ロスト―時の漂流者    作:sakuyan

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きりが悪くて、少し長くなりました。
次が最終話となります。
どうか最後までお付き合いください。


第7話

機会は、すぐにやってきた。

夕刻になって、良斎は、船着場で事故があったとかで呼び出されたのだ。美緒はこの時間、薬草園の世話をするのが日課となっている。畑は家の裏手で、人目につかない。

たすき掛けでかがんでいる美緒の背後に、鶴丸はそっと忍び寄った。

当て身をくらわせて、気を失わせるつもりだった。そのうえで 首を落とすなり胸を刺すなりすれば、恐怖も苦痛も味わわせずに済む…。

だが。

背中を向けたまま、美緒は声を放った。

「鶴丸さま?」

ぎくっと足が止まる。やはり、妙に勘のいい娘だ。

美緒はゆっくりと立ち上がった。血色のよい顔が、蒼白になっている。

「わたしを殺める、おつもりですか」

「驚いたな。どうしてわかった」

思わず、バカ正直に返してしまった。

「そんな気配でした。今も、怖い目をしていらっしゃいます」

鶴丸は、腹をくくった。奇襲が失敗した以上、正面突破もやむなし。

「すまん。きみには恩こそあれ、恨みはない。だが俺は、俺の使命を果たさねばならん」

鯉口を切って、ふと、違和を覚えた。美緒は命乞いをするでもなく、ただ静かに立っている。その気性からして、すくんでいるとも思えない。

「…逃げないのか?」

「あなたに命を狙われて、逃れられるとは思えませんもの」

美緒は、うっすら微笑みさえ浮かべていた。たすきをはずして、その場に膝をつく。

「西方浄土に向かい、念仏を申す間だけ、時をくださいませ」

そうことわるなり、夕陽に向かって手を合わせ、目を閉じて、低く念仏を唱える。その姿は、新たな付喪神の顕現を祈るときの、審神者を思わせた。

固めてきたはずの決意がぐらつく。         

刀だったときは、持ち主しだいで、女子供でも斬った。敵に奪われれば、昨日までの主に刃を向けたこともある。

だが今は、持ち主の意のままに振るわれるだけの刀ではない。自らの意志で選択し、行動することができる。だからこそ、苦しい。咎も誉れも、誇りも慙愧も、主とともに背負わねばならないのだ。

念仏を唱え終わると、美緒は首の後ろで結わえた髪束を、片手で前に持ってきた。 

無防備にさらされた細い首。余計なものは視界に入れず、一点だけを見て、斬り下ろそう。相手が避けようとしなければ、この打刀でも介錯はできる。

覚悟を決めて刀を振り上げたとき、鋭い叫びが耳を射抜いた。

「はやまるなっ!」

一瞬の躊躇と、振り切ろうとする力とがぶつかって、刀身は中途半端な速度で落下した。

(しまった!!)

仕留めそこなうという最悪の事態に、血の気が引く―。

そのとき、落ちていく刃をガツッと受け止めたのは、うちのけの輝くみごとな太刀だった。

青い衣の剣士が、刃の下に滑り込みざま膝をついて、鶴丸を見上げた。その瞳の中に、金色の月の輪がきらめく。

「三日月!?」

相手は立ちつつ、擦り上げるように、鶴丸の刀を押し返す。

「鶴丸、ここは引け。俺に任せろ」

「邪魔を、するな!」

鶴丸は荒々しく言い放ち、握る柄に力を込めた。

心のどこかで、美緒を殺したくない、誰か止めてくれないかと願っていた。そんな自分の怯懦を、三日月に突きつけられたような気がしたのだ。

三日月宗近は、鶴丸が引かぬと見るなり、美緒に向かって怒鳴った。

「娘、さっさと逃げぬか!」

「いいえ」

美緒は地に座したまま、血の気のうせた顔を凛と上げていた。 

「どうせ一度は、死ぬ身です。同じことなら、鶴丸さまのお手で」

それを聞くと三日月は、唇の片端を吊り上げて笑った。

「ふっ。この、色男め」

「しゃらくせえ!」

力任せに撥ね返し、体勢を戻してまた打ち込む。

三日月の剣に殺意のないことがわかるだけに、鶴丸は意地になった。いきり立つあまり、いつもの軽やかな太刀さばきを見失ってしまう。 

真正面から斬りつけ、返され、また斬りむすび…。

ガキッと耳障りな音、そして刃のかけらが夕日を反射して、くるくると宙を舞う。鍔元5寸ばかり残して、打刀は折れた。

鶴丸は、ため息をついた。技量はともかく、しょせん名も無き刀では、三日月宗近にかなうわけがなかったのだ。

残切をがらりと放り出し、鶴丸はその場にどかっとあぐらをかいた。

「参った。好きにしろ」

「折らねば話も聞かぬとは、困ったやつよ」

刀を納めて、三日月は微笑んだ。たった今まで真剣でやりあっていたとは思えない、のどかな顔だ。そして、向かい合って腰を下した男は、小面憎いほど落ち着き払っている。

「俺はこたび、二つの役目を負ってきた。おまえを連れ戻すこと、そして高野良斎を、もとの時域に戻すこと」

「娘はどうする」

鶴丸は声を落とした。美緒は事態の推移がのみこめぬらしく、二人から少し離れたところに茫然と座ったままだ。       

「どうもせぬよ。あの娘は、良斎とは赤の他人。この時代の人間ゆえ」

「…え? そんなはずは」

三日月は、どこか人の悪い笑みを浮かべた。

「娘の母親は、どこぞの男に孕まされて捨てられでもしたのではないか。それに、おおかた良斎は、種無しであろうよ。若い時分に諸国をさすらい、四十も過ぎてから生国に戻り若い妻を持ったが、子はできなかったというからな。とかく男というものは、見栄っ張りでなあ」

「諸国をさすらい、だと?」

「過去に行っていた、などとは言えまい」

さて、と三日月は腰を上げた。

「表に人の気配がする。良斎が戻ってきたようだな。やつとは俺が話をつけよう。おまえは娘に『父』との別れを納得させよ。あれはこの時代にいるべき者だ」

三日月が行ってしまうと、鶴丸は、美緒に無言で手を差し出した。

その手をとることなく、美緒は下前の土を払って立ち上がる。まっすぐ鶴丸の目を見据え、

「わたしの命は、もうご不要なのですか」

「怖い思いをさせて、すまなかったな。行き違いがあって…もとより俺は、きみの命を奪いたくはなかった」

殺されずに済むとわかっても、美緒は少しも嬉しそうではない。 

「わたしなど、生きても死んでも、鶴丸さまには用のない身なのですね…」

まるで捨てられた女のように、恨みがましく呟く。

「そんなことを言うもんじゃない。俺は、きみにはあたう限り長く、幸多く生きてほしいと願っているよ」

愛らしい顔がくしゃっと歪み、その頬に涙がこぼれた。

「…ひどい方!」

斬り殺そうとしたときより、福徳長寿を祈った方が非難されるとは、不思議な話だ。

美緒が落ち着くのを待って、鶴丸はこれからのことを話して聞かせた。迎えが来たので、良斎は国に帰らねばならぬこと、そして実の娘ではない美緒は連れていけない、ということを。

「父がまことの父でないこと、母から聞いておりました。父にはもしや…ほかに妻子がいるのでしょうか?」

「そういうことは、ないようだが(今のところは)」

それを聞くと美緒は、ほっとしたように肩を落とした。

「では、永の別れというわけではありませんね。いつか、会いに行くことも…」

「いやあ、それは」

言葉に詰まってしまった。肝心なことを伏せているから、うまく言いくるめられない。

美緒は、可憐な丸っこい目を少し険しくして、

「父は、いずこに帰るのですか」

答えられずにいると、別の方向からさらに詰めてくる。

「お国は遠いとのことでしたが、鶴丸さまほどのお方が、迎えが来ねば帰れないほど遠い場所など、この世にあるでしょうか」

つくづく聡い娘だ。これ以上は、ごまかしおおせない。鶴丸は白旗を掲げることにした。

「この世ではあるが…時の彼方、だ。良斎は、先の世から時を遡って来たのだ」

さすがに予想外の答えだったとみえて、美緒は疑わしげに眉をひそめている。

「良斎の医術、新しすぎるとは思わなかったか。あるいは…そうだな、これから起こることを言い当てたりとか」

思い当たるふしがあるのか、美緒の表情が動いた。

「それではもしや、鶴丸様も、父と同じく、先の世の方なのですか」

「ああ。ただし俺は、良斎どのよりもっと先の先から来た」

「先の、先…」

目に見えて、美緒は沈み込んだ。隔てる時間の大きさに、うちひしがれているのだろうか。

美緒を促して家に入ると、上り框に腰かけた三日月が、機嫌よく声をかけてきた。

「良斎どのは、お国に帰ること、承知なされた。われら、送りを務めようぞ」

「美緒…わしは…」

口ごもる良斎をさえぎって、美緒はその前に手をついた。

「お父さまには、母亡きあとも、慈しみ育てていただきました。わたしも、もう子供ではありません。心配なさらないで。新田の与五郎さんが、お嫁にもらってくださいますから」

与五郎というと、あの牛男か。美緒に惚れまくっているようだったから、きっと大事にするだろう。自分のことなど、一時の気の迷い。目の前から消えてしまえば、あの男の言うように、忘れられるはずだ。

鶴丸は、ようやく肩の荷をおろした気分になった。

 

 

支度は要らぬと三日月に言われて、良斎は着の身着のまま、手製の医療器具の包みだけを抱えて土間に立った。

美緒は鶴丸に羽織を着せかけ、恭しく鞘を差し出した。武家の妻女のようなふるまいだった。

敷居を跨ごうとして、鶴丸はふと足を止めた。

「借りた刀は折ってしまったし、裸では帰れぬゆえ、母御の着物もいただいてゆく。代わりに金目のものといえばこの鞘だが、相棒が待っているからなあ」

そう言って、後ろ首に手を回し、首飾りをはずした。手のひらに載せて、美緒に差し出す。

「傷がついていても、黄金だ。売れば、それなりの値になるだろう」

「そんな、いただけません」

美緒は、後ずさりせんばかりに固辞したが、

「頼む、受け取ってくれ。俺の気がすまない」

鶴丸に手をとって握らされ、根負けしたように頭を下げた。

「では…ありがたく、頂戴します」

そのまま、首飾りを包み込んだ手を胸に押し当て、じっとうつむいている。

「それじゃ、美緒さん、達者でな」

鶴丸はひらひらと手を振って、歩き出した。振り向いてはならない、と思った。

良斎の方は、何度もわが家を振り返っている。

鶴丸と肩を並べた三日月が、情のこもった声で耳打ちしてきた。

「帰るも帰らぬも、辛いことだろう。血はつながらぬとはいえ、わが子として育ててきたのだ。かといって、本来の時代にも身内は居るのだろうしなあ」

数奇な運命から、二つの時空に跨って根を生やしてしまった男。どちらを引き抜くも、痛みは伴うに違いない。

それにしても、三日月はなぜ良斎の経歴を知っているのだろう。妙に事情に詳しいのも、気になる。いろいろとできすぎていて、疑わしい。

鶴丸は、カマをかけてみた。

「あんた、何か変な手出しをしてないだろうな?」

「濡れ衣だ。俺は長期遠征していたぞ」

それでも胡乱な目を向けていると、三日月はこんなことを言い出した。

「あの男を時間遡行させたのは、遡行軍でも俺でもない。神かくし、という奴よ」

「神かくし? そんなものが本当にあるのか」

自分も「神」の端くれだが、たいていの奇瑞は眉唾だと思っている。

「ありていは、自分で行方をくらましたか攫われたか。あるいは、川にでも流されたのであろう。ただ、万にひとつ、本物がある」

「良斎は、本物の神かくしにあったのか」

「そうだ。時の狭間に落ち込んで、漂流者となってしまった。検非違使は、まさにあの男を消すために来たのよ。娘はとばっちりだ。これ以上、娘を危険にさらさぬため、良斎は『帰国』を受け入れたというわけだ」

いつかの戦場に着くと、三日月は転移門に通じるゲートを開いた。

「おまえはまっすぐ戻れ。俺はこの男を送っていく」

輪の中に青白い光が満ちて、鶴丸を招く。一歩踏み込めば、そこはもう本丸だ。

鶴丸は向き直り、三日月に深々と頭を下げた。

「あんたには、礼を言う。殺さなくていい人間を殺すところだった」

「殺してはならぬ人間を、だ」

三日月は、厳しい顔で訂正した。

「あの娘には、大切な役目がある。検非違使から守った点は、褒めてとらそう」

「なんでそう、上から目線なんだ」

鶴丸は、ぶつぶつと口の中でぼやいた。

鍛刀された時期も、本丸に顕現してからの年月もさほど違わないのに、三日月を前にすると、自分がひどく未熟者な気がするのはなぜだろう。

(五条国永も、三条宗近に頭が上がらなかったのだろうなあ…)

 

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