次話から最終話までは、鶴丸視点です。
今さらですが、鶴丸の脳内ビジュアルは活撃鶴、性格や口調は刀ミュの鶴さんの影響を受けています。
「良斎どのは、じつに腕のいい医者だな。おかげで、三途の川をわたり損ねたよ」
若者が、そんな軽口を叩くほどに回復したのは、3日ばかりたったころだった。
目覚めてすぐは、彼もさすがに大儀そうで、息を切らせながら「鶴丸国永」と名乗った。そして、「主家の名はご容赦いただきたい」と付け加えた。
不祥事があると、体面を慮って主の名を秘すのは、武家にはよくあることだ。良斎も、それ以上追及しようとはしなかった。
その日は横たわったまま、甘酒や梅蜜などを舐めていたが、次の日は脇息代わりの小机に寄りかかって、粥を啜った。
今朝は床を離れ、囲炉裏のはたでの朝飯に加わろうというのだから、「持ちこたえる」と保証した良斎も、目を見張るほどの回復の速さだ。
鶴丸は、胸に晒し布をぐるぐる巻いた上から、汚れを洗い落とした羽織を肩にかけ、あぐらをかいている。そのくつろいだ様子は、見も知らぬ家に半死半生でかつぎこまれた人とも思えない。
「実のところ、黄泉路を引き戻されたのは、これで二度目だ」
「ほう。よほど修羅場をくぐっておいでか」
「長いこと、戦っているからな」
この若さで戦歴が長いとは、子供のころから戦場に出ていたとでも言うのだろうか。たしかに、外見の若さのわりに、どこか老成した雰囲気を漂わせているけれど、それでも三十路にはなるまい。
美緒は、おそるおそる椀を差し出した。
「雑炊など、お口に合うかどうか…」
医者といっても、片田舎の町医者では、薬料もそれほど高くは取れない。米の飯など、滅多に口に入らないのだ。
鶴丸は、「馳走になる」と一礼して、箸をとった。
食いっぷりはいいが、がつがつしているようには見えず、所作が美しい。やはり、育ちがよいのだと察せられた。
実は彼が目覚める前、その身の上について、あれこれ憶測していた父娘だった。
「お若いのにおぐしが白いのは、どうしたことでしょうね」
しばし考え込んだ良斎は、こう結論づけた。
「血が濃くなると、並ではない子が生まれることがある。都の雲上人は、異母きょうだいや叔父姪の間で子を成すというからのう」
鷹揚な態度や品のある挙措も考え合わせると、この方は都人なのかもしれない、と改めて思う美緒だった。
良斎は、食事の途中でついと席を立った。
「薬草園からせんじ薬の材料をとってくる。食後に服用していただかねばならんからな」
父には、こういうところがある。思いついたら、後先わきまえず行動するのだ。
無礼と思われるのでは、とはらはらしたが、鶴丸は気にするそぶりがない。
「して、娘御の名はなんと申される?」
そういえば、看病と家事に取り紛れて、名乗ってもいなかった。
「美緒、と申します」
「よい名だ。なかなか雅だな」
「みやび、ですか」
自分には、およそ縁のない言葉だ。目をぱちくりしてしまう。
「難波江の芦の仮寝のひとよゆえ みをつくしてや恋わたるべき」
鶴丸は、古歌にふしをつけず、さらりと口ずさんだ。
「その『澪つくし』と、字は違いますの。美しいに糸の緒…」
美しいなどと言ってしまったことが気恥ずかしく、美緒は口ごもった。
「ああ、玉の緒だな、そちらも雅だ」
その快活でおおらかな様子に、引っかかっていたことを訊いてみたくなった。
「あなた様のご主君は、もしや女性なのですか?」
「…どうしてそう思う」
鶴丸は、箸を止めて見返してきた。金色の目は、細めると猛禽の鋭さをまとう。抜き身の刃に触れたように、冷やりとした。
急いで言葉を継ぐ。
「わたしを見て、あるじとお呼びになりましたので」
虚を突かれたていで、鶴丸は再び目を大きく見開いた。
「え、そうだったのか」
「わたしは、似ておりますか、その方に」
「いや」
間髪入れず打ち消して、
「似てはいないな。…見間違えたとしたら、よほど錯乱していたのだろう」
それを聞いて、なんだかがっかりしてしまった。
しかし、似ていなくてあたりまえだ。この方の主というからには、きっと高貴な身分の姫君に違いない。見目よい若者が美々しく着飾り、近衛としてお仕えする、そんなお方は…。
「さぞやお美しい方なのでしょうね、その姫君は」
「姫君!?」
なぜか裏返った声を上げて、鶴丸は茶にむせた。
「ああ、姫、か。そうだな。…可愛い人だよ。可愛くて怖い。女子はみなそうだろう」
ははは、と笑う。なんだか、けむに巻かれたような気がした。
「お代わりは」
いや、と首を横に振り、鶴丸は箸をおいて、少しあらたまったふうに坐りなおした。
「俺の本体、いや、刀はどうなったろうか」
そう問われて、初めて美緒は、あの不思議を思い出した。
父が刀に触れて痺れたことを話すと、鶴丸は大きくうなずいた。
「あるじが呪をかけてあるのだ。並みの人間には、持ち去ることなどできないはず。とすれば、まだあそこにあるのでは」
今にも立っていきそうな勢いに、美緒は思わず、羽織のたもとを引いて止めた。
「まだ、お出かけはなりません。傷が開いてしまいます。わたしが行って」
言いかけて、代理が不可能なことを思い出す。
「あ。触れないのでしたね…」
鶴丸は、ばさっと羽織を脱いで、こちらへよこした。
「俺の衣で包めば、きみにも持てるだろう。頼んでいいか」
むきだしの肩が寒そうというより目に眩しく、慌てて夜着を持ってきて、客人の肩に着せ掛けた。
そして美緒は、足早に現場に向かった。
あんなことがあったとは思えない、のどかな小春日の町はずれである。だが、朝の光のもとでいくら探しても、あのときの太刀を見つけることはできなかった。
美緒の報告を聞いた鶴丸は、しばし考え込んだ。
「本丸の誰かが俺を探しに来て、刀を回収した。だがおそらく、長居はできなかったのだな」
一人合点して、顔を上げると、
「俺は迎えが来ねば帰れないが、それまで丸腰ではいられない。どこかで、刀を手に入れられないだろうか」
美緒は父にことわらぬまま、床板を上げ、床下からひと振りの刀を持ち出した。先月、船着場で野武士と地侍の斬りあいがあったとき、拾得したものだ。
「これが、お心にかなえばいいのですけど」
「こいつは驚いたな。医者の身で、刀を隠し持っているとは」
美緒は、あわあわしてしまった。
「それは、あのう、戦のあとで…」
「ああ、戦利品というわけか」
あっけらかんと鶴丸は言う。
「ま、刀とはそうしたもの、俺だって」
言いかけてこほんと咳払いし、鞘を払う。ためつすがめつ眺め、
「銘はないし、名のある刀工の作とも思えない。だが、素性は悪くなさそうな」
黒塗の鞘にいったん納めて、鍔下を握り、美緒の方に差し向けた。
「この地にいる間だけ、貸していただきたい」
「はい。どうぞご随意に」
鶴丸はくるりと向きを換え、座ったままで抜刀し、横に薙いだ。力んだ様子もないのに、びゅっと風を切る音がして、空気が震えた。
「うん。これなら使い物になる」
にやりと口角を上げて笑う姿に、命を奪うことも奪われることも、この方には日常なのだと突きつけられる思いがした。
雅を語り、気さくにふるまっていても、生粋の剣士なのだと。
このお方が刀をふるって戦う姿を見てみたい。美緒はひそかにそう願った。