あの日の約束を果たすために   作:ララパルーザ

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 第一ラウンドの一方的な雰囲気を払拭するように、切り込んだのは宮田。

 パンチの全てを見切るような気迫のダッキングやステップを組み合わせて接近、左を放つ。

 自棄になった特攻にも見えたが、そのパンチのキレは過去一番。それどころか、全てを出し切るようなエンジン全開によるラッシュだ。

 勿論、ラッシュを貰う側となった服部も反撃している。

 飛燕による多彩な左のコンビネーション。だが、その攻略法の様なモノを、既に宮田は見出しつつあった。

 

(確かに、この左は多彩だ。だが、裏を返せば左は左でしかない!)

 

 そう、飛燕はあくまでも左手一本で放つ。体を正中線で左右に分けた場合、右側から突然飛んでくるようなことは無いのだ。

 無論、左に意思を割き過ぎて右の一撃を受けるなど間抜けと言わざるを得ないが、少なくとも左のコンビネーションの捌き方はセオリー通りで可能。

 ジャブ、フックはダッキング。アッパーはスウェーバック。最短距離を撃ち抜く右に関しては、頭かボディかを見極めて下がれば良い。

 一度、二度、宮田は見事に飛燕を躱して見せた。そして、飛燕を見切られ始めていると服部側も気づく。

 

「…………」

 

 前髪の下、僅かに細められる目。同時に、飛燕と伸びるジャブ、更に撓るジャブの三種が入り混じった左が加速した。

 鞭の様に撓るジャブ、からの肩を入れた伸びるジャブ。左フックの二連打、左アッパー。左ジャブの三連打。

 

「くっ……!」(更に速く…………!)

 

 躱し、受け止め、反撃する宮田だがその攻め手は僅かに減ってくる。

 少なくとも、今の彼の技量ではここが精一杯。

 加速していく、服部の攻め。どれだけ、心が戦おうと前に出ても、実際に動かす肉体が付いてこない。それが現実だ。

 攻め手に欠ける己の実力に歯噛みし、どうにか活路を見出そうとする宮田。

 そして、服部はそんな宮田の様子をじっくりと観察していた。

 飛燕を攻略しようとするその姿は、好感が持てる。だが、そう易々と攻略させる気もまた、彼にはないのだ。

 覇気がない。凄みが無い。言っては何だが、やる気も無さそうに見える。

 しかし、それは仮初に過ぎない。

 

(―――――………?攻撃が止んだ?)

 

 猛攻を凌いでいた宮田は、突然の圧力の霧散に合わせるようにしてその動きも止まってしまう。

 不信に思い、ガードのままそのスキマより目の前を確認し、

 

「おごっ!?」

 

 突然の鈍痛が腹部より襲い掛かった。

 くの字に折れる体。明滅する視界。

 何が起きたのか、それは当事者よりも観客の立場からよりハッキリと確認することが出来た。

 

「意識の空白と、斜めへの移動か。やっぱり上手いなアイツ」

「な、何でいきなり宮田君が被弾するんだ……!?」

「意識の空白さ。一歩、お前も見ただろう。服部の奴が、急にラッシュを止めたのを、よ」

「え?ええ、見ました…………そう言えば、何で急に…………」

「それが、奴の狙いだ」

「え?」

「大雨の中で傘を差してるイメージをしてみろ。傘さしてもうるせぇ雨だ」

「は、はい」

「そんな雨の中で急に雨が止んでみろ。急に傘を閉じるか?」

「………い、いえ、まずは傘の下から空とか確認すると思います」

「それと同じだ。服部は、宮田が一際ガードを固めた瞬間にラッシュの密度を増してやがった。そして、唐突に止めた。恐らく、宮田が焦れるタイミングを待ってたんだ。その直前でラッシュを止め、ガードの隙間から確認するように仕向ける」

「…………斜めへの移動、ですか?」

「ジジイに聞いた話だけどな。人間の目って奴は上下左右の動きには強いが、その逆に斜めへの移動には弱いんだとよ。それに加えてガードの隙間。宮田の視界はいつもより狭かっただろうぜ」

 

 鷹村の説明を聞き、改めて幕之内は息を呑む。

 彼の説明通りなのだが、服部はわざと宮田が回避ではなくガードするタイミングを狙ってラッシュを加速させていた。

 ガードの上からでもお構いなしに打ち放ち、気づかれない程度に体を外へと動かして、唐突にラッシュを打ち切る。

 一方的に攻め立てる状況は、ボクサーから見れば優位その物。仮にクリーンヒットがなかろうとも、判定にまで持ち込めれば審判を味方につけることが出来るだろう。

 そんな圧倒的な優位性を自分から捨てる。傍目からはそう見える。

 だが、生憎と服部はアウトボクサー()()()()。それどころか、カウンターパンチャー()()()()()

 距離を詰めた服部は、体を押し付けるようにして左のボディを三連打。そのまま強引に宮田の体をコーナーへと追いつめていった。

 

(重い……!その上、全く同じ場所を叩いてきやがる………!)

 

 どうにか脱出しようとする宮田だが、完全に懐に潜り込んでいる服部の背中しか今の彼には見えない。

 相手が自分と同格程度ならば、頭の位置を予想してアッパーをカウンターとして合わせて逆にダウンを奪えるかもしれない。だが、相手は目が良い。見切られる可能性があるせいで迂闊に手が出せなかった。

 この間にも服部の攻め口は、クレバーだ。ガードの上からでもお構いなしにボディへとパンチを集めて、その機動力を奪う動きに徹している。

 

(そう、か…………!コイツ(服部)は、()()()()()()()()()!距離関係なく戦えるって事かよ……!)

 

 内心で歯噛みする宮田。とはいえ、服部に騙そうとする裏は特にない。

 彼は常に()()()()()()()をしている。オーソドックスな構えのカウンターパンチャーの顔も、アウトボクサーの顔も、インファイターの顔も、その全てが勝つための手段。

 派手さは、要らない。観客受けすらも気にしない。

 ただ、勝つ。

 

 

 

 

 

 

 

 悪夢のような第二ラウンド。そうとしか言えない程に、試合は一方的な展開を見せていた。

 何度か、フックを引っ掻けて脱出しようとする宮田だったが、その都度完全に見切られ、距離を取られたかと思えば再び詰められてコーナーへと釘付け。

 ゴングが鳴るまで、徹底してボディを打たれ続けた。それこそ、ゴング後に自陣コーナーへと戻る事が億劫になる程度には。

 レベルの高いボクサーファイター。宮田陣営が思い浮かべたのは、世界のベルトすらも夢ではないと言われる一人の男。

 対策のたの字も無い。遠近中と全距離対応してくる相手を前に、それもスキルで負けているのならば、最早敗北は秒読み。

 それでも、宮田の目は死んではいなかった。

 そして始まった、第三ラウンド。

 ここで、彼らは一種のボクシングの完成形。その片鱗を目撃する。

 

『あ、当たらない!宮田の鋭いジャブが尽く空を切る!いや、それだけではありません!フック、アッパー、ストレート!それら全てが空を切る!』

 

 実況の頬を冷たい汗が伝う。彼もまた、多くの試合を見てきた。だからこそ、宮田のレベルもある程度は把握しているつもりだ。

 フック系は別にしても、ストレート系のパンチは新人離れした切れを持っている。破壊力には劣るが、その辺を補うカウンターも凄まじい。

 そのパンチが、当たらない。スウェーバックとダッキング、いや完全に見切り首を傾けるだけでパンチは空を切っていた。

 見ていたのは、宮田だけではない。服部もまた、左の飛燕を用いながら観察していた。

 パンチのタイミング、種類、()()()()()()

 相手の足運びや視線、思考。得意な状況から狙い、あらゆる全ての粗を探す。

 

(左ジャブ、左ストレート、フェイント、左ジャブ、左ジャブ、右フック―――――)

 

 結果、服部はまるで全てを見通すように宮田のパンチを見切っていく。パーリングなどの技術すら用いることなく、躱す、躱す、躱す。

 そして、拳を返す。

 

「うっ、ぐっ…………!」

 

 見えるパンチは耐えられるが、見えないパンチは耐えられない。

 これは視覚的な問題以上に、精神的な問題が大きく絡んでくる。

 来る、と分かっている何かに対して、人は肉体的にも精神的にも身構えることが出来、尚且つ無意識の内に痛みが最小限になるように動く。

 だが、不意打ちに関してはその限りではないのだ。その痛みは芯に響き、その響きは心を折―――――

 

「うぉおおおおおッ!!!」

「!」

 

 既に足が利かなくなっている状態からの宮田の左ストレート。

 難なく躱した服部だが、その拳から彼は折れない心の在り方というものを感じた。

 この瞬間、この刹那の交差限定だが、僅かに宮田が気迫で服部を上回る。

 

(―――――ここだ!)

 

 放たれる左ストレートに対して、宮田は前へと突っ込む。

 首を左に倒して拳を顔の脇へと通し、被せるように放つのは右。

 クロスカウンター。文字通り、渾身の一撃であり後先を考えない最後の一発。

 そして―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 始まりがあれば、何事であろうとも終わりはやって来る。

 

「…………」

「何、しけた面してやがる」

「いえ、その…………」

 

 鷹村と共に帰路についた幕之内の表情は、良いとは到底言えない。当然その表情は鷹村にも分かるが、しかし励ますなどはしない。

 

「ボクシングは結果が全てだ。例えリングで何があろうと、な」

「それは、分かってます…………でも、その…………」

「宮田よりも服部の方が上だった。それだけだ」

 

 言って、鷹村が思い出すのは最後の瞬間。

 宮田のクロスカウンターは見事と言う外ない程に完璧なタイミングだった。当たれば、劣勢な試合内容をひっくり返せると断言出来たほどの出来。

 だが、その状況であっても服部は冷静そのもの。迫るカウンターを前にして、彼は僅かに左ひじを外側へと動かしたのだ。

 たったそれだけで、宮田のカウンターは逸れて服部の顔には届かない。その空白に叩き込まれた右アッパーは、カウンターの更にカウンターとして突き刺さり、その意識を刈り取った。

 

「地味な見た目だが、高等技術だぞ。それを咄嗟にやってのけた。宮田の気迫を服部が上回ったって訳だな」

「…………」

「ま、宮田贔屓のお前さんには受け入れられねぇか。だがな、一歩。お前がもし、宮田と戦うってんなら最低でも今の服部と真正面から遣り合えるだけの実力が要るだろうぜ」

「!ど、どういう事ですか?」

「考えりゃ、分かるだろ。今回の負けで宮田は再起不能になった訳じゃない。なら、より一層の鍛錬を積んでリベンジを果たすだろうさ。より鋭いカウンターを引っ提げてな」

 

 それはいうなれば、確信。宮田という男を知っているからこその言葉だ。

 因みに、ちょうど後楽園ホールの控室にて更なる高みを目指すと、宮田が父に宣言したのと同じタイミングであったとここに記す。

 一方、幕之内もまた今回の試合を思い返す。

 最初に浮かんだのは、服部の突然のインファイト。執拗なまでにボディを叩き続けた姿。

 

(僕ならあそこで、顎を狙いたくなる…………でも、服部さんは宮田君のボディ叩き続けてた。勝つための、次のラウンドに繋げるボクシング、か)

 

 インファイターは一撃の破壊力に目が行きがちだが、その実我慢強さも必要な要素。耐えるにも、詰め寄るにも、最後に物を言うのは精神力。相手より先に音を上げていてはお話にならない。

 まだまだ寡黙なボクサーは、注目の的であるらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

「こいつが、ワイの次の相手っちゅうこっちゃ。強いんか?」

「強い、何てもんやあらへん。新人っちゅう、経歴を疑わなあかん、そんなレベルや」

 

 自分をボクシングの世界に引き入れたトレーナーの言葉を受けて、浪速の虎はその写真を食い入るように見つめる。

 私見になるが、強そうには到底見えない。少なくとも、写真で見た限りでは。

 

「…………まあ、どっちでもエエ。ワイが勝つ。それだけや」

 

 深くは考えない。考える頭が無い、と言うのは指摘してはいけない。

 何せ彼は、西日本新人王。そして相手は、東日本新人王。

 全日本の舞台は、これより二ヶ月後の事である。


















関西弁が分からないので、虎さんに頭の中で喋ってもらいました
違和感あるかもです
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