東方閻魔帳   作:妖念

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十七、好奇心は兎をも殺す(二)

 広い竹林の中で対峙する2人。鈴仙は透明化を解除した。

 

「......どうして分かったの?」

 

 疑心の渦が頭の中にひたひたと広がる。自分で言うのも何だがそんじょそこらの者には看破できる術ではない。

 

「どうして、と聞かれましても。鏡はいつでも真実を映し出す......それだけです」

 

 目の前の女が何を言っているのかも何のために竹林に入ったのかもさっぱり分からない。はっきり言って不気味なことこの上ない。そして、女が次に発した言葉はさらに鈴仙をゾッとさせるには十分なものだった。

 

「いやはや、()()()には難しい話でしたかねぇ?」

 

 確かに笠を脱いだので兎の耳は露見している。

 

 しかし、ただの兎ではない。今、()()()とはっきり口にした。

 

 バレている。私が玉兎だと。

 

 生暖かい冷や汗が一雫、背中を伝わった。それが、堪らなく気持ち悪かった。

 

「何故それをっ!? まさか、これを書いた看板を中有の道にたてたのって......」

 

 鈴仙は慧音から受け取った──"月の言語"が書かれた半紙を目の前の女に向かって突きつけた。

 女は、ジーッと半紙を見つめ、こくりと頷いた。

 

「ええ、私ですけど。久々の地上なもんで文字を間違えてしまいましたが」

 

 間違いない。目の前の女は月の関係者。

 しかし、月の民であれば波長である程度判別がつくが、やはりこの女の波長は初めて見かけた時から一貫してずれている。

 

 しかも、永遠亭と交流のある月の民であればこんなおかしな訪問の仕方はそもそもしないし、する必要がない。

そして、月の民が何の用もなくここへは来ない。

 

「......姫様のもとへは行かせない!」

 

 つまり、敵だ。

 

「はい?」

 

 ─狂視「狂視調律(イリュージョンシーカー)」─

 

 日が暮れ始めた薄暗い竹林の中、鈴仙の深紅の両眼がさらに赤く輝く。

 銃弾状の弾幕が鈴仙の周囲に展開されていく。次々と幾重にも分裂し、得体の知れない女に襲いかかった。

 

 が、次の瞬間には全て停止していた。もちろん鈴仙の意思ではない。

 弾幕に囲まれているはずの女は余裕の笑みを見せた。

 

「なっ!?」

 

 

「あらあら、やる気満々ですねぇ」

 

 女が指をパチンと鳴らすと鎖が生じ、鞭のようにしなって鈴仙の弾幕を消し去った。

 そのまま、ギュルギュルと鎖は伸びる。

 そして、鈴仙は撃ち抜かれた。肢体が大きくバウンドしながら後ろへ吹っ飛ぶ。

 

「あら、もう終わり?」

 

 しかし、撃ち抜かれたと思った鈴仙の体は忽然と消えた。

 

(安心しなさい、まだまだ終わらないわよ!)

 

 女の背後に回り込む。指を銃の形に固め、人差し指を突きつけた。

 鷹のごとく狙い、すかさずレーザーを叩き込む。が、女はすんでの所で振り返り、かわした。赤い光線が女の頬を掠め、竹林の虚空に消える。ジュッと髪の焼け焦げる音がした。口をわざとらしく開きながら女が呟く。

 

「わーお」

 

 時間を止める能力者と戦ったことはあるがそれとは違う。彼女との戦闘では攻撃された瞬間を認知できなかったが、今この闘いにおいては自分が放った弾幕が止まる瞬間をこの眼でしかと見た。

 

 振り返りざまに女は反撃に転じた。ジャラジャラと音を立てて鎖状の弾幕が鈴仙を再び貫く。

 

「手応え......なし」

 

 しかし、それはすでに鈴仙ではなかった。

 

「残像? いや......」

 

 ゆらり、ゆらり、と辺りに鈴仙が現れていく。一人、また一人と増えていき、やがて数十人にまで膨れ上がった。女はいちいち数えるのも面倒な程の数の玉兎に完璧に包囲される。

 

「分身ねぇ......」

 

 大量の鈴仙が一斉に人差し指を女に向けた。指先からまばゆい光がほとばしる。

 

 ─散符「栄華之夢(ルナメガロポリス)」─

 

 一斉に弾薬が撃ち出される。当然のように全てが女の周囲で停止していき、白い壁、弾幕の檻と化していく。

 が、本体は未だ攻撃してはいなかった。分身に紛れ、1人の鈴仙の向こう側の景色が透ける。再びこの状況、意識ががら空きになる場所が一つだけある。それは......

 

「上、でしょ」

「ぐっ!?」

 

 女が頭上に高々と手を掲げた。

 服がビタリと動かなくなった。

 透明化したまま、鈴仙は空中に打ち付けられた。不意打ちのレーザーは照準を外れ、女の真横の土を抉るだけにとどまった。

 

「さあ、残りの分身の方もやっちゃいましょ」

 

 ─審判「浄玻璃審判─鈴仙・優曇華院・イナバ」─

 

 釘付けの鈴仙には一瞥もくれずに、女は懐から透明な玉を取り出すと、何やらぶつぶつと呟いた。

 

「嘘......」

 

 すると、1つ、また1つと人影が出現し始めた。行商服に身を包み、薄紫色のロングヘアーのてっぺんには立派な兎の長耳が2つちょこん、とくっついている。鈴仙はその風貌の人物を誰よりもよく知っている。

 分身を増やした覚えはない。にも関わらず、次々と自分が出現していく状況を俯瞰でみるのは中々に気味悪い。

 それぞれが鈴仙が出現させた分身と相討ちになっていく。やがて、上空に1人を残して全ての鈴仙が消えた。

 留まり続ける弾幕の檻をかわしながら女は竹林の奥へと向かおうとする。

 

 もし、この女が月の民で、永遠亭と接点がないとしよう。その場合、永遠亭に共に住む鈴仙の主人と師匠、そして、月の罪人2名──蓬莱山 輝夜と八意 永琳を狙いに来た可能性が高い。あの2人が敗北する姿は微塵も想像できない。が、2人は月から逃げてきて行くあてもなく身寄りのない鈴仙を受け入れてくれた。そんな恩人に危害を加える可能性がある者をおいそれと見過ごす訳にはいかない。

 

「させる訳ないでしょ!」

 

 ならば鈴仙に出来ることはただ1つ。この女を食い止めることだ。

 

 ─月眼「遠隔催眠術(テレメスメリズム)」─

 

 幸い動かないのは服だけで弾幕は出すことができた。まだ、やれる。

 

「わー、綺麗ですねぇ......」

 

 弾幕の美しさに感嘆を漏らす女の左右から次々と弾が発生するが、女に届くものは1つもなかった。女は光に囲まれた一本道をただ歩くだけだった。それは鈴仙も分かっている。だから、これは当てるための弾幕ではない。制限するための弾幕だ。

 

 頭上を見上げながら、女は叫んだ。

 

「もう無駄ですよー!」

 

 鈴仙は透明化を解除した。観念したからではない。もう、勝負が終わったからだ。女は一本道を歩いているのではない。歩かされているのだ。

 

「フフ、あなた、飛ぶのが苦手なんでしょ。......なら、チェックメイトよ」

 

 女が踏み出した足が勢いよく沈み込む。

 

「え?」

 

 その瞬間はスローモーションの映像のようだった。笹の葉がつもった地面がぐしゃりと崩落していく。ゆっくりと女の上体のバランスが崩れ、そして、深い暗い奈落の底に全身が落下していく。余りに突然のことだったのか女は一言も発することなく、沈んでいった。

 

「竹林は迷うだけが恐ろしさじゃあないのよ」

 

 自由に動けるようになった鈴仙は地面にぽっかりと空いた穴の縁に降り立った。

 

 

 意識ががら空きの場所、正解は"下"だ。

 

 

 

 

 鈴仙の探知範囲に生命反応が1つ増えた。

 

「てゐ、いるんでしょ。出てきなさい」

 

 竹の裏からひょっこり顔を出したのは黒髪の短髪少女──因幡 てゐだ。頭に生えた兎の耳が彼女もまた人間ではないことを物語っている。

 

「......って何かいつものより深いんだけど」

 

「鈴仙ひどいことするなぁ」

 

「あんたが掘った穴でしょ!?」

 

「そうじゃなくてさ......」

 

 ひょいひょいとてゐが穴のなかを指す。

 

「この人、閻魔様だよ」

 

「は──」

 

 面喰らって鈴仙は、目を見張った。何なんだ、唐突に何を言い出すんだてゐは──返す言葉が見つからない。

 

「地獄の閻魔様だよ、この人」

「あんたねぇ、そうやって私を騙そうったって......!?」

 

 ──そう、貴方は少し自分勝手すぎる。

 

 全てを思い出した。以前幻想郷の閻魔様と会ったことがあるが、この女の波長はその時に感じた波長、いや、位相のずれと同じ種類のものだ。

 

 あの時、慧音のお茶の誘いを断っておけば。

 

 あの時、興味本位で尾行なんかしなければ。

 

 あの時、穴になんか落とさずにおとなしくはりつけになっておけば。

 

 鈴仙は、頭の中で同じ後悔を瞬時に数十回に渡って繰り返した。

 

──もし私が裁きを担当したとしても、貴方を地獄に落とします。

 

 以前の閻魔様の一言一言が底知れぬ絶望感とともに再度、鈴仙の胸を貫いていった。

 

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