東方閻魔帳 作:妖念
稗田阿礼から代々続く稗田家、そんな稗田家には百数十年周期で御阿礼の子と呼ばれる阿礼の転生体が生まれる。現在は9代目・稗田阿求が生まれて十数年経った。
「阿求様、おはようございます」
「ん、おはよう」
「朝食はお済みでしょうか?」
「ええ、今日もおいしかったわ」
阿求が朝食を済ませると稗田家の使用人が2人、部屋の前に控えていた。
「こちら、お召し物です」
「ありがとう」
寝巻きを脱ぎながら差し出された着物を受け取った。
着替えを手伝おうとする使用人を軽く制す。
「大丈夫よ。自分で着るわ」
ありがたいと言えばありがたいのだがこの家の者たちは少し過保護で困る。
「お下げします」
1人の召使いが食器を持ち、一礼をすると部屋から出ていった。すると、外から何やら騒ぎが聞こえた。誰かが言い合いをしているようだ。
「あら、何の騒ぎ?」
「実は......阿求様の知り合いだと名乗る者が」
何とも申し訳なさそうに従者のうちの1人が口を開いた。
「私のお客? どうして通さないの?」
「そ、それが......何とも珍妙な格好でいかにも不審な者でして」
「......ちょっと見てくるわ」
すっと立ち上がる阿求を従者2人が必死にとどめようとした。
「そんな! とんでもない。阿求様がわざわざお出向きになられる程では......」
「私が確かめるのが1番早いでしょう?」
言うが早いか阿求は2人を振り切ると部屋を飛び出し、階段をかけ下りた。
◇
揉めているのは稗田家の衛兵2人のようだ。いかめしい門のそばで口論が耳に入る。
「阿求様がお前のようなやつと知り合いな訳あるか! 下がれ!」
「お前のようなやつって......私これでもそこそこ偉いはずなんですけどねぇ。ちゃんと制服着てきた方が良かったかな?」
紺色の髪の毛に彼岸花の髪飾りの女性。金色のススキの意匠が施された黒い着物の裾をつまんでいる。
「阿求様! ここは危険です」
衛兵が門に近づいた阿求に気づき、大声をはり上げた。
「危険ってねぇ。まだ何もしてないのに......あ、御阿礼!」
こちらに手を振っている女性、阿求はもちろん覚えている。
「......この方は本当に私のお客様です。下がりなさい」
「え!?」
「こ、これは大変失礼を」
深く頭を下げ、衛兵は門の左右に避けた。......まあ、不審者を素通りさせないという点ではよく働いてくれている。
「申し訳ありません、こちらの不手際です。稗田家当主として謝罪します」
「ああ、分かってくれればいいんですよ」
阿求は頭を下げたが、当の本人は蚊が止まったほどにも気にしている様子はない。
「で、今日は朝早くから一体どうなさったんです?」
「いえ、鈴奈庵に先日借りた本を返しにいくところなのですが」
ノタカは右手に提げた風呂敷包を少し掲げる。
「もし暇なら里を案内してもらえないかなあ、と」
「今日は......大丈夫ですね。特にないです。少し準備をして来ますのでよろしかったら中でお待ちください」
阿求は脳内でいくつかの予定を握り潰した。
◇
「つい、続きを借りちゃいましたねぇ」
鈴奈庵に本を返しにいった帰り、ほくほく顔のノタカの手には新たな本が包まれた風呂敷が握られていた。前回借りた推理小説のシリーズの続編だ。
「そのシリーズ、お気に召されましたか?」
「ええ、予想を裏切る展開が何度もあって、なかなか......まさか犯人がアイツだったとはねぇ」
「えへへ、そうでしょう、そうでしょう」
「......何であなたが照れてるんです?」
「あ、いえ。私もそのシリーズ好きなので」
「ちょっと、よろしいか?」
ノタカが口を開きかけたとき、男2人組に肩を叩かれた。2人ともがっちりと武装している。恐らく里の自警団だ。
「ん? 私?」
拍子抜けした調子でノタカが自分の顔を指した。
「や、稗田家のご当主のお連れ様でしたか。これはとんだ失礼を」
男たちが阿求に気づき、軽く会釈した。阿求は笑顔で返した。
「先日里のある肉屋で奇抜な格好をした女がこのくらいの袋一杯に血を求めるという事件がありましてな」
「へ、へえ......なんとも奇っ怪な事件です、ね」
ノタカが露骨に口をひきつらせた。何かを察したらしい。案外簡単に顔に出る。
「失礼ながらそちらの方が目撃情報とあまりに似ておられまして」
非常に鋭い。自警団がこれなら里も安泰だな、と阿求は他人事のように思った。
「あまりに不気味な事例ですから私は物の怪の仕業だと睨んでいるのですが......ご当主はそういった妖怪の類はご存知で?」
「い、いえ、残念ながら」
思わぬ飛び火に阿求はたじろいだ。
これでも稗田家当主、しかも9代目の稗田阿礼の転生体である。流石にそんな物の怪に今まさに里を案内しているなど口が割けても言えない。ましてやその物の怪の正体が地獄の閻魔様などと。
「で、ではこれで」
阿求はノタカの着物の裾を掴むとそそくさとその場を立ち去った。
◇
里の一角にある団子屋、それも二軒が隣合っていた。店の屋号にはそれぞれの店主の名が冠されている。「清蘭屋」、「鈴瑚屋」いずれも人間が営む店ではない。
そんな店に1人、籠を背負った行商人のなりで立ち寄る者がいた。
「あら、鈴仙!」
「いらっしゃい!」
それぞれの店の主が顔を出した。清蘭屋からは青い髪の、鈴瑚屋からは黄色い髪の、2人とも兎の耳が生えている以外は人間と外見上の差異はない。
「今日はもう配達終わったの?」
鈴仙は普段里で薬の配達をしている。今日も行商服に身を包み、大きな籠を背中に家々を巡っていた。
「いや、まだよ。といってもあと2軒だけど」
「あ、そうそう。うちの新作蜜柑団子食べてってよ!」
「ちょっと清蘭! それうちのオレンジダンゴのパクりじゃない!?」
いつものように言い合いを始めた2人を鈴仙はなだめた。
「はいはい、いつも通り1本ずつ貰うわ」
鈴仙が笠を脱ぎ、背負っていた籠を傍らに置き、店前に設置されたベンチに腰かけた。その頭から2人と同じように兎の耳が露になった。
3人は幻想郷、もっと言えば地球出身ではない。玉兎──彼女たち月出身の兎はそう呼ばれる。3人ともそれぞれの事情で月では忌み嫌われる地上で暮らしている。
いがみ合いながらお互いの店へと戻っていく2人を見届け、団子が出てくるのを待っていると、自警団が誰かと話しているのが目に入った。興味本位でつい見てしまう。といっても揉めていたわけではなかったようだ。特に大きな騒ぎにはなっている様子はない。
自警団と話していたのは2人組のようだ。1人は知っている。里の名家・稗田家の当主だ。が、風呂敷包を手にしているもう1人は見たことがなかった。稗田家のものだろうか。にしてはおかしな格好だ。黒い着物に紺色の髪、そしてよく目立つ赤い髪飾りをつけている。出で立ちからすると女性らしい。
そして、ふと、あることに気づいた。
(あれ......波長が......ずれてる?)
妙な違和感から目をゴシゴシ擦る。もう一度目を開いたときには2人は視界から消えていた。
「鈴仙!」
「おまちどおさま!」
「ありがとう」
そうこうしている内に注文の団子が2皿同時に到着した。
湿った艶のあるほんのり黄色い玉が3個、串に刺さっている。確かに2人の団子は見かけは全く区別がつかない。それぞれの団子を口に含んだ。ほっとする甘さが広がる。
鈴瑚の団子の方が若干美味しいかしら、などともぐもぐ口を動かして、堪能しているうちに先程の奇妙な女のことはすっかり頭から抜け落ちた。