東方閻魔帳   作:妖念

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十九、その茸、凶暴につき(一)

 

 

 幻想郷は梅雨真っ只中だった。

 ノタカはチラリと窓に目をやる。彼女はうっすらとだけ視認できる雨粒の線を見ることが好きだった。漏った雨がバケツにぽちゃり、ぽちゃりと滴る音すらも心地よい。

 が、別に雨天が好きなわけではない。晴耕雨読が彼女のモットー、雨の日に外出するなんぞ論外だ。

 本を手に取り、栞を挟んでおいたページを開いた。

 香霖堂で購入(強奪)した座椅子に体を委ね、読書にいそしむ──まさに至福の一時だ。

 

「おい、私は無視か?」

 

 だからこそ、こんな土砂降りの日にキノコ狩りに誘ってくる悪魔をどうやって追い出すか悩んでいた。

 

「私は便利屋じゃないんですよ、帰った、帰った」

 

 ノタカはカッパ姿の魔理沙に一瞥もくれずに右手をヒラヒラさせた。

 

「他を当たりなさいな」

「他を当たるったって、私の知り合いは皆インドア派なんだ」

「奇遇ですね、私もです」

 

 ノタカは「陰奴愛(いんどあ)」が何か分からなかったが、頭に浮かんだ文字からすると陰を愛する奴、つまり、出不精のことだろうと思い、適当に返した。

 

「あー、残念だ、残念だ。至極残念だなぁ」

 

 急に大袈裟な芝居がかった口調で魔理沙が叫んだ。ノタカは思わず本から目を上げた。

 

「私は、とってもとっても、美味しいキノコが生える場所も知ってるんだがなぁ」

「......何が言いたいんです?」

「キノコ料理の屋台なんかさぞ繁盛するだろうなー。あー、実に残念だ。惜しいことをした」

「繁盛する?」

「ああ、もう大盛況でがっぽりだろうよ。地獄の財政難も救えるかもなあ」

 

 魔理沙は人差し指と親指で輪っかをつくった。

 

「ほんとに美味しい?」

「ああ、もうほっぺたがこぼれ落ちて血まみれになるくらいだ」

 

 少女の独創的過ぎる表現に顔を歪めつつも、ノタカは本に栞を挟み直した。

 

「......ま、いいでしょう。雨の日の散歩もまた乙なものです」

 

 ノタカは重い腰を上げた。

 

「チョロいな」

 

 魔理沙にとっては軽い腰だが。

 

「何か言いました?」

「いいや、何でも。さ、善は急げだ」

 

 

 ◇

 

 魔法の森──化けギノコが撒き散らす瘴気にさらされた鬱蒼とした森だ。瘴気は人間はおろか妖怪ですら忌避するほどのもの、大抵の生物はここを避ける。ただ、魔力の素材が豊富なことから多くの魔法使いが暮らしている、捨てる神あれば拾う神あり、そんな場所だ。

 普段からじめじめとした森は、雨の影響で一層陰鬱な雰囲気を醸し出していた。

 濡れた木の葉や土がしっとりと匂う。

 

「1人で採取すればよいのでは、と思っていましたが......こういうこと、ですか」

 

 ノタカは右に傘、そして左には大きな手提げ籠を抱えていた。いや、抱えさせられていた。要は荷物持ちである。

 

「で、何でこんな雨の中?」

 

 木々に遮られつつも森にはシトシトと雫が落ち続けていた。雨粒がテンポよくノタカの傘を鳴らす。

 

「雨じゃないと無傷じゃとれないんだよ」

 

 一方、魔理沙はカッパを身にまとう。

 ただ、ひしめき合う樹木にカッパの裾をよく引っ掛けている。その度、枝がしなり、雫を撒き散らす。

 

 本人は何のその、濡れるのなんかお構い無しに枝の間を掻い潜っていくので、正直カッパを着ていようがいまいが変わらないように思える。

 

「デリケートなキノコなんですねぇ」

「いーや、私たちが、だ。お、あったあった。コイツだ」

 

 少し大きめの苔むした岩の隙間、膝ぐらいの高さにいくつかのキノコがあった。赤黒く傘が大きく張ったキノコだ。色と形状でひどく目立つ。

 

「今年は色々あったからな。ちゃんと育ってくれて何よりだ」

 魔理沙がいとおしそうにキノコの傘を撫でた。キノコが濡れた犬のようにプルンと跳ね、辺りに滴を散らす。

「何だか美味しくなさそうですねぇ」

 時間の経った血液のような色合いのキノコはお世辞にも食べたいとは思えない。

「当たり前だ。コイツは食用じゃあない」

 ノタカが見たままの率直な感想を漏らすと魔理沙はチッチッチと指を振った。

 

「水に濡らさずに抜いちまうと、こうだ」

 

 ドカーンと呟きながら魔理沙は手で弾ける動作をした。

 

「爆発の魔力はこいつから取るんだよ」

「はーん、それでその籠が必要だったと」

 

 魔理沙は蓋つきの金属製の籠を携えていた。以前一緒に香霖堂で探したものだ。

 

「ま、そういうことだ。梅雨の内じゃないと中々取れないんでな。濡れてりゃ爆発はしないだろうが、念のためだ」

 

 魔理沙は岩の前に座った。

 慎重にキノコの柄を人差し指と中指で挟み込み、ナイフでサクッと切り取った。金属製の籠を開き、慣れた手つきで毒々しいキノコを入れていく。

 

「ん? 濡らせば爆発しないなら水ぶっかけて採取すりゃあいいんじゃ?」

「いや、自然の雨以外で濡れちまうとそもそも爆発の魔力が失われるんだ」

「魔法ってのも随分と手間がかかってややこしいんですねぇ」

「そうだな......よし、こんなもんかな」

 魔理沙は籠を閉めた。しかし、キノコはまだ数本残っている。

「おや、全部は採らないんですね」

「ああ、同じ場所から必要以上に採らない。ま、一種のマナーだな」

「ほうほう、なるほど」

 

 魔理沙は立ち上がって、膝の泥を軽く払うと再び歩き始めた。

 

「さ、次のスポットに行くぞ」

「おお、ようやく......」

「旨いキノコのことならまだだぜ」

「え?」

 てっきりもうお目当てのものにありつけると思っていたノタカはキョトンとした。

「今日はあと3ヶ所巡るからな」

「ええ......3? 美味しいキノコは......」

 想定よりも苦行が長いと知ると人の心は簡単にがくつく。

 そうはいっても乗り掛かった船、今さら諦めるわけにもいかない。ノタカはトボトボとした足取りで魔理沙に続く。

「安心しろ、その後ちゃんと案内してやるから。なんだったら私が料理してやってもいいぞ。一度食ったら夢に出てきて追っかけてくるぐらいの極上物だ」

 

 ノタカは相変わらずの魔理沙の表現力に辟易した。上空を見上げると相変わらず雨雲が厚く垂れ込めている。

 

「おーい、ノタカ? 行くぞー?」

「はいはい、今行きますよー」

 

 しばらく止みそうにない雨の中、ノタカは空模様と相反して快活な少女の後を追った。

 ──そして、他にも彼女達を追う影があった。

 

 ◇

 

「よし、こんなもんかな」

 

 魔理沙はパタンと籠の蓋を閉じた。中にはぎっしりと例の赤々としたキノコが詰まっている。見てくれは何とも気味悪い。

 

「......終わりました?」

 ノタカの籠にもそれなりの数のキノコが入っていたが、どれも食欲が削がれる色や形のものばかり。とても食用には見えない。これも魔法の原料になるらしい。ノタカが大人しく魔理沙についてきたのは、もちろんキノコ目的でもあるが、派手な魔法の扱いに反して、まめな取り組みに内心感心していたこともある。

 

「ああ。そろそろ美味しいキノコの場所に行くとするか。ここからならそう遠くない」

「そうですか、やっと......」

 

 ノタカはへなへなとその場にしゃがみこんだ。

 着物の裾が濡れて変色している。

 

「ま、それはそれとして、です」

 

 ふっとノタカに生気が戻る。 

 ノタカは暗い雨に包まれた木々を猟犬のような目付きで見回した。

 

「さっきからずっと付きまとっている集団は陰奴愛派のお友達ですか? なら、いつも通りおうちにいるように言っておいてほしいんですが」

「何のことだ?」

 ノタカの様子に魔理沙は少し呆気にとられていた。

 が、すぐに察したらしい。彼女の金色の瞳に瞬時に警戒心が宿る。

「......なるほどな」

「ほーら、おいでなすった!」

 

 ザッザッと四方八方から雨音に混じって足音が鳴る。

 バフンッという音が響き、一瞬の内に2人の視界は闇に閉ざされた。

 

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