あの日の約束を果たすために 作:ララパルーザ
今回のおはなしは、アニメの閑話のような感じになってますので。苦手な方はブラウザバック推奨です
新人王の獲得。これはそのまま日本のランカーとしてランキング入りを果たすことにもつながっている。
「休養期間中にすまないね。歴代最強の新人王、なんて騒がれてるからこっちとしても独占取材を組まざるを得なくて」
「いえ、大丈夫です」
この日、月刊ボクシングファンの記者である藤井は歴代フェザー級の中でも最強の新人王とも呼ばれ始めている服部の取材に臨んでいた。
本来ならばダメージなど毛ほどもない服部は、この日も練習に明け暮れる筈であった。だが、全日本新人王決定戦において千堂の右スマッシュを貰ったことを理由に会長から休養日を設けられていたのだ。
彼としても、練習漬けであることだけが偉い、というわけではないことは理解している。何より、自分の我儘を許してもらっている徳川会長に反発する気などサラサラ無い。
では、今回の取材は良いのか、と問われれば会長の判断は許可。服部は、元々緊張するような質ではないし。藤井の為人に関してもある程度理解していたからだ。
「それじゃあ、インタビューを始めていこうか。まずは基本的な部分から。生年月日と、名前かな」
「………服部十三。1973年11月13日生まれです」
「ありがとう。基本事項とはいえ、君の情報でページを埋めるからね。読者にもその手の情報はあった方がいい」
「そうですか」
「ああ、そうだ。それはそうと、君は宮田君や幕之内君と同い年なんだね。月は違えど、彼らも1973年の生まれだよ」
「はあ………」
藤井にそう言われても、服部としては興味がない。ボクサーは、選手生命が短いがだからと言って年齢で判断できるほど簡単なスポーツ、格闘技ではないのだから。
「前振りはこのぐらいで良いだろう。まずは、新人王の獲得に関してだ。率直な、君の言葉を聞きたい」
「言葉、ですか」
「ああ。新人王をとってどう思ったのか。対戦相手への感想があるのなら、それも交えて話してくれると嬉しい」
「感想……」
藤井に言われ、服部は新人王戦で対戦してきたボクサーたちを思い返す。
速水、幕之内、宮田、千堂。いずれも、新人とは思えないほどに強いボクサーばかりであった。服部さえいなければこの四人のうちの何れかが、新人王を取っていたとも言われている。
だが、当の答えるべき彼の反応は芳しいとは言えない。
「何もないのかい?」
「……弱点を露呈するのは、良くないのでは?」
「弱点、かい?それは、新人王戦で君の相手だった四人の?」
「はい」
事も無げに頷く服部に、藤井は目を瞬かせた。
腕のいい選手というのは、そのスポーツに精通しているものだ。ボクシングであるならば、対戦せずとも観戦してその癖を丸裸にしてしまう者も居る。
元ボクサーとして、そして現ボクシング雑誌記者としての好奇心がむくむくと膨らんでくる。
「これはオフレコなんだが、聞かせてもらえないかい。君からの評価を」
「…………速水選手は、全体的に高水準なアウトボクサーよりのボクサーファイターでした。ただ、パンチの破壊力のないソリッドパンチャー。足に関しても宮田選手の方が上でしょう。何より、決め技がありません」
「ショットガンはどうなんだい?アレで、速水はインターハイを制しているんだが」
「世界を狙うのなら、形勢を返せるパンチが欲しいです。カウンターも取りやすい」
「カウンター、ね」
速水のショットガンは、左右のハンドスピードによって成されるもの。だが、世界には彼以上のハンドスピードを持つ者も普通に存在するだろう。そんな相手にハンドスピード勝負を挑むなど愚の骨頂。やるだけ、無駄だ。
藤井はメモを走らせながら、頭の中で何度とみた速水の試合を思い返す。
才能に裏打ちされた技量を持ち、甘いマスクを用いたエンターテイナー。同格、格下が相手ならばほとんど快勝するが、格上が相手では一方的にやられかねないことを今回の新人王戦で露呈した。
何より小耳に挟んだことだが、速水は顎が脆かったらしい。元々、顔面を殴られることが無かった彼の弱点。
顔面を正面から殴られて顎?とも思われそうだが、顔が左右どちらかを僅かに向いているだけでも、顎骨に致命的なダメージを与えられる。
何より、服部の拳は鉄拳だ。グローブ越しでも骨を折る。
「……それじゃあ次は、幕之内だね。彼はどうだい?国内フェザー級では屈指の破壊力だと思うけど」
「…………確かに、破壊力はありました。ですが、防御のスキルがない。打って打たれてでは、早晩限界があります」
「相手を沈めるのが先、とは考えないのかい?」
「インファイターの彼は距離を詰めなければいけません。その間に殴られ続ければ、後遺症が残っても不思議ではないかと」
殴られて発症すると言えば、パンチドランカーだろうか。殴られ続けることで脳の障害となり、引退はおろかその後の人生にも暗い影を落とすことになる。
殴られて踏ん張り、殴り返すボクサーは客を呼ぶ。だが、その選手生命は短いのが常。
「べた足インファイターの弱点か……それじゃあ、防御を改善すれば幕之内は化けると思うかい?」
「分かりません。彼は、引き出しの多いボクサーではありませんから」
「……まあ、そりゃ、君から見ればな」
藤井が濁すのも仕方ない。
幕之内は決して器用なボクサーではないが、その一方で服部はというと技術の底が見えないほどに手札が豊富だ。比べるのは酷だろう。
同時に、藤井としては目が覚める思いでもあった。
幕之内のボクシングは、泥臭さがあれども同時に見ている者を引き込むような魅力があった。特に、殴って殴られての豪打爆発は見ていてスカッとする。
だが、ソレはあくまでも観客の視点。同じボクサーや当人、トレーナーからすれば冷や汗もの。
幸いと言えば、幕之内に減量苦が無い点だろう。ナチュラルウェイトで試合に臨めるという事は、それだけエネルギーの貯蔵が可能で削られる必要が無い。そして、ため込んだエネルギーはそのまま回復力にも、スタミナの総量にも繋がるのだから。
メモを書き込み、藤井は更にインタビューを進めていく。
「それじゃあ、宮田君はどうだろうか。今回の新人王は、宮田、速水が優勝候補の筆頭に挙げられていたんだ。次点で、間柴辺りだったんだけどね」
「……彼は、カウンターパンチャーとしてまだまだ強くなると思いますよ。ストレート系のパンチは、重さはありませんが、キレがありましたから」
「ストレート系は、ね。それじゃあ、課題はフック系かな?」
「…………あとは、カウンターに固執し過ぎていると思いました」
「それは……だが、あそこまでのカウンター使いは滅多に居ない。宮田の動体視力なら仕方がないんじゃないかい?」
「当たらないパンチは、恐ろしくないので」
それは、極論だ。
ボクシングで一発も被弾しないというのは、理想論ではあるが基本的に不可能。だからこそ、パーリングなどの相手のパンチを叩き落とす技術などがあるのだから。
話を戻そう。宮田のカウンターは確かにすごい。迂闊に攻撃すれば、それが手痛いダメージとなって、下手をすれば意識ごと刈り取っていく事になるだろう。
だが、服部からすれば宮田はカウンターに
宮田と言えば、カウンター。だからこそ、違うパンチが欲しいと服部は考える。
奇襲でしかないが、だからこそ効果がある。例え、対策をされても、ならばその対策を逆手にとってカウンターを取ればいいのだから。
この意見は、服部からの一種の宮田に対する期待でもあるのかもしれない。
彼なら、出来ると。少なくとも、藤井にはそう思えた。
「最後は、千堂か。彼についてはどうかな?」
「……鷹村選手に似た、ボクサーだと思います」
「鷹村君?知り合いなのか」
「少し前に、鴨川ボクシングジムでお世話になりましたから」
「スパーリングの依頼か……それにしても、鷹村君とは大きく出たね」
「……そうですか?」
「ああ。何せ、今日本で明確に世界に通用するであろうボクサーの筆頭格だ。デビュー戦から、未だに負けなし。日本のベルトも直ぐに巻けるだろうって話だからね」
「……ボクシングのスタイルが似ているだけです。野生、本能に従ったボクシング。鷹村選手は、そこに技術が染み込んだボクシングです。ただ暴れるだけなら、勝てません」
服部から見て、千堂に足りないのは反復練習。無意識であろうとも、骨身に刻み込んだ基礎を体が熟せるレベルに到達して、初めて本能によるボクシングは完成する。
その点、生来の才能と弛まぬ努力によって磨き上げられた鷹村は、一種のボクサーとしての到達点の一つであるかもしれない。
「暴れる、ね。確かに、新人王の決勝での千堂は、まるで暴力をそのままにリング上で発揮していたように見えたよ。もっとも、君は涼しい顔で対処していたけど」
「焦って勝てるのなら、焦りますよ」
「まあ、それもそうか」
藤井もその言葉には頷ける。
焦って勝てるのなら、苦労しない。むしろ、焦った者から負けていくのがボクシングだ。焦りは力みを、力みは硬さを、硬さは敗北を連れてくる。
ソレからも、インタビューは続いた。
日頃のトレーニングや、ある程度のプライベートなど。
そして、今後の展望も。
「君の、最終到達目標は、世界チャンピオン。この分で何かあるかい?」
「……狙うのは、WBAですね」
「!最強のフェザー級ボクサーに挑む、と」
「ええ……もっとも、まずは日本のベルトが無ければ足掛かりもありませんけど」
「ビッグマウスだな……伊達英二にも勝つ気満々って訳だ」
「……最初から、負けるつもりで戦う人は居ないでしょう?」
「その通りだ。ボクシング雑誌の記者としても、そして一ファンとしても君の今後の活躍を期待するよ」
「……ありがとうございます」