東方閻魔帳 作:妖念
霊夢たちは暗い廊下を突き進んだ。厨房に近づくにつれ、3人の足音以外の声が聞こえ始めた。ボソボソとした話し声だ。間違いない。ノタカ以外に誰かいる。霊夢は確かにほろ酔い状態ではあったが、これでも一応周りの動向には目を光らせていた。ノタカ以外に厨房に向かったものはいない。
3人は厨房へと殴り込んだ。
「ノタカ! 誰としゃべ......って......え?」
「どうしたんですか? 巫女と魔女っ娘......と鬼?」
「霊夢、どういうことだ? さっきは声が聞こえていたぞ?」
厨房にはノタカがポツンと突っ立っているだけだった。別に何の変哲もない。部屋自体にもおかしな様子は見られない。普通の厨房だ。おかしいこととすれば最初に会ったときと同じように水晶の玉を持っていることぐらいだ。
「何事ですか? 酒が切れたなら新しいのを今......」
『おい、どうした。何かあったか?』
「今の声......」
不意に4人以外の声が響いた。何か凄みのある声、ノタカと会話を交わしていた声だ。
「どこからだ?」
「あー、ミラ。ちょっと待っててください。今ごたついてます」
『何? よく聞こえん。今からそちらへ向かう』
「霊夢、魔理沙......あそこだ」
萃香が囁いた。
声はノタカの手の中、水晶の玉から響いていた。
次の瞬間、厨房に置いてあった水瓶が銀色に発光し始める。
何事かと三人が警戒するうちに、瓶の中から真鍮色の何かが姿を現す。続いてひょこりと二つの目玉が見えてきた。一方には片眼鏡とそれに連なるチェーンが、きらついている。そして、鼻、口と順に顔が全て出きった。水瓶から生首がちょこんと覗く何とも珍妙な絵面である。しばらく奇妙な時間が流れた。
形容しがたい沈黙はノタカによって断ちきられた。
「......いつまでそうやってるんですか?」
「......出ていいのか?」
そういうと生首は浮き上がるように瓶から全身を出し、ふわりと着地した。最初は隠れて分からなかったがロングヘアーだ。降り立ったはずみで鈍い真鍮色の髪が少し揺れる。
「あんた......何者よ?」
「さっき私の酒に映っていたのはお前だな?」
「ん? ああ、あれか。いや、驚かせて済まない」
霊夢と魔理沙が立て続けに噛み付くが、目の前の人物はすんなり頭を下げた。のれんに腕押し、ぬかに釘。霊夢はそんなイメージを抱いた。
「私はミラ。鏡の付喪神.....そうだな、
ミラと名乗った人物は驚くほどすらすらと応答してきた。その口振りと振る舞いに敵意は一切感じられない。
「私から1つ、いいかい?」
萃香が怪訝な顔で口を開いた。
「あんたら、あっち側だな?」
「......いかにも」
「萃香......?」
「2人も薄々分かってるだろ。こいつら、地獄の民だ」
「あんた、それであんな遠回しな方法で......」
「ああ、うん。流石に鬼が地獄に正面切って喧嘩売るのは角が立つからね」
地獄は基本的に鬼の組織で成り立っている。萃香も同族には思うところがあったのだろう。
「おい、ノタカ。話が違うぞ。こっちの住人とは酒の席で和解したんじゃないのか」
「あれ、おかしいな......えらく警戒されてますね」
ミラにジロリと睨まれ、ノタカがポリポリと頭を掻いた。
「あんたら
「私も詳しく聞かせてもらおうかしら? 最近地獄にあんまりいい思い出がないのよね」
「......私から説明させて頂こう。地獄は今......というか慢性的に深刻な財政難だ」
「聞いたことはあるね」
「今までも人材のやりくり、地獄の規模の縮小などで財政の改善に努めたがあまり効果は得られなかった。そこで、再び地獄の組織、是非曲直庁で大きな改編が行われたのだ。その一環として......幻想郷に配属されたのがこの......」
「私でーす」
ひらひらと手を振るノタカを、ミラはキッと睨み付けた。が、他の3人の視線に気付くと咳払いを1つし、再び話し始めた。
「まあ、そういう訳だ。しばらくはこやつが幻想郷に滞在することになるだろう。もうすでに何やら騒ぎを起こしたとは耳に入っている。今宵は地獄から幻想郷の住民諸君への詫びだと思って好きなだけ宴を楽しんでくれ」
そう言うとミラはスタスタと水瓶の方へと歩くと手を突っ込んだ。引き上げた手には瓶が握られていた。
「追加の酒だ」
「ふーん......まあ、お酒が飲めるなら私は何でもいいわ」
あっけらかんとして霊夢が両手を上げた。
「ただし、何かやったら地獄だか何だか知らないけど容赦なく退治するから、ね」
剣呑な雰囲気を一瞬で引っ込めると霊夢はくるりときびすを返し、厨房を出ていった。
「......驚いたな。私はもうひと悶着あるのを覚悟していたんだが」
「これが幻想郷さ」
魔理沙が笑う。
「さっ、私も戻るとするか。すっかり酔いが冷めちまった。これ、貰ってくぜ」
ミラが持っていた酒をひったくると魔理沙は厨房を後にした。
「あ、ちょっと。待ってよー」
萃香も千鳥足で2人を追った。
「......これが幻想郷らしいですよ」
厨房に残された2人はしばし呆然と入り口を見ていた。
◇
「では、本題に入ろう」
ミラが片眼鏡を触りながら憤然として、ノタカにじろりと目を向け直した。
「本題って......酒持ってくるためじゃあないんですか?」
目の前に並ぶ酒瓶をノタカはつついた。コン、と小気味よい音が響く。ケチな地獄にしては随分と大盤振る舞いだ。
「それだけで私がわざわざ来るものか」
「わざわざ......って鏡くぐるだけじゃないですかー」
「......お前、無許可で中有の道を塞いだろ?」
「え? 駄目なんですか?」
「当たり前だ!」
「だって改装に幽霊が邪魔だったんですもん!」
「たわけが! そもそも正式な辞令が下るまで要らぬことをするなと言ったはずだ!」
「はいはい、分かりましたって」
ノタカは手でミラの視線を遮りながら顔を背けた。
「はいは1回だ!」
「はいー」
ふんと鼻を鳴らし、ミラは瓶の中へと静かに沈んでいった。
「......行ったか」
ノタカはスクッと立ち上がると水瓶を覗きこみ、自分の顔しか映っていないことを確認した。厨房に並ぶ瓶を無造作に2本掴む。
「さーて、折角の
ノタカはさらなる盛り上がりをみせている宴会会場へと向かった。
◇
「よっと......いやぁ、すっかり戻ったなあ」
中有の道は結界も消え、もとの賑わいを取り戻していた。いくつかの建物はまだ工事をしているが、それでも多くの屋台が新しくなっている。どうやらノタカが言っていた中有の道の改装という話は本当だったらしい。
通りがかりに気になって軽く様子を見に来ただけたったのだが、魔理沙の気分は少し上がった。
魔理沙は箒を降り、他よりも目立つ格好をしている亡者に適当に声をかけた。
「あ、おい。ノタカって奴に会いたいんだが」
「え......ノタカ様に? わ、分かりました。私も伺うところですのでご案内致しましょう」
(何だ......? やけに仰々しいな)
魔理沙は亡者の畏まった態度が引っ掛かりはしたが、言われるがまま、一軒の家屋へとたどり着いた。ここにこんな建物があった覚えはない。これも新しく建てられたのだろう...が、何ともこじんまりとした建物だ。廃材でも再利用しているんじゃないかというほどボロっちく、板をそのまま打ち付けただけの、見るからに安っぽい造りである。小さい方だと思う我が家よりもさらに小さい。
「どうぞお先に」と言われたので遠慮なく扉を開けた。
やけに縮こまりながら魔理沙の後ろを亡者はついて来た。
「邪魔するぜー」
中には何やら書類が積まれた長机とその上に伏せる彼岸花の飾りがついた頭が。
「ちくしょぉぉー! 私の給料から天引きかよぉ! おかしいと思ったんですよ! 『好きなだけ飲んでいけ』なんて。ミラがあんなに気前いいわけないんですからー!」
ガンガンと机を叩く音と悲痛な叫びが聴覚にダイレクトに襲いかかってきた。
「外まで聞こえるぞ」
「......魔女っ娘ですか。何しに来たんですか?」
ノタカは絶叫していた姿を見られたというのに恥ずかしげな様子もない。
「何しに来たとはご挨拶だな。いや、たまたま通りかかったんでな。様子見にきただけだ」
「はーん、でも今日は......あら、もう来ちゃってる......どうぞ」
「失礼致します」
先ほどの亡者がおずおずと魔理沙の後ろから顔を出した。亡者が懐からやたらと装飾が施された巻物を出すさまを魔理沙は横で突っ立って見ていた。
「この度、斑尾 ノタカ にこれまでの閻魔の業に加えて......」
「閻魔ねぇ閻魔、閻魔......閻魔っ!?」
「んー、ああ、言ってませんでしたっけ?」
「本当に閻魔......様?」
なるほど、合点がいった。閻魔ほどの実力があれば中有の道程度の大きさならば結界も張れるのだろう。
(それに......)
魔理沙はちらりと後方を見た。巻物を開いた亡者は怯えた目で魔理沙を見ていた。
自分が使者として遣わされた相手の閻魔であるノタカを呼び捨てにしていたのだ。魔理沙が何らかの権力者だと勘違いして畏まって接するのも無理はない。
「あー、魔女っ娘。私は幻想郷の閻魔ではないので別に気は使わなくても結構ですよ......ってさらさらそんなつもりはなさそうですね」
「分かってるじゃないか」
だからと言って魔理沙には何の影響もないが。
「あ、あのー、続きをお読みしても」
「ん? ああ、全部読まなくても結構ですよ。ミラから散々聞かされましたので。この斑尾 ノタカ、謹んで任務の件お受け致します旨、どうかよろしくお伝えください」
魔理沙は普段気だるげで動じないあの巫女がこの事実を知ったらどんな顔をするか、今から楽しみで仕方なかった。