが言ってたからな。念入りにやったらやり過ぎた」
「いや、いくらなんでもやり過ぎだろ……」
それはともかく。
少し前の記憶をほじくり返し、フィーネが帰ってこないと聞いて口角を上げた奏は、早速クリスに事情を話す。
「今日の夜、アタシは出かけるんだけどクリスはどうする?」
「どうするって、あんたどこ行くつもりなんだよ」
「今日知り合った子と流星群を見ることになってさ。フィーネ帰ってこないんならクリス一人だろ? 寂しがるんじゃないか、ってな」
「言っとくけど、あたしはそこまでお子様じゃねぇ。それに、他人とつるむつもりはねぇよ」
半年前に加入した奏には心の壁がようやく無くなりつつあるものの、まだまだ排他的な所は変わらないようだ。両親を亡くし、武装組織に拉致拘束されていた生い立ちを考えれば、当然なのだろう。
その気もなかったはずなのに、奏はクリスの頭に手をのせて優しく撫でていた。
「あ、おい、撫でるなっての!」
「いやぉ、クリスの頭って撫でるにはちょうどいい高さにあるからさ。こう、撫でたくなるんだよなぁ。止めるから許してくれって」
「んなこと言いながら撫でてんじゃねぇか! 早く放せってば!」
「んー、もう少しこのまま」
「だー!!」
何だかんだ言いながらも、強く振り払わないクリスにほっこりしながらも、先程の質問を繰り返す。
「で、クリスは来るか?」
「……そいつは信用できるのか?」
「少なくとも、アタシは信用出来るって確信する」
迷いなく、言い切る。
視線もブレることなくクリスの瞳へと向けて、ジッと見つめ続ける。ふるりとクリスの瞳が揺れ、顔を背けられてしまう。
「……まぁ、お人好しのあんたのことだ。どうせ、弱ってるところでも助けて仲良くなったんだろうな」
「まぁいろいろだよ。いろいろ」
「はぁ……あたしもついていってやる。けど勘違いすんな? これは同行じゃなくて監視だ。あんたが変なやつに騙されていないかのな」
「はいはい。じゃあ準備をして玄関で集合な。そのあと、知り合った子と合流するつもり予定だから、仲良くするんだぞ?」
「そいつ次第だっての」
こと座流星群を見る準備をするため、奏はクリスの料理跡を片付けた後に自室で準備を整えるのだった。