ロスト―時の漂流者    作:sakuyan

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この章まで、「美緒」視点です。
次話から最終話までは、鶴丸視点です。
今さらですが、鶴丸の脳内ビジュアルは活撃鶴、性格や口調は刀ミュの鶴さんの影響を受けています。


第4話

「良斎どのは、じつに腕のいい医者だな。おかげで、三途の川をわたり損ねたよ」

若者が、そんな軽口を叩くほどに回復したのは、3日ばかりたったころだった。

目覚めてすぐは、彼もさすがに大儀そうで、息を切らせながら「鶴丸国永」と名乗った。そして、「主家の名はご容赦いただきたい」と付け加えた。

不祥事があると、体面を慮って主の名を秘すのは、武家にはよくあることだ。良斎も、それ以上追及しようとはしなかった。

その日は横たわったまま、甘酒や梅蜜などを舐めていたが、次の日は脇息代わりの小机に寄りかかって、粥を啜った。

今朝は床を離れ、囲炉裏のはたでの朝飯に加わろうというのだから、「持ちこたえる」と保証した良斎も、目を見張るほどの回復の速さだ。

鶴丸は、胸に晒し布をぐるぐる巻いた上から、汚れを洗い落とした羽織を肩にかけ、あぐらをかいている。そのくつろいだ様子は、見も知らぬ家に半死半生でかつぎこまれた人とも思えない。

「実のところ、黄泉路を引き戻されたのは、これで二度目だ」

「ほう。よほど修羅場をくぐっておいでか」

「長いこと、戦っているからな」

この若さで戦歴が長いとは、子供のころから戦場に出ていたとでも言うのだろうか。たしかに、外見の若さのわりに、どこか老成した雰囲気を漂わせているけれど、それでも三十路にはなるまい。

美緒は、おそるおそる椀を差し出した。

「雑炊など、お口に合うかどうか…」

医者といっても、片田舎の町医者では、薬料もそれほど高くは取れない。米の飯など、滅多に口に入らないのだ。 

鶴丸は、「馳走になる」と一礼して、箸をとった。

食いっぷりはいいが、がつがつしているようには見えず、所作が美しい。やはり、育ちがよいのだと察せられた。

実は彼が目覚める前、その身の上について、あれこれ憶測していた父娘だった。

「お若いのにおぐしが白いのは、どうしたことでしょうね」

しばし考え込んだ良斎は、こう結論づけた。

「血が濃くなると、並ではない子が生まれることがある。都の雲上人は、異母きょうだいや叔父姪の間で子を成すというからのう」

鷹揚な態度や品のある挙措も考え合わせると、この方は都人なのかもしれない、と改めて思う美緒だった。

良斎は、食事の途中でついと席を立った。

「薬草園からせんじ薬の材料をとってくる。食後に服用していただかねばならんからな」 

父には、こういうところがある。思いついたら、後先わきまえず行動するのだ。  

無礼と思われるのでは、とはらはらしたが、鶴丸は気にするそぶりがない。

「して、娘御の名はなんと申される?」

そういえば、看病と家事に取り紛れて、名乗ってもいなかった。       

「美緒、と申します」

「よい名だ。なかなか雅だな」

「みやび、ですか」

自分には、およそ縁のない言葉だ。目をぱちくりしてしまう。

「難波江の芦の仮寝のひとよゆえ みをつくしてや恋わたるべき」

鶴丸は、古歌にふしをつけず、さらりと口ずさんだ。

「その『澪つくし』と、字は違いますの。美しいに糸の緒…」

美しいなどと言ってしまったことが気恥ずかしく、美緒は口ごもった。

「ああ、玉の緒だな、そちらも雅だ」

その快活でおおらかな様子に、引っかかっていたことを訊いてみたくなった。

「あなた様のご主君は、もしや女性なのですか?」

「…どうしてそう思う」

鶴丸は、箸を止めて見返してきた。金色の目は、細めると猛禽の鋭さをまとう。抜き身の刃に触れたように、冷やりとした。

急いで言葉を継ぐ。

「わたしを見て、あるじとお呼びになりましたので」

虚を突かれたていで、鶴丸は再び目を大きく見開いた。

「え、そうだったのか」

「わたしは、似ておりますか、その方に」

「いや」

間髪入れず打ち消して、

「似てはいないな。…見間違えたとしたら、よほど錯乱していたのだろう」

それを聞いて、なんだかがっかりしてしまった。

しかし、似ていなくてあたりまえだ。この方の主というからには、きっと高貴な身分の姫君に違いない。見目よい若者が美々しく着飾り、近衛としてお仕えする、そんなお方は…。

「さぞやお美しい方なのでしょうね、その姫君は」

「姫君!?」

なぜか裏返った声を上げて、鶴丸は茶にむせた。

「ああ、姫、か。そうだな。…可愛い人だよ。可愛くて怖い。女子はみなそうだろう」

ははは、と笑う。なんだか、けむに巻かれたような気がした。

「お代わりは」

いや、と首を横に振り、鶴丸は箸をおいて、少しあらたまったふうに坐りなおした。

「俺の本体、いや、刀はどうなったろうか」

そう問われて、初めて美緒は、あの不思議を思い出した。

父が刀に触れて痺れたことを話すと、鶴丸は大きくうなずいた。 

「あるじが呪をかけてあるのだ。並みの人間には、持ち去ることなどできないはず。とすれば、まだあそこにあるのでは」

今にも立っていきそうな勢いに、美緒は思わず、羽織のたもとを引いて止めた。

「まだ、お出かけはなりません。傷が開いてしまいます。わたしが行って」

言いかけて、代理が不可能なことを思い出す。

「あ。触れないのでしたね…」

鶴丸は、ばさっと羽織を脱いで、こちらへよこした。

「俺の衣で包めば、きみにも持てるだろう。頼んでいいか」

むきだしの肩が寒そうというより目に眩しく、慌てて夜着を持ってきて、客人の肩に着せ掛けた。

そして美緒は、足早に現場に向かった。

あんなことがあったとは思えない、のどかな小春日の町はずれである。だが、朝の光のもとでいくら探しても、あのときの太刀を見つけることはできなかった。

美緒の報告を聞いた鶴丸は、しばし考え込んだ。

「本丸の誰かが俺を探しに来て、刀を回収した。だがおそらく、長居はできなかったのだな」

一人合点して、顔を上げると、

「俺は迎えが来ねば帰れないが、それまで丸腰ではいられない。どこかで、刀を手に入れられないだろうか」

美緒は父にことわらぬまま、床板を上げ、床下からひと振りの刀を持ち出した。先月、船着場で野武士と地侍の斬りあいがあったとき、拾得したものだ。  

「これが、お心にかなえばいいのですけど」

「こいつは驚いたな。医者の身で、刀を隠し持っているとは」

美緒は、あわあわしてしまった。

「それは、あのう、戦のあとで…」

「ああ、戦利品というわけか」

あっけらかんと鶴丸は言う。

「ま、刀とはそうしたもの、俺だって」

言いかけてこほんと咳払いし、鞘を払う。ためつすがめつ眺め、 

「銘はないし、名のある刀工の作とも思えない。だが、素性は悪くなさそうな」

黒塗の鞘にいったん納めて、鍔下を握り、美緒の方に差し向けた。

「この地にいる間だけ、貸していただきたい」

「はい。どうぞご随意に」

鶴丸はくるりと向きを換え、座ったままで抜刀し、横に薙いだ。力んだ様子もないのに、びゅっと風を切る音がして、空気が震えた。

「うん。これなら使い物になる」

にやりと口角を上げて笑う姿に、命を奪うことも奪われることも、この方には日常なのだと突きつけられる思いがした。

雅を語り、気さくにふるまっていても、生粋の剣士なのだと。

このお方が刀をふるって戦う姿を見てみたい。美緒はひそかにそう願った。

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