ダンジョンに遺志と石を求めるのは至極当たり前の事だろう 作:古狩人
だが同時に人の身には知られざる知識
知らざるべき知識がある
その知は身を守る盾かそれとも滅ぼす毒か
私は今途方もない悔恨の念を胸に抱いて店への帰路の道を歩いている。
同道を歩くのは大切な自分の恩人で同僚のシル。そしてもう一人私が誤って襲い掛かり傷つけてしまった男性『狩人』。
二人の間で話が弾んでいるようだがそんな会話の内容など全く頭に入ってこない。
外に店の宣伝とお客さんの勧誘のために出て行ったシルを探し迎えに行くためにダイダロス通り近くを歩いていけば目当てである彼女をすぐに見つけることができた。
その時、彼女が相対する人物。最初は今彼女が店の宣伝しているであろうと遠目に見ながら考えていた。
黒づくめの男が彼女に対して現役時代の私でさえも背筋に怖気を走らせる様な威圧を放つまでは。
頭の中が真っ白になった。その男の放つ圧倒的な威圧に男が持つであろうその暴力の大きさに。
次に頭の中を埋め尽くしたのは怒りだった。大切で大好きな恩人を害そうとする男を排除する。
かつて私は守れなかった。共に戦い同じ誓いを胸に抱いた仲間たちを守れなかった。
正義を胸に秘めた遠慮もないけれど自分にとってかけがえのない友を。
口悪いながらも自分を心配し。時に技を教わり、時に共に戦い鎬を削り高め合った友を。
交渉術や生存術、森にいたままでは絶対に知らなかった事を教えてくれた友を。
アリーゼ、輝夜、ライラ、ノイン、ネーゼ、アスタ、リャーナ、セルティ、イスカ、マリュー。
掛け替えのない大切な仲間。私はその全てを亡くした。大切だったのに。何よりも守りたかったのに逆に守られた。
そして最後には自分の矜持も捨て去った。
弱い自分を守るため復讐鬼に身を落とし怒り狂いその感情のままに仲間の仇に刃を振るった。
五年前、私は命以外のなにもかもを亡くした。大切な仲間も、その仲間たちと掲げた矜持も。
全てなくして命さえも捨てるつもりだった。そんな私を拾い上げてくれた彼女。
生きていく術と新しい家と仲間。全部全部彼女が私にもたらしてくれたものだった。
そんな恩人の彼女と彼女を害そうとする悪漢の間に割り込み、刃を向け告げる。
「彼女に一体何をしている。」
努めて冷静な口調で言ったつもりだったが殺気が漏れ出ていたのだろう。男は沈黙し此方の出方を窺っている。
その身に帯びた凶器の多彩さは見えるものだけでも多種多様だ。一方此方は手入れをしているとはいえ護身用に身に着けていた短剣一本のみ。
守勢に回れば男を抑えきれないと判断し刃を振るい此方から男に仕掛ける。
幾たび刃を振るったか最早数え切れないほどだがその全てを男は紙一重で避け続けている。
完全にこちらの動きの虚も実も見切られている。全くもって攻撃の当たらない状況に私自身少々焦れている。
ここから彼女を逃がさなくては、彼女を守らなくては。戦闘の最中にそんな考えが頭をよぎっていたためだろうか。
私は安易に男の急所に突きを放ってしまった。更に男はあろうことか自分の掌を差し出し自ら短剣に串刺したのだ。
男の異常な行動に一瞬体も思考も硬直してしまった。その隙を男が逃がすわけもなく串刺しにされたままの手を短剣の根元まで食い込ませそのまま私の手を固く握り込んだ。
『しまった!』焦る内心を悟られまいと男をにらみつけるが男が発する威圧感はいつの間にか霧散している。
そして男は告げる。
「おそらく貴公の勘違いだ。我々の間には誤解が生じている」と続いてシルの言葉が耳に突き刺さる。
「リュー落ち着いてってば!誤解なんだよ!」
今私は『豊穣の女主人』という名の食事処に向けて歩いている。同道するのは二人の給仕服を着た美少女。
詐欺まがいのような方法で客引きをしていた彼女『シル・フローヴァ』。
そして、今にも自己嫌悪で死にたいと、羞恥で消えてなくなってしまいたいとそんな重い雰囲気醸し出す彼女『リュー・リオン』。
私に対して殺害さえ視野に入れ襲撃を仕掛けたがそれらは完全なる誤解で無実の者を一方的に襲いあまつさえ傷害してしまったのだ。
謝罪の時にも感じていたが元々真面目な性格なのだろう。それ故に自分の仕出かした過ちを看過できず。
自分の中で自己嫌悪と後悔の念が渦巻きそれが無限螺旋のように続いているのだろう。難儀な事であるどうにかできないものだろうか。
「ごめんなさい、リュー真面目だからすっごく気に病んじゃって。」
隣で道行くシル。彼女が申し訳なさそうに頭を下げてくる。こちらも手傷を負わされたが終わったことであるし誤解であると理解もしてもらった。
和解の代償も彼女たちは支払うと言ってくれている。ならば水に流すのも年長者の勤めではなかろうか。もっとも自分の正確な年齢など覚えていないのだが。
話を続けていけばフィン達との食事の場所も彼女たちの勤め場所だという。偶然とは怖いものだ。
だがそういうことならばと私に妙案が浮かんだ。彼女リュー・リオンはその生真面目な性格から己の仕出かした過ちを許せず懊悩しているのだ。
ならばその代償を彼女に支払ってもらうことで彼女の罪悪感をなくせばいいのだ。
幸いにして彼女らの勤め先は街でも人気の食事処だという。ならばそれにふさわしい代償を提案すればいいのだ。伊達や酔狂で啓蒙をため込んでいるのではないぞ私は。
「私に対して贖罪を求めているなら私は君に対して赦しを与えている。だが君が自分を許せぬのなら今から行く君たちの店で君が私に謝罪のために料理を作ってくれ。」
自分でも中々に惚れ惚れするほど良い提案だと自負する。彼女には自分を許す機会を与えなおかつ人気であるという店の食事を提供させる。
彼女たちへの負担も少なく私も彼女たちも気が晴れるしこの道すがらの空気も軽くなるというものだ。
だが何故だろうシルの表情は笑顔のまま凍り付き笑顔のままだが口元は引きつったように見える。
リューの方も一瞬言われた言葉に硬直しその言葉を吟味したかと思えば顔から血の気が失せた。
そして次には強敵に挑む前の狩人ように決死の覚悟を抱いた顔つきで私の提案を了承する。
食事処の女給仕に食事の調理を求めるのは間違っているだろうか?
店の宣伝と店への勧誘に行った娘とそれを迎えに行った娘の二人が客を引き連れて帰ってきた。
全身黒づくめで多彩な凶器をその身に帯びたいっそのこと清々しいまでに怪しい男を。
聞けばバカ娘が勘違いから襲い掛かり手傷をあたえて謝罪のために店に招待したようだ。
大きなため息の後バカ娘の頭頂に拳骨を振り下ろす。うずくまり悶絶するバカ娘を捨て置き客に謝罪と挨拶をすべくカウンターの前に立つ男と相対する。
男は多彩な凶器を身に帯びて身軽な防具に身を包んでいる。その姿は堂に入っている。立ち姿は第一級冒険者と言われても違和感はない。
目に見えるだけでも重量のありそうな斧を佩いているのに背中に芯を通したように重心にぶれも見えない。
これが新人や卸したての武器を装備しているならば立ち姿の重心もずれてしかるべきだがそれも見られない。とんだ厄介ごとが舞い込んできたもんだ。
「私はこの店『豊穣の女主人』の主人ミア・グランドだ。どうもうちのバカ娘があんたに迷惑をかけたようだね。バカ娘の監督責任者として謝罪するよ。すまなかったね。」
「謝罪はすでに当人たちから受け取っている故必要はない。今日の寝床を用意してもらう話もしている。それに謝罪に彼女に料理を振舞ってもらうので貴女が気に病む必要はない。」
今、何かとんでもない言葉が聞こえた気がする。確認が必要だね。
「ウチのバカ娘が料理をふるまうっていうがどっちのバカ娘だい?」
「貴女の後ろにいる彼女だ。」
振り返ればそこには決死の表情をするバカ娘リューが立っている。
「ちょ!ちょっちょと待つニャ!!正気ニャッ!?悪いことは言わニャいから辞めとくニャー!」
「そうニャ!そんなトチ狂って!自分から毒用意しろとかリューの料理って竈の薪の後始末するって事と道義ニャ!!」
「お母さんの店が殺人事件の現場になっちゃうよー!!」
更に私とのやり取りをそばだてて聞いていたバカ娘三人が男に詰め寄りまくしたてる。
拳骨を三つ、バカ三人の頭に振り下ろす。仲良く三人は悶絶して床を転がっている。
「謝罪に料理とはそんな安くていいのかいウチはそれなりに実入りもいいし金銭のがアンタも便利なんじゃないかい?」
そう問いかける。
「謝罪の品にとって大事なのは品物の質もそうだろうが最も重要なのは品物にこめられた意志だろう。たとえどれほどの高価な品であろうともそこに何の思いも込められていないのではそれは本当にその物品自体の価値でしかない。」
そう返されれば二の句は最早告げられない。だが警告というか忠告は必要だろう。
「アンタこの店は始めてくるだろう?知らないみたいだから言わせてもらうけどあの娘の料理の腕は良くはないよ?とんでもない代物が出てくるかもしれないよ?」
「それでもいい、私は彼女が謝罪の意思を込めて作ってくれる料理を食べたい。なによりそれが誠意だろう。さっきも言ったが私は貴女が思うほど彼女から受けた仕打ちに対して怒ってはいないそんなに難しい料理や時間がかかる類のものでなくて大丈夫だ。」
身に帯びた雰囲気と歴戦の兵が使い込んだ得物を携えたその出で立ちからは考えられないほど甘っちょろい言葉を吐く男。
まぁそういうのは嫌いじゃないさ。せめて食事の共に私のお気に入りの酒でも出してやろう。
後ろを振り向き目を合わせればバカ娘が覚悟を決めてうなずき隣にやってきた。
「じゃあ簡単な物って言ってくれるならサンドイッチとスープでいいかい?酒はアタシのお気に入りを提供させてもらうよ。」
「構わない。それでは頼む。なにゆっくり彼女の手並みでも見つつ待つさ。」
バカ娘、リューは食材を並べ包丁をとりだし料理に取り掛かる。
なんでアンタは軽食一人前用意するのにそんな階層主に単身で戦いを挑むような決死の表情をしてるんだい?
頼むから何事もなく・・・・何事も起こるわけもないだろうがこの男の胃が無事で済むよう祈っておこう。
数刻後・・・・私の前にリューが皿を置いた。
「・・・サンドイッチです。」と、そして間を置かずカップを最初に置いた皿の横に置いた。
「・・・コーンスープです。」と重い重い口調で。私の記憶は朧気だ。自分の年や出自なども「こうだったか・・・?」という具合に淡く霞んだものだ。
だが自分が思うサンドイッチとスープを思い浮かべる。どちらも鮮明に頭に描くことができた。
サンドイッチ。穀物で作られたパンで肉や野菜や卵など好みの食材を挟み込んで食べる軽食。
コーンスープ。とうもろこしを原料にし牛乳やバターなどで味を調えた黄色の液体。
私が知っている知識はその二つの料理はこうだと言っている。私はカウンターに目を落とす。
サンドイッチと言われた皿を見る。白い皿の上にはかつては瑞々しい赤・緑を持っていただろう何かの野菜と肉と思われる何かを挟んだパンと思われる物体。
それが無残に黒く焼け焦げた様相を呈して乗っている。これは旧市街を表現した創作料理だろうか?
次にコーンスープと言われたカップをのぞき込む。黒く煮えたぎったように泡立つそれに私は漁村を想起させる。
彼女が出してくれたのは私も知らない聖杯素材だったのだろうか?
…我ら血によって人となり、人を超え、また人を失う、知らぬ者よ、かねて血を恐れたまえ。警句を忘れてはいけない。
現実逃避は辞めよう。女主人ミアの警句を忘れていた。前を見れば羞恥だろうか?恥じ入るように顔を真っ赤に染め俯いたリューが給仕服のすそを握りしめて立っている。
すそを握りしめるその両手は小さな切り傷や火傷でいっぱいだ。
隣にいる主人のミアはあきれ返っているのかこめかみに手をやり頭を振っている。
先ほど私に詰め寄ってきたうちの二人。獣の耳の生えた猫人の二人アーニャとクロエは腹を抱えて爆笑している。更にミアに頭に拳骨を落とされ今度は頭を押さえて悶絶している。
詰め寄ってきたもう一人淡い茶髪の店員ルノア。彼女は引きつった顔をしながらも目で訴えてくる「アンタ・・・これ食べるの?」と。
ミアの隣で申し訳なさそうに頭を下げつつ苦笑を浮かべるシル。
誠意には誠意をもって答えなければならない。自分が鐘を鳴らした時も鐘に呼ばれたときも共闘するものの誠意には誠意をもって尽くしたのだから。
サンドイッチを手に取り口に運ぶ。堅い・・・・そして苦い・・・・炭と化したそれを咀嚼するが炭化し焼け焦げたそれは旧市街の焼け焦げた建材といわれても誰も疑わないだろう。
次にカップを手に取り一気に喉に流し込む。熱い・・・・灼熱の溶岩のようなスープを喉に流し込む。流し込んだ後に口中に残るのは得も言われぬ苦みだ。
だがなぜだろうか。その見た目も味も食材に対する冒涜としか思えなかったが食事を終えた今はどうだろう?
頭にかかった霧がすべて晴れたかのようにすっきりとした気分だ。
世界が煌めき星々の瞬きが美しい。全ての空間が色づき生きとし生けるものすべてを祝福しているかのようだ。
頭の中に重く何かが蠢くような音が鳴り響く。
瞳・・・・宇宙・・・・空・・・・・あぁゴースあるいはゴスム・・・・・・そうかやはり宇宙は空にあったのだな。
美しい森人の娘よ、泣いているのだろうか?
食事を終えて用意してくれた彼女に礼を述べ寝床の用意がつくまで少し眠ると告げ店の奥ばった席に腰を下ろし意識を落とす。
狩人の夢に行けるわけではないが何故か良い夢が見れそうな気がする今はそんな気分だ。
「ご馳走様・・・・うまかった・・・・あんなもの美味しいわけがないのに・・・」
彼『狩人』が食事を終えてひと眠りすると奥の席に引っ込んでいった。私は彼が食事を終えた後の皿を洗いながら彼の言葉を反芻している。
自分でも自分の料理の腕が壊滅的だということは知っているそれでも何とか謝罪のために。
なによりも赦しをくれた彼のためになんとか真面な物を提供したいと頑張ったのだ・・・・そう頑張ったのだ結果が伴わなかったので意味がなかったが。
「うまかった・・・・そんな訳があるはずがない」
彼はそう告げた。そんなことあるはずないのに・・・・・礼を述べる彼の姿を思い出すと顔が熱くなる。
「何顔真っ赤にして皿洗ってるニャ?」
不意打ちに尋ねてくるアーニャに驚き思わず語気があらくなってしまう。
「赤くなどしてません!ちょっと彼について・・・・狩人さんの事を考えていただけです。」
不意を突かれたせいか余計なことまで口走ってしまう。
「あーアイツかぁ良くリューの料理完食したニャ~。」
首肯しながら同様の思いを抱く自分が情けない。
「たぶんだけどアイツ。リューに惚れてると思うニャッ!」
「なっ!?そんな馬鹿なことがあるわけないでしょう!!」
大声で叫ぶ。どこの世界に無実の自分に襲い掛かりあまつさえ手傷を負わせてきた相手に惚れる相手がいるというのか。
「え~でもそうでもなきゃリューの料理を完食するなんて絶対無理だと思うニャ~。」
「それは・・・・・」
たしかに自分のあんな料理とも呼べない料理を完食するなんて!でもそれは彼が誠意ある対応をしてくれただけであって彼が私に好意を持っているなんてそんな世迷言を!
それこそ彼に失礼だろう!
「たしかにあんな毒物を完食するなんて恋人が作ったものでも普通の男なら遠慮するとこだニャ。」
「それに憲兵沙汰にして大騒ぎにせずに内々で許してくれたんでしょ?器もなかなか大きいし優良物件だね。」
勝手な事ばかり言って!それにそんなまるで品評するような物言い彼に対してあまりにも失礼だ!
口を開き彼女らを叱責しようとしたときまたもアーニャが爆弾を投下した。
「あ~でもひょっとして!リューの方がアイツに惚れてるんじゃニャいか!!」
「なっ!?そんなこと!!」
とっさに言い返せず口ごもってしまう形勢は三対一向こうがさらに勢いずく。
「マジでニャ!こりゃおもしろいニャ~。それにアイツ絶対金持ってるニャ!装備も滅茶苦茶凝ってるけどあんまり金には執着しないタイプだニャ。リュー頑張って落としてアイツの財布握っちまうニャ!」
「あー確かにそれっぽいわ。それにお母さんとの会話聞いてるかぎり装備も立ち振る舞いも第一級冒険者くらいの力量はありそうだけど人格はかなり真面そうね。優良物件だし本気で墜としにかかるなら協力するわよ。」
だから勝手な事ばかり言って!本気の怒鳴り声をあげようとする。だがその前に、
「客人が寝てんのにわめくんじゃないよ。このバカ娘共!」
ミア母さんの怒声と拳骨が私たちにもたらされる。私は痛みに蹲り下を向く。
足元に靴が見え見上げるとそこにはとてもとてもいい笑顔をしたシルがいた。それはもうとてもとてもイイ笑顔だった。
「リュー!私、リューの恋!応援するね!!」
ちがう!私は彼の事を!狩人さんの事を好きになったりなどしていない!
大声で否定するが顔に集まる熱はどうにも引いてはくれない。私は一体どうしてしまったんだ?
疾風の軽食セット
『疾風』の二つ名を持つ元冒険者、豊穣の女主人の店員リュー・リオンが作ったサンドイッチとスープの軽食セット。
しかし火を入れ過ぎたせいかだろうか。
その料理はどちらも焼きすぎて、焦げてしまい最早炭といっても過言ではない。
私はいつもやりすぎてしまう・・・・食材に贖罪してもまだ足りない。
そんな彼女の頭には女主人の拳が今日も落ちる。
美しい森人の娘よ、泣いているのだろうか?
使用すると一時的に攻撃力と毒物耐性が劇的に上昇するが、一方で守備力が下がり一定時間体力が減り続ける。
啓蒙を1得る。