東方閻魔帳   作:妖念

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十五、道具屋の受難

 中有の道──三途の川と現世を繋ぐ死者の通り道だ。こう聞くと恐ろしげに思える。が、実際は出店が並んだ中々賑やかな通りである。そんな通りの喧騒で1人辛気くさい顔をした人物がいた。斑尾 ノタカだ。

 

「どんだけくすねとられてるんですかねぇ」

 

 中有の道の出店は地獄の組織・是非曲直庁の管理下にある。店主は亡者、それも転生間近な者ばかりだ。が、このシステム、それなりの欠陥を抱えている。行いがいいほうとは言え、所詮は地獄に落ちた亡者であるため、是非曲直庁に納めるはずの売上をごまかすものが結構な数いる。ここでの行いが転生への最終試験的な役割も果たしているとはいえ、ただでさえ経営難の地獄にとってここの収入減はかなり痛い。流石に目に余ったのかお目付け役としてノタカが派遣されたのだ。

 といっても具体的にやることが決まっているわけではない。

 今日も今日とて適当な屋台で購入したりんご飴片手に見回りである。

 串に卒塔婆が採用された悪趣味なりんご飴を見つめていると、

 

「よっ!」

 

 何やら聞き覚えのある声がした。新参者のノタカが幻想郷で聞き覚えのある声など限られている。

 

「......魔女っ娘。何の御用で?」

「ほんのちょっとばかし頼みがあるんだが」

「私仕事中なんですが」

「りんご飴食うのが仕事なら閻魔も楽そうだな」

「是非曲直庁は人材不足ですからね。この仕事がしたければいつでも人事部に掛け合いますよ」

「真面目な仕事ぶりをあの片眼鏡の上司に報告してやろうか?」

 

 ノタカの足が止まった。

 

「......何の用ですか」

「なーに、大したことじゃない」

 

 ◇

 

「......きったな」

「うるさい」

 

 霧雨魔法店──魔理沙の家の前の看板には恐らくそう書いてあった。たてつけの悪い扉を開けるととにかくモノ、モノで床が覆い尽くされている。そこここが取り散らかしてあって、すこぶる歩きにくい。しかもどれもこれもなんの役にも立たなそうなガラクタ、そのへんで拾ってきたようなものばかりだ。

 

「で、何を探せってんです?」

「籠だ」

 

 ガラクタの山の中で魔理沙が答えた。

 

「籠ぉ? そんなもの里でいくらでも売ってるでしょうに」

「いや、あの籠じゃないと駄目なんだ」

「全く......どんな籠です?」

「金属製で蓋がついているやつだ。見ればすぐ分かる」

 

 ノタカは改めて周囲を見渡した。どう考えてもこの中での探し物は日が暮れる。

 

「ちょっとちょっと。こっち来てください」

 

 ノタカはちょいちょいと魔理沙を手招きした。

 訝しげな表情で魔理沙が近づく。

 

「動かないで下さいね」

 

 ノタカは懐をまさぐると透明な玉を取り出した。そのまま魔理沙の前に掲げる。

 

「一体、なんだって......」

 

「白髪の眼鏡の人物」

 

「へ?」

 

「あなた、先日その人物がいるここと同じようなガラクタまみれの場所に行ったでしょう。そこに置き忘れています。心当たりは?」

 

「あるには......あるが」

 

 どうして分かった? という言葉を魔理沙はうまく出せなかった。

 

 ◇

 

 魔理沙は勢いよく扉を開け放った。

 

「香霖! いるか!?」

「いつも言ってるだろ。もう少し静かにドアを開けろと。それにここは僕の店だ。いるに決まってる」

「私の店に私はあまりいないぜ」

「そんなのは店とは呼ばな......おや? そちらは?」

 

 香霖と呼ばれた男性─道具屋『香霖堂』の主人、森近 霖之助が魔理沙の背後に目をやった。

 

「ああ、あんまり気にするな。ただの知り合いだ」

 

 "魔理沙の知り合い"は何か言いたげだったが、諦めたのか店内の商品を眺め始めた。霖之助も似た経験をよくするので、初対面ながら不思議と親近感を覚えた。

 

「で、今日は何の用だい?」

 

 一応霖之助は尋ねてみたが、この少女は用もないのに来ることの方が多い。しかし、今日は本当に用事で来店したようだ。

 

「ああ、前に私籠を忘れた気がしてな。ないか?」

「籠、籠、籠......ああ、あれか」

 

 霖之助は店のカウンターの下から金属製の籠を取り出した。

 

「ほら、これだろ?」

「お、これだ。ありがとな」

 

 魔理沙は霖之助が差し出した籠を受けとった。

 

「用は済んだのかい?」

「いや、実はもうひとつだけ......」

 

 少女は急に声を潜めた。

 

「ある道具を見てほしい」

「な、なんだい?」

 

 つられて霖之助の声も小さくなる。

 が、魔理沙は何を思ったか振り返って大声で叫んだ。

 

「ノタカ! さっきの玉!」

「あ? これがどうかしました?」

 

 ノタカが懐からチラリと水晶のような透き通った玉を見せた。

 

「いや、何でもない」

 

 全く、とぼやきながら再び店内の物色を始めたノタカを尻目に魔理沙は先程と同じトーンで続けた。

 

「......あれだ」

 

 が、霖之助は目を見開いたまま固まった。しばらくして魔理沙の肩をがっしり掴んで勢いよく揺らし始めた。

 

「魔理沙、君は何てのを連れてきたんだ!」

「あれ、気づいちゃった?」

「......知っていて連れてきたのか」

「大丈夫だ。幻想郷の閻魔じゃないらしいから気を遣う必要はないってさ。でも何で分かったんだ?」

「彼女が持っている(ぎょく)......あれが何か君は分かっているのか?」

「さあ? 分からないから香霖のところに連れてきたんだ。ただ、あの玉をかざされた後に私がここに籠を忘れたことを見抜かれた。そういえば最初に会った時にもかざされたな」

「そりゃそうだろう」

 

 すると、霖之助は大きく息を吸い込み、魔理沙に耳打ちした。

 

「あれは浄玻璃の鏡だ」

 

 耳慣れぬ難しげな単語に魔理沙は首を傾げた。

 

「なんだそりゃ」

「その鏡に映されれば問答無用で過去の行いが筒抜けになる......閻魔様が審判に使う道具さ」

「あれ鏡か?」

「閻魔によって浄玻璃の鏡の形状は違うと以前何かの文献で読んだことがある。あの閻魔様の鏡はああいう形なのだろう」

「まあ、でも案外お得意様になってくれるかもしれないぜ。閻魔だから他の連中に比べてまともだろうしな」

「そういう問題じゃ......」

「ノタカ、何か気に入ったもんあったか?」

「ええ、これを一つ」

 

 本当にお客なのか、と一瞬霖之助は顔を輝かせたが、すぐに小さく首を振った。

 

「申し訳ない。それは非売品です」

 

 ノタカが指したのは"人を駄目にするソファ"だ。霖之助は人ではないが中々物騒な名前、警戒してしばらく自分で使ってみたが特に何もなかった。ただ、今ではあれに腰かけて午後に本を読むのが日課となり、いつしか非売品となっていた。

 

 ノタカがゆっくりとこちらへ歩を進めてくる。霖之助は思わず身構えた。

 

「ふーむ......あなた、彼女に対して何かやましいことありません?」

 

 魔理沙を親指で示しながら、ノタカが霖之介に囁いた。突然の言葉に思わず霖之介の顔が歪む。心当たりが......ないことはない。

 

「一体何の......」

「ヒヒイロカネ......天叢雲剣......」

「なっ!?」

 

 どうしてそれを、と続けそうになったのを霖之助はこらえた。分かりきっている。チラリと見えた浄玻璃の鏡を忌々しげに見つめた。

 

「安心してください。これでもそれなりの地位にある身、恫喝してただで奪おうなんぞ微塵も思っていませんよ、はい」

 

「え?」

 

 霖之助は卒塔婆をかたどった小さな串を渡された。

 

「りんご飴の"あたり"棒です。中有の道の屋台で交換できますので」

 

 霖之助は忘れていた。あの"普通の魔法使い"の周囲に普通の連中はいない。

 "魔理沙の知り合い"にまともな客がいたことなぞ一度もない。

 彼女の側にいる時点で、閻魔だろうが何だろうがまともではないのだから。

 

 霖之助はソファを担いで店を出ていくノタカを呆然と見送ることしかできなかった。

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