東方閻魔帳   作:妖念

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十一、取材の極意

 中有の道─亡者の開く屋台が賑わいをみせる華やかな通り。

 ここを通り抜ければ死神船頭の待つ三途の川。中有の道は死者の魂の通り道でもある。

 そんな中有の道は最近改装が行われ、一層賑やかになった。

 しかし、新しくなった建物に隠れながら、一軒のあばら家も増えていた。中有の道を訪れる者は見向きもせず、亡者が最も避けたがる、そんなあばら家の扉を早朝から叩く者がいた。

 

「おはようございます!」

 

 あばら家の中には大量の紙切れがのった机が一つ。紙がもぞもぞと動き出し、中から赤い髪飾りと紺青色の頭部が姿を現した。

 

「はあ。......どなた?」

「清く正しい射命丸 文(しゃめいまる あや)と申します! 本日は取材に参りました!」

 

 早朝だというのに活気に溢れた挨拶をする目の前の女にノタカは心の底からげんなりした。ついさっき大量の始末書を徹夜で処理し終えたばかりなのだ。全く疲労を見せず化物みたいにバリバリ働く同期はいたが、あれは特例だ。閻魔でも疲れはたまる。というか疲れしかたまらない。

 

「取材......? そんな約束ありましたっけ?」

「いえ! ノンアポ突撃取材が私の新聞のうりなので!」

 

 目の前の女は名刺を差し出した。社会派ルポライター 射命丸 文とある。

 ノタカにはルポライターというのが何なのかはよく分からなかったが、どうやら新聞を書いているのも射命丸 文という名前も嘘はついていないらしい。

 問題は、

「烏天狗......ねぇ」

「あややや...閻魔様にはお見通しでしたか」

 

 文は気恥ずかしそうにキャスケット帽とジャケットを脱いだ。

 黒々とした両翼がバサリと飛び出す。

 文はいそいそと手帳を取り出すと、年季の入ってそうなペンを回しながらグイと顔を近づけてきた。

 

「早速、取材に入らせていただいても?」

「だめに決まっ......」

 

 断ろうとしてノタカは続く言葉をグッと飲み込んだ。ここ数日、ほとんどこのボロ家から出られていない。そんな中、幻想郷の住民がわざわざ来たのだ。それもあちこち取材を敢行し、数百年単位で生きている天狗だ。かなりの情報通のはずである。逆に幻想郷について聞き出しておくのも手かもしれない。

 新聞であれば多くの人に読まれる。ここで無下に扱うよりも丁寧に対処した方が地獄のイメージアップ、何より自分の査定が上がるかもしれない。

 

「コホン。ええ、構いませんよ」

 

 わざとらしく咳払いをすると、ノタカは自分にできうる精一杯の営業スマイルで返答した。

 

「ありがとうございます! では......」

 

 ◇

 

「では、取材は以上です! ありがとうございましたー」

「.........はいはい、どうも」

 

 ぎっしりと文字が書き込まれたネタ帳を閉じ、文は深々とお辞儀をした。目の前のくたくたに憔悴しきった閻魔とは対照に文は心底今回の取材に満足していた。最初の方こそ無難な答えしか引き出せなかったものの、後半は疲れてきたのか猫を被るのが面倒くさくなったのか、上司や組織への不満が出るわ出るわ、大量のネタが収穫できたのだ。

 正直、今回の取材は賭けだった。鬼から天狗の上層部に圧力がかかり、妖怪の山への巫女の侵入を一時期的に見逃すことが決まったときには何事かと思ったものだ。

 そんな中、中有の道に閻魔が現れたとの情報を掴んだ。

 文はありがたいお話をひたすら耳に押し込んでくる閻魔様しか知らなかったので、今回の取材は決死の覚悟であった。時間にたっぷりと余裕を持たせるために早朝から訪れることを決め、万が一説きょ...ありがたいお話が始まったときに帰る口実をいくつも用意しておいた。今考えるとそんな口実があの閻魔様に通じるかは怪しいものだが、新しい閻魔様の方はそのようなタイプではないようだ。もしかすると幻想郷がたまたま運が悪かっただけなのかもしれない。

 愛用のネタ帳─文花帖─を眺めながら、文はあばら家を後にした。

 

(あとはこの辺をちょいちょいと変えてっと)

 

 新聞の構想をウキウキで練りながら、文は真っ黒い羽をはばたかせた。

 

 ◇

 

「な、何ですかぁぁ!?これ!?」

 

 あばら家から悲痛な叫び声が聞こえたのは稗田 阿求がちょうどそのボロ小屋の扉のノブに手をかけた時だった。

 阿求はおそるおそるノブをひねり、頭だけ部屋の中に入れた。

『地獄からの侵略者、襲来!?』という見出しがデカデカと書かれた新聞を手に1人の女性がわなわなと震えていた。

 

「こんな、こんなものが......ミラの目に入ろうものなら......!」

「その新聞、文々。新聞ですか? なら、多分大丈夫だと思いますよ。個人発行ですから部数もたかが知れてますし、何よりその新聞を真に受ける人なんか滅多にいないでしょうから」

「ん? あなたは......」

 

 その女性は家に入ってきた阿求に気づいていなかった様子で、新聞から目を離し、こちらを向いた。

 

「初めまして。稗田 阿求と申します」

「稗田......?」

 

 首をかしげながら、女性は机の上に転がっていた水晶を無造作につかむと阿求を透かした。少し目を見開いたが、すぐにもとの表情に戻った。

 

「失礼。職業病でしてね。で、私に何のご用で?」

「え、ええ......よろしければ地獄についての取材を......」

「取材ですって......?」

 

 しまった、と心のなかで阿求は叫んだ。見たところ文々。新聞の取材に痛い目をみたばかりのようだ。全く内容が違うとはいえ、今取材を目的と発言したのは間違いだったかもしれない。

 

「ええ、構いませんよ」

 

 が、阿求の内心とは裏腹にすんなり要求は通った。

 

「あなたが信頼に足る人物......転生を繰り返す稗田 阿礼だというのは分かりましたので。ただ、交換条件がありますが......」

 

 ◇

 

「ありがとうございます。お陰で地獄についての見識が深まりました」

「いえ。これが私から貸し出せる地獄の資料です。では、幻想郷......縁起......? とやらに私のことどうかよろしく」

「ああ、いえ」

 

 どうやら、まだ新聞のことを気にしているのか上司への心評をあげるために、幻想郷縁起への記載を頼む、とのことであった。幻想郷に関連する人物である以上どのみち記述はするつもりだったが、無理やり笑いを貼り付けたような形相を、眼前に突きつけられながら懇願されるのは中々精神にくるものがある。

 借りた資料を抱え、阿求は小屋を後にした。

 

 ◇

 

 阿求が出ていくと、水晶の玉が銀色に光始め、昼だというのに薄暗い小屋の中を照らした。

 見覚えのある片眼鏡が玉に映りこむ。ミラだ。

 

「稗田 阿求......もう9代目、か。いやはや時の流れとは残酷なものだな」

「ミラ......」

「む? 何だそれは?」

 

 ミラが机の上に置きっぱなしにしていた文々。新聞に興味を示した。どうやら見出しの「地獄」という文字に引っ掛かったようだ。慌てて引ったくり後ろに隠す。

 

「な、何でもないですよ」

「そうか? なら良いが」

 

 何とか関心を逸らせたようでノタカはホッとした。いかに誇張された記事とはいえ是非曲直庁への不満の箇所は事実だ。ミラなら見抜く。もし見られていたと思うと総毛立つ。

 

「というか何の用ですか。始末書なら昨日渡したでしょ」

「不味いことになった」

 

 普段は鉄仮面のミラの表情が珍しく暗い。といってもノタカは今の自分の方がどん底な自信がある。

 

「給料から宴会代がまるっと引かれて、あげく始末書の山を徹夜で処理、これ以上不味いことってあるんでしょうかねぇ?」

「自業自得だ、馬鹿者が」

 

 嫌味ったらしくグチグチしていると、正論がグサリとノタカの胸を貫いた。

 

「そんなことより、だ......あの2人が幻想郷の視察に来るらしい」

「2人? ってまさか......」

「その、まさかだ」

 

 ミラが小さく頷いた。

 

「聞いてないですよ!?」

「当然だ。私もつい先程聞いたのだから。私は当日奴らの代行を務めねばならん。よってサポートもできん」

「え? 奴"ら"の代行って......2人とも、同時に来るんですか?」

「......そのようだな」

「視察って何を視察するんでしょう?」

「知らん」

「何で2人同時に?」

「私は何も知らんのだ。本人達に聞くといい」

「そんな殺生なぁ」

 

 余りにけんもほろろなミラの態度に思わず玉を掴んで揺らす。

 

「やめろ、酔うだろ......詳細が決まり次第また、連絡する」

 

 ミラが水晶から消えたのを確認し、ノタカはがっくりとうなだれた。文々。新聞のゲラ刷りが目に入る。こいつが、より大きな問題になってしまった。これを最も見られてはならない人物

 が、2人も、幻想郷に来てしまう。

 

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